あと、宗谷やミズーリなどの記念艦たちは艦娘ではありません。
では艦娘とはなにかというのは、次の話しか最終話で語ります。
海上自衛隊が深海棲艦を撃退という報は瞬く間に全世界に伝わった。特にアメリカはパナマ運河を深海棲艦に占領されたこともあり西海岸に艦を進めず太平洋に進出できずにいたため、日本が深海棲艦を打ち破れる力があるのはありがたかった。そしてそれは、日本にも意志を持つ艦がいることを示唆していた。
海上自衛隊の軍事研究所では、早くも深海棲艦に対抗できた女の子――宗谷の研究に当たっていた。艤装は、部品の一本一本丁寧に分解と解析を繰り返し部品がどのように動いているのか研究がされていた。
一方の宗谷はというと、意識不明の状態で手術が行われていた。宗谷が人間と同じ構造であるか医師たちは不安であったが幸いにも同じ構造をしていたため手術は滞りなく進んだ。だが問題はその後であった。宗谷を生物として調査すべきか、それとも人間として調査すべきかで分かれていた。もし、人間としての意志や倫理感があれば今後の調査が進まない恐れがあったのだ。だが、生物なら多少手荒なことしても問題はなく研究が進めるというのもある。
だが、問題は別の所に来ていた。
「主任、米国政府が現在保有している艦魂の情報と資料を融通せよと上からの通達が入りました」
プロジェクト艦魂の主任石井は頭を悩ませた。艦魂とは、艦の意識を持つものを通称化した名前である。怖れていた通り、アメリカは日本が現在唯一保有している艦魂の情報をよこせという下心が見えていた。
しかしそれはできなかった。第一に、自分たちの持つ唯一の希望をやすやすと渡すことなどできないこと。そして第二は。
「融通といっても、宗谷の艤装はリベットの一本まで分解と解析を進めているんだ。まさか宗谷自身を渡せという意味なのか?」
「もしそうであれば、日本に未来はありません」
副主任は沈痛な面持ちで答える。
「とにかく、まだこの艤装はまだなにも解析できていない。船の構造や機関がどれも宗谷と同じということと、彼女の穿いていた靴に微量な物質が付着していることだけだ」
「一応、目撃した船員や警官には緘口令をしき。世間には船の科学館にあったはずの宗谷は、老朽化で浸水し沈んでしまったと公表していますが……あそこが黙っているはずがありません」
宗谷が出ていったことを目撃した三人だけでなく、あまりにも多くの軍人が宗谷の戦いを目撃したため緘口令をしいたといってもいつか漏れてしまう恐れがある。それに不服を申し立てる最大の障害が宗谷の元所有機関で並々ならぬ思い入れがある海上保安庁だ。もし、海上保安庁が宗谷に何かしらの介入が起きれば、今後の国土防衛に支障がきたす恐れがあった。
国家の危機に内部分裂する余裕はない。またいつ深海棲艦が襲撃してくるかもしれない恐怖があるのだ。
すると、一本の内線が入り石井主任が電話を取るとあることが病室で起きたのだ。
『宗谷が目を覚ましました』
宗谷が目覚めたとの報告から十日後、プロジェクト艦魂の一員である四十代の女性の若狹は、研究施設内に設置された特別室に向かっていた。その理由は、艦魂のである宗谷と面会することであった。理由は、宗谷の見た目が女性であるため同じ女性の若狹ならば安心できるからだという安直な理由だったからだ。
カードキーを機械に読み込ませ、特別室へ入ると、一枚の強化ガラスに隔てられた先にいたのは、ベッドに横になり人工呼吸器を被らせていた十代になったばかりの少女の姿があった。
担当者によると、敵対意志は全く見受けられないというが彼らが宗谷とガラスの外側にいるだけで宗谷を腫物扱いにしているのが見てわかる。だからといって、若狹は宗谷に同情しなかった。彼女も未知の存在として怖れていたのだ。
中に入り、傍に置いてるパイプ椅子に座ると、宗谷が目を動かして若狹に話しかけた。
「あなたは?」
「若狹よ。あなたの面会に来たの」
だが、宗谷は安堵する様子もなく天井を見てつぶやく。
「私は、死ねなかったのですね。また生き残ってしまったのですね」
それはまるで、旧軍の軍人が吐くような言葉だった。若狹は、動じずに子供に話しかけるような言葉づかいで宗谷に質問する。
「じゃあいくつか質問するわね。まず、あなたの名前と生まれはどこかしら」
宗谷は、首を若狹の方に向けて質問を返した。
「私は、宗谷です。生まれは川南工業香焼島造船所で砕氷型貨物船第一〇七番船として生まれました。一九三六年に進水しました。その時にいましたのは、川南幸子さんでした。ええ、今でも思い出しますよ六歳の女の子が川南豊作さんに抱えられながら瓶を割ったことも。私が古希を迎えたときにいらした時も覚えています」
見た目の幼さとは異なるほど、老人が昔を思い出すかのような語り口調で自身の出自を語り始め若狹を驚いた。しかも事細かにいわばその場にいたときの様子を語っているのだから間違いなく本物の宗谷だと判断できる。それでも表情一つ変えず若狹は質問を続ける。
「では、深海棲艦の砲撃をあなたはどうやって退けたのですか?」
「分かりません。この体のことも自分ではわからないのです。あの時も、戦わなければとの一心でしたので」
このままでは埒が明かないと思い、若狹は強い口調で尋ねる。
「率直に聞くわ。あなたは何者なの?どこから来たの?」
「私は、宗谷です。船の科学館から来まして」
「そうではないわ。あなたの魂はどこから来たのという意味よ」
そう、問題はそこであった。今まで顕現することのなかった艦の魂が深海棲艦の出現と同時に現れた。その関連性とルーツはどこから来たのかを求めたかったのだ。
「魂ですか?おそらく私が進水したときからだと思います。幸子さんが瓶を割ったときのことを覚えていますからそこから魂があるのだと思います。ですが、私自身どうして魂があるのかわかりません。人間もどうして魂があるのかわからないのと同じ理由で、それを受けれていたのです。たとえ人と違って肉体がなくても、私には船体があったのですから」
スピリチュアル的な問答だ。たしかに、自分たち人間も魂があるという意識を生まれたときから持っていたわけではない。それが当たり前で、無意識に受け入れていたのだから。
すると、後ろのガラス越しに見ていた担当者から連絡が入った。どうやら、主任が会議を始めるから戻ってきてくれとのことだった。
「それでは、面談を終えるわ。おそらくまた私が来ると思うから」
そう言って若狹は特別室から出ていく。残された宗谷はぼそりと特別室に残っていた担当者に聞こえないようにぼそりといった。
「また、一人になってしまいましたね」
若狹が宗谷がいる特別室から戻ってくると、主任の石井が隣の席に座っている初老の男性を紹介して会議が始まる。
「こちらの方は、九年前にJAXAが分裂した小惑星二〇〇一YB五の隕石を発掘するために設立したチームリーダーであった渡さんだ」
渡は、あいさつを手短く済ませると早速彼の口から本題が入る。まず、彼が机の上に置いたのは、拳大の大きさの石だった。
「この石は、数年前に我がチームが発見した小惑星二〇〇一YB五の隕石です。おそらく、世界中でわが国だけが唯一これを保有していることでしょう」
「渡さん、この隕石が艦魂と何と関係してるのでしょうか?」
副主任の言葉に、渡の眉が大きく吊り上がる。
「大ありです。それも艦魂だけでなく、深海棲艦にも関係していることなのです!
会議室がざわつき始める。主任が静粛にと声を張り、主任が代わりに答える。
「先の海戦で収集しました深海棲艦の一部と、宗谷の艤装を解析しましたところ、同じ物質が付着していました。大きな違いは、宗谷は靴の部分と背中の艤装の一部にしかついてなかったのが、深海棲艦には全てについていました。そしてその物質が、この隕石と同じものだったのです」
同じ隕石から二つの存在が出現した。たしかに突然生まれたというよりは合点がいく。すると、一人の職員が発言する。
「深海棲艦と艦魂は同じということなのか!?」
「それは早計だと思います!」
鶴の一声があがったのは、若狹からだった。若狹は立ち上がり、先ほどの宗谷の話を出した。
「宗谷が言うには、魂自体は進水したときにあったというのです。我々が、魂を意識しないように彼女もまた意識せずにあったと。まるで老婆が話しかけるように私に語ってくれました。なので、深海棲艦と同じとは言い難いです」
若狹は、無意識にまるで人を庇っているかのように宗谷を擁護していた。主任が二人を制止すると会議を続ける。渡が二つの存在の違いについて解説する。
「確かに、艦魂と深海棲艦は違うという結果は出ています。それは隕石の付着している度合いです。これは推測ですが、隕石は九年前に太平洋と大西洋に落ち、潮の流れに乗り船に付着したのだと考えられます。そして、艦魂と深海棲艦が違う最大の理由は、沈没船であるかないかです。深海棲艦は、上の部分にまで隕石の粒子が付着していますが、宗谷には船の腹部にしかありませんでした」
つまり意味することは、隕石は海に落ちて粒子となって海を漂い、沈没船は粒子が全体に着き深海棲艦化したが、海上に浮かんでいる船は海との接触面積が少なくならなかったということだ。そして石井主任が最後にこう述べた。
「深海棲艦の体には隕石の粒子によって防御壁のような膜が張られ、通常弾では倒せないことが分かった。宗谷の持っていたツルハシから解析した結果、同じく隕石の粒子がついていた武器でしか倒せないとわかった。亀裂など、内部から攻撃で切れば通常弾でも倒せると先の海戦で明らかになったが……」
「では、なにか対策はあるのですか?」
研究員の一人が発言すると、主任は答える。
「ある。この会議はそのことを報告するために開いたのだ。設計主任の安田君から説明を頼んでいる」
石井主任の脇に座っていた安田は、横に広い体つきに無精ひげを生やして清潔感がなくある意味研究者的な人であった。
「紹介にあずかりました安田です。まず手元の資料にある艦魂増産計画をご覧ください」
「増産?隕石の粒子を通常弾につけるのは不可能なのか?」
またもや質問があがった。確かに、艦魂そのものを増やすよりも武器に付着すれば費用も安く済み対抗できるはずである。
「当初それは真っ先に考えました。ですが、現在の技術では宗谷に付着していた隕石の粒子を液体化または粒子をそのまま通常弾にくっつけさせるには難しく、深海棲艦がいつくるともわからない状況ではより簡単な方法を採ることとなりました」
全員が資料をめくると、図や専門用語で並べられて艦魂の増産の概要が説明されていた。
「まず、艦魂増産自体は可能と判断しました。艤装等の材料はすべて我々の持つものと何も変わりなく油、鉄鋼、火薬そして宗谷の艤装から取り出した隕石の粒子を液体化したものを加えれば、おおよそひと月で艦魂一つ出来上がります」
それだけで人間のような存在ができる。まさに錬金術と思えるような所業であった。だが、これが国を、世界を救える最善策ならばやるしかないと全員が心の中で一致した。すると、若狹が挙手して安田に質問した。
「安田設計主任すみません。一つお聞きしたいことがあります。宗谷の艤装はどうなったのでしょうか?」
翌日、若狹はまた特別室にいた。ベッドにいる宗谷は人工呼吸器を外してもらい、病院食を食べていた。どうやら、食べ物は軽油や石炭ではなく人間と同じものを食べれるようで担当者は、まるで生き物の実験観察のようだと述べていた。
最後の一口を食べ終えると、若狹は宗谷に話しかける。
「味はどう?」
「……うまいかどうかは、わかりませんが味が薄いと思いました。なにせ人と同じものを食べるなんて初めてですから」
どうやら、味覚も人と同じようだ。しかもどこか物足りない様子も表情で分かるあたり、人間臭さも垣間見える。艦魂と人とは同じように見えてきた。
若狹は、艦魂と人間の違いは器となる体が、鉄の塊か肉の塊かの違いではないかと思えるようになっていた。
「宗谷、実はねあなたの艤装について話すことがあるの。もちろん上には通してあるわ」
宗谷はそれを聞いて真剣な表情で若狹を見つめた。
「艤装は修理せず研究のために、そして艦魂増産のために使われることになったわ。そもそも、缶が爆発した時点で直すこと自体が不可能だって判断されて」
非常な答えだと若狹は罪悪感に押しつぶされそうになった。彼女が初めから持っていたもの、人間で言いうならどこの部分かわからないが彼女の半身であることが理解できる。
しかし、その言葉に絶望もあきらめもなかった。そして宗谷は口を開いた。
「それで、私はどうなるのですか?」
「秘匿のためにあなたはここの所属となるわ。もちろん検査等は行うけど、人として扱えるように尽力する」
この時、若狹はわかってしまった。自分は宗谷を一人の人間として見ている。そして同情しているのだと。彼女のために何かしようとしているのだと。
そして、宗谷は若狹の方に居直り、頭を下げた。それはさながら、女武将あるいは軍人の娘のような振る舞いであった。
「分かりました。この命、この体、この国のために使ってください」