深海棲艦によるハワイ州及び西海岸陥落以後、世界でも深海棲艦が出没した報告があがっていた。その報告の半数はアメリカ合衆国、残りはインドシナ諸国と欧州からである。
船舶が次々と深海棲艦による攻撃で沈まされ、遺体のない棺桶が日に日に増えていった。最終的に、深海棲艦の侵攻範囲はミクロネシア連邦東部以東とアメリカ西海岸から数百キロと大西洋の島々まで及んだ。陸上にまで侵攻された合衆国によると深海棲艦は、陸上に上がると弱まる傾向にあるとの情報が得られた。
しかし、かの深海棲艦を見た者あるいは戦った者ならある疑問が湧くのは当然のことであった。なぜ、東海岸や欧州は攻撃が効かない深海棲艦の侵攻を防げたのかということである。
これは、最重要機密として
アメリカ東海岸は、記念艦が多くあることも比例して目覚めた軍艦も必然的に多かった。欧州は、イギリスの軽巡洋艦ベルファスト、ポーランドの駆逐艦ブリスカヴィカらが深海棲艦を食い止めたのだ。未だ目覚めていない艦もあるとされ、各国は血眼になって捜索を始めた。
日本政府もアメリカの協力もと、国中の軍艦を調査した。アメリカとしては、太平洋に避難しているミズーリと民間人を友好国にして世界有数の海軍を持つ日本に保護させることと、奪われた領土を奪還するための戦力としていち早く情報の公開をしていたのだ。
しかし、日本政府の努力もむなしく目覚めた艦は一隻も発見されなかった。そして、西海岸陥落から三ヶ月後、奇しくもその日は大日本帝国が太平洋戦争に突入した日に起きた。
航空自衛隊の低空索敵により深海棲艦が首都方面に向かっているという報告を受けて、交信が絶ったこともありすぐさま横須賀基地の第一・第二護衛隊群が出撃した。
先発した第一護衛隊群は、横須賀基地から六百キロメートル離れた伊豆諸島にいた。護衛艦くらま以下八隻の護衛艦の見る先にそれはあった。くらまの艦長石川一等海佐は重々しく口を開く。
「これは現実か?」
それは、真っ黒な体にクジラとも思わせる巨大な体をした生物だった。だが、観測によるとその体は所々機械のようなところがあり生物とも機械とも言えなかった。もしあれが無害ならば、奇妙なホエールウオッチングであっただろうが、あの生物の巨大な口から国土である島に向けて砲撃にも似た攻撃をしているなら話は別だ。
副長の山崎二等海佐は、額から汗をにじませていた。
「艦長。あれがアメリカからの報告にあった深海棲艦でしょうか?」
「口から火を吐く生物がいるとすれば、それはゴジラかキングギドラだと思ったが、もう一匹目の前にいる。だが、なんであれ、日本を攻撃するものは、排除しなければならない。レーダー射撃は大丈夫か?」
あの生物に近づくにつれて、レーダーが不調になりそれに頼る砲撃・ミサイル攻撃が、かの生物に当たるか気にしていたが、山崎二佐は自信をこめて答える。
「砲雷長によると、問題ないようです。電子戦も行っていますが、芳しくないようです」
それを聞いて石川一佐は、安堵する。そして全艦艇に向かって戦闘開始の合図をする。
「対水上戦闘用意」
先に先制したのはCICを搭載したきりしまがハープーンを発射した。二発のハープーンが速度を上げて、深海棲艦に直撃して轟音と爆炎に包まれる。だが、深海棲艦は傷一つもなく、攻撃目標を第二護衛隊群の方に向けた。
「目標。損傷なし!頭をこちらに向けてきます!」
「なら正面切って戦えるわけだ」
深海棲艦が島を攻撃を中止したことは、民間人の被害を抑えられることでむしろ好都合だ。しかし、ハープーンでダメージを与えられないということは、なかなかの防御もしくは装甲を持っていることだ。ならば集中砲火によるダメージの蓄積で叩く」
「きりしまには兵装をトマホークに切り替えて発射を。ちょうかいにも同様に伝えろ。たかなみとおおなみの両艦は、主砲の砲撃範囲内まで前進せよ。集中砲火で一気に倒せ!」
命令が各艦に伝わると、その通りに動く。先にたかなみとおおなみの両艦が深海棲艦に向かって前進し、主砲の射程範囲内に入り主砲の仰角を上げ始める。きりしま、ちょうかいが、先鋒の二隻が所定の位置に着くのと同時にトマホークを射出して深海棲艦への攻撃を開始する。
艦の後方から炎の轟音とともに垂直に発射されたトマホーク計二十発とたかなみとおおなみの主砲一二七mm単装速射砲が最大発射速度である分速四十五発もの弾を放つ。加えて、たかなみとおおなみの両艦は装備されている三連装魚雷も深海棲艦に向けて放っていた。
これほどの集中砲火に石川艦長は、坊ノ岬海戦にてかの戦艦大和が受けたのと匹敵する火力だと噛みしめた。これほどの集中砲火ならば損傷は確実だと思っていた。
集中砲火のによる爆発の煙が晴れていき、深海棲艦の様子を見張りが双眼鏡で覗いてみると、へこみどころか擦り傷一つもなかった。
「敵!損傷見られず!」
「全くだと!まだ火力が足りないのか!?」
「たかなみとおおなみから報告。ワレギョライハッシャモコウカナシとのこと」
馬鹿なと艦内の全員が思った。あれほどの集中砲火、沈むことはなくてもへこみや損傷の一つもないということに絶句した。あの敵に何物も攻撃が効かないのかと。
すると、深海棲艦の巨大な口が開き中から一門の砲が見え、そこからくらまに向けて火を噴く。幸いにもくらまの速度が勝り攻撃の回避ができた。その様子を右舷で見ていた船員が報告する。
「砲弾!砲弾です!奴は砲弾を撃ってます!」
目視でも確認できるほど巨大な砲弾。もしあれが直撃すれば、大破どころではない。艦内の全員がそう思った直後、見張りの悲痛な叫び声が上がる。
「砲撃きます!」
「シースパローはまだか!?」
山崎が叫んだと同時に、シースパローが発射された。艦対空ミサイルとして開発されたシースパローが砲弾を破壊できるか疑問であるが、しかしくらまに搭載された長距離砲撃はこれのみでしか対策が取れない現状祈るほかなかった。
シースパローが封を破り、深海棲艦の放った砲弾に向かって火を噴きながら推進する。艦内は緊張に包まれていた。もし砲弾さえも効かなければ、自分たちはお終いだと理解していた。シースパローはくらまの船員三百六十名の思いを乗せて砲弾に直撃する。空中でも海面を揺らすほどの爆発があたりに散らばると見張りが声を張り上げる。
「命中!命中です!」
まだ戦闘中であるにもかかわらず、歓喜の声を上げていたことに苦言を呈そうとしたが、石川艦長も心の中で胸をなでおろしたので言わなかった。しかしその直後、左舷から見えた赤と黒いものが石川艦長の視界に入った時見間違いであってくれと祈った。だが、見張りが叫んだことによりその祈りは絶望に叩き落された。
「左舷に、敵二隻!きりしま炎上!」
石川艦長は現実を見なければという思い、左舷を向くと惨劇が起きていた。前方にいるのと同じ姿の二つの深海棲艦が、たかなみとおおなみに鮫が獲物を喰らがごとく破壊していた。両艦からは退艦する船員の姿があった。しかし深海棲艦は見逃さず海に落ちていく船員たちをその巨体で押しつぶしていく。もはや、戦争ではない殺戮であった。
「左舷から敵砲撃準備!また来ます!」
有無を言わず、シースパローがくらまから発射する。先ほどの射出でシースパローが砲撃に有効であるのは証明できたが、完全とは言い難い。艦の速度を上げてギリギリまで回避するように機関室に伝える。
だが、全員気付いていなかった。深海棲艦が増えたとき電波障害が悪化しシースパローの誘導にも支障が出ていたことにも。シースパローは砲弾を外してしまい、虚しく深海棲艦に直撃する。もちろんダメージの一つも入らない。
「全員、対ショック!!」
だがそれは無駄な行為だった。なぜなら、砲弾は艦橋に向かっていたのだ。そして石川艦長は迫りくる砲弾を前にして理解した。あれは生物でも機械でもない、化け物だと。
一方東京では、深海棲艦の襲撃によるけたたましいサイレンが都内に鳴り響いていた。道路という道路は車と人であふれ、鉄道も避難する人でダイヤの乱れや乗車率が跳ね上がり。空っぽの住宅に忍び込んで窃盗をする被害まで出ており、首都機能は混乱の一途をたどっていた。
もはや、人々は自分の命や利益を守ることで精いっぱいだった。どんなに優れた社会基盤もインフラも、生存本能に駆られた大衆の勢いになすすべもなかった。
誰もが東京は、日本はお終いだと思っていた。あの世界第一位の軍事力を持つアメリカが、この三ヶ月でハワイ以東の西海岸まで占領されたという事実に、日本も同じ運命を辿ると思われていた。そして、群衆の一人が悲痛な叫びを上げ、伝播する。それは終わりの始まりだと理解するには十分だった。
「自衛隊の船が、沈められた!!」