ゴオゴオと勢いよく燃える火は鍋の中の水をたちまちお湯へと変えていく。
横一列に並んだ5つの鍋がしっかりと沸騰しているのを確認したテイラーは勢いよく手を振り上げ叫ぶ。
「投入っ!!」
テイラーの号令を受けたエッセルとアルマの手によって魚や肉がボトボトと鍋の中へと放られていく。
勿論指示するだけではなくテイラー自身も肉を猛烈な勢いで鍋へと投入している。
「・・・あれは何をしてるんだ?」
クレスは竈から少し離れた場所にいた。
今は竈が完成したので次に使う燻製器を作成中である。
前回の燻製で使ったものが納屋にしまってあったのだが、今回の量を捌くには圧倒的に数が足らないということで追加分をせっせと作っているのだ。
「ん、あれは臭みとり・・・水煮を作るための第一段階・・・」
「ほぉ~、料理ってのはやっぱ大変なんだな~」
「ん、水煮は別に大変な料理じゃない・・・今回はただ量が多すぎるだけ・・・」
「──うっ!」
クエンの一言が胸に突き刺さる。
クエン本人には全く悪気がない分余計につらい。
「・・・・・すまん・・・」
「ん?・・・あっ、クレス兄しっかり押さえて・・・」
「──っす、すまん!」
危ない、また迷惑をかけてしまうところだった。
ただでさえ今は自分が買い過ぎた食材の調理に追われているのだ。
これ以上自分のせいで無駄な作業を増やすのだけはなんとか阻止したいところである。
◇◇◇◇◇
「・・・・・そろそろいいでしょう。はい!取り出して!」
グツグツと煮立った鍋からお湯を捨て食材を取り出す。
高温でサッと火を通した肉や魚はほんのりとピンク色を残している。
「・・・・・・うん、問題なし。ふぅ・・・後はコトコト煮るだけね・・・」
しっかりと臭みが取れていることを確認したテイラーはひとまず安堵の溜め息を吐いた。
ここまで来ればもう面倒な作業は無いに等しい。
多少火加減に気を付ける必要はあるが基本は煮込むだけだ。
◇◇◇◇◇
「ふぅ、水煮の調理は終わったわ・・・」
「ん、燻製器も出来た・・・」
湯を捨てた鍋に再び水を張り、臭みを取った肉と魚、少量の塩を入れ火にかける。
後は弱火のまま2時間ほど煮込むだけで水煮の完成である。
続いてハムやベーコン等の下処理をしたいのだが、肉の量に対して今この孤児院にある塩だけでは足りないため調理が進められない。
ナタリー達が町へ買いに行ったのだが、同時にお裾分けにも行っているのでいつ帰ってくるか分からない。
「・・・待っててもしょうがねぇか・・・ちょっと行ってくるぜ」
「・・・っ───待ってクレス兄!」
このままでは時間の無駄になるとクレスが町へ向かおうとすると、何かに気付いたエッセルが服を掴んで引き止めた。
何だとエッセルを見ると町の方を指差している。
その指の先を目で辿ると、町へと続く道の上に人影が見えた。
「おっ、帰ってきたか・・・ん?オーリーだけ、か?」
未だ小さく見えるその姿はオーリー1人だけだった。
ナタリー、ユノ、ペーターの姿はなく、引いている荷車にも積んであった食材は見当たらない。
オーリー1人が荷車を引きながら全速力でこちらに向かってきている。
将来は冒険者志望であり普段から鍛えているだけあってそのスピードは速い。
そのままスピードを落とすことなくあっという間に
「どうしたオーリー、1人か?」
「ハァ、ハァ・・・時間かかりそうだから先に持ってけってシスターが・・・」
息を切らすオーリーの背後には、塩や砂糖を始めとした調味料各種が積んであった。
「でかしたわオーリー!」
今正に必要としていた塩の登場にオーリーの背中を叩いて喜ぶテイラー。
息が切れている状態で叩かれたオーリーは堪らず咳き込んでいるが、テイラーは気にも留めず周りに指示を飛ばす。
「ちゃっちゃと肉を仕込むわよ!」
テイラーの号令でオーリー以外が一斉に動き出す。
クレスとエッセルが主体となって調味料各品を調理場へと運んでいく。
◇◇◇◇◇
調理台の上を白と赤が占拠している。
この場にいる誰の手元にも塩があり肉があった。
今行っているのはハムやベーコンの要、塩の擦り込みだ。
味だけでなく防腐剤としての役目も果たす大事な行程である。
ここを丁寧にやらないと美味しく日持ちのするハムやベーコンは出来ない。
塩が主成分の塩液に漬ける方法もあるのだが、テイラー曰く浴槽や桶を使っても肉の量には足らないので断念したらしい。
テイラーにも申し訳ないと謝ったのだが、『ほんとよ・・・』と溜め息混じりに言われてしまった。
クエンやエッセルは気にしてないと大人の対応をしてくれたのだが、ここまでストレートに感情をぶつけられると逆にテイラーの方が大人な対応なのではと錯覚してしまう。
まぁ何にせよ塩の擦り込みは一通り終わった。
途中テイラーがクレスに対する不満を堰を切ったように語りだしたかと思えば、その勢いで日頃の愚痴を溢し始めるなど色々ありはしたが、とりあえず作業は終わった。
「次は何をするんだ?」
「塩がよく染み込むまで冷蔵庫で寝かせるわ」
「ふ~ん、どれくらい?」
「最低でも丸一日ね」
「丸一日っ!?」
何てことだ。
早めに出来れば試食しようと思っていたのに・・・まさか丸一日もかかるとは・・・。
「寝かせた後も塩抜き、乾燥、燻製、湯煎と色々行程はあるんだから、ちょっとやそっとじゃ出来ないわよ」
「マジかよ・・・」
何だか裏切られた気分だ。
こんなことなら初めからハムやベーコンを買って来るんだった。
他の食材もそう、どうせ大量に買い込むなら長期間保存できるような物を買うべきだったのだ。
今更ながら後悔するがもう遅い。
そもそもあの時の自分はミレイクにやられてヤケだったのだ。
冷静な判断など出来る筈がなかった。
「あのヤロォォォ・・・」
こうなったのも全部あいつのせいだ、とミレイクへ八つ当たりするクレスだった。