「ロックの師匠って鉱石の研究とかしてる人だよね?」
アール王国でロックと出会った時に確かそう言っていた。
「そうッス!まぁ俺っちは冒険者志望じゃなかったから修行なんてのはなかったッスけどね」
「へぇ~、どんなことを教えてもらってたの?」
研究者らしいしやっぱりそっち方面なのかな?
魔導具職人を目指してるだけあって結構頭もいいみたいだし。
「先ずは読み書きと計算ッスね!将来どんな職に就くにしても出来て損はないッスから!」
そう言って勉強に使ったのであろうノートを広げて見せる。
熱心に勉強したのであろう、隅々までびっしりとよく書き込まれている。
ページの隅に所々描いてある図のようなものは落書きのように見えるが実は昔考えた魔導具のデザイン画で、暇さえあればイメージしたものを描いたらしい。
当時考えていたのはデザインと効果のみで構造は全く考えていなかったそうだが、今作ってある魔導具のほとんどは昔考えたものが元になっているのだそうだ。
しかし読み書きだけでなく計算も教えているのは凄いな。
今の時代、文官のように読み書きや計算のような書類仕事ができる人材は貴重である。
現在のアール王国の一般市民の教養レベルは低く、きちんとそういった素養を身に付けているのは貴族くらいのものなのだ。
そのため、国の重要な役職は皆貴族が担うことになってしまい、現在アール王国では平民と貴族の間で徐々に溝が広がってしまっている。
さらに拍車をかけるようにアール王国ではトレス王国よりも選民意識が高く、貴族は平民を下に見、それをよく思わない平民が今度は自分達もとドワーフ等他種族を下に見るという悪循環が発生しており、両者の溝をより深くしている。
つまりロックのような者はアール王国では生き辛いのだ。
・・・もしかしたら、ロックの師匠は差別意識がある中で少しでも生きやすくなるようにといろいろ教えているのかもしれない。
だとしたら相当ないい人だ。
是非とも我が師匠にも見習ってもらいたいものである。
ルートが一人感心しているなかロックの説明は続いていく。
「───という風に各自のやりたいことによって勉強の内容も変わるンス。俺っちは魔導具職人を目指してたんでとにかく魔導具の本をひたすら読まされたッスね」
読み書きなどの基礎の部分が出来るようになったら今度は専門別に別れていくらしい。
冒険者希望は先ずみっちりとトレーニングを行い強い身体を作り、研究職希望等は専門書をひたすら読み込むことで理解力を高めていく。
なんでも師匠の方針としては、一人前として一人で生きていけるようにと敢えて厳しく指導しているそうだ。
「皆のやりたいことにちゃんと向き合ってあげるなんていいお師匠さんなんですね!」
「そうなンス!普段は無愛想だけど俺っち達のことをよく考えてくれてる人なンスよ!!」
シンディとロックが目をキラキラさせながら熱い握手をかわす。
なるほど、これがあるべき師を想う弟子の姿なのか。
「そういうシンディさんの師匠はどんな人なンスか?」
師匠トークに更に花を咲かせるべくロックが問うと、シンディは腕を組み感激顔から一転して難しい顔をしだした。
「どうしたんすか?」
「ん~~~・・・いや、小さい時だったから顔とかよく覚えてなくて・・・・・うーん、出かかってはいるんだけどなぁ・・・」
思い出せそうで思い出せないというギリギリのラインのためすんなり諦めることも出来ず、必死に己の記憶を呼び覚まそうと頭を振ってみたりするが、結局思い出すには至らなかった。
しょうがないのでシンディは覚えてる範囲のことを語り出す。
「まだ父も母も生きていた頃で私は5歳かそこらでした。おつきみ亭も繁盛していたんですけど、母が病にかかってしまい段々と店に立つことが出来なくなってしまったんです・・・」
病から床に伏せることが多くなり、父は仕事と母の看病に追われて休む暇もありませんでした。
幼いながらにも両親が大変なのだと理解した私は積極的にお手伝いをするようにしました。
でも所詮は子供、父のようにフライパンも振るえなければ母のように洗い物も満足に出来ません。
なので私のお手伝いは必然的に母の看病が多くなりました。
その後、母の体調はなんとか回復し、またいつものおつきみ亭が帰ってきました。
そこで私は、父と母どちらの代わりにもなれるようにと料理や洗濯など仕事を教わることにしたんです。
子供の体ではどの仕事も大変で、なかなか思うようにはいきませんでした。
そして食材のおつかいをしていたある日、教わった仕事を思い出しながら歩いていると、ちゃんと前が見えていなかったようで誰かとぶつかってしまいました。
慌てて顔をあげるとそこには怖い目つきをした柄の悪い男達がこちらを睨んでいて、あっという間に私は人気のない路地へ連れていかれてしまいました。
四方を囲まれ逃げることも出来なくなった私は、ただ恐怖に身を強張らせて震えていることしか出来ず、目を瞑って心の中で必死に『助けて、助けて!』と誰かに助けを求め続けました。
「そしていよいよ男が拳を振り上げたその時です!」
「───いよいよッスね!」
「はい!5人もの男達をあっという間に倒して私を助けてくれたのが師匠でした」
「カッコいいッスぅぅぅ!」
「やるじゃねぇか!」
盛り上がってきたところでロックとエリアルドがやんややんやと合いの手を差し込んでいく。
シンディの方も満更でもない様子で、多少恥ずかしがっているが話には熱がこもっているように感じる。
「連れ込まれた私を心配する人達の話を聞いて助けに来てくれたんだそうです」
「それでそれで?」
「実はその人、おつきみ亭の常連さんだったらしくて、『今回は運良く助かったけど次はどうなるか分からない。自分の身は自分で守れるように、君さえよければ私の元で護身術を習ってみないか?』って誘ってくれたんです!」
「親御さんは納得してくれたの?」
可愛い一人娘が突然『護身術を習いたい』と言ってきたら普通の親は驚くだろう。
それもおつかいの途中で襲われそうになった後となれば自ずと理由も分かってしまう。
「そこは師匠も説得してくれました。『戦うためのものではありません。心身を鍛え、守り、逃げるための法を教えたいのです』って」
なるほど、なかなかいい説得法だ。
要は敵を倒すのが目的ではなく、あくまで自分の身を守るのが第一ですよというわけだな。
まぁぶっちゃけ『自分は戦える力がある』という自信をシンディに持たせるのが目的だと思うが・・・。
そうした心の余裕があれば状況を冷静に判断できるし、身を守るために逃げるという初歩的な自衛手段をとることも可能になる。
一番ダメなのが『体が動かなくなり思考が停止する』という状態に陥ることだ。
不安や恐怖などの心理的ダメージが肉体に影響を及ぼすことはよくある。
実際、いきなり猛獣に出くわせば声も出ず動けなくなる人が多い。
どんな時でも思考が働くように心に余裕を持たせる、それが分かってるいい師匠じゃないか。
「で、あんただけいないんだよねぇ」
「いや、ちゃんと師匠がいる奴の方が珍しいと思うぜ?」
メアリーの視線にエリアルドは苦笑いする。
実際師匠をもつ冒険者は少ないのだが、今この場ではエリアルド以外は全員師匠もちでエリアルドの方が少数派なのだ。
「プププっ、仲間外れッスね・・・」
「んだよ!男なら自分の力で強くなってくもんだろ!」
「わ、私はそれも素敵だと思いますよ?」
「シンディ、そういうフォローは却って相手を傷つけるもんだよ」
王都を後にする5人の後ろ姿は実に暖かく、ほのぼのとした空気に包み込まれていた。