或る少年探偵について〜司書・青葉つむぎによる手記〜   作:七紫野廉

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テラスの幽霊

「……何してるノ」

図書館の一角、テラスへの扉にガムテープを貼っていた司書の青年に、赤毛の少年が呆れたような声をかける。

「あ、夏目ちゃん、また来てくれたんですね〜」

青年は手を止めてメガネの奥の目を優しげに細め、夏目ちゃんと呼ばれた少年に向き直った。学生服にまだ幼さが残る中性的で整った顔立ち。鮮やかな赤いアシンメトリーの髪から覗く金色の瞳が苛立つように歪められる。

「夏目ちゃんって呼ぶノ、やめてって言ってるよネ。ボクはもう中学生なんだかラ。子供じゃないんだヨ」

「世間一般から見れば中学生はまだまだ子供ですよ〜。こんな遅くにどうしたんです?外はもう暗いですし、はやく帰らないと危ないですよ。」

睨みつける夏目を受け流しながら、青年は穏やかに笑っている。モジャモジャの髪の毛に黒縁メガネ、いかにも冴えない見た目だ。夏目と話しながらもまたガムテープを貼る作業を再開する。

「図書館に来てるんだかラ、本を借りに来たに決まってるでショ。それよりモジャ公は何やってるのかって聞いてるんだけド」

「あ、ガムテープのことですか?利用者から最近暗くなるとテラスに幽霊がっていう相談が多いんです。幽霊なんているはずないですから、おそらく夜に誰かがこっそりテラスに出てるんじゃないかと思ったんですよ。テラス開放時間が終わったら一応鍵をかけてはいますけど、鍵を開けられる犯人なら意味無いですしね〜。ガムテープでも貼っておけば開ける時間がかかって諦めてくれるかと」

「それでまたテラス開放時間になる前にガムテープ剥がしテ、開放時間が終わったら貼るのを繰り返す気なノ?」

「そうなりますね〜。少し仕事は増えますが、みんなの心配事が減るなら安いものです。」

扉の取っ手を中心に丁寧にガムテープを貼っていく青年を見ながら、夏目はまた呆れたような顔をしてため息をついた。

「もうやめなヨ。早くガムテープ剥がしテ。ドアもベタベタするしガムテープを貼る音がうるさいせいで本を読むのに集中できなくて迷惑なんダ」

「それはごめんなさい。もう少し静かにやるようにしますね。ベタベタするのは確かに何か考えなきゃいけませんね…どうしましょうか。」

「だからもういいっテ、幽霊の正体ならだいたい見当はついたヨ」

青年はキョトンとした顔で夏目を見た。

「え、夏目ちゃ…夏目くん、もう幽霊の正体がわかったんですか?昔自殺した職員で除霊するとかは無しですよ」

「本当にそういう類の話なら多少は面白かったかもしれないけド、ボクはインチキ霊媒師じゃないからネ。そんなバカなことは言わなイ。確認だけド、幽霊を見た人たちは白い姿の幽霊って言ってなかっタ?それが着物でもワンピースでもいいけド、おそらくそのあたりはただの恐怖による想像だから人によるだろうシ」

「そうなんです…!うわぁ、さすが夏目くん、名探偵みたいですね!みんな口を揃えて白い姿のって言うので、誰かがシートでもかぶってイタズラしてるのかなって思ったんですけど。結局何が原因なんですか?」

「もう少しもったいぶらせてよネ。まぁ話を伸ばすほどのことじゃないけド」

ガムテープをせっせと剥がし始めた青年を横目に夏目は静かにテラスの方を見る。すっかり日は沈んで、明るい館内から外のテラスの様子はよく見えない。晴れた日には穏やかな日差しの下で本を読めるなかなか人気の場所だ。

「最近、テラスにパラソルを設置したでショ」

「あ〜、そうなんですよ。おしゃれな白いパラソルで、眩しいと本も読みにくいですからね〜。まさか白いパラソルがその正体だなんて言いませんよね…?ちゃんと開放時間が終わったら俺がパラソルは畳んできちんとしまっていますから、風になびいたりはしないはずですよ」

「じゃあアレは何なノ?」

夏目が指さす方向を見るとテラスの奥で白い何かがぼんやりとうかびあがっていた。他にも畳まれたパラソルが白く浮き上がってはいるものの、奥でヒラヒラと宙に浮き風に揺られる白い姿は確かに幽霊のようにも見える。

「あれっ!?なんででしょう。全て確かに畳んだはずなんですが…」

「ガムテープ、剥がし終わったんでショ。さっさと鍵を開けて見に行けばわかル。あれはパラソルそのものじゃないヨ。」

慌てて鍵を開け、外に出る。少し肌寒い風が顔を撫でる。

「あ、夏目くんは危ないから着いてきちゃダメですよ。中で待っててくださいね」

「ボクがいないと原因もわからないんじゃないノ?グダグダ言わずに早く歩いてよネ。何かあったらモジャ公が何とかすればいいでショ」

「もちろんそれは何とかしますけど!見ればわかるものなんじゃないんですか〜、も〜ちゃんと手繋いでてくださいね、イタッ」

手を繋ごうとする青年のお腹にパンチを決めて、夏目はスタスタとテラスの奥へと歩き出す。問題のテーブルに着くと畳まれたパラソルの上の方でヒラヒラと白い布が舞っていた。

「あんなものが上の方にくっついてたんですね〜。イタズラでしょうか。とりあえず取っておきましょうね」

よいしょっという掛け声を出しながら、パラソルのてっぺんにくくりつけられた白い布を青年が外した。アッと小さく声を出してジト目で夏目が睨みつける。

「現場検証もしてないのニ、なんでモジャがパラソルを畳んだ時はその白い布に気づかなかったのカ、その仕組みは見なきゃわからなイ。そんな風に取ったら仕掛けも何もわからなくなっちゃうでショ」

「あ、確かに言われてみればそうでした。まぁでもこれでひとまず解決しましたし!ありがとうございます夏目くん。とりあえず寒いですし中に戻りましょう。」

うっかりしてたと笑いながら青年は夏目の手を引き館内に戻る。正確には夏目の手を引こうとして殴られて先を行く夏目を追いかけながら館内に戻るのだが。

「…一番の問題は誰が何の目的でわざわざパラソルの上に白い布を固定したかってところダ。ただの杞憂ならいいけド、根本的な解決をしないとまだ何か続きそうな気がするヨ」

静かに呟く夏目に青年はまた笑いかける。

「そんなに重大なことにはならないと思いますけどね〜。ふふっ、また何かあったら名探偵夏目ちゃんにお願いします」

「バカにしてるでショ。殺すぞ」

白い布は、この後図書館で次々起こる怪事件の発端に過ぎなかったことを彼らは後に知ることになるが、それはもう少し先の話。

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