「エイドリア~ン……」
アウストリの広場での大騒動から開放され、ようやく自分の部屋に戻れたルイズは己のベッドの上で、うつ伏せの状態になりこの世の終わりと言わんばかりの重い口調で呻き声をあげる。
ルイズは最悪だった。自分が召喚した使い魔があまりにも酷かったからだ。しかも事もあろうに教師であるコルベールを火だるまにするという大惨事を引き起こしたのだから。
ギーシュがロビンに食われそうになり、馬鹿とハゲが燃え盛りながら転げ回るアウストリの珍事はキュルケの友人であるタバサちゃんが魔法学院から他の教員達を連れてきた事によってどうにか終息をむかえる事が出来ました。
ロビンに噛まれ、下半身を中心に痛々しい傷が残る薔薇の坊っちゃんことギーシュ君は唇を紫にしてピクピク痙攣しながらも一命をとりとめ。
大炎上によって黒い物体Xと化したコルベールと春巻は全身を包帯で巻かれた状態で、魔法学院の医務室にてギーシュ君と仲良くベッドでおねんねしているのだった。
その際にルイズは嫌々ながらも春巻と使い魔の契約をした。キスのが終わった後、黒焦げになった春巻の胸にルーンが刻まれていく所をみると契約は成功したようだ。
「まるで炭の固まりに口を付けるような感触だったわ」
後にルイズはキュルケ達にそう語り、あからさまに不愉快そうな顔をするのでした。
日が沈み、雷鳴が響くほどの大雨が降ってきた魔法学院は漆黒の闇に覆われている。そんな中を散歩する馬鹿もいないだろう。
ルイズは考える。あれは果たして使い魔として役に立つのか、と。
だが、すぐに結論はつく。答えはNOだ。
「マチュピチュゥゥゥゥ……」
再び絶望の呻き声をあげる可哀想なルイズ様であったが何時しかルイズは考えるのを止め、夢の世界へと全力で逃げ出したのでありました。
場所は変わり、魔法学院・医務室。
全身大火傷のコルベールと傷だらけのギーシュの苦しそうな息が暗闇の中で聞こえてくる中、ベッドの上でむくりと身体を起こす人影が一つ。
「ちぇりーん……苦しいミャオ~」
使い魔として召喚された我らが馬鹿春巻である。春巻は自分の顔を覆っていた包帯を外しそこから顔を覗かせる。
驚く事に包帯を巻かれる前は真っ黒クロスケだったはずの彼の顔は何事もなかったかの様に回復していたのだ。
なんと春巻先生はルーンの力によって驚異的な自己回復力を手に入れたのである!しかし、それは春巻の運命をさらに残酷なものへと導く悪魔からのプレゼントに過ぎないのであった…。
「ほあき~ん……お腹空いたちょ~」
そんな事を知るはずもない春巻は全身を巻いた包帯から顔だけを出してベッドから立ち上がり、食料を探すためにくねくねと歩き出す。そして医務室の扉を開くと闇が支配する魔法学院での徘徊を始める春巻であった。
「ああ~…怖い…こんな日に夜の見回りなんて…絶対何か出るわ…ほらもう鳥肌立って来た…」
雨音がますます激しくなっている魔法学院の本塔の中、一人の女がランプを持ちオエオエと身体を震わせブツブツ言いながら歩き続ける。
彼女はミス・シュヴルーズ。コルベールと同じく魔法学院の教師で赤土の二つ名を持つメイジである。
穏やかな性格で生徒達に優しく接し、生徒達からも信頼されている人―――なのだが。彼女にはとても困った一面があった。
それは幽霊や妖怪等の類いに対して異常なまでに臆病でありトリステイン魔法学院にそれらがいると思い込んでいる所だ。
シュヴルーズ曰く魔法学院には1万体以上のメイジの幽霊がいて、さらに生者の血肉を食らうリビングデッドが獲物を求めて夜な夜な学院中をさ迷っている…らしい。
シュヴルーズがそれを語る度に同僚や生徒達は「ああ、またか」とうんざりした様な顔になり「これさえ無ければよい人なんだけどな」と思うのでした。
『ああーー…コワイ』
それがボギー愛子…ではなくシュヴルーズの口癖であった。
彼女は今、教師同士で決めた夜の見回りの当番としての仕事を果たすべく暗い暗い魔法学院を重い足取りで歩く。
顔は恐怖でひきつりランプを持つ手はガタガタ震えていて今にも心筋梗塞で倒れるのではないか心配で仕方ありません。
「ああ~、コワイ……だけどリビングデッドから生徒を守るのは教師の義務よ……リビングデッドが生徒を襲うなんてこのシュヴルーズが許さないわ……。ああ~、でもやっぱりコワイ…鳥肌が止まらない」
さっきからコワイコワイばかり言い続けるミセス・シュヴルーズの顔はすっかり青ざめ、むしろ彼女がゾンビなのではないかと思える。
「……ォォ~」
突如、シュヴルーズの後ろから聞こえてくる謎の声。それと同時に彼女の動きもピタリと止まる。一気に上がるシュヴルーズの血圧、荒くなる彼女の鼻息。
まさか
まさか
まさか
「……ョォォ~」
再び耳に入る恐ろしい呻き声。何かいる、何か恐ろしいものが自分の後ろに。
「ボギー…ボギー…ボギー…ボギー…ボギー…!」
何やら呪文らしきものを唱え息を整える赤土女、シュヴルーズ。これは浦安にいるボギー愛子が除霊ボムを行う際の呪文と同じなのだが、まあ関係ないだろう。
(大丈夫よシュヴルーズ…リビングデッドは若い人間の血肉を好むのよ…だから私は狙われない…きっと風か何か…)
何度も自分に言い聞かせながらシュヴルーズは麺をすする様な口で息を吸う。もっともゾンビが若い人間の血肉を好むなんてのは彼女が勝手に考えたものなんだけど。
そして
「ホドゥワッ!」
シュヴルーズは一気に振り向きランプを持つ手を前に突き出した。その直後に落ちた雷の光がその正体を写し出す。
「チョオォォォォォォ…!」
ガリガリに痩せ細った肉体、顔以外の全てを覆う真っ白の包帯。白目を向き悪魔の様な声を出し何かを求めフラフラと歩く異形の存在。
どう見ても化け物です。ありがとうございました。
「ミミガァァァァァァァァ!」
絶叫をあげ、窓に向かって顔からダイブするシュヴルーズ。窓は大きな音を立てて砕け、ふくよかな肉体が地面へと落下する。
「ボムギッ!」
地面へと強く叩き付けられリンゴの様にコロコロと転がった後、シュヴルーズは口から血を吐きチワワの様に小刻みに震え叫ぶ。
「で、出たぁぁぁぁぁぁ!やっぱりリビングデッドは魔法学院に実在したのよォォ!あのリビングデッドは生徒達を狙っているんだわ!
生徒達の血を吸い尽くすつもりだわ!生徒達の肉をむさぼるつもりだわ!せ…センチュリィィィィィィィィィィ!」
リビングデッドを見た事によって完全に脳内バグを起こしたシュヴルーズは、顔に刺さった窓の破片を気にする事もせず絶叫しながら走り出し闇の中へと消える。
顔中を血だらけにして全力疾走するシュヴルーズを、他のメイジが見たら間違いなくビビって有無を言わさず魔法を使っていただろう。
一方、シュヴルーズの肝を潰したリビングデッドはというと。
「い、今のはなんだちょ~?いきなりびっくりしたホイ…」
勿論、その正体は食べ物を求めて歩いていたお馬鹿な春巻でした。自分の姿を見て魔法学院の教師である赤土のシュヴルーズが窓から飛び降りたなんて知る訳がない春巻は大きな音がした事に少しビビりながら回りを見る。
「何か食べるものはないキンポ~?」
ぐうぐうと腹の音を鳴らしながら春巻は再びゾンビよろしく食料を求めフラフラと歩く。
「生徒達は私が守るわ!あんなリビングデッドを魔法学院においちゃあならねーわ!」
一方、春巻をリビングデッドと認識したシュヴルーズは顔の破片をそのままに自分の部屋に戻ると狂った様にクローゼットを開き何かを探し続ける。
「あったわ!」
何やら細長い箱を見付けたシュヴルーズはそれをクローゼットから引きずり下ろし血だらけで真っ赤になった顔でニタリと笑う。
「待っていなさいリビングデッド!私に出会ったのがお前の運のつきよ!お前のハラワタを引きずり出して床に並べてやるわ!ボギー!ボギー!ボギー!ボギィィィィ!」
恐ろしい事を言い口から涎を垂らし細長い箱を抱えながら部屋を飛び出すミセス
・シュヴルーズ。彼女は完全に頭のネジが全てふき飛んでしまっていた。
シュヴルーズにリビングデッドと認識された馬鹿春巻は一体どうなってしまうのか!?