「ふぅ、終わりやしたね」
夕焼けよりも真っ赤に染まった路地にただ一人立つウタカタは構えを解く。
目は見えないものの辺り一面が血だらけだということは返り血の感覚から分かる。
クレスの言う通りスラム街にシンとネイを捕らえに来た輩は倒した、これで自分の役目は終わった。
「さて、とりあえずひとっ風呂でも浴びにいくとしやしょうか・・・」
危険なので離れて見ているスラム街の子供達にもう大丈夫だと伝えると血にまみれた体を綺麗にしようと歩き出す。
最後の一人まで屠ったことで辺りは静かなもので、今はただウタカタの杖が地面を叩く音だけがカンカンとよく響いていた。
「・・・・・──っつうわけだ、今頃全滅してると思うぜ?」
「グヌヌゥ・・・・・」
先程までなら一笑に伏せただろうが今は違う、実際にSランクの力を見せつけられたのだから。
どんなに強い奴でも数には勝てない・・・その考え方は決して間違ってはいないだろう。
一瞬の油断、精神的疲労、スタミナ切れ、一対多数における戦闘においては、たとえ個体値で力量差があろうともそれだけで簡単に勝敗を分けてしまう。
「もう諦めろ、お前に勝ち目はねぇよ」
「・・・・ふざけるなぁっっっ!!貴族である俺様に貴様のような下民が勝てるわけがないっ!!」
自慢の傭兵を軽くあしらわれた上に人質の策を見破られて冷静でいられなくなったのだろう、こんなことが現実にある筈がないと一人でブツブツと現実逃避をしている。
残った傭兵達もその様子を不安そうに見ているがどうしようもないだろう、侯爵の息子として産まれ何不自由なく生きてきて恐らく初めての挫折。
今まで好き勝手やってきましたって奴ほどこういうダメージは大きいものだ。
「何してるお前ら!さっさと奴をぶっ殺せ!!」
憐れな奴等だ、こんなのに従わなければいけないなんてなぁ・・・。
まぁお前らも今までコバルトの権力の元で好き勝手やってたんだから自業自得だよな。
「さてと・・・これであとはもうお前だけだな」
「ヒィッ!」
思わず尻餅をついて後退りするがもう自分を守る盾は一人もいない。
殺してはいないが全員動けないレベルにはダメージを与えておいたのでいくら呼ぼうと助けには来れない。
これでゆっくりと話が出来る。
そのためにコバルトの元へと歩いていく。
コバルトも必死に後退るが倒れている傭兵が邪魔でなかなか進めない。
あっさり目の前まで追い付くと魔銃をコバルトの目の前に構える。
「まっ、待ってくれ!お前の望む金をくれてやる!だから待て!」
この期に及んで命乞いか、さっきまでの威勢はどうしたのか・・・というか命乞いする立場でタメ口かよ。
「金なんかいらねぇ」
「なら女か?それとも奴隷か?何でも用意するぞ?」
何とかして助かろうと足にすがりついてくる姿が何とも卑しく惨めだ。
「お前みたいな悪癖は俺には無ぇ・・・」
「なら地位や名誉か?よし、父上にお願いしてお前の冒険者ランクをSSランクに上げて貰えるようにしよう!貴族にだってしてやれる、男爵でどうだ?」
いくら侯爵でも冒険者ギルドにそこまでの干渉をすることは出来ないし許されない。
貴族にするのだって国王の許可を取らなければならないのを知らないのか?
「興味ねぇよ、諦めな」
すがり付いていたコバルトを蹴り払い再び尻餅をついた所へ改めて魔銃を突き付ける。
「お前の願いを何でも叶えてやる!だから頼む、殺さないでくれぇ・・・」
「どんな願いでも?」
「っ、そうだ!どんな願いでも必ず叶える!」
生き残れる希望が見えたからか堪らず笑顔が溢れる。
「俺の願いはただひとつ、だがお前に叶えるのは無理だ」
魔銃を額に押し付ける。
「待ってくれ、頼むからぁ・・・・・」
とうとう泣き出してしまった。
もう貴族としての尊厳などどこにも無いな・・・
「・・・そろそろいいか?」
「あぁ、その辺にしといた方がいいだろう」
コバルトから視線を移し公園の入口の方に問いかけるとキーパーが出てきた。
やれやれと溜め息をついているが別にやり過ぎてないよな?
騎士であるキーパーが現れたことで自身の身の安全が保証されたと思ったのか、コバルトはホッと胸を撫で下ろしている。
「よく駆けつけてくれた、お前の昇進は父上に頼んで──」
「全員確保せよ!」
キーパーがそう叫ぶや否や、続々と配下の騎士達が入ってきてコバルトと傭兵達を縛っていく。
「何をする!拘束するのは奴の方だぞ!?」
「黙れバカ息子がっ!!」
声の主に目を向けるとそこには一人の男性。
年の頃は50手前くらいだろうか?着ている服はとても質がいいことが一目で分かる。
「・・・父上?」
突然の父の登場に思わず呆けてしまうバカ息子コバルト。
抵抗が止まったその隙に拘束されてしまう。
「何故ここに?」
「お前を処断するために決まっておろう!キーパー副団長から聞いたぞ、お前の数々の悪行をな!!」
「ヒィッ!」
「お前はターコイズ侯爵家の名を貶める気か馬鹿者め!!」
ガスガスと動けないコバルトの頭を殴りまくるターコイズ侯爵、どうやら本当にコバルトの悪行を知らなかったようだ。
「もういい、連れて行ってくれ!」
「父上!父上ェェェ!!」
ボッコボコになった顔面で泣きながら助けを求めるコバルトを、ターコイズ侯爵は歯を食い縛りながら見送る。
きっとこれ以上は自分を押さえられないと思ったのだろう、握り締めた拳がプルプルと震えている。
「クレス殿、でしたかな?この度は我が愚息が大変なご迷惑をおかけした。貴殿にはその事についてきちんと謝罪とお詫びをしたいのだが・・・」
ふむ、侯爵自身はやはりまともなようだな。
しかしお詫びか・・・恐らくは口止め料ってことなんだろうが、事が事だけにある程度は吹っ掛けても大丈夫だろう、何しろ侯爵だからな。
けどどうせなら侯爵とのツテも残しておきたい・・・なら・・・・・
「おう、ご苦労だったな」
「おやクレスの旦那、もういいんで?」
「あとはキーパーが上手くやってくれるさ」
行きつけの飲み屋でウタカタと合流する。
時間は夜になり辺りはすっかりと暗くなってしまった。
店の明かりと焼き鳥の匂いが呑兵衛達を店内に引き込んでいく様はまるで提灯鮟鱇の捕食のようだ。
「いや~、今回はお前がいてくれて助かったぜ・・・」
「いえいえ、クレスの旦那程の人望ならあっし以外にも協力してくださる方々がたくさんいらっしゃるでしょう」
「貴族と事を構えるなんて仕事を引き受けるバカなんてそうそういねぇよ」
「・・・今回は誉め言葉として受け取っておきやしょう」
皮肉を皮肉で返し軽くグラスを傾けて乾杯する。
こうしてこいつと飲むのも久しぶりだ。
普段からブラブラと旅をしていてひとつの所に留まらないこいつが今回王都にいたのは本当に運が良かった。
普段人付き合いをちゃんとしてない俺が頼れる奴なんてほとんどいないからほんっと~~うに良かった。
「またすぐに発つのか?」
「ええ、日が明けたらまた流れやす」
「そうか、なら今渡しとくよ」
懐から金貨が入った小包を取り出し渡す。
「おや、思ってたより入ってやすねぇ」
こちらが提案した詫びとは別にターコイズ侯爵が渡してくれた個人的な謝礼として金貨を貰ったので、ちゃんとウタカタにもボーナスとして渡しておく。
「危険手当てさ、社会的なな」
「なるほど」
戦力的には毛ほども危機は無かったが相手は侯爵の息子、最悪侯爵自身を敵に回して貴族達と対立してしまうかもしれなかったのだ。
そうなった場合の損失はこんな金貨数枚で賄えるものではない、が、気持ちとしてしっかりと受け取っておいた。
「それで今回の首謀者はどうなったんです?」
「コバルトか?殺されはしないが王都から離れた僻地で飼い殺しだとさ・・・貴族としての力を奪われて厳しい監視下におかれるからもう何も出来ないと思うぜ?」
侯爵当人である実の父からの処断だ、となれば飛ばされた土地で自分に味方してくれるような人間などいないだろう。
やった事を考えれば甘い処罰だと思われるだろうが、貴族を普通の一般人と同じように裁くのはなかなか難しいらしい。
ましてやコバルトはターコイズ侯爵の一人息子、つまり大事な跡取りなのだ。
まぁ侯爵自身は『
「被害者の方々はそれで納得しやすかねぇ?」
「納得するかどうかは関係ないだろう、処罰したという事実が大事なんだと思うぜ?」
キーパーいわく今回の件は有力者達による牽制になったとのこと、貴族だからといって好き勝手やってたら痛い目みるぞ?という抑止力になるらしい。
まぁ貴族相手に喧嘩を売るバカなんてそうそういないだろうから本当に効果があるかどうかは分からないが・・・。
期待はしていないが効果があれば儲けものだな。
「それでターコイズ侯爵から貰ったのは金貨だけですかい?」
「個人的に貰ったのはな」
「他にはどんなものを?」
「ん?それは明日になってからのお楽しみさ・・・まぁターコイズ侯爵にも損はないとだけ言っておく」
「なるほど・・・まぁ大体想像は出来ますがね・・・」
旦那の性格は知ってますから・・・とにこやかに酒をあおるウタカタはその一杯を飲み終えると明日に備えて宿へと戻っていった。
残されたクレスも暫く一人で飲んだ後シンとネイの待つスラム街へと帰るのだった。