聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!EX 作:みおん/あるあじふ
突然燕の前から姿を眩ました女性幹部。燕とネオの圧倒的な戦力を見せつけられ、逃亡したのか。それとも戦略的撤退か。だが、逃亡したにしては潔過ぎる。
大量のマグネシウムリングを展開し、燕が破壊している間に撤退したと考えるのが妥当であろう。ならば後者だと結論を出すのが必然である。
周囲を確認し、行方を探す。すると廃工場内の天井に大きな穴ができている事に気付いた。
恐らくあの穴から逃走したのだろう……もう少し早く気付ければ、と燕は自分を呪った。だが、まだ遠くへは逃げていない筈である。
「追って、ネオちゃん!」
『“
だが、それでも逃がさない。燕の装甲が外れ、機械蜘蛛へと変形したネオは壁を伝い、女性幹部が逃げた穴へと向かう。
後はネオに任せるしかない……間に合えばいいのだが。
(……ここにクッキーはなさそうだねぇ)
この廃工場に次世代クッキーはない。別の場所に運び込まれたのか、最初から存在しなかったのか。どちらにせよ、もうこの場所に用はない。
一刻も早く立ち去ろうとした時、インカムに一通の通信が入った。恐らくユーリからだろう。燕はインカムのスイッチを入れる。
しかしインカムから聞こえてきた声は、ユーリではない別の人物からだった。
『あー、あー……もしもし?聞こえる?』
ヘリウムガスを吸い込んで出したような声。変声機を使用している……性別は分からない。
「ん~と……誰?ユーリさんの知り合い?」
違う事は分かっている。YESと答える筈もなく、代わりに笑い声だけが燕の耳に入った。
『おたくの通信機をジャックさせてもらった、マロードっていうもんだけど……君は何者?』
マロードと名乗った謎の人物。インカムの切り替えが通用しない。一方的にジャックされてしまっている。口ぶりからして、燕という戦力が現れたのは想定外だったようだ。
「エ○ダ・ウォンです……って言えば納得してくれるかな?」
燕の解答に、インカムの奥からさらに笑い声が聞こえた。同時に面白い人だなぁ、とマロードは燕を評価する。だが声は笑っていない。
互いに素姓を割らない上辺だけの会話。このマロードという人物、万乳研と手を組んでいる。という事はクッキーの居場所も知っている筈である。
『聞きたい事は分かってるよ。工場にあったブツをどこへやったか知りたいんでしょ?』
「ん~……どちらかと言うと、君の正体が気になるかな」
内心、背筋が少しだけ寒気を感じ取った。読まれている……だがそれを悟られないよう、燕は冷静に受け答える。当然正体を明かしてくれるとは思っていない。
万乳研のバックにいるマロードという人物の素性も気にはなるが、今は奪取されたクッキーの行方が最優先である。
誘導してうまく聞き出せれば……どう切り出そうか思考を巡らせていたが、次のマロードの解答で無駄に終わる事になる。
『ブツは旅館に向かって運ばれてる最中だから、今から追えば間に合うんじゃない?』
え、と思わず声を漏らす燕。マロードはご親切に場所の詳細も含めて説明を始めたのである。罠の可能性が高いが、あえて乗ってもいいと燕は思った。どの道手掛かりはない。
「……ご丁寧にどうも」
話を終えようと、燕はマロードとの通信を切ろうと手をかける……が、ジャックしているのはマロードである以上、こちらからの操作はできないのだが。
そしてこの最後の会話が、既に全てが罠だったという事実に気付かされる事になる。
『まあ
マロードとの通信が切れた瞬間、爆発音が工場内部に反響した。衝撃と爆風で内部が崩れ去り、唯一の出口が瓦礫によって封鎖される。
さらにその爆発と連動するように、内部にあった工場機械が次々と連鎖爆発を起こした。
爆発は収まらない。破壊を繰り返し、炎を生み出し、火の海に変えていく。
燕は一瞬にして、瓦礫と業火に包囲された。まさに牢獄。四方八方全てが行手を阻まれる。マロードは最初から、こうなる事を想定していたのだ……追手という鼠を始末するために。
(やられた……じゃあ、さっきのも私とネオちゃんを引き離すための……!)
燕とネオ。このイレギュラーは彼らにとって危険分子。女性幹部は一撃離脱戦法を取り、燕の戦力を分散させるという状況を作り上げた。
燕は必ず後を追うだろう。追わざるを得ない。燕ならばどんな手段を使ってでも。
そして想定通り、燕はネオと分離し追跡を試みた。それも全て誘導によるものである。燕は最初から踊らされていたのだ……マロードの手の平の上で。
女性幹部と、マロードの隙のない連携。僅かな情報で燕の戦力を分析し最善の策を割り出した彼らの行動は、燕よりも一枚上手であった事を認めざるを得ない結果だった。敵ながら恐れ入る。
この一手により立場を逆転された燕。腕を組み、まいったねと炎の中で一人唸っていた。
(……とりあえず、ここから脱出しないとね。このままだとこんがり肉だよ)
燕は冷静に思考する。この危機的状況の中で、活路を見出さなければならない。工場が完全崩壊するまで、約5分と見積る。
周囲は瓦礫と炎。燕に逃げ場はない。仮に炎の中を全力で駆け抜けられたとしても、燕はこれ以上任務を続行する事はできないだろう。
それに、出口が塞がっている。どの道、選択肢として候補には上がらない。
だとするならば空中。まだ炎は行き届いていない。空中を舞い、女性幹部が逃走した天井の穴から抜け出せれば問題なく脱出できる。無論、ネオがいればの話だが。
しかし今はネオがいない。ネオを呼び駆けつけた頃には工場は崩壊している。時間がない。
だが他に選択肢はない。かといって他に空中を移動できる手段はなかった。
(………あ)
いや、あると燕。燕は腰につけた装備に視線を下ろす。
それは、ユーリから譲り受けた装備品のひとつ、フックショット。空中を擬似的に移動を可能にできる唯一の手段である。これを使えば、この状況を打開できるかもしれない。
思考する時間も僅かしかない。後は行動するのみ。燕は腰のフックショットを手に取り、目についた瓦礫に向かってトリガーを引いた。
先端が射出され鉄骨に絡みつき、レールが巻き戻り燕の身体が引き上げられていく。
燕は身体を一回転させて鉄骨を足場にしながら着地に成功した。とはいえ足場と呼べる程安定はしていない。一秒でも早く別の場所へ移動しなければ炎の中へ真っ逆さまである。
吹き上げる炎の中、燕はフックショットを使いながら次の足場へと移動を繰り返した。
鉄骨から更なる鉄骨へ。鉄骨から崩れ掛けた機械の残骸へ。まるでサーカスのピエロ。命綱はこのフックショット一丁。燕は上へ上へと、天井に空いた穴を目指して登っていく。
燕が上昇すると同時に、下の炎が激しく燃え盛り、徐々に天井へと迫っていく。一度でも迷いが生じれば死に繋がる……一瞬一秒が命取りとなる以上、もう進むしかない。
燕と天井にある脱出口との距離が徐々に縮まっていく。
しかし、周囲にはもう足場は殆ど残されていない。飛び移るにしても、いつ崩れてもおかしくない上、これ以上届くかどうかさえも疑問である。
燕はさらに思考した。周囲に存在するあらゆる物を分析し、利用できる物は全て利用する。
現時点では脱出口に届かない。足場を利用するのも限界がある。一気に飛躍出来る程の運動エネルギーが発生するならば話は別なのだが。
「…………!」
そしてある結論に辿り着く。一種の賭けだが、それ以外に方法はないと判断した燕は真下に視線を向ける。燕の視線の先には、歪んで今にも朽ち果ててしまいそうな鉄板が一枚。一度でも足場にすれば崩れ去ってしまうだろう。
その下には……古びたガスタンクが一台ある。炎は着々と迫り続けていた。もう工場が爆発するのも時間の問題である。
頃合いを見計らい、フックショットを射出。その鉄板へと着地した。
瞬間、それがまるでスイッチになるかのように……真下にあったガスタンクが大爆発を起こした。爆風は燕が飛び移った鉄板を押し上げながら、そのまま天井の脱出口まで運んでいく。
燕は爆風によって発生した運動エネルギーを利用し、天井まで飛躍できる運動量を獲得するという無謀とも言える方法で脱出を試みたのである。
いつ爆発するかも分からないガスタンクに期待を賭けた危険な手法ではあったが……運が良かったと燕は安堵した。
燕の身体はそのまま天井を突き抜け、日が落ちた夜空へと投げ出される。
脱出には成功したものの、宙に留まれるわけではない。このまま運動エネルギーを失い、燃え盛る工場へと引き戻されてしまう。
だがこの時、燕は確信していた。次なる手段が、燕の元へと必ず舞い戻るということを。
「ネオちゃん!」
燕が名前を叫んだ瞬間、分解されたネオのパーツが飛来した。ネオのパーツは燕の身体に装着。空中でのドッキングに成功する。
「ひとよんで……燕スペシャル!」
背中の粒子翼が勢いよく噴出し、星が瞬く夜空へと飛翔した。工場は炎を吹き上げながら、跡形もなく崩れ去っていく。
後は女性幹部を追跡するのみ。燕はネオが特定した追跡データを元に、沖縄の空を駆け抜けた。