「率直に申し上げますとこの文部科学省に、県立大洗女子学園の「廃止」、即ちあなた方が仰るところの「廃校」を撤回する権限はありません。そもそも、「廃止」を決定する権限すらも文科省にはないのです」
「馬鹿にしないでいただきたい!」
西住は机を強く叩いた。今まさに辻に飛びかからんとする勢いである。それを蝶野が宥めて話を続ける。先ほどまでの顔とはうって変わり、凛とした表情で真剣な眼差しを辻に向ける。
「辻さん、大洗女子の子たちは辻さんの言葉を信じてここまで戦い、奇跡的にも優勝を勝ち取ったのです。余り翻弄するようなことは仰らないでもらえませんか」
「何度でも申し上げますが、事実として、文科省にも私にも、「廃校」を決定する権限も、撤回する権限もないんですよ」
辻は、蝶野の目線を真正面から受け止めることなく、あくまでも事務的に言い放った。
「裁量がないのですから何もできません。あなたも自衛隊とは言え、役所の人間なんだから分かってるでしょう?」
蝶野の凛とした表情がわずかに歪んだ。最後の一言は、蝶野に対する辻の意趣返しであった。
蝶野が口を堅く結んだのを見計らったかのように児玉が口を開いた。
「では、誰が大洗女子学園の「廃校」を決定し、撤回できるのでしょう?これまでのお話を聞いていますと私のような疎い者には、さも「廃校」が文科省で決定されたというように聞こえるものですから」
「県立大洗女子学園は、県立ですから決定権は茨城県にあります」
県立大洗女子学園高等学校とその付属中学校(通称:県立大洗女子学園)は、その名に「県立」を冠しているとおり、茨城県県立学校設置条例第1条及び第2条に定める茨城県の学校なのである。なので、県立大洗女子学園の「廃止」は、茨城県教育委員会が議案を茨城県議会に提出し、そこでの採決の結果をもって決定されるのであって、本来であれば、文科省があれこれ言う立場にはない。
児玉はなおも食い下がる。
「しかし、文科省が学園艦の統廃合を進めていると私は聞いております。現に近年もBC高校と自由学園が統合しましたし、文科省がその決定と無関係とはいえないのではないですか?」
「確かに国有の学園艦にあってその用途を終えたものについて、民間利用が可能な学園艦は譲渡、不可能な場合は解体取壊し等の処分を進めています。ですが、国が所有するもの以外の処遇については、あくまでも地方公共団体や学校法人の判断になります。ですので、BC高等学校と自由学園の統合については学校法人マジノ女学院の経営的判断になります」
児玉の問いはあながち間違いではない。確かに文部科学省組織令に記された職掌の中には学校等の「運営の状況についての評価及びその結果に基づく運営の改善に関する企画及び立案並びに援助及び助言に関すること」とある。しかし、法的な義務が課されていなければ、それを受け入れるかどうかは、それぞれの地方公共団体や学校法人の判断であり、文科省はその意思決定に積極的な介入はしていない。
今度は児玉が困惑する番であった。そもそも決定権のない文科省に何故来ているのかが分からなくなっていたのである。
「では、先ほどの「廃校」の件についてお話を聞かせていただけるというのはどういう意味だったのでしょうか」
「あくまでも、現状を説明させていただくという意味です。話としてやや複雑ですので」
話を複雑にさせている原因は、茨城県県立学校設置条例の別表において県立大洗女子学園の位置を学園艦としているところにある。これが話を複雑にしている。なぜなら、大洗女子学園が位置する学園艦は文科省が管理する国有財産(船舶)だからである。
昭和22年頃から実施された戦後復興のための諸施策、傾斜生産方式や計画造船といったものの副産物として誕生した学園艦は、その耐用年数が過ぎない内から国有財産特別措置法第3条の規定が適用され、文科省を中心に地方公共団体や学校法人への貸付や譲渡が進められた。その際、学園艦1隻が茨城県に貸与され、茨城県はその借受けた学園艦上に県立大洗女子学園を設置したのである。
このような経緯から県立大洗女子学園を「廃止」する権限を茨城県が有し、学園艦という財産(船舶)を「処分」する権限を、学園艦を管理する文科省が有するという国と県との住み分けがなされるようになった。
それを辻はかいつまんで説明する。
「ですから、通常の家の貸し借りを想像していただければ分かるかと思いますが、この場合、国が家主で県が借主なわけです。ですから県が出て行くというものを我々には止めることはできません。そして老朽化が進み借主もいなくなった家についてはその莫大な維持費用に鑑み可能な限り速やかに処分を進めたいと考えている、ということです」
「では、善処するも何も、あなた方には最初から何もできなかったと、そういうことですか」
西住が辻に噛みつくが、辻は国会審議を思わせるかのような口ぶりで、やや冷ややかに応対する。
「いえ、当然全国大会優勝ともなれば茨城県、特に茨城県議会の動向にも変化が生じる可能性がありましたので、学園艦教育局としてもその動向を注視し、茨城県教育委員会と協議いたしました。協議しましたところ、茨城県議会の文教警察常任委員会の審議に全国大会優勝が影響しなかったことを確認し、それを踏まえて検討した結果、「処分」の方針を変更することなく、進めるべくして進めております」
臍を噛み睨みつける西住を尻目に、蝶野にも辻は目を向ける。
「私の裁量の範囲内でやるべきことはやらせていただきました。これ以上のお話は県の教育委員会、茨城県だと教育庁の総務企画部の担当とお話した方が良いのではないでしょうか」
角谷の左右にいる大人たちは三者三様に黙り込んでしまった。児玉はもとの年相応の物憂げな表情で沈思し、西住は親の仇とばかりに辻を睨みつけ、蝶野は悔しさに俯き固く手を握っていた。
辻としては学園艦教育局財務課長として、自らの職掌の範囲内でできることをこの場で示し、実際にしてきたのである。もし、これで恨まれたとしても、学園艦教育局ではなく学園艦教育局財務課の判断が恨まれるだけで、影響は少ないだろうと辻は読んだ。
「どうやら、私たちは来るところを間違えましたかな」
辻の読みは正しく、乾いた笑いを交えて児玉がポツリと呟いた。この一言をきっかけにして大人たちの間では諦めムードが蔓延し始めていた。
「それが、「廃校」にする気はないって今回も言ってるんですよね、県の教育委員会。」
大人たちは一斉に角谷の方を見た。
ハイ、というわけで第2話です。前回に引き続きお読みくださりありがとうございました。
今回は前回以上に雑駁な内容になった気がします。
本当は学園艦を茨城県に無償貸与したかったのですが、国有財産法でも国有財産特別措置法でも高等学校の用に供する場合は無償で貸与できなかったです。小説を実際に書く段になってはじめて気づいてかなり焦りました。
あと学園艦の耐用年数ですが、船舶法第4条から第19条までの適用を受ける鋼船のその他総トン数が二千トン以上のものとして15年を想定してます。
茨城県県立学校設置条例
第1条 小学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、義務教育として行われる普通教育を施すことを目的として、別表第1に掲げる中学校を設置する。
第2条 中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すことを目的として、別表第2に掲げる高等学校を設置する。
国有財産特別措置法
第3条 普通財産は、次の各号に掲げる場合においては、当該各号の地方公共団体又は法人に対し、時価からその五割以内を減額した対価で譲渡し、又は貸し付けることができる。
一 地方公共団体において次に掲げる施設の用に供するとき。
ハ 学校教育法第1条に規定する学校の施設。
四 学校法人、社会福祉法人、更生保護法人又は日本赤十字社において、学校施設、社会福祉事業施設、更生保護事業施設又は日本赤十字社の業務の用に供する施設の用に供するとき。