東方妖々続伝〜outside and inside. 作:みかんでない
吸血鬼と門番に連れられて、俺は屋敷の長い廊下を歩いていた。廊下の所々に窓はあるが、外は深い霧で濁っていて何も見えず、引かれた絨毯や壁の色は全て、赤色で統一されている。腐ってもヴァンパイアの根城と言ったところか、不気味な気配が漂っている。
「先程は礼を欠いたな、つい取り乱してしまった。」
前を歩きながら、レミリアは俺に謝った。
「いや、別にいいんだ。ただの不幸な勘違いだよ。こっちも驚かせてすまなかったな。」
彼女は紅い瞳で僕をじっと見る。
「幻想郷の人間が我が城に足を踏み入れるのは久しぶりだよ。さあ、入ってくれ。美鈴、茶を入れてくれないか。」
「畏まりました。」
中華服の少女は、いそいそと別の方向に消えていった。レミリアは応接室と思われる部屋に俺を案内する。そして、俺を椅子に座らせた。
「新ためて自己紹介しよう。我は誇り高きツェペシュの末裔にして紅の名を授かりし最後の吸血鬼、レミリア・スカーレットだ。歓迎しよう。」
「俺は魂魄葉一だ。よろしく。」
「ところで人間よ、お前はさっき、軍の調査でこの空間を見つけた、と言っていたな。すまないが、他の外の人間には黙っていてくれないか?」
「ああ、問題ない。変わりに、といっては何だが…」
「何だ?」
「あの霊を人の形にしてほしい。何やら、申し上げたい事があるそうだ。」
「何だ、そんなことか。それならパチェに頼もう。おーい、パチェ!聞いてるか?」
「ええ、今来たところよ。」
ドアを開け、紫色のネグリジェを来た人物が入ってくる。その後ろから先程の中華娘もお茶を持って入って来た。
「お前の魔法でこの半霊を人の形にしてくれ。出来るか?」
「お安いご用よ。詠唱『具現化 Type-R』」
その人が二言三言口走ったかと思うと、半霊は形を変えた。さしずめ彼女は魔法使いと言ったところか。
「この魔法は己が有りたいと思う姿に魂の形を戻す。久しぶりね、冥界の庭師。」
「どうも。お久しぶりです。皆様方。」
ズオッ
そこに現れたのは、以前僕と憑依転換したときの彼女の姿ではなく、いや、性格に言うとほぼ外見上は変わらぬ彼女の姿であったが、なんと彼女の右半身は、一部機械化され、サイボーグとなっていた。服に覆われていない手や脚の一部分は、プロテクターが外れて回路が少し覗いている。彼女の右目は不自然に青かったが、とても綺麗に澄みわたっていた。
「本日はどうもよろしくお願いします。紅い幻想の皆さん。」
中華娘が慌てて彼女にかけより、質問する。
「妖夢さん、どうしたのですか!?この身体は、どうして…。」
「これは皆様方が去った後に起きた出来事なので知らないでしょうが、実は幻想郷を揺るがす程のレベルになりかねない異変が起きまして。我々はそれを『封印異変』と呼んでいますが、その時にある人物を我々で封印したのです。これはその代償。その人物の力は余りに強大で、異変解決組の多くが、身体の一部を失いました。もし、貴方達がその時幻想郷に残っていれば、十六夜咲夜さんは確実に、代償を受けたでしょうね。」
ちょっと待て、それは俺も初耳だ。
あの平和な郷にそんな事があったなんて、とても信じられる話ではない。ていうか十六夜なんとかって誰だ?ここにはいないようだが…。
「そんな事が…。」
レミリアは無表情のままだ。まるで、自分には関係ないと言いたげな表情をしている。そして、一番重要な箇所を包み隠さずにずばりと突く。
「それで?まだ核心を聞いていないぞ。『誰』、だ?それは」
姉さんは、少しも躊躇わず、一人の名前をはっきり口にした。
俺はその名前に聞き覚えがなかったが、そいつが重要な人物であったことを察した。
紅魔館の連中の顔が一変し、あのレミリアでさえもまるで信じられないといった顔をしていたからだ。
「嘘よ!!!」
その叫び声は唐突に背後から聞こえてきた。
振り返ると、背後に新たな人物が立っていた。
人形のように美しいその顔は驚きに満ちていた。彼女の顔立ちはどことなくレミリアと似ていた。
姉さんは彼女に向き合い、容赦無く真実を告げる。
「いいえ、本当です。彼女は闇に捕われてしまった。もう、貴方の知っていた彼女はいないの。」
彼女の動きが、下を向いたままぴたりと止まる。彼女の背中から生えた虹色の翼も、静止したまま動かない。
「お前がっ……」
そして、小さく何かを口走った。
「フラン、やめろーーっ!!」
今までの事実にほぼ、動じなかったレミリアが、何かに気づいたかのように突然動き、飛び出す。両手を広げ、皆を守るように、彼女に飛びかかる。その眼は震えていた。
「お前らが壊したんだ!!潰してやるっ!!」
こちらをきっと睨んだ彼女の眼は、狂気に満ちていた。
その顔は絶望に歪み、驚くほど強大な魔力がリミッターが外れたかのように溢れ出してくる。
そして、そのまま彼方の方向に右手を伸ばし、広げて、力を振り絞り、握り絞めようとする。
が、その射線にレミリアが割り込んだ。破壊の力は、彼女を再ターゲッティングした。
フランは大きく眼を見開いて、固まった。
「幻想郷には、手を出すな…。」
その頃、幻想郷…。
大地が鳴動した。これまでも極めて稀に、幻想郷では地震が起こることがあったが、今回のそれは規模が違った。
突然ゆっくり、ゆらゆらと揺れ出した地面は、段々激しく揺さぶられ、神の怒りだと人々は考え、恐怖した。
まるで、四方八方から空気ごと圧迫されているかのようだった。体験した人間は口を揃えてそう言った。
妖怪も恐怖した。次元が違う程の強大な魔力を本能で察知したからだ。低級妖怪ではどうする事も出来ず、ただその矛先が自分自身に向かない事を震えながら願うばかりだった。
幻想郷のどこかにあるマヨヒガも、勿論大きく揺れた。
そして紫、幻想郷の創始者は早くもその「震源」を突き止めていた。
「やはり、あれは幻想郷の脅威になりかねない。何度も自分に言い聞かせたはずなのに、止められなかったとはね…。」
紫は覚悟を決め、幻想郷を離れる決意をした。
「直接乗り込み、私自身で彼女を止める。場合によっては殺しも止むを得まい。」
スキマが開かれ、彼女は颯爽と闇に消えた。
レミリアは幻想郷への怨みをその身一つに背負って、死ぬ覚悟を決めながらふと気がつく。
あれ…何で私…。全く自分には関係ないはずの幻想郷を、護ろうとしてるんだろう…。
そして理解する。その訳を。そしてぽつりと呟いた。
「はは…。やっぱり私、幻想郷が………大好きだったんだ。最期に、護らせてくれないか…。」
「その意気や良しですッ!滅せよッ!」
目をつぶっていたレミリアは、爆散しなかった自らの身体を見つけて驚いた。
そして、代わりにフランドールの灰塵と化した右手を見つけた。
「『消滅結界<破壊絞>LEVEL.5^TypeQ:即効^』。すみません。フランさん。」
姉さんはあの時、瞬時にフランの手を包み込む程度の大きさの結界を構築。そして、瞬時にその空間ごと削り取っていたのだ。破壊の力は、行使されなかった。
その場にいた全員が、ほっとため息をついたり安心した顔をした。
「ああ…ああぁ…。姉様ぁ……。ああああああ」
緊張が解けて泣き出した彼女を、レミリアはぎゅっと抱きしめる。
「わたっ…私、姉様を殺してしまったと思って……」
「大丈夫。皆で、止めてあげる。次も、その次も。」
俺と姉さんは、感傷に浸る彼女達をいつまでも見つめていた…。
はずだったのだが、突然別空間に隔離されてしまった。にしてもこの空間、見覚えがある。
「あっ…」
隣で一緒に連れてこられた姉さんは何かを察したようだ。
「ちょっとちょっと~。何故こんな場所まで貴方達が関わってるの?」
お馴染みのSEとともに、幻想郷の影の支配者が現れる。
「!?紫……。」
「おかげさまで幻想郷がぶち壊れるところだったわよ、全く」
「すみませんでしたあぁっ!」
と大声を出したのは妖夢だ。
「私が安易に、情報を漏らしたばっかりに…。腹を斬る覚悟でございますぅっ!紫さまっ!何なりとお裁きをっ!」
紫は一つ、ため息をついた。
「あのねえ、妖夢。貴方もう全霊なんだから斬る腹もないでしょ。自分で落とし前をつけたんならいいわよ、別に」
「それにしても危ないところだったな。姉さんにはまた一つ、借りを作ってしまった。」
「妖夢も強くなったわね。さあ、幻想郷にでも戻りますか?」
「いえ、今宵はもう遅い。うちに泊まって行きなさい。」
「「「!?」」」
そこに、今までいなかったはずの人物の声が響いた。
「動かない大図書館…。私の空間に侵入するとは、流石の魔力量ね。気配すら感じなかったわ。」
それはあの紫色の魔法使いだった。
「パチュリー・ノーレッジよ。お褒めに預かり恐悦至極ね。私としても積もる話もあるし、レミィ達にも話はつけたわ。」
「申し訳ないが遠慮させてもらおう。まだ軍の調査の途中なんだ。本部に戻らないと、周りに迷惑をかける。」
「心配いらないわ。私の魔法と紫の能力を組み合わせ、貴方の時間を一日ほど巻き戻して結界からだせば、問題無く合流出来るはずよ。だから、一晩ぐらいなら居ても大丈夫ね。紫も泊まれるでしょ?私から貴女に話しておきたい事もあるし」
チートじゃんか、それ。まるでタイムマシンのような魔法も使えるって訳か。
「まあ、葉一の断る理由も無くなったし、私は彼のためにも泊まらせていただくわ。」
紫は式神に連絡をし始めた。
「私らも泊まりますか。」
「そうだな。」
こうして、俺達は紅魔館で楽しいひと時を過ごした。
「それで?貴女が幻想郷を去った理由、教えてくれなかった方があるじゃない?」
「ああ、その話か。いいだろう。今、教えてやる。運命は幻想郷の滅びを告げたのだ。」
「滅び?」
「正確に伝えると、幻想郷は暴走した一人の怪物によって滅ぼされる、だそうだ。」
「…………あいつのことね。」
「お前達の話を聞いて、私もそう確信した。奴を止めることは出来ない。もうあの世界に、未来は無いよ………。」
「…………。」
遂に、保留していた問題に決着を付けるときが来たらしい。紫はそう、固く決意した。