頬を伝う血が地面を濡らす。
今まで不可視の攻撃を既の所でかわしていたルートの頬を浅くだが切り裂いたパイクは余裕の笑みを浮かべている。
「ど~したぁ~、もうガス欠かぁ~?」
「・・・・・・・」
「喋る元気もないの、かっとぉ」
何も言い返してこないルートに続けざまに斬撃を放つ。
視界が悪い中巧みに体を動かし回避を試みるルートだが避けきれなかったのだろう、腕や足に頬と同じように薄い切り傷ができている。
「もう観念したらどうだぁ~?」
軽く投降を呼び掛けてみるパイクだったが油断は全くしていなかった。
ルートに焦っている様子が見られないのである。
視界の悪さに加えて不可視の攻撃、少しずつとはいえ一方的にダメージを受けている筈なのに冷や汗ひとつかいていない。
それに、心なしかダメージを受けている今の方が動きも良くなってきている気がする。
これは・・・気づかれてしまったかもしれない・・・。
「・・・・・面白いねぇ・・・」
再度振るわれる不可視の斬撃がルートに迫る。
ルートは落ち着き払っているが、今までの動きを見ればこのタイミングでの回避は出来ない筈。
少なくともかすり傷程度では済まないだろう。
ニヤッ
───っ!!
その時パイクはルートの口角が僅かに上がるのを見た。
と同時にルートは前へ駆け出し、波紋に揺れるように僅かに身を逸らす。
すると斬撃は逸らされたルートの体の1センチにも充たない横を通り抜けていった。
見切った?アレを?
それを確認するためにと追撃を数度振るうが同じようにひらりひらりと紙一重でかわされてしまう。
これはもう認めるしかない。
「見えてるの?」
「うん、丁度目が馴れてきたよ」
いよいよ間合いを詰められ刀が届くかというところで風魔法を全面に放出し距離をとる。
「危ない危ない・・・やっぱりへばってたんじゃなかったかぁ・・・」
「軌道だけじゃなく正体も見極めるためにはギリギリまで観察する必要があったからね」
一歩間違えれば手足が飛んでいたかもしれないというのに・・・大した度胸だと感心してしまう。
「その口ぶりだと不可視の斬撃が不可視じゃなくなっちゃたようだなぁ・・・」
元々自分から謳っていたわけではなかったが、そう呼称されるほどの技だという自覚はあった。
できるだけそうなるようにと工夫を凝らした技であったし、事実何人もの敵を屠ってきた自慢の技だ。
それをこの短時間で攻略されるとは思ってもみなかった。
「斬撃の正体は目に見えないほどに細いワイヤー、それを辺りの物を巻き上げる風で更に見えづらくしている。加えてワイヤー自身にも薄く風を纏わせ強度を上げつつ切れ味を向上させている・・・ってところ?」
「・・・・・お見事、正解だよぉ~。いやぁよくそこまで見破ったねぇ~」
「昔から目はいい方なんだ」
どうだ!と腰に手を当ててアピールをしてくる。
凄い・・・敵ながら純粋に凄いと素直に評価せざるを得ない。
何せ単純に〝見た〟だけであれを看破したのだから。
「素晴らしいよ君・・・そういえば名前を聞いてなかったねぇ」
「・・・ルートだよ。通りすがりの冒険者、ルート」
「ルート、か・・・いい名前だ・・・・・それじゃあ続きを始めようか、ルートォ!」
種が明かされたからか一度に4本のワイヤーを繰り出すパイク。
見破られており隠す必要がなくなったからか纏わせている風の量が増えている。
「数が増えても動きの癖は変わらないよっ!」
一気に4倍になったワイヤーを華麗にかわしていくルートにはまだ余裕が見える。
「それでも数の暴力には勝てないさぁっ!」
更に倍、8本のワイヤーがルートを襲う。
動きは見切れても流石に避けるスペースが足りなくなったのか後ろに下がらざるを得ない。
その瞬間、パイクは素早く右手の中指を動かす。
「待ってたよぉ!」
パイクの叫びと共にバックステップするルートの着地地点から針が飛び出してくる。
しかしルートは前を向いており視界には入っていない。
「ワイヤーひとつ見破った位で油断したかなぁ~?」
避ける素振りも防御する動きも見られなかった。
直撃、した筈だった。
カランカランッ。
着地した状態から体勢を起こすルートの背中から直撃した筈の針が落ちる。
「油断なんてしてないよ。それに・・・見破ったのはワイヤーだけじゃないしね」
「・・・当たった、と思ったんだけどねぇ~・・・」
いや、間違いなく当たっていた。
ただそれを結界か何かで防いだだけだろう。
見たところ鎧のような防御力に優れた防具は身に付けていなさそうだし鎧特有の高い金属音も聞こえなかった。
あの口ぶりから察するに、先の戦闘中にワイヤー攻撃に紛れて其処らに配置していたトラップをも見抜かれている可能性が高い。
流石に全部を見破られているとは思いたくないが、あの子ならあり得ない話ではないというのが悩み所だなぁ・・・。
しょうがない、こうなりゃ当たるまでやってやる。
こっちの隠し玉が尽きるのが先か、そっちがトラップに引っ掛かるのが先か、我慢比べと行こうか。
やっぱりトラップを仕掛けてたか・・・まだ幾つか仕掛けてあるみたいだけど全部は把握できてないんだよなぁ・・・。
今のは来るのが分かってたから防げたけど次は分かんないぞ・・・。
───っと、考える暇は与えてくれないか。
そこからは技の応酬が繰り広げられた。
パイクのワイヤーを潜り抜け前に出るとトラップが、それを見越して少し体をずらせばまたワイヤー。
体勢を整えるため一旦距離をとりまた・・・とその繰り返し。
お互いがお互いの思考を読み、相手の裏をかくために目線、表情に至るまでの高度なフェイントを掛け合っている。
このまま永遠に続くのではないかと思われる程実力は拮抗していたが、その攻防は突如終わりを迎えた。
ルートがトラップのひとつに掛かってしまったのだ。
拘束用の太いワイヤーがルートの体を締め付ける。
「うっ・・・やっぱり見落としてたかぁ・・・」
「いやいや、本当に全部見破られてるのかとヒヤヒヤしたよぉ~」
拘束したことでようやく余裕が出たのか汗を拭いながら近づいてくる。
右手に風の刃を生成し止めを刺す準備は万全だ。
「うぐぅぅぅ・・・・・」
ワイヤーの締め付けを強くし抵抗されないようにルートの手から刀を落とす。
「っ、バーズって魔人とはずいぶん違うんだね・・・」
「あんな炎をバカスカ撃つだけの奴と一緒にされたくねえなぁ~」
「あんたみたいなのもいるんだね、用意周到っていうか・・・むしろ小賢しいっていうかさ」
「それは誉め言葉として受け取っておくよぉ~」
パイクの目に油断はない。
それは元々の流儀なのか、それともルートの目から未だ諦めが感じられないからなのか。
何にせよパイクは今ここでルートの首を跳ねるため、一歩、また一歩と着実に近付いていく。
「残念だったねぇ~・・・」
パイクの右腕がゆっくりと掲げられた。