一応数話で終える予定です。
二〇〇一年も末のころNASA国際宇宙センターは、昼夜を通して慌てふためいていた。日本時間の夕方、街では号外が飛び交い世界中のニュース番組が緊急特集を組んだ。キャスターは険しい表情でトップニュースを読み上げる。内容は、NASAが隕石が地球に衝突する可能性があると発表したからだ。
「小惑星二〇〇一YB五は、予測された地点から大きく外れ地球軌道上に最接近し、少なくとも数ヶ月後には地球に落下する恐れがあります」
小惑星の落下地点は、アメリカテキサス州もしくはフランスに衝突すると発表され、衝突したらテキサス州もフランスも消滅する規模の大災害を起こすと発表された。
アメリカ・フランス両国の国民は大混乱に陥ったが、一週間後にNASAが小惑星を破壊するために打ち上げ予定のロケット改造して打ち上げると発表。翌月には小惑星に向けてロケットが発射され、目標通り小惑星は破壊され粉々になった。その日のニュースは穏やかな口調で小惑星の動向についてキャスターが画面を指して解説をしていた。
「破壊された小惑星は、隕石群となって地球に落下するものの、ほとんどが摩擦熱で消滅します。加えて、落下地点も小惑星が落下すると予想された地点から外れ、太平洋か大西洋上に降り注ぐとされ人的被害はまったくないとNASAから発表されました。いやよかったですねアメリカ人もフランス人もようやく枕を高くして眠れることでしょう」
のんきにキャスターは、落下するその日は世界中に流星群が見られることでしょうと締めくくった。
だが、その通りである。破壊された小惑星からの流星群は世界中で観測され人々は恐怖の対象から羨望の物になった小惑星をベランダやテレビ・この日のために買った望遠鏡で流星群を眺めていた。人々は恐怖を忘れ去っていた。
この日流星群のいくつかが、予測通り太平洋や大西洋に落下したのが観測された。
人的・物質的被害は皆無であり、のちに各国の研究機関は、海洋に落下した隕石を探索するための調査チームが結成されたが、砂漠の中で一本の針を拾うがごとく潮の流れもあり隕石を発見できなかった。各国の研究者たちは、予算の無駄と判断して探索を打ち切りにするチームが日に日に増えていった。
そして十年近くの歳月が経ち、人々は小惑星の衝突しかけたという記憶も隕石のことも海の底に沈んでいった。
二〇一一年のアメリカのハワイ州パールハーバーでは、観光客が大勢来島していた。空は晴天に恵まれ、日がかんかんと降り注ぎ、式典に出席する制服の人を除けばほとんどの人は短パン・半そでの服装で溢れていた。九月といえどもハワイ州は常に夏である。
この日は、対日戦勝記念日であった。国を挙げた盛大な記念日ではないが、勝利と戦死者を讃えるために催しが行われ、開戦の地と勝利の地が両方存在するハワイ島に多くの観光客が集まっていた。
そのなかで一際目立つ建造物がある。天高く伸びた塔のような形で、その両側に三門の大砲が前方に二基づつある。いや、建造物ではない船である。大戦中に竣工し、終戦時に日本のポツダム宣言調印の場としそして二〇世紀終盤まで現役であり続けた大艦巨砲主義の遺産戦艦ミズーリである。ミズーリは、航行可能の状態で記念館として整備保存されている。黒光りする九門の十六インチ三連装も稼働状態であり、その砲火を放つことができ、いつでも外洋に出て出撃できるほどの威光をこの戦艦は放っている。
しかし、現代は高性能レーダーとミサイルなどを配備した駆逐艦や静寂性の潜水艦そしてアウトレンジや制空・制海権を確保するための空母が主流である。ミズーリも近代化改修でレーダーやミサイルを装備していたが、ローテクノロジーの塊である戦艦が活躍できる場所はもうなくその自慢の砲も最後は湾岸戦争で放てたのみであり、お役御免となった。
今のミズーリは、観光客が見物や写真を撮るだけの観光名所となっている。その船上で元船員たちがボランティアで観光客に船内の案内をしている。
ボランティアをしている元船員の老人が艦内で観光客にミズーリの施設を解説していると、二十代ぐらいの腰まである黒髪の女性が立ち入り禁止の区域に入っていくのを見て、またマナーの悪い観光客が入ってきたのかと憤り、女性を追いかけていく。
だが、女性の姿はその影すらなかった。他のボランティアに聞いてもそんな女性は見かけなかったといわれ、ボケたのかといわれ腹が立ったが、自分でただの見間違いだと言い聞かせて艦の外に出る。
甲板に出るとF/A-十八E/Fが十機もミズーリの上空を飛んでいるのを見かけた。
「今年は、やけに豪勢じゃないか。節目の年でもないのに、州知事が票集めに出したのか?」
パールハーバーといえどもミズーリがいる区画に十機も戦闘機が飛ぶことはまれだ。F/A-十八E/Fは、そのまま曲芸の一つもせずに沖へと飛んでいった。だが、艦勤務の時に見張りで鍛えられた老人の眼差しは、戦闘機が沖合で黒煙が吹いていたのを見逃さなかった。
『非常事態宣言発令。非常事態宣言発令。直ちに避難せよ』
パールハーバー全域にけたたましいサイレンと無感情なアナウンスが鳴り響く。観光客たちは、なにかの催しかとのんきに構える人もいたが、老人たちボランティアや職員たちは素早く観光客を避難誘導することに努め始める。軍人であるため命令順守もあるがそれ以前に、ここで非常事態宣言発令など戦争以来ないはずなのだ。
「みなさん!誘導に従って避難してください!」
老人たちがしわがれた声を凛とした声で張り上げ観光客の避難を開始させ始める。
その時、観光客の何人かが空に向かって指をさし始めた。黒い奇妙な形をした物体がパールハーバー上空に舞っていたのだ。
黒い物体が徐々に地上に向かって降下を始めるとその姿がくっきりと見え始める。五つの黒い物体は、無論米軍機でもないし、他国の物でもないのは明らかだった。それは明らかに飛行機の形をしていなかったのだから。その瞬間、黒い物体の下腹部から光の玉のようなものを放出すると、息を吸わさない時間でパールハーバー基地に爆音と物が焼ける匂いが漂う。
全員が理解した。祖国が攻撃されていると。だが、次の瞬間で、人々の考えは恐怖と叫喚で埋め尽くされた。黒い物体が観光客に向かって火を放ったのだ。男も女も老人も子供も白い肌も黒い肌も国籍も関係なく、同じ赤い血が辺りに散らされた。
恐怖のの伝播はあっという間に、そして規律の崩壊も同じようにあっという間に広がる。人々は、赤く染まった地面を踏み、われ先にへと避難しようと出口に集中する。
「全員落ち着け!バラバラに逃げるな!」
誘導をしていた老人が言葉遣いも忘れて、右往左往する人々やわが命大事の人々を抑えようとするが、全く聞かない。すると、上空に銀色の戦闘機F/A-十八E/Fが飛来してきた。
「遅えじゃねぇか!?何やってんだ!」
聞こえるはずがないのに老人は戦闘機に向かって叫んだが異変に気付いた。戦闘機が来た方向が、沖ではなく基地から来たのだ。これだけの異変が起きているのになぜさっきの出撃した戦闘機が戻ってこないことを。
束の間、戦闘機が黒い物体に空対空ミサイルを放ち、ドッグファイトに持ち込む機体も二十ミリバルカン砲を斉射するがまるで落ちる気配すらなかった。逆に。黒い物体がF/A-十八E/Fを次々に撃墜していった。機体は幸い海に落ちていき二次被害は防げたが、それでも慰め程度にしかならなかった。
悪いことは連鎖する。黒い物体が市街地に向かい、地響きに似た轟音が聞こえるとすぐ町から叫び声や火の手が上がり、人々の混乱は増していく一方だった。群衆の中で女性の音を引き裂く声が聞こえる。
「あれを見て!」
ミズーリの艦首方向の沖合に黒い物体と同じ色合いで、二本の腕が垂れ下がり白く光る一つの目があった。その風貌はエイリアンといっても差し支えなかったが問題は大きさだ。沖合からでは人と同じ大きさに見えるが、これがまじかであると空母と同じぐらいの大きさになると老人は予測がついた。すると、エイリアンは体を開けるような仕草を取ると中からキラービーが巣から出るかのように先ほどの黒い物体が一斉に放たれた。
人々は絶望に叩き落された。黒い物体の本隊が来る前に逃げ惑う者、神に祈りをささげる者、最後に故郷に残した者に電話を掛けようとするがどうやらできないようで電話を叩き割る者、子供だけは守ろうと親同士が子供に覆いかぶさり守ろうとする者も出始める。
老人は惨状を見つめて分かりたくないことが分かった。米軍機は全部落とされた。神は、この地獄から誰も救ってくれはしないのだと。
黒い物体の先鋒たる一体が人々に向けて斉射する。血しぶきや内臓・臓物が飛び交い、血を見て絶叫を上げ、亡くなった者に何度も呼びかけようとする人がいる。そして第二射が老人たちの方向に向けられ、老人は目を閉じた。ここが最期だと。
だが、音は聞こえなかった。天国に来てしまったのかと片眼を開けると、そこは先ほどとなんら変わらない惨劇の場所だった。だが、ひとつ異なることがある。あの黒い物体が二体いなくなっていたのだ。すると、後方でブーンという連射速度が速すぎて一つの音に聞こえるファランクスの機銃掃射が聞こえたのだ。
老人は、だれかやったのかとやっと見つけた一つの希望を見ようと後ろを振り返るが、そこにあるのは海に佇むミズーリだけだった。だが、ファランクスの音は間違いなくミズーリの方向から聞こえた。老人はまさかと思いミズーリに戻っていく。ほかの元船員や職員、つられてきた観光客が後を追いかける。
老人がデッキに乗り込み目的の場所に着くと、やはりファランクスの位置が違っていた。ファランクスはその本来の役目の通り、天に向けて発射していた。すると、黒い物体の一団がこちらに向かってくるのを目視するとファランクスが向きを変えて斉射する態勢をするのを見て、老人は後方にいた元船員たちに向かって警告する。
「下がれ!耳を塞げ!」
全員がそこから離れ鼓膜が破れないように耳を塞ぐと、ブーンというファランクスの機銃掃射が放たれる。黒い物体はその威力からか半数が消し飛んでいた。その様子を見ていた全員が疑問に思ったことを職員が代弁した。
「誰が、あれを動かしているんだ?」
老人たち元乗組員数人と職員がミズーリの艦内に入る。半数は、武器弾薬庫にもう半分は艦橋に上る。老人は熟練の軍人であってほしいと願った。もしクレイジーで向こう見ずな若者の軍人がロストテクノロジーの塊である戦艦に下手に触ったら大やけどになるのだからと心配があった。
すると、艦内に女性のアナウンスが突然流れ始める。
『主砲が発射されます。甲板にいる乗組員は速やかに艦内に避難してください。繰り返します』
「主砲だと!!」
ミズーリの主砲なら、あの距離なら黒い物体を吐き出すエイリアンを確実に破壊できるが一体誰が運んだのだろうか。老人たちは急いで艦橋に向かう。
艦橋の扉を開けると、人っ子一人いない。彼らは、艦橋内を探し回るが、やはり誰もいなかった。
「誰もいないぞ」
「幽霊でも動かしているのか」
「馬鹿を言うな。俺は陸でもこの船でも幽霊なんざ一度も見たことはねぇ」
老人がアナウンスがあった主砲の様子を確認するために、正面の窓から主砲を覗いてみる。甲板には誰もいない様子だった。そして、主砲がゆっくりと左に旋回し主砲一門の仰角が上がると耳をつんざくような爆音と黒い煙が火を交えてうねりを上げた。そして、十秒も経たないうちにエイリアンは火柱を上げて傾きながら沈んでいった。
敵が倒れたことに喜びの声を上げるのが普通だが、彼らはこの船の砲を撃った奴がいないことに
「だめだ。電話がつながらない。弾薬庫に行った奴らとの合流を待たないとだめだな」
「そうも言ってられないようだ」
職員が右舷の方向に指さすと、黒い何かが見えていた。先ほどと同じエイリアンが大挙して押し寄せてきていたのだった。同時に、ミズーリの地響きに似た汽笛が周囲に響く。
『お知らせします。当艦は出港の準備をいたします』
先ほどと同じ女性のアナウンスが聞こえると、艦内は小刻みに揺れ始める。エンジンがかかり始めたのだ。だがおかしい。いくら何でもこの船のエンジンは電気ではなく蒸気タービン。今の海軍にそんな芸当ができる人は、元船員たちだけだ。元船員が乗り込んでいる?できすぎだと老人はナンセンスだと思った。しかし、それよりもナンセンスなのは、まだ残っている人々を残して逃げ出そうとする根性だった。
「おい!聞こえてんのか!まだ乗せてねぇ人がいるんだ!全員このミズーリに乗せてからでも遅くねぇだろうが!!腰抜けが!!」
老人は見えない奴らが目の前にいるかのように怒鳴り上げると、再びアナウンスが流れ、『当艦は、全員を収監後出港いたします』といった後、老人はそれでいいというサインで首を振った。
「乗せきれるのか?」
職員の問いに白い口髭の元船員が静かに優しく答える。
「大丈夫だよ。わしがいた頃は二千五百人ぐらい乗ってたよ。ここにいる観光客全員ぐらいは乗せれるよ」
その通りだった。ミズーリや博物館にいた人々全員がミズーリに乗艦できた。人々は血で服や肌が赤く染まっているが攻撃が来ないことと、戦艦という代名詞が安心感を生んでいた。
タラップを下げて、人々を乗せたミズーリはハワイ島から脱出する。道中、黒い物体がミズーリに攻めてきたがファランクスの対空射撃、そして主砲で発射元であるエイリアンを薙ぎ払うと艦内からは観光客たちの歓声が上がった。
だが、それに反して元船員たちは訝しげに艦橋から主砲が火を噴くのを眺めていた。
「弾薬庫にも誰もいませんでした。いくら自動化がされているといっても出来すぎている。まるで……ミズーリが自分の意志でしているかのようだ」
それを聞いて老人は腕を大きく広げ声を張った。
「クレイジー!ナンセンスだ!もしそうだとしてもそいつは歴戦のミズーリじゃねえ。腰抜けの幽霊だ!民間人を守らずに逃げ出そうという根性、軍人じゃねぇよ」
「いるわここに」
艦橋に先ほどからアナウンスが流れた女性の声が聞こえた。間違いなくアナウンスから通した声ではなかった。そして、元船員の一人が口をパクパクと開けて指をさした方向を全員が一斉に振り向くと目を丸くした。
そこにいたのは、老人が艦内で見かけた腰まである黒髪の女性だった。だが、奇妙なのは女性の姿が向こうまで透けて見えていたのだ。
「I'mミズーリ。私は『バトルシップ』のような歴戦の戦艦なんかじゃない、役者の戦艦よ」
ミズーリは、運よく脱出できた船舶・軍艦と合流してミクロネシア連邦へ亡命した。だが、ミクロネシア連邦に無事にたどり着いた彼らに待っていたのは、残酷な悲報だった。
ハワイ州が未知の存在に占領されただけにとどまらず、アメリカ西海岸にも出没し、主要都市は大打撃を受けているということであった。祖国に帰れない人々は言い表せない言葉を涙で表した。
この未知の存在は、深海生物のような風貌と未知の存在と戦い生き残った軍人たちの証言より海から出現したという情報から、道の存在を『深海棲艦』と呼称するようになった。