辺り一面に広がる巨大な氷が自分達と世界を隔絶してしまった。
壁というよりは最早山に近い氷の壁、これでは外にいるであろう騎士達もミレイクに攻撃ができない。
「・・・これが魔人の力だ、君達二人が敵う相手ではないだろう?分かったら退きたまえ」
「───っ、だからって!こんな傷だらけなルートさんを差し出すような真似出来ません!」
この魔人がとてつもなく強いのはよく分かっている。
周りのこの惨状を見れば自分達には万にひとつも勝ち目がないのは誰の目にも明らかだ。
今のところこの魔人の狙いは自分達ではなくルート一人、ロックと二人ならば逃げることも出来るだろう。
だがその選択をすることはない、なぜなら───
「無理だろうと何だろうと!私達はルートさんを助けるためにここに来たんです!!」
出来る出来ないじゃない、皆が生き残るためにはやるしかないのだ。
「うむ、実に勇敢・・・と言いたいところだが───」
二人の目の前からミレイクが消える。
「・・・君等のそれはただの無鉄砲だ」
背後からの声に二人は咄嗟に振り返る。
ルートの下へ歩いているのに気付いて慌てて止めようとするが近付けない。
それどころか体は意思とは反対にミレイクから離れていく。
なぜ自分は宙を浮いているのか、それすら分からないままシンディとロックは吹き飛ばされ、やがて壁に叩きつけられ意識を手放した。
ミレイクが行ったことは至極単純、ただ二人の背後に普通に移動しこれまた普通に拳を見舞った、それだけのことである。
消えたように見えたのはただミレイクのスピードが二人の視認できる速度を上回ったというだけのこと。
「シンディ!ロック!」
呼び掛けるが返事はなくぐったりとしている。
「覚悟に免じて加減はしておいた、暫くは目を覚まさんだろうがな・・・さて、これで邪魔は消えた・・・」
あっさりと2人を片しゆらりとルートに歩み寄っていく。
そして剣を振り上げ満身創痍なルートの首筋を狙い斬りかかる。
「───ッくぅっ!!」
咄嗟に前へ倒れ込むことで辛うじて回避に成功する。
しかし息つく暇も与えぬようにミレイクは剣を振るってくる為、痛む体に鞭を打ってかわしていく。
「さぁ、早く姿を見せろ!」
ミレイクが何を言っているのか、冷静になればなるほどルートには分からない。
姿を見せろ?つまり標的は自分ではないということなのだろうか。
・・・いや奴の狙いは間違いなく自分だ。
わざわざ邪魔が入らないよう大規模な魔法で外界と隔絶したのだから標的はこの壁内にいる筈。
そしてこの壁内にいるのはミレイクを除けば自分、クレスとシンディ、ロックの4人のみで他に反応はない。
他3人がダウンした以上残るは自分一人だけ、なのだが・・・だとしたら何を待っているのだろうか。
増える出血に伴い段々と思考力が落ちてくる。
考えがまとまらず体もどんどん重くなっていき、終には自分が今何をしているのかさえ分からなくなってしまった。
一瞬ではあるがルートの思考が完全に停止し体が無防備を晒す。
戦場において致命的な隙、もちろんミレイクが見過ごす筈はない。
「これでっ!」
素早い動作で突きをルートの心臓めがけて放つ。
思考の止まったルートは反応できず、その黒い瞳はただ黙って自分の胸が貫かれる瞬間を見送ることしか出来ない。
ルートの手からするりと刀が抜け落ちる。
そして朧気なルートの左目が青色に変わっていく。
「────っ!!」
突然ミレイクの剣が止まった。
ルートの胸までほんの数ミリというところでそれ以上進まなくなってしまった。
「・・・──来たか!」
風も吹いていないのにルートの黒髪がひとりでに揺らめき立つ。
うつむいているせいで表情は分からないが手足はだらんと力なく垂れており辛うじて立っているという状態だ。
そんな中ルートの右腕がおもむろに持ち上がる。
魔力のひと欠片も込められていない掌がミレイクに向けられたその瞬間、強烈な衝撃波が広場内のあらゆるものを弾き飛ばした。
地面は扇状に深く抉れその威力の高さを物語っている。
「・・・・ンッ・・・ルート・・・さん・・・」
衝撃波の射線から外れていたシンディは轟音と余波の突風で目が覚める。
土煙が視界を遮り状況が分からず困惑していると、少し離れた場所からミレイクと名乗った魔人の笑い声が聞こえてきた。
「・・・フフフっ・・・アハハハハハっ!思った通りだ!やはり潜んでいたか!」
剣の一振りでミレイクの周囲の土煙が晴れる。
それと同時にミレイクとは逆方向の土煙も晴れ、中からルートが姿を現す。
「こんな所で姿を晒すことになるとはね・・・」
「ルートさん・・・なの?」
その姿はルートに間違いない。
しかしシンディは直感的に思ったのだ、あれはルートではない、と。
服も声もいつも通り見慣れ聞き慣れたものだ。
しかしなにかが違うのだ。
そう、まるで別の誰かがルートの体に乗り移っているようなそんな感じ。
「やるなら早くしてね、こっちも時間がないんだ」
青く染まった左目に六芒星が浮かび上がると体の傷が次々と癒え始め、それと同時に白い髪が徐々に黒く染まっていく。
謎の力で傷を治しながら歩き始めると、今度は目の前の抉れた地面がひとりでに動き始めルートが歩く部分だけ綺麗に整地され道が出来ていく。
傍らに落ちていた刀も吸い込まれるようにルートの手に収まった。
自分の知らないルートの力に驚きが隠せない。
言動から普通ではないルートに危険を感じ、ひとまず自分達の身の安全を確保するため痛む体に鞭打って今だ唸っているロックを引き摺り戦線を離れる。
それを視界の端で確認したルートは癒えた体を慣らすように手首を回したり状態を確認していく。
「名はなんと言う?」
「あ~そういうのいいよ、君に僕をどうこうできるとは思わないしね」
「そうか・・・ではいくぞ、精霊!!」
爆発的な魔力の高まりと共にミレイクが迫る。