「・・・今回ばかりはこの大きさに助けられたわ・・・」
テイラーは自身の前にそびえ立つ白い壁に向かってそう呟いた。
いや壁ではない、奥行きも十分にあることから箱状の物体であることが分かる。
「あの量が入っちゃうなんて凄いね!」
テンションの上がったアルマが巨大な白い箱に手を伸ばす。
そして引っ掛かりを掴み内側に引っぱった。
ゴオゥン・・・と重厚感のある音と共に箱が開き、隙間から冷気が漏れ出してくる。
箱の中は段々になっており、先程仕込んだ肉類が所狭しと並んでいた。
これは〝冷蔵庫〟と呼ばれるもので、魔力により冷気を発生させ内部の食品を冷やし保存することが出来る魔導具だ。
お陰で腐りやすい肉や魚を長期間保存することが出来ると、現在王都など都会では高額ながらも普及しつつある。
ただし、今テイラーの目の前にある冷蔵庫は普通のサイズよりも数倍大きい物で、大手のレストランが使うような業務用の特大サイズだ。
実はこれも1年前にクレスがヤケ買いしたもので、当時運び入れる為に一部壁を破壊した時は正座のままみっちり3時間説教を受けていた。
ここは子供が多いと言っても肉など滅多に食べはしないので、正直冷蔵庫の中はガラガラだったのだ。
今回はそれが功を奏し大量の肉を寝かせることが出来る。
ヤケ買いのお陰でヤケ買いの食材を腐らせずに済んだとは皮肉である。
・・・いやそもそも最初からヤケ買いなんてしなければいい話なのだが・・・。
「・・・なぁ、これいつまでかき混ぜてればいいんだ?」
「ん、この量だと・・・3時間くらい?」
「うへぇぇぇ・・・・・」
「焦げるから手を止めたらダメだよクレス兄?」
テイラーとアルマが冷蔵庫に下処理した肉を入れている間、クレス達は水煮の鍋を火から下ろし新たな鍋を火にかけていた。
鍋の中からはフルーツの甘い香りがふんわりと漂ってくる。
今作っているのは3種類のジャムだ。
イチゴ、リンゴ、オレンジを別々の鍋で砂糖、レモン果汁と共に煮つめている。
火にかけてから未だ5分、未だ5分しか経っていないにも関わらずクレスは作業に飽きていた。
ただただ鍋の中をかき混ぜ続けるだけの単調な作業はクレスにとって拷問にも等しい。
これならまだ1人で畑を耕している方が機械的な仕事でない分マシというものだ。
しかしこの状況も元はと言えば己の短絡的な行動による自業自得の結果と言える。
今回こそは学習し、二度とこのようなことにならないようにと強く自己反省するクレスだった。
◇◇◇◇◇
1時間が経ち、孤児院からテイラーとアルマが出てきた。
彼女等は肉を冷蔵庫に閉まった後、そのまま調理場の片付けを行っていた。
水煮もハムやベーコン作りも急ピッチで進めていたため、調理場は大量の生ゴミに散乱した塩、汚れた調理器具などで溢れ返っていたのだが、そこは孤児院一のしっかり者テイラーと将来コックを目指しているアルマ、時間はかかったがピカピカの元通りだ。
「お疲れ様、こっちは片付け終わったわよ。そっちはどう?」
「ん、結構いい感じ・・・」
フルーツ大好きなクエンが満足げな表情を浮かべているということは本当にいい感じに仕上がってきているのだろう。
まだ水分が多くジャムと呼べる状態ではないが芳醇な香りは大成功を予言しているようだ。
と言ってもジャム作りばかりしているわけにもいかない。
やるべきことは他にもまだまだあるのだ。
「というわけでクエン、エッセル、私達と交代よ」
「ん、任せた・・・」
「任された!」
テイラーがエッセルと、アルマがクエンとそれぞれ持ち場を交代する。
「おい、俺は?」
クレスだってこの1時間文句は言いつつも手を止めずにかき混ぜ続けた。
それなのに代わったのは他の二人だけ、自分だけこのまま続行かと思うと抗議せずにはいられない。
「疲れてる訳でもないのに代わる必要ないでしょ?それに、代わったからって休める訳じゃないのよ?」
「そうなの?」
思わず聞き返すと『当然でしょ!』と呆れられてしまった。
何でもこれから二人で燻製に使うスモークチップの元となる木材を取ってくるそうだ。
樹木なら何でもいいわけではなく香りが良いものを選別する必要があるらしく、森の奥へと入っていくのに護衛としてエッセルが同行するとのことだ。
護衛なら自分の方が確実ではないかと思ったクレスだったが数秒思案してその考えは破棄した。
自分が行っては最悪森が火事になってしまうかもしれない、そう考えたからだ。
それにエッセルもオーリーと一緒で冒険者志望の子だ。
こういう場で少しでも経験を積ませてあげた方が為になる筈である。
「しっかり守ってやれよエッセル!」
「そっちこそサボらないでよ?クレス兄」
「・・・・・・・ああ・・・・」
先輩冒険者として、何より兄貴分として発破をかけてやろうとしたのだが逆に釘を刺されてしまった。
何とも情けなくカッコ悪い姿である。
あれ?何だか視界が歪んで見えるぞ?
別に泣いているわけではないが。
ひょっとしたら自分がかき混ぜているジャムだけ少し塩気が出てくるかもしれない。
別に泣いているわけではないが・・・。
何故かテイラーが何も言わず背中を撫でてくれる。
・・・別に泣いているわけではない、が・・・。
いつも元気なアルマがこちらを見つめながら静かにただただ頷いてくる。
・・・別に・・・泣いているわけでは・・・・・・・・。
「──って本当に泣いてねぇよ!」
やめろ!お前らのせいでエッセルまで気を使おうとしてるじゃねぇか!
そう言ってテイラーの手を振り払うと一心不乱に鍋をかき混ぜていく。
その時鍋の中に滴り落ちていった雫は汗だったのか、それとも・・・・・。