第一護衛隊群の旗艦ひゅうがの艦長石原は目の前の光景に絶望していた。前日第二護衛隊群壊滅の報を聞いたとき、脳がそれを受け入れられなかった。だが、現実は残酷にも目の前に現れた。
旗艦のひゅうがとしまかぜ、むらさめ以外の護衛艦が集中砲火で深海棲艦にミサイルや主砲の火を噴くが、全く効かず逆にあけぼの、ありあけが沈められ、イージス艦のこんごう以下の護衛艦たちは攻撃を避けるのに精いっぱいだった。トマホークミサイルで砲弾を破壊することも最初はできていたが、深海棲艦の数が二匹に増えるとトマホークの誘導が外れるようになった。速力で砲弾を回避してきたがやはり限界があり、砲弾がかすめ火災が発生して黒い煙を上げていた。
『救援を!救援を!』
通信から聞こえる悲痛な叫びがその深刻さを物語る。もちろんひゅうがも手をこまねいたわけではなかった。SH-六十J/K哨戒ヘリコプターを離陸させ、トマホークによる支援攻撃もしていた。だが、あらゆる攻撃が無駄に終わっていた。
日本を守れない。ただ座して死を待つのみしかなかった。
「艦長!展開しているヘリより後方から砕氷艦が一隻こちらに向かってきております!」
その報告に全員は思った。上層部は気が狂ったのかと。日本にある砕氷艦はしらせのみで、現在世界中で船舶が深海棲艦に撃沈され、それを受けて今年の南極の派遣は取りやめになり日本に残っていた。しかし、しらせは完全な非戦闘艦、戦力にも的にもなりはしない。
「しらせに通信を送れ!」
石原の怒号が艦内に響くとすぐさましらせに通信する。電波妨害もあり所々音声が切れたが、それをも吹き飛ばす事実が返ってきた。「当艦は港より出ていない」との報であった。
見間違えるはずはない、あのオレンジアラートで彩られた船は日本で四隻しかいない。初代と二代目しらせとふじそして……
「ヘリより追加の報告です。しらせにあらず宗谷です!」
「馬鹿な!あの船はもう動けないはずだ!」
建造から七〇年も経っているオンボロ船。最後に動いたのは約三十年前すでにエンジンが動くはずがなかった。だが、後方から見えてきたその船は間違いなく宗谷だった。昔の商船のような艦橋に小さすぎる船体そして、かき分ける波の高さに反して遅すぎる速力見間違るはずもない。
船員が探照灯を使いモールス信号で宗谷に向けて『トマレナヲノベヨ』と合図を送る。するとご丁寧にも宗谷からも照明によるモールス信号が送られてきたがその内容があまりにも唐突なもので船員は報告するのを戸惑った。
「どうした!相手はなんて送った!」
「はい!『ワレハソウヤサイゴノホウコウニマイル』です」
報告を受けた副長の瀧澤は信じられなかった。だが、船員が嘘を言うはずもなく、宗谷を乗り回している奴の嘘だと判断した。宗谷がひゅうがの艦橋からは見えない側面を通り過ぎようとして瀧澤は吼える。
「もう一度信号を放て!ついでヘリに宗谷に強硬着陸させるように合図を!」
「左舷のしまかぜ被弾!火災発生!」
その報を聞いて、向くとしまかぜが黒い煙と炎を交えながら深海棲艦の攻撃から回避行動をとっていた。逃げるしまかぜと追いかける深海棲艦は、ひゅうがの前方を横切ろうとする。その様子は、さながら獲物を追い回して疲弊するのを待つか獣のように砲撃を繰り返しながら追いかけている。むらさめ、ひゅうがが僚艦を救援するためにトマホークや主砲を放つが妨害にもならず深海棲艦は速力を落とさなかった。
もはやしまかぜを見捨てるしかないと思われたとき、航海長の赤坂は、いつの間にかひゅうがをすり抜けていた宗谷の航路に気付いた。宗谷の航路は、しまかぜの方に向けて進路を向けている。だが、明らかにあの速力では追いつくことなどできないはずである。
しまかぜが砲撃から回避するために黒煙をまき散らしながら反転して同じ航路を進む。すると、宗谷の本当の航路に気付いた赤坂が叫んだ。
「宗谷が深海棲艦にぶつかるぞ!」
そう、火災が起きたとしても護衛艦の速力ならば宗谷の遅い足なら回避できるだろう。しかし、深海棲艦はしまかぜを標的に定めたまま方向を変えようとしない。だが、赤坂の予測が正しければ、宗谷は深海棲艦に接触する。
「宗谷に武器は?」
「見受けられません!」
無謀の一言で片づけられる愚行だ。見張りの報告を聞いた石原は再び怒声を響かせる。
「ヘリはまだ降りないのか!」
「それが、深海棲艦が執拗に対空砲火してくるので降りられないと」
そして、その時が起きた。しまかぜの側面と宗谷の艦首との距離が数十メートルまで来ていた。しまかぜの航海長はここで接触されては元も子もないとして航路を右に舵を切るように指示を出した。幸いにもしまかぜとの接触はしなかった。だが、本命である深海棲艦は宗谷の触接を避けられずそのままラムアタックを受ける。それ攻撃は、砕氷艦が氷を割るチャージングの動作にも似ていた。
サイズ差的に明らかに宗谷のほうが小さいはずであるが、深海棲艦は横に傾いて動かなかった。
「敵!沈黙!」
なんと、ラムアタックが成功してしまったという事例に驚きを隠せなかった。しかし、いざ我が艦もなんて愚かなことを言う者は誰もいなかった。自艦に大損害が起こりうるラムアタックして、敵一匹を倒すなど割に合わないからだ。
一方でラムアタックを成功させた宗谷は、スクリューを逆回転させて、船体を深海棲艦から引きはがそうとする。だが、敵二匹はそれを見逃さなかった。こんごうの攻撃を止め対象を宗谷に向けて進行する。そして、射程範囲に入った深海棲艦が口から砲塔がのぞきだし、未だ抜け出せない宗谷に向けて砲撃する。
砲弾は弧を描き、仲間の深海棲艦もろとも吹き飛ばす。だが、ひゅうが、むらさめ、そして難を逃れたしまかぜの乗員たちは目を疑った。
「なぜだ!?なぜ、船がいないんだ!」
砲弾を受けてバラバラになったはずの宗谷が、破片すらも残さず消えていたのだ。共に砲弾を受けた深海棲艦は真っ二つに分かれ海面から沈み始め残骸も残っていた。だが、宗谷は深海棲艦から抜け出せずに砲撃が直撃したはずなのにその破片すら残していない。
ひゅうがの艦橋にいる見張りが拙い声で状況を報告する。
「艦長!海上に、海上に」
「はっきり言え!!」
「海上に女の子が!」
石原は、双眼鏡を手に取り海面を覗き見る。土台この戦闘地域に民間人のそれも女の子がいるなど信じられないが、攻撃が一切効かない敵に、動かないはずの船がラムアタックで敵に深手を負わせたと常識の範疇をとうに超えている。
覗いた先に見えたのは、報告通り見た目の年齢から小学生ぐらいのオレンジの服を着た女の子であった。だがその背中に背負っている物は、ヘリ発着の飛行甲板に白の煙突とまるで宗谷の船体を模しているかのようだった。そして右手にはオレンジ色のツルハシを手にしていた。女の子は、深海棲艦の方を向き船が航行するかのように煙突から煙を吐き波をかき分けて向かっていく。
深海棲艦は、照準を女の子に向けて砲撃を開始する。だが、砲撃はいずれも大きく外れ水柱があがるだけだった。そもそも船などの巨大なものに攻撃するためにつくられた砲弾が人間ぐらいの的に当てるなどどだい無理な話である。加えて、陸上でなら衝撃による岩などで二次被害が生みやすいが、海では跳ね返るのが水だけで体温を下げるくらいしか損傷を与えられない。
女の子は、ゆっくりと砲撃をかわしながら深海棲艦にその遅さと反してかき分ける波の高さ加減はまるで宗谷を彷彿させる。そして、深海棲艦の側面につくと女の子は体をねじり、深海棲艦に向けてつるはしを振り回す。
女の子が振り回したツルハシが深海棲艦に突き刺さると、その巨体に大きくひびが入り始めて深海棲艦の叫び声が上がった。その結果を見てひゅうがの艦橋にいた全員が目をひん剥いた。あの女の子は何者か?どこからあんな力が湧いてきたのだ?そもそもどうやって海面を走っているのかという疑問が頭の中を巡った。
「女の子が背負っている煙突から黒煙を吐いているぞ」
その言葉を耳にして、女の子の背中を見てみると確かに黒煙を吐いている。もしあれが船ならば、不完全燃焼もしくは缶の調子が悪くなっているかだ。そのまま航行すれば缶が爆発する恐れもある。それが脳裏をよぎると、石原艦長は再三怒声を艦内に響かす。今目の前に起きていることの重大さに気付いたのだ。
「おい!旋回中のヘリにあの女の子を救出させろ!あの女の子が敵を倒せる切り札になるかもしれんぞ!!」
手に持っていたツルハシで敵の側面にひびが入り、動けなくなった敵を見つめながら宗谷はおかしな呼吸をしてツルハシを握っていた。
あの砲撃が当たる前に宗谷自身も気付かないうちに女の子となって空中に浮かんでいた。色彩は船体があった時よりも色濃く本物の人間のようになっていた。そのおかげで、砲弾の直撃を避けれたが、隣の深海棲艦に当たりその爆風で損傷していたのだ。ただでさえ塗装がボロボロなのに、背負っている船体の塗装がはがれて、加えて服の下につけている若草色の下着が少し見えていた。
だが、一番深刻なのはもうエンジンが爆発寸前であったのだ。自分の体であるから理解していた。航行してから三十年経ってこの東京湾近海までこれたこと自体奇跡であった。しかし、先ほどの爆風による損傷でエンジンが完全に限界を迎えていた。
宗谷は中身を吐き出す勢いで咳をして、まだ健在の深海棲艦に目を向けた。ギラギラした目が宗谷を睨みつける。すると、上空からSH-六十J/K哨戒ヘリコプターが一機宗谷に向けてメガホンで呼びかけてきた。
『そこの君!すぐに救助するからそこで待ってなさい!』
何をのんきなと宗谷は思った。先ほどのひゅうがとむらさめの攻撃を見てもあの敵に護衛艦の攻撃は一切効かないのは見ただけで分かった。そして先ほどのラムアタックにこの姿になっての攻撃、自分にはあの敵を、日本を脅かす敵を倒すことができる。なのに、自分だけ助かるなどもってのほかだった。もし、あの深海棲艦が陸上の攻撃にも耐えたら、いやそもそも上陸されたらその被害は甚大だ。
宗谷の答えは決まっていた。老体に鞭打って長生きしすぎたこの船生の最期を飾るため、そして宗谷自身の誇りのためである。南極観測船として、海上保安庁の模範船として、そして最後の帝国海軍艦艇としての誇りのために宗谷はエンジンを上げる。
背中の艤装が嫌なうねりを上げ煙突からは黒く小さな火が飛び出していた。もはやいつ爆発してもおかしくなかった。だが、宗谷が祈ったのはエンジンがよくなりますなどではなかった。
(どうか、あの敵を打ち倒す力を。長門さん。大和さん。大泊さん。みんなもうすぐだから最後だけわがままを聞いてください)
そして宗谷はエンジンをふかして前へ進む。相変わらず速力は遅かった。いやエンジンがほぼダメになっているからより遅くなっている。それでも宗谷は前に進む。深海棲艦が砲弾の雨を降らそうとも宗谷は避けていった。その様子を見て、宗谷はあの戦争のことを思い出していた。
初めて潜水艦を撃沈せしめたこと、トラック島の空襲のこと、横須賀基地での空襲。いかなる危機も戦場も宗谷は大きな損傷もなく生き抜ぬき今まで生きてきたそれは、他の船たちの時間を宗谷が奪ったかのようであった。だから宗谷はこれが最期と決めた。今まで生きてきた時間を終わらせるために。
宗谷は体をひねりツルハシで深海棲艦に突き刺す。一回目、先ほどのように大きな亀裂は生み出されず一回バックしてチャージングの要領で攻撃する。二回目、亀裂が一気に入る。次ならというところで深海棲艦が宗谷を振りほどこうと抵抗する。さらに悪いことにエンジンが完全に悲鳴を上げていた。このまま航行すると爆発するのは不可避であった。だが、宗谷は手を緩めようとしない。
「舐めないで、私は海上保安庁であり帝国海軍なのよ!」
黒煙で白い煙突を黒く染め、オレンジアラートの服も煤まみれになりながらも、再度バックする。後ろの艤装からボキッという嫌な音が聞こえたが無視した。これが最期の攻撃となる覚悟を決めていたのだから。
高々とツルハシを掲げ最後の力を振り絞り振り下ろし、三回目のチャージングをする。それが深海棲艦と宗谷の最後であった。深海棲艦の体が真っ二つに分かれ中の砲弾が誘爆する。
「みんな。私もやっと逝けるよ」
深海棲艦の爆発と同時に、宗谷の背中の艤装のエンジン部分がついに限界を超え吹き飛んだ。
「……艦長。深海棲艦撃沈ですが、女の子は」
石原艦長は、ひじ掛けを壊す勢いで拳を叩きつけた。最後の希望であった。もしあの女の子がヘリに救助されていれば、深海棲艦一匹を取り逃すことになるが、次の時には反撃に出れる可能性がある人類に残された希望のはずだった。だが、愚かにも女の子はまるで旧軍のような態度を取り特攻してしまった。
希望は潰えた。だが、悪いことは連鎖する。見張りが次に叫んだ言葉がそれを物語った。
「艦長!あの深海棲艦、まだ息があります!」
その深海棲艦とは女の子が大きな亀裂を入れた一匹だった。深海棲艦はあの女の子の攻撃がまだ効いているようで先ほどよりも速力が遅く弱々しく見えた。
「艦長。あそこの亀裂。何かおかしくありませんか?」
副長の瀧澤の指摘された部分を双眼鏡で覗いてみると、確かに黒い体とは異なり亀裂が入った部分の方は赤く濁った色をしていた。深海棲艦はそこに海水が入らないように体を傾けて進んでいた。まるでそこが弱点であるかのような。
「全戦闘可能な艦に通達。あの深海棲艦の亀裂に向けて集中砲火!」
それを受けたむらさめと消火活動が終わったこんごう以下の第五護衛隊がハッチを開き残りのトマホークミサイルを放出する。トマホークは、電波妨害もあり亀裂に到達しないものもあったが、何発かが亀裂に入り込みその中で爆発すると深海棲艦はうめき声を上げながら息絶えた。
「状況終了。生存者の救助に当たれ」
他の深海棲艦の姿もなく、艦長は救助の指示を各艦に伝えた。勝利はしたものの石原の顔に喜びの表情はなかった。戦いの内容自体ほとんど何もできなかったのもあるがやはり、あの女の子を確保できなかったことが悔やまれていたのだ。すると、通信兵がヘリからの報告を耳にして艦長に伝えると石原艦長は喜色の顔を浮かべた。
「なんと幸運。いや奇跡だ!」
そう、あの女の子が五体満足で見つかったのだ。ヘリがすぐさま救助に向かうと息があったこともありまことに幸運だとつぶやいた。
ヘリに乗っていた隊員からの報告によるとその女の子は宗谷ではないかとの報告があがった。