生き残った艦達よ戦場へ   作:wisterina

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これがやりたかった。


第三章『目覚めたときの朝日は眩しくて』

 その深夜、最優先で避難区域となり人っ子一人いなくなったお台場では警察官が誰か残っていないか巡視していた。二人の警察官が自転車で船の科学館周辺で残った人がいないか巡視を開始した。

 まるで豪華客船の形をした船の科学館は、九月の末に休館が決まり入り口は固く閉ざされ明かりもなく一般人が入った形跡はなかった。隣接している桟橋では、船体が緑に構造物が黄緑の青函連絡船羊蹄丸が海上で浮かんでいた。この羊蹄丸は、休館とともに解体されることが決まり、入るための入り口も外されていて入ることができないようになっていた。警官たちはこの二つに入る場所もないので人はいないだろうと判断して、その隣の羊蹄丸よりもはるかに小さいオレンジと白と派手な色の船に乗り込んだ。

 この船は、初代南極観測船宗谷であった。海上保安庁から退役して三十年も経とうとしている古い船だ。この船だけは、根強い人気があり保存を求める人が多くあり残されることになった。

 宗谷に乗りこんだ警官たちは、明かりの一つもない船内を携帯している懐中電灯で捜索した。警官の一人は、人一人ぐらいしか通れない狭い船内を照らしながら残っている人がいないか注意深く見て回る。だがやはりいるのは展示で飾られているリアルなマネキンだけであった。その中で、ひとつ宗谷の壁にある書き残しがあるのを見つけた。

『偉大な宗谷よさようなら。いつの日かまた逢いに来る』

 恐らく最後の船員が書き残したものであった。だが、皮肉にもこの船には誰も最後にこの船に逢いに来る者はいないようで、もの悲しさがより引き立つ。

 船内を見終わった警官は、甲板に上がり周囲を照らした。見えるのは、塗装がはげかけ錆びだらけの宗谷の姿だけだった。警官は、浮かばれないなとひそかに思う。初代南極観測船としての栄光もボロボロになれば輝きもないのだ。しかも、養うべき船の科学館が休館と運がないと思える。いや隣の羊蹄丸が解体されるのだから、宗谷はまだ運があるのだと感じる。

 警官が操舵室の方に明かりを向けると、影のようなものが見えたので残っていた人がいたのだと判断して操舵室へと走る。操舵室への扉を開くと、中には人の姿はなかった。警官は隠れているのではと一筋の明かりもない操舵室を腰を折りながら捜索するが、やはり人の気配すらなかった。警官はガラスの反射で見間違えたのかと思った時、無線からもう一人の警官に通信が入る。

『船内に残留者発見。年八十ぐらいの男性。甲板に下りて来てくれ』

 警官はそれを聞き、急いで操舵室から出る。甲板には連絡の通り、男性の老人がもう一人の警官に当たり散らしていた。

「離せ!自分はここに残る!こいつが海保に入ってきた時から乗ってきた。こいつを見捨ててゆくわけにはいかんのだ!」

「おじいさん。ここはもう避難区域に指定されましたから逃げなきゃ命が危ないですよ」

 警官が老人を抑え込むが、老人は一歩も引かない、強制的に連れ出してはのちに非難されるため困り果てていた。操舵室から降りてきた警官が、老人に尋ねる。

「おじいさん。ほかに連れてきた人とかいませんか」

 老人は、一人しか来ていないと言い張り、やはり見間違いだと確信する。すると、老人を抑えていた警官の無線が鳴り受けると警官の顔が真っ青になり無線からの報告を言う。

「すぐにここから避難だ!深海棲艦が防衛ラインを突破した!」

 警官二人が、緊急事態であるため老人を引っ張って避難させようと船から降ろさせる。老人は抵抗するが、若い力には抗えず長年の愛船から降ろさせられる。

 

 その様子を操舵室で見つめるものがいた。()()()()()()()()()()()それは、感情を震わせていた。最後まで自分とともにする者も去り、打ちひしがれていた。自分が守ったもの、意志・誇り・功績を持って常に前に立ち続け見守り続けてくれた人々が、長い年月で徐々に失われていると気づいていたが、最期がこのような形で看取るものもなく終わるとは夢にも思わなかった。

 いや、そもそも看取られること自体ほぼないはずだ。自分と同じ年代に生まれたものは皆、多くの人とともに水面に消えていった。自分の姉妹も同じような運命にあった。自分は()()だった。

 あの日の後も走り回り、人々の心を温め・勇気を与え・命を救ってきた。そしてその出自に反して最高の栄誉を持って迎えられた。いま改めて振り返ると、喜びも悲しみも包まれた一生であった。だが、ひとつ最期に心残りがあった。

 それは海を見つめた。もし自分がまた海を征けるのなら、もう一度海に出たかった。そして守りたいものを守ることを。だが、それは決して不可能である。たとえ出られたとしても自分に何ができるのだろうかと。悔しさと無念と最期の望みを叶えられぬ思いが込められたものが操舵室の床に落ちた。

 それに気づいて床に落ちたものを見つめる。それは、()だった。ありえないことだった。人でない自分がなぜ落としたのか。すると、無意識に涙に触れようと()()()()()()()

 己に肉体があることに気付いた時には、ガラスのわずかな明かりで反射された自分の姿を直視する。写った姿は、ガラスによる光の反射が弱いこともあるが、普通の人よりも薄く写っていた。オレンジ色の服を着た小学校高学年ぐらいの女の子の体だった。

 少女は、操舵室のドアに手をかけると、手の動きに合わせてドアも動いた。今までは、する抜けていたドアが初めて動いたのだ。外に出た少女は、ここから流れる潮風を初めて肉体で受け止めた。風が肌を優しく打ちつけ、潮の匂いが鼻腔をくすぐる人間としての感覚。まさか最期にこんな体験ができるなんて夢にも思わなかった。だが、少女はどうせなら海に出る夢を叶えてほしかったと感慨深く潮風の感触をかみしめた。

 それを頭の中で思った時、自分の中と船内が同時に揺さぶる感覚が起きた。何が起きたのか?しかし、少女はなぜか理解できた。最期の夢が叶えられると。これが最後の航海にして最期の戦いであると。

 水平線から朝日の光が顔を覗き始める。少女にとって最後の夜が終わり、最後の朝が始まろうとした。腕を大きく広げ潮風を思いっきり受けて息を大きく吸い込む。船内のエンジンが回転を早める。

 そして、宗谷から汽笛が二回鳴る。()()()()()の合図だ。

「フォーン!フォーン!」

「宗谷!抜錨!」

 

 下船した警官と老人が突然お台場に鳴り響く二回の汽笛に気付き船の科学館を振り返ると、信じられない光景が映っていた。なんと、誰も乗っていないはずの宗谷の煙突に煙が出ていたのだ。

 警官はまだ乗っている人がいたのだと慌てて戻ろうとするが、すでに手遅れだった。宗谷は錨を上げ、船をつないでいたスロープやタラップは船が動いた勢いで破壊していったのだ。

「一体誰が乗っているんだ!?」

 警官が叫ぶと、老人がぼそりと言ってのける。

「人ではないはずだ。船があんな短い時間で動くはずがない」

「では誰なんだ!」

 警官たちのやり場のない怒りが老人にぶつけられると、老人は出航する宗谷の航跡を眺めながら言った。

「宗谷自身だ」

 

 機械室も操舵室にもそして船長室にも人は乗っていない。だが、船は動いている。なぜ動けるのか。どうやって動かしているのか彼女にもわからない。けど、ただ一つだけわかることがある。これは()()()()()。一介の商船から日本を象徴する船となった自分に与えられた最後の奇跡だ。

 孫たちを見守り続けた晴海埠頭を抜け、海原へと進む。喜びと悲しみのあるが大好きな海も、初めてヘリコプターを飛ばして栄光をもたらされてくれた空も眩しい朝日が宗谷を優しく迎えてくれた。

 そして少女の体を与えられた宗谷の魂は海に向かって叫んだ。

「南極観測船()()。これより最後の戦いに臨み、最後の奉公をします!」

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