建造機械に設計図をインストールする。今回建造するのは初めての艦種であり、しかも予想が正しければ今抱えている問題を解決できるかもしれないということもあり、研究員たちの緊張が走る。
目的の艦魂の艤装を容器の中に設置して蓋が閉まると、若狹が建造のボタンに手を触れて唾を飲み込む。
「それでは、建造開始です」
若狹がボタンを押すと、容器の中に液体が流れ込み満たされていく。この液体は、特殊培養液につけた隕石の粒子が付着した宗谷の艤装から流し込んだものである。いうならば、乳酸菌飲料の大本となる株のような状態であった。
建造に使用する隕石の粒子は、JAXAによると彼らが保有している隕石の粒子と艦魂の隕石の粒子は状態が異なっているという。どうやら長い時間海水で変化と蓄積で変化したらしく、サンプルでは艦魂を建造できないと判断し、宗谷の艤装の物を使うほかなかった。
一時期、同じ隕石の粒子ならば深海棲艦のを使えばよいのではという意見もあったが、敵対生物が生まれる可能性もあり取りやめになった。なによりも、宗谷の艤装に何かあるのではという研究を並行して行いたいという副主任の意向もあったのだ。
閑話休題。
容器が満たされたと同時に、高圧電流が容器に流れ出す。すると、ガラスの中に入っていた艤装から人の姿が現れた。ピンクの長い髪に肩に装甲のようなものがついていた。建造が終了し、中の液体を抜くと女性がゆっくりと降りてくる。
彼女も大淀と同じく拙い声で研究員たちに話しかけようとする。
「あ、あの。……ここ、はパラ、オじゃ、ないです……よね」
今度も成功したが、前の時のように喜びにあふれていなかった。
彼女――明石は怪しい組織に何か利用されるのではと思い身構えた。だが、一歩歩くごとにだんだんと前のめりになっていく。建造とともに背負っている艤装は、地面に足をつけるとまるで巨大な岩を背負っているかのように重く感じるのだ。研究員たちはすでそれを知っていたのですぐに明石の艤装を取り外す。
初めに、明石の手を取ったのは、宗谷と大淀だった。
「あの、明石さん。トラック島でのこと覚えていますか?私、宗谷です」
「明石さん、いろいろと状況が飲み込めないと思いますが、私軽巡大淀です」
握られた温かな手と他の人と比べて明らかに幼さすぎる女の子と二十代前半ぐらいの女性。普通ならこんなことをいきなり言われても理解できないと思われる。だが、明石はなぜか二人のことを覚えていた。
「た、しか。そう、トラッ、ク島で……輸送船だけど、飛行機撃ち落とした、子ですよね。大淀さん、も覚えています。何度か顔を合わせたこともあるし」
明石とも大淀と宗谷のおかげで友好的に協力を取り付けられて、身体検査にも異常もなくいよいよ本題に入る。
石井主任と安田技術主任に引き連れられた明石は、大淀の艤装を見せてデータが記載された資料を渡して説明する。
「これが、大淀さんの艤装ですか」
「使用しているのは、すべて調達できるものばかりだ」
さっそく、明石が艤装を見始める。若狹の考えでは、明石はかつて艦の修復を担当したことがあり、人の体になったらわかるのではというものだ。大淀が初めての訓練で武装を扱うとき、研究員たちのマニュアルにはないやり方をして、大淀は何となく理解できたとの証言があり、明石にも同様なことが起きるのではと一抹の望みに託したのだ。
すると、明石は何度も唸った声を上げていて、二人は不安な表情を見せる。そして、我慢できずに安田が尋ねた。
「ダメそうか?」
「いえ?これ、リベット止めではないんですね」
意外な質問だったため安田は拍子抜けた。
「ああ。もうリベット打ちができる技術者はいないから溶接したんだ。だが、設計図通りに造ったんだぞ」
だが、明石は艤装を少しずつ外しながら見ていくとより唸る声を増やしていく。
「あれ?これも違う。ここもだ……なるほど。わかりました。これ
直し方が違う。この言葉に安田は目が点になり、激高した。技術者としてのプライドが傷ついたのだ。
「なぜ!違うといえる!ちゃんと設計図通りに直したのだぞ!」
「違います。そもそもリベット止めとか設計書通りの物を使用していないから発揮できないんだと思います。ほらこの建造直後の写真を見てください。使われている技術が違うからこうなったんです」
確かに、建造直後と同じ部分を写した所の部品が異なっている。だが、
安田と石井主任は、その違いに気付きまた謎が増えたが、目の前のことに集中することにした。
「だがリベット止めだけでない、当時の技術をそのままにできる技術者はいないんだぞ。どうやってやるんだ?」
「できますよ」
即答だった。明石はさも当たり前のように答えたのだ。
「この体ですから何度か練習する必要がありますけど。頭の中にあるんです。当時の修理のやり方が全部」
「……それは、気付いたらあったものなのか?」
「そもそも修理自体はわたしに乗っていた職人さんたちがやっていたはずですから、わからないはずですけど。覚えているんです。
その後、明石に昔の技術の再教育訓練を施して大淀の修理を行った。結果は大成功だった。建造時と同じ性能に戻ったのだ。
この結果を見て、自室にいた石井主任は手をたたいて喜びの声を上げた。
「大戦果だ。明石から修理の技術を学んで研鑽と普及できれば使い捨てにもならずに済む。これなら予算倍増に建造施設の増築も夢ではないな!」
石井主任が声高に喜びの声を上げるが、副主任が石井主任の部屋に入るとそれ以上に喜びの声を上げた。
「主任!大発見です!これを、このデータを見てください!! 大淀の証言をもとに、何度か実弾演習も交えて検証したのですが、この時のデータを見てください」
副主任が見せてきた資料を手に取り、実験データを眺めてみると、だんだんと石井主任の目が見開いてくる。そして、結果が書いてある項目を見て声を震わせた。
「馬鹿な。致命傷の部分になると膜が自動的に形成されて弾の威力を軽減だと!?」
「そうです。実は、他にもそれを証明する事例があったのです。宗谷が深海棲艦を倒したと同時に起きた爆発したことを覚えていますか?」
「ああ。だがあれは、缶の爆発も同時に起こった相殺爆発によるものだと」
「ええ最初はそう考えました。ですが、背中に背負った缶が爆発すれば、どうあっても五体満足ではいられません。ですが、この膜が宗谷と残った艤装を守ったとあれば……」
その膜が致命傷を防いだとあれば、あの爆発で宗谷が五体満足で無事でいられた理由も説明がつく。
「そして驚くことに、宗谷の艤装についていた隕石の粒子の成分と深海棲艦のものと詳しく比べましたところ。
副主任が言い終える前に、石井主任は理解できた。大淀が体半分を持っていかれたはずの攻撃が防げたのは、建造時に宗谷の艤装に付着していた粒子を使用したから致命傷にならなかったのだ。
「……!! これは、他の艦魂にはついていないのかね?」
「それは調査中です。ですが、もしこの現象。いえ、轟沈ストッパーと言いましょうか。これが宗谷だけのものであれば。我が国は間違いなく主導権を握れます」
部屋の中で二人は不気味に歓喜の笑い声を部屋の中に響かせる。なぜ、宗谷にそんな世界を変えるような力を持っていたのかわからない。だがそんなことはもうどうでもよかったのだ。
のちの研究で、この防護膜は撃沈級の攻撃を喰らうと一度きりだけ膜を発動させるということが分かった。それ以上になると効果がなくなるということだ。この膜を形成する因子を宗谷因子。別名『S因子』と名付けられた。
こうした功績が認められ、建造施設の増設が認められた。そして、より安くかつ個艦能力が高い艦を建造せよとの上からの要望を満たすために特型駆逐艦の設計図が選ばれた。初の駆逐艦ということもあり、特別高い戦果をあげていないという安全策のため、吹雪以下叢雲、電、漣が誕生した。これは、
さらにソロモンの悪夢の夕立や佐世保の時雨と言われた二隻を建造するための実験として、五月雨が誕生した。
そして、記念艦として現存した艦魂と区別し、人の建造によって生まれた艦魂を一括して、『艦魂より生まれし娘たち』通称『
この艦娘たちを運用する基地と人間大のスペースなので、艦船よりも狭いスペースで活用できるため修理施設や小さな開発施設も併設された海上自衛隊対深海棲艦反攻部が設立された。艦娘たちはそのすべてが第二次世界大戦生まれということもあり、彼女たちに身近な基地名称である鎮守府がつけられた。
資料室では、大淀と明石が同室で机を並べて同じぐらいの分厚い書籍を高く積み上げて勉強していた。明石が読んでいる物はもっぱら工学系統の本だった。
明石は長い時間机に向かっていた疲れがたまっていたのか、腕を伸ばしてストレッチをしていた。
「う~ん。疲れた~! 大淀さんも休んだらどうです?」
そう言われて大淀も本から目を離す。大淀は何度も目をこすりながら明石と顔を合わせる。真面目な大淀と気さくな明石。両者は性格も艦としても、生まれた時期も解体された時期も異なるが初めて建造された者同士ともあって一緒にいることが多くあった。
「明石さんもお疲れ様です。やはり、修理を担当となりますと覚えることも多いのですね」
「大淀さんだって、新造艦たちの教育担当に必要な資料以外にも勉強してますし」
大淀が積み上げていた本の中には、教育関連だけでなく現代の文化や流行に関する資料まであった。
「私がこの体になってもう数か月も経って色々と気づき始めたんです。この現代で艦としてだけでなく人として生きるためにも戦うだけではダメだと。研究員さんたちとの円滑なコミュニケーションというものを図るためにも現代の文化にも学ばなければならないと思いまして」
大淀がさっそく現代用語を使って、明石に説明した。明石には思い当たる節がなんどもあった。明石がパラオで放棄されたあとに敗戦という出来事が起きただけでなく、日本が世界第二位の経済大国になったこと、携帯電話等の明石たちが艦としていた時には考えられなかった技術が一般庶民まで普及していることとまるで浦島太郎のような感覚に陥っていた。
大淀は、新造艦たちが現代についてこれるあるいは混乱してしまわないように自ら知識をつけているのだ。それは人間のような心を持ち、芯の通った行動だった。
「じゃあさぁ。わたしたちもそれっぽいことしてみようよ」
「例えば何ですか?」
「お互い呼び捨てで呼ぶこと。わたしたちこの体で同じぐらいの時間を過ごしているのになんだか他人ぽいのはね~」
意外な言葉であったが、確かに数か月も一緒にいて他人のような言葉遣いは人としてどうなのだと二人は思っていたのだ。
すると、ドアがノックされて宗谷が入ってきた。宗谷は、トレイに湯気の立った茶色い液体が入ったマグカップを載せていた。
「お二人とも、お疲れ様です。これココアです」
宗谷が持ってきたココアをもらい口につけると、体の芯まで温まるような甘い液体が口の中に広がる。
「美味しいです」
「人の体になると、今まで船員たちが飲んで食べたものも味わえるからいいよね」
「あと、大淀さん。これどうぞ」
宗谷が渡してきたのは、レンズの上に縁がないメガネだった。
「最近、眼をこするようになってきたようで目が悪くなったのかなと思いまして、メガネをつくってくれるように若狹さんに頼んできました」
そういわれてみると、確かに最近前よりも本をもっと近くで見なければならない時が増えているのを大淀は薄々感じていた。そして、渡されたメガネをかけてみると、視界が先ほどよりもくっきりと見えるようになった。
「似合うじゃん
「うふふっ。そうですね
二人がお互いを呼び捨てで仲良さそうに話しているのを見て、宗谷は仲間外れになった気分で寂しそうになった。
「なんだか、二人とも親密になったみたいですね」
「ああっ大丈夫!宗谷も大事な友達なんだから」
「そうですよ。私たちは、生まれたときも生きた年数も艦種も異なりますけど、私たちは最初の艦娘海軍です」
三人はお互いの手を握った。艦の時ではできなかった温かな手を互いに握り合う。人としてできることがそこにはあった。