トレス王国の王都、ティラストリアより15㎞ほど南東。
きらびやかな王都とはかけ離れた田舎町『ブルム』。
周りにあるのは自然ばかりで、強いて良いことを挙げるとすればモンスターが殆ど出ないことくらいか。
取り立てて名産品もないこの町に立ち寄る者は少なく、精々が旅の途中で冒険者が宿を使うくらいのものである。
そんな町から少し離れた野道を歩く男が一人。
金の髪を揺らし白の修道服を風に靡かせる男、つい昨日王都にて魔人ミレイクと大激闘を繰り広げたクレスである。
体に負った傷は綺麗に消えており、後遺症のようなものも見受けられない。
「ほんとに何も無ぇ所だな・・・・・」
歩いても歩いても周りに広がるは緑、緑、緑である。
代わり映えしない景色に悪態をつくクレスだが、その表情に苛立ちは感じられない。
むしろ、変わらないでいてくれることを嬉しく思っているようにも感じられる。
そのまましばらく野道を歩いていると、前方に白い建物が見え始める。
辺りに他の建物は無く、緑一色な景色の中に白い建物がポツンとひとつだけ存在している姿はとても印象的である。
その姿を優しい目で見つめるクレスは、肩に担ぐ大きな袋を担ぎ直して迷うこと無くその建物に向かって歩いていく。
「・・・変わらねぇな、ここは・・・」
建物の目の前まで来たクレスはこの建物を象徴する大きな十字架を見上げる。
そう、ここはクレスが育った孤児院、かつて教会だった建物である。
遠くから見ると真っ白だったが、近くで見ると泥汚れやひび割れなどが目立ち、金銭面で苦労しているであろうことが窺える。
玄関前にたどり着くと、中からは子供達の元気な声が聞こえてくる。
笑い声や泣き声、怒った声等バラバラではあるが、そのどれもに暗さなどは感じられない。
ドアについている呼びベルを鳴らす。
「ほらほら皆お客様ですよ、静かにしましょうね?」
パンパンと手を叩く音と子供達を優しく注意する女性の声が聞こえる。
そのおっとりとしたしゃべり方からは優しさが滲み出ているようで、ドア越しから聞こえてくるだけでも暖かい気持ちになってくるのは昔からの不思議だ。
足音が近づきドアノブが回され戸が開く。
「お待たせしました、どちら様でしょ・・・う・・・・・」
「ただいま、ナタリー・・・」
出迎えたのはクレスとは逆の真っ黒な修道服を着た女性、ナタリー。
突然の来訪に笑顔の良く似合う顔が驚きに染まる。
「・・・も、もうっ!私のことはシスターと呼ぶようにと・・・・・お帰りなさいクレス、無事で何よりです・・・」
面食らいつつも名前で呼ばれたことに対し叱責する。
今年23歳でクレスよりも3つ年上のお姉さんなナタリーには、若輩ではあるもののこの孤児院の長としての立場がある。
そういったものを教えるためにも、子供達には名前ではなく『シスター』と呼ばせるようにしているのだが、クレスは約15年前に出会った頃から変わらず『ナタリー』と名前で呼んでくる。
その度に訂正しようとするのだが頑なに名前呼びを譲らない。
昔から変わらない・・・だけどそれが嬉しいと思ってしまう。
だから生きて帰ってきてくれることについ頬が緩んでしまう。
「シスター!ユノがお茶こぼしちゃったー!」
「はいはい、今行きますよー・・・さぁクレスも皆の所へ行きましょう?」
そう言ってナタリーは廊下を進んでいく。
クレスも中に入り、戸を閉めてから後に続いて奥へと進む。
本当に久しぶりだ。
前回帰って来てからまだ1年は経っていない筈だが、ここの子供達は丁度育ち盛り、皆どれだけ成長してるだろうか。
子供達のいる大部屋にナタリーが戻ってくる。
「シスター、ユノのお茶、テイラー
「あらそうですか。テイラー!ありがとうございます」
「別に、大したことじゃないわ・・・」
本当に何でもないという顔で机や床を布巾で拭うテイラーは院のお姉さんとしての意識からか、最近ますます私の手伝いをしてくれるようになりました。
子供達の中で最年長といっても未だ12才、しっかりしているのはいいことなのですが少々大人び過ぎているのではないでかと不安になることがあります。
「・・・それでシスター、来客は誰だったの?何だか機嫌良さげだけど」
「騎士団の姉ちゃんか?」
「あの人は昨日帰ったばっかりだろ?」
テイラーの言う機嫌の良さは俺には分からないがきっと何かいいことでもあったのだろう。
しっかりしてるテイラーに対してオーリーは相変わらずアホだな。
それを窘めるピーターの図式も変わらず続いている。
「うふふふふ・・・それは・・・・・」
「俺だ!」
ナタリーが無駄に溜めた所でバッと飛び出す。
突然のクレスの登場にユノ以外皆驚いて声も出ないでいる。
「クレス
一拍の後皆がクレスの元へと走り寄って来た。
オーリーやエッセルは勢いそのままに胸へと跳び込み抱き付いてくる。
前回よりも重く感じるのはこいつらの体が成長しているからだろう。
テイラーとペーターは近くに寄っては来たが、流石に抱き付きはしてこない。
多感な時期なのでしょうがないとは思うが少し寂しい気持ちになってしまう。
親離れした子供をもつ世の父親は皆こんな気持ちなのだろうか?
クエンとアルマはペーターとひとつしか歳が変わらないのにまだ抱き付いてくれる。
嬉しいのは嬉しい。
だが二人とも女の子なのだからそろそろ適度なスキンシップをとってくれるようにならないと却って心配になってしまう。
ユノは・・・いつの間にか背後からヒタッと足に抱きついている。
いや、抱きついているというよりは張り付いている感じだな。
雨風に煽られた布が足にまとわりついてくるようなああいう感じに近い。
まぁ何にしてもこうして暖かく迎え入れてくれるのはありがたい。
荒んだ心が少しだけ洗われていく気がする。
「あっ!クレス兄、何だよそのでっけー袋!」
「お土産?クレス兄!」
「マジかよ!これ全部か!?」
壁際に置いておいた大袋をオーリーが目敏く発見した。
アルマが自分達へのお土産かと発言すると、クレスを見上げていた皆の目が一斉に大袋に向く。
そうなれば当然子供達の興味はそっちに移るわけで、次の瞬間にはクレスの体は解放され今度は大袋が包囲されていた。
それを見てクレスとナタリーは互いに顔を合わせ笑い合う。
感動の再会もお土産には勝てない、それが子供というものだから・・・。