夜は闇を連れてやって来る。
万物に光と温もりを与える太陽が沈むと、どこからかやって来た冷たい暗闇があっという間に全てを包み込んでしまう。
狩る者も狩られる者も互いに息を潜め合い辺りを静寂が支配していく中、その暗闇を押し退けんとするモノがいた。
パチパチと音を立て、木片を糧に大きく成長していく炎である。
燃え上がる炎は暗闇を照らし、その闇の支配者の如く遥か上空にて鎮座する月をも焼き尽くさんとその勢いを加速させていく。
更に大きく、更に荒々しく燃え盛っていく炎だったが、どこからかやって来た鉄の壁が自分と月とを隔ててしまった。
押し退けようと灼熱が襲いかかるも鉄の壁はびくともしない。
溶解するほどの火力ではないが、構わず炎は鉄の壁にぶつかっていく。
すると、壁の向こうから何か音が聞こえ始めた。
炎が当たっている下側ではなく反対の上側からである。
それも段々と大きくなり何やら数も増えだした。
どうやら熱で何かが熱せられている音のようだ。
ジュウー、ジュウジュウー・・・・・
「・・・なぁテイラー姉、そろそろいいんじゃねぇか?」
「どれどれ・・・うん、いい感じね。それじゃあシスター、始めましょう」
「分かりました・・・コホンッ・・・皆さん、今日は本当にお疲れ様でした。沢山働いた分今夜は大いに楽しみ、そして沢山食べて頂きたいと思っています。・・・一応言っておきますが食物への感謝は忘れないで下さいね?それでは・・・乾杯!」
ナタリーの音頭に続き皆が一斉にグラスを掲げる。
クレスも乾杯!と一緒になって声を上げたのだが、その時一瞬、一瞬だけナタリーがクレスを見た。
たまたま向いた方向にクレスがいたとかそういうのじゃない。
明確な意思をもってクレスを〝見た〟のだ。
その行動の真意に気づいた瞬間、クレスの背中を何か冷たいものが走った。
あれは警告だ。
次に同じようなことがあれば説教だけでは済みませんよ?という警告に違いない。
食物への感謝・・・貧困な場所が多い孤児院等ではひとつひとつの食事が貴重であり、大きな感謝の念を抱くものだ。
自分達が生きるための糧になってくれてありがとう、と。
特にシスターであるナタリーはその思いが強い。
彼女から見れば今回のクレスのヤケ買いは、そんな貴重な食物達を無駄にしかねない愚行にしか映らなかっただろう。
なので釘を刺したのだ。
「・・・・分かったよ、ナタリー・・・」
まだ作業が全て終わったわけではないが、皆のお陰で肉も魚も野菜も果物も無駄にさせずに済んだ。
ハムもジャムも出来上がるまであんなに作業があるとは思いもしなかった。
今だってただの肉の塊だったものが色々な調理をされ目の前に料理として並んでいる。
普段塊肉の塩焼きくらいしか作らないクレスにとってはどれもご馳走である。
食物に感謝、それは食材だけに送るものではない。
美味しくするために調理した者、調理しやすくするために加工した者、食材となる獲物を捕獲した者、そして獲物自身。
目の前の串焼き一本に多くの人の手間と命がかけられているのだ。
いい感じに火が通った串焼きを掴み顔の前まで持っていく。
スッと目を閉じて感慨にふけった後、小さくだがはっきりと口に出した。
「・・・いただきます」
目を開け勢いよく肉にかぶりつく。
弾ける肉汁が口内に津波を起こす。
旨味が舌を支配し、スパイスが鼻腔を突き抜けていく。
「うめぇ・・・旨すぎる・・・・・」
思わず感想が溢れてしまった。
だが仕方がないだろう。
旅の中で今までも美味しいものは沢山食べてきたが、ここまで心に染みる美味しさは初めてなのだ。
「何でこんなにうめぇんだ・・・・・」
「それは、あなたが食材に敬意をもったからですよ?」
誰に尋ねたでもない問いに答えたのはナタリーだった。
クレスが食と、命と向き合っている間にいつの間にか近付いて来ていたようだ。
「敬意?」
「そうです。あなたが敬意をもって接したから料理も答えてくれたのです」
そんなのはまやかしだ。
そう言いきるにはこの串焼きは美味しすぎた。
特別上質な肉というわけではない。
味付けも焼き加減も一般的なそれだ。
それなのにこの美味しさ、胸に染み込んでくるこの感覚・・・ナタリーの言うこともあながち間違っていないと思えてくる。
「違うよシスター!今日1日頑張ったからだよ!」
「そうだぜ!働いた後の飯は最高にうめえっ!」
すでに口元を油で汚したアルマとオーリーがそれは間違っている!と抗議に現れた。
確かに空腹は最高の調味料というが・・・それはなんか違う気がする。
「いや、今のはそういうんじゃ・・・」
「ふふっ、そうかもしれませんね?」
「ナタリー!?」
「あなたは今日1日よく頑張りました。現に気持ちよく働いた後だから気持ちよくご飯が食べられたでしょう?」
心と体は繋がっており互いに影響を受けるもの。
心が充実している時は体にもそのいい影響が及ぶ。
要は気持ちの問題、ということだろうか。
「ん、美味しければそれでいい・・・」
「・・・ぷっ、それもそうだな・・・よし!食うか!」
出遅れた分取り返してやるぜ!と意気込んで子供達の中に跳び込んでいく。
『美味しければそれでいい』
これは心理であるとクレスはそう思う。
美味しいと素直に思えるのだから。
笑い合い、時に奪い合い、この一時を共有できる仲間がいるのだから。
少なくとも今の心は哀しみに埋もれてはいない。
「追加の串、焼けたわよ~!」
「わーい!」
「肉肉~!」
「オーリー!あんたはもっと野菜も食べなさい!」
「いてっ!」
叱るテイラー、叱られるオーリー、それを見てケラケラ笑うアルマ、少しだけ口元を緩ませるクエン、未だダウンしているペーター、それを介抱するエッセル、マイペースに食事を続けるユノ、そして騒ぎを止めようと駆け寄るナタリー。
平和だ。
一言で表現するならそれが適切だろう。
ただただ暖かい家族の日常をその瞳に映しながら、クレスは残った串焼きに齧りつく。
「うめぇ・・・」
クレスは一人、月に向かってそう呟くのだった。