艦魂増産計画第一号は滞りなく進んだ。幸運にも深海棲艦の攻撃もあれから日本近海に来ることはなかった。しかし、問題は海外であった。オセアニア、東南アジアにも深海棲艦の攻撃があり、シーレーン防衛を重点としていた日本にとって由々しき事態であり、日本政府は一刻も早く艦魂増産計画を急がせた。
一番の難所は、第一号となる艦の選定からだった。今まで艦魂が発見された事例はいずれも第二次世界大戦の頃に竣工した艦ばかりであった。そして戦力の問題もあった。空母や戦艦といった部類は、シーレーンが破壊されつつあり資源が日に日に減る一方である日本にとって建造の余裕はなかった。なので第二次世界大戦に竣工し、少ない資源で高い戦力を持ちかつ縁起を担ぐことも考慮されて運の高い艦が選ばれた。
そして、選ばれた艦が決まった。礼号作戦に参加して勝利し、終戦まで生き残り純粋な火力もある軽巡洋艦大淀が選ばれた。軍事研究所では、さっそく大淀の設計図を取り寄せ、建造にかかる。
建造方法は、胎児からつくるというディストピア的な方法ではなく、人間大の大きさの艤装を先につくりそれを容器に入れて材料を投入してつくるというものだ。この発想に至ったのは、協力者である宗谷の意見からであった。
宗谷曰く、自分たちは船体から生まれた。つまり純粋な肉体では艦魂とは言えないのではとのこと。実際問題、民主主義国家である日本が胎児の遺伝子改造など情報開示の際に人道的に問題が多発することに触れる恐れもあったため案外安全策でもあった。
そして期限通り、艦魂大淀は建造できた。意外だったのは、女性の裸ではなく服も着用したまま生まれたことであった。服も艦魂の一部だとうかがい知れたのだ。
容器を取り外し。中から大淀が出てくると拙く発声し始めた。
「わ、私、は、おお、よ、ど……です。あ、なたがたは」
その場にいた研究員たちは歓喜に沸いた。石井主任と安田は年に似合わず互いの肩を組み合ったりしていた。だが、当の大淀は理解が追いついていなかった。
「あの……?ここは、日本ですか?今、昭和何年でしょうか?」
その言葉を聞いて、研究者たちは頭を悩ませた。彼女の知識が、艦船大淀のいたときのまま止まっていたことに。
大淀の建造から一週間が経った。大淀によると、日本の敗戦は終戦まで船体自体が残っていたこともあり大きなショックはなかった。そこに浮上した問題は、日本の敗戦を説明すべきかどうかだ。
終戦まで健在した艦は大日本帝国海軍の最盛期に比べあまりにも少ない。そのショックが大きすぎて協力体制が組めなかったら問題となるので、現代の情報を遮断すべきか議論した。ただ、研究員たちが本当に幸運だったのは、大淀が真面目で規律正しくそしてことのあらましを話しても受け入れてくれたのだ。
「了解しました。軽巡大淀、深海棲艦討伐の任を拝命いたします」
そして、時は来た。日本近海に深海棲艦出現の一報が入り軽巡大淀の初陣が始まる。
場所は、第二護衛隊群が壊滅した場所と同じ伊豆諸島沖。眼前に見える深海棲艦の数は同じく前方に一隻、後方に二隻である。
初陣ともあって大淀は慎重だった。揺れる波間を計算し、十五.五センチ砲を深海棲艦に狙いすます。
「よーく狙って。てーっ!」
左右の十五.五センチ砲の砲塔が火を噴くと、深海棲艦の両側に着弾する。当たりはしなかったが、夾叉である。そのデータを修理中のこんごうに代わって第一護衛隊群に配備されたイージス艦きりしまに送り再計算する。未だに通信電波の調子が悪いが、深海棲艦の一部を鹵獲したこともありある程度は対策できていたので文字データを送受信程度なら送れた。
きりしまからのデータが来ると、大淀は修正通りに主砲を撃つ。砲弾が低く弧を描き狙い通り深海棲艦に直撃し、獣のような断末魔を上げながら沈んでいった。
きりしまを中心とした第五護衛隊の船員たちは大淀の初戦果に拍手を送った。第一護衛隊の船員はすべて宗谷のことを見ている人たちで構成されていた。きりしまの乗員も元はこんごうの乗員で構成されている。
次弾装填の準備を始めると、二隻の深海棲艦の口が開き、大淀に向かって砲撃開始する。大きな水柱が絶え間なく上がり、大きく波が揺れて次弾装填がうまくいかない。大淀は、弾が入っている中央の砲から射撃をするが、二匹の間に落ちただけであった。
そして、深海棲艦の砲撃が至近弾までくると、爆風で艤装の一部が破損し服が破れていった。きりしまが大淀の損傷を確認する通信を入れた。
『こち……ら、きりしま。……被害……状況を、報告せよ』
やはり、音声では所々ノイズが入る。
「左舷に至近弾。けど、損傷は軽微です。大淀戦闘続行可能です。どうぞ」
大淀は、砲撃の間をかいくぐりながら。敵との距離を取っていく。大淀は、最初に撃沈した深海棲艦との距離を覚えていて、相手がこちらを発見しても攻撃できなかったのは大淀の砲撃範囲が長く・広いことだと推測していた。事実、あの二匹との距離は最初の深海棲艦よりも近くで撃っていたのだ。
弾を三門とも装填して、最初の深海棲艦を砲撃した距離とおなじぐらいのところで、左右の砲で砲撃する。一匹の深海棲艦に至近弾をお見舞いすることができた。隣の味方が砲撃されたのを見て、一気に速度を上げる敵。
大淀は、至近弾を当てた深海棲艦に向けて砲撃を続行する。揺れる海上では、標的を一々変えて打つより至近弾まで当てた敵を確実に落とすことが先決だった。次弾装填も先ほどよりも早くでき、中央・そして、左の砲から火が吹くと大淀の砲弾が二発とも敵に直撃し、一匹を撃沈せしめた。
目標を迫ってくるもう一匹に向けて腕を右側に向ける。艦の時では砲塔は、砲塔自身が回ったのだが艦娘になると腕を回さなければならなかった。深海棲艦は、口を開けたまま中の砲から、砲弾の雨を降り注がせた。大淀も負けずに砲弾の応酬に応える。
しかし、明らかに弾の数では大淀の方が勝っているのは火を見るよりも明らかだった。相手は一門、大淀は三門。しかも当時傑作砲と言われた十五.五センチ三連装砲が先ほどから夾叉を連発している。
深海棲艦に砲弾が隕石の粒子で保護された装甲を打ち破り、内部で爆発する。深海棲艦は、悲鳴を上げて天に向けて虚しく砲を放つと、そのまま海中に沈んでいく。
二匹を撃沈した大淀は、至近弾で艤装のマストが折れ黒い煤がつき、服も先ほどよりも破れている個所も多くなっていた。しかし、久々の勝利に表面上は落ち着いていたが、内心喜んでいた。大淀は、喜びを爆発させず平常心を保ちながらきりしまに通信を入れる。
「状況終了です。これより」
大淀が言い終える前に、深海棲艦が上に向けて打ち上げた砲撃が直撃した。大淀の慢心による失態だった。
結果として、深海棲艦の撃退には成功した。だが、大淀の艤装は深海棲艦の砲撃でボロボロになった。すぐさま修復に取り掛かる研究員たちであったが、また問題が起きた。うまく修復できないのだ。
建造と同じ方法で直そうとしても修復されず、艤装を通常の艦船の修理と同じ要領で直したが大淀曰く感触が悪くなったという。コンディションが悪いとなると次の戦闘に支障がきたす恐れもあるのでダミーによる演習を分析を繰り返した。
しかし、結果は建造直後のデータと比べると明らかに性能が落ちていたのだ。
「これでは使い捨ての武器になるではないか!」
石井主任は叫んだ。大淀の建造に使われた資材は、実際の艦船と同じぐらいの鉄鋼が使われていた。加えて、建造するための機械も安くはない。コストに見合ってないのだ。
「ですが、気になるデータも見つかりました。こちらの映像をご覧ください」
副主任が見せた映像は、第五護衛隊が撮影した大淀の戦闘映像だった。副主任は、早回しして大淀が最後に直撃弾を受けた映像を流した。副主任は映像を止めて大淀が直撃を受けるところを拡大した。
「ここです。大淀が直撃を受けたとき体全体に膜のようなものがうっすらと見えてます。大淀から直撃した部分を問診したところ、へそから上のに当たったと。人間なら体半分吹き飛んでいるはずですよ!?もう少し鮮明な画像があればなぜ大淀が直撃を喰らっても無事だったかを解明できるかと」
副主任は、目を子供のように輝かせた。何か面白いことを考えたときにはいつもこうだったのは石井も知っていた。
「だが、先決なのは艤装の修理方法だ。このブラックボックスを解明するのに時間はかけられない。知識も技術も何もかもが手探りの状態なんだ」
特別室では大淀が治療を受けていた。すでに宗谷はベッドから出て歩けるほどにまで回復していた。医師と同伴していた若狹は、まるで艦魂の医務室のようだと思っていた。
「大変申し訳ございません。私が油断してしまったばかりに」
大淀は謝罪するが、研究者としては皮肉にもまた一歩研究が進んだのだ。艦魂も建造によって生まれた大淀も、治療方法が手探り状態であり人間と同じので大丈夫か怪しかったが、宗谷を手術した医師たちによると肉体組織も骨も人間と何ら変わりないと宣言された。
事実、大淀も宗谷ほどの大怪我はなく小さい傷がいくつかあったものの、かさぶたができていたりそれがはがれて新しい皮膚ができていたりと人間と同じ修復の仕方をしていた。
「大淀さん。私もこの体になったときも上手く航行できませんでした。ましてや、大淀さんは戦闘艦より複雑にもなります」
「宗谷さん。ご助言ありがたく承ります」
二人は同じ大日本帝国海軍時代を過ごしたにしては、どこか二人の会話が初対面の人と話しているかのようだった。大淀曰く、宗谷とは旧軍時代ではあまり接点がなくこの場で初めて顔を合わせたのだというのだ。
若狹が大淀の治療経過を診ていた医師の方に目を配らせると、それを察した医師は特別室から出ていく。それを見届けた若狹が大淀にあることについて話し始めた。
「実はね、艤装の修理がうまくいかないの。建造当時の出力が全然出せてなくて、いっそもう一度建造をするべきか議論されているの」
「……艤装を使い捨てにするということですか?」
「もったいないという意見もあるわ。けど、どうやって修理するのかもわからないし、戦力ももっと必要となってくるから建造が優先されるかもね」
実際、深海棲艦の出没事例が世界中で日に日に増えている。最近では、台湾の方面にも現れたとの報告があがっていた。しかも台湾の深海棲艦を撃退したのが、フィリピンのフリゲート艦ラジャ・フマボンであるとの情報が入っていた。あのフリゲート艦も元は大戦時に竣工した駆逐艦であり、艦魂が顕現したのだ。
日本政府としては、艦魂の建造に成功しているにもかかわらず格下のフィリピンごときに後れを取ってしまった面目を回復するために、建造を急がせていた。
「艦の時に大淀さんを修理した工廠の人か明石さんに乗っていた人に見てもわからないと思いますしね。艦船の時と異なり、この体ようにつくられた艤装を把握できる人はいませんから」
明石とは、大日本帝国海軍に二隻しかなかった工作艦のことである。もう一隻の朝日は、開戦早々に沈められてしまったので実質明石一隻で運用していた。その時、若狹の脳内にあることが閃いた。