東方妖々続伝〜outside and inside. 作:みかんでない
地底旅行には、トラブルが付きもの
明日は地霊殿から招待を受け、初めて地底に行く日である。眠らないとそもそも幻想郷に行くことが出来ないのに、楽しみで今日はなかなか眠れない。遠足に行く前の小学生の様な気分である。
と、よく知っている人の声が聞こえてくる。
(永く生きてんのに、まだそんなかわいい所があったとはねぇ。)
「うぐぐ……そんなこと言うなよ…………あ、姉さんが起きたって事は無事眠れたのか!よしっ」
身を起こすと、そこは何時もの博麗神社だった。どうやら、ここが俺のリスポーン地点になったらしい。欲を言えば白玉楼が良かったが、博麗神社の管理者不在状態には丁度良いのかもしれない。
(折角の旅行に水を差すようで悪いけどね、地底なんてろくでもない奴が大半よ。期待するだけ無駄無駄ァ)
「それでも、今回は地霊殿からのご招待だからな。さとりの家なら大丈夫だろう。」
(それもそうねぇ。ま、道中でガン飛ばしたりしないことね。)
「俺はヤクザか…」
結局、紫は「貴方強いし一人で行けるでしょ?本音を言うと私めんどくさいし」とスキマで地底に送ってはくれなかった。
「よし、勉強だと思って行くか」
(案内は私に任せなさい。大先輩が、きちんと送り届けてやるわよ)
そうして、俺らは地底への入口に向かって歩き出した。
地底に着き、旧都を歩いていると、橋の上で突然何人かの妖怪が俺の前に立ち塞がった。
「おう兄ちゃん、外来人か?」
「そうだが」
「ふーん、良いものもってんじゃんか」
ばらばらと路地から更に何人か現れて、周りを取り囲む。
「この先に用事が有るんだ。すまないがどいてもらえないか?」
そう言うと、妖怪達は一斉に下品な声で笑い出した。
「まーだ状況がわかってねーのかよ」
「幻想郷のルールを教えてやらねえとなあ!?」
リーダー格と思われる青鬼が周りを掻き分け進み出て、怒鳴った。
「金目の物全て置いていけっつってんだよ、この野郎!!」
そうして背中に担いだ鉄のスタッフを轟々と回転させる。
周りの妖怪も斧や旧式ショットガン等を取り出し、俺に向けて構えた。物騒な世界である。
(ほら言ったでしょ。こんなろくでもない奴らばっかりなのよ)
「確かに屑みたいな連中だな」
しまった。いつもと同じ調子で姉さんへの返事を思わず口に出してしまった。これでは十中八九誤解される。まあ、別にそれは誤解では無いのだが。
「ああん!?誰が屑だとゴルァ!!」
「人間程度がナメやがって!ぶっ殺す!!」
キレた青鬼がスタッフを俺目掛けて突き出す。
その突きは、鬼の体重を乗せた鈍重な一撃で。
一撃で岩をも砕きそうな破壊力だった。
当然、避けられない訳も無く。
俺は身体を捻り、唸る鉄棒を躱す。
「!?!?」
青鬼は慌てて、二撃目を丁度俺が居る場所に正確に狙って来るが、既に俺はそれも読んで躱し、次の攻撃に備えている。
「青さん、さっさとやっちゃって下さいよ」
「そんな人間の餓鬼に慈悲などかける必要はありませんぜ」
青鬼は困惑していた。鷹が人間に、自分の攻撃を全て躱される。自分の行動が全て読まれているのだ。
「そんな『突っ立ってるだけの奴』に、何をずっと威嚇してるんすか」
「「そうだ、そうだ!やっちまえ!」」
青鬼は一瞬、人間程の強さにまで自分が衰えたのかと思ったが、すぐにそれは間違っていると気づく。
「突っ立ってるだけの奴」。
そう、手下の下級妖怪達には、彼が突っ立ってるだけにしか見えないのだ。
「彼の動きが速過ぎて、移動しているのが見えない」。そうとしか考えられない。
正面に躱し、ぼけっと立った人間と、一瞬目が合った。そいつは笑ったように見えた。
こけにしやがって。人間程度を殺せないこと、手下の前で恥をかかされたことに、彼は無性に腹が立った。
「うおおおおおおお!!」
青鬼は吠えた。そして、やけくそにスタッフをぶん回し、正確に狙うことを諦めて彼の移動範囲全体を狙うという荒業に出る。
「「「おおおおお!!!」」」
手下達が歓喜する。
しかしその瞬間。
それまであんなに重かったスタッフが、フッと軽くなったように感じた。何故か、両腕が解放されたように自由に動かせるのだ。いつのまにかあれだけ湧いていた声もぴたりと止んでいる。
「あ…………」
手下の一人が、声を漏らす。そして、刀を柄におさめるような、カチャッという金属音がした。
自分のスタッフを見る。
形を保っていた「ソレ」は、さらさらと砂になって地面に溶け去った。
「え…?」
青鬼はまたもや困惑した。
まさか。
まさかまさかまさか。
あの一瞬に、スタッフを斬って、斬って斬って粉々にしてしまったとでもいうのか。
いや、そうに違いない。
奴は、化け物だ。
「通して、くれないか」
そう、目の前の化け物は自分に聞いた。
青鬼のスタッフを、音もなく斬る。姉さんのエンチャントは、上手く言ったようだ。
「斬ったものを砂に変える魔法」。それが、今俺の剣にかけられた強化魔法だ。
(便利だったから私もこれ結構使ったわよ。あんたにも今度やり方教えてあげる。)
戦意を喪失し、がっくりと膝をついた青鬼を見て、手下が騒ぎ出す。
「よくも兄貴を!野郎ども、いくぞ!」
「撃て、やっちまえ!」
彼等が襲い掛かろうとした、その時。
彼等の足が一斉に止まる。
俺も、その場から動けなかった。
下級妖怪なら殺せそうなほどの強大な殺気。それが、俺の後ろから放たれていた。
「お客人に何やってんだい?ええ!?」
橋の上に足下駄の乾いたカツカツという音が響き、後ろから誰か近づいて来る。
「ヒッ…」
ヤクザ妖怪達は、その人の顔を見るやいなや、一斉に路地に入り込んで逃亡していった。
「うわあああ!殺さないでくだひゃいぃぃ!!」
青鬼も、脇目も振らず顔を恐怖に歪ませながら今にも転びそうな勢いで逃げて行った。
その後、辺りに渦巻いていた殺気が何事もなかったかのように消えた。
「逃げるとは鬼の名誉も墜ちたもんだねぇ…。真の鬼は、けっして逃げないってもんさ」
そう言いながら俺の横に立ったのは、輝くような一本の角を額に生やした背の高い鬼だった。
「貴方は……勇義さん」
彼女は、この前の宴会で顔を合わせたことのある大酒飲みの鬼だった。
「すまないねぇ。こんな所まで、わざわざ。」
「いいんだ。招待されてたし」
「あいつらには気をつけなよ。ああいう手合いはしつこいからねぇ。」
「わかった。次は気をつけて、手下の武器も破壊する」
勇義は面白がって笑った。
「ハッハッハ!変な奴め。それにしても、私の殺気を一番近くで浴びていたにも関わらず、逃げないとはねぇ。翠香に弾幕勝負で勝ったと聞いてからは、決闘したくてしょうがなかったけれど、ますます気になるねぇ、あんた」
(内の弟がそりゃどうも)
姉さんが俺だけに聞こえるようにぼそりと呟いた。
「ところで、地霊殿行くんだろ?あたしもそっちに用事が有るから、案内してやるよ。ついて来な。」
そう勇義は言うと、俺の先に立って歩き始めた。
俺が立ち止まっていると、勇義は振り返って大きく手を振る。
「何してんだい?こっちだよ!」
「ああ、いま行くよ!」
俺は意味も無く立ち止まった訳ではない。
何故俺が地霊殿に招待されたことを勇義が知っているのか。
それがちょっと、ひっかかっただけである。
地霊殿とおぼしき巨大な館の前に着くと、勇義はずかずかと庭に続く門を潜って中に入って行った。
どうやら、勇義も地霊殿に招待されていたようだ。
その時、上空でゴゥという音と共につむじ風が巻き起こり、中からよく見知った人物が現れた。
「また会いましたね!葉一さん!」
彼女は着地し、天狗の高下駄が音を鳴らす。
「文か。ここに居るという事は」
「ええ。今日は招待に与りました。」
鬼に天狗か…。名だたる強力な妖怪が集まっているというのは、ただ事ではなさそうだ。
「もしかすると…………これ、俺の歓迎会では無い?」
「ええ。」
即答か……。つまり、文は何故俺らがここに呼ばれたのか知っているという訳だ。
その時、勇義の声が聞こえてきた。
「葉一!文!」
「はい!ただ今!!」
文は大急ぎで行ってしまった。
まあなんにせよ、これからわかるだろう。
俺は潔く考えるのを諦めて、地霊殿の玄関に向かった。