賑やかな夜が明けた朝、子供達は揃って目の下にクマを作っていた。
一日中調理やら町へのお裾分けやらで働かされた上、夜にはお土産披露会で遅くまで起きていたのだ。
疲れてることもあって皆直ぐに眠りにつくだろうと思っていた。
だが皆の顔を見る限り熟睡できたようには見えない。
お土産披露会の途中眠りそうになっていたアルマはむしろ一番大きなあくびをしている。
恐らく原因はあれだろう。最後に出てきた王都へ全員で行くという話。
いつ来るか分からないその日が楽しみ過ぎて興奮で眠れなかったのだろう。
実に子供らしい理由である。
「しっかし・・・やっぱお前は流石だな」
そう言って横を見るとクマもなければあくびもしていないいつも通りのユノがいた。
と言っても、ユノは普段からボーッとしているので眠いのか眠くないのかは分からないのだが・・・。
何にしても、ユノだけはしっかりと眠れたようだ。
「あらあらどうしたんですか皆、ひどいクマですよ?」
キッチンから朝食の準備をしていたナタリーが心配する声と共に現れる。
「それがよぉナタリー、こいつら昨日のォォッ!?」
振り返ったクレスはひどく驚いた様子で声を上擦らせた。
驚かれた当人のナタリーは湯気が立つ朝食の載ったお盆を持ったまま意味が分からないと首を傾げている。
「・・・?どうしたんですか?クレス・・・」
「いやお前もかいっ!」
湯気の向こうに見えるナタリーの目の下にはくっきりと濃いクマが出来ていた。
ぶっちゃけ子供達よりも症状が酷い。
「そんな状態で飯なんて作ってんじゃねぇ!寝ろ!」
「私は大人ですよ?一日寝てないくらいなら平気です!」
いい年をしてお出掛けが楽しみ過ぎたという子供のような理由で眠れなかった人間に、胸を張って大人だと言われても説得力の欠片もない。
その不安を証明するかのようにナタリーの抱える朝食は散々な仕上がりだった。
トーストは焦げ焦げ、オムレツには大量の卵の殻、スープの具材は生煮え、唯一火を使っていないサラダには近くにいるだけで目が痛くなってくる何かがドレッシングとして使われているようで、料理上手で家庭的なナタリーが作ったものとは思えないくらい酷い出来だった。
当然こんなものを子供達に食べさせるわけにはいかない。
というか食べたくないだろう。
ナタリーは『なら自分が処理する』と言い出したが、今の状態でこんなものを食べた日には本当に心身が破壊されかねない。
というわけで一旦全員をベッドに戻すことにした。
今日はアンダーソン司祭の墓参りに昨日の作業の続きも残っているのだ。
今の状態でそれらをこなすのはとても無理なので皆には一度寝てもらうことにする。
◇◇◇◇◇
「・・・・・よし寝てるな」
スースーと心地よさそうな寝息を立てているのを確認してゆっくりと音を立てないように扉を閉める。
ナタリーが寝入ったのを確認したクレスは安堵の息を吐き外に出た。
眩しい太陽の光を全身に浴びひとつ伸びをする。
「ウゥゥゥゥゥン・・・・・なぁ、別についてこなくてもいいんだぞ?」
クレスの横には真似をするように伸びをするユノの姿があった。
ポーズだけで本当に体を伸ばしているわけではないようで、顔には1ミリの変化も見受けられない。
「まだ眠くない」
「・・・そうか」
クレスは料理が出来ないので皆が寝ている間に朝食を買いに行こうとすると、一人満足に寝て目が冴えているユノが一緒に行きたいと言い出した。
一人空腹のまま留守番させるのも可哀想なので、まぁ別にいいかと手を取って歩き始める。
「・・・そういえばお前と二人きりってのは始めてだな」
「うん~」
ユノはまだ4才、思えばいつも誰かしらがそばにいたので一対一で話す機会は今までなかった。
情報が無さすぎて何を話せばいいのかが分からない。
というか何か話した方がいいのだろうか?
横目でチラッと顔を覗き見ると少し口角が上がったニコッとした笑顔をしている・・・ように見える。
まずい、情報が無さすぎて機嫌が良いのか悪いのかさえ分からない。
「・・・あ~・・・普段は何してるんだ?」
「えーとねぇ・・・ごはん食べたりお勉強したり寝たりしてるよ~」
沈黙が続き流石にきつくなってきたクレスは取り敢えず当たり障りのない質問をしてみた。
すんなり答えてくれた感じから会話を続けても大丈夫そうだと判断し、町へ着くまでの間クレスの質問が続く。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、得意なこと、苦手なこと、勉強、運動、皆との仲、と色々聞いていった。
いつの間にかスムーズに会話出来るようになっており、表情の下に潜むユノの楽しそうな顔を感じられるようにまでなっていた。
気付けばもうそろそろ町に着く距離まで来たので、質問もあとひとつくらいで一時打ち止めになるだろう。
「将来は何になりたいとかあるのか?」
「えーとねぇ、えーとねぇ・・・・・ん~、分かんない」
「・・・そうだよな、まだ分かんないよなぁ・・・」
4才児なんてそんなものだろう。
まだまだ知らないことばかりだし働くという意識すらないのか普通だ。
クレスだって4才の頃は冒険者になるだなんて考えてすらいなかった。
そう、あの頃はまだ無邪気でいられた。
自分だってあんなことがなければ今頃は・・・
切り裂きジャックさえいなければ自分達は・・・
唐突に15年前の悲劇を思い出し、思わずユノと手を繋ぐ左手に力が入る。
「・・・クレス兄?」
簡素な門を潜り町へと入ったユノは、ふと握られた手に力が入ったのを感じ取った。
クレスの顔を見ればさっきまでの楽しそうな表情から少し陰が入ったように変わっている様な気がする。
「・・・・・・・・・───うぉっ!?」
少し沈んだ気持ちで町を歩くクレスの左手が急に握り締められた。
見ればユノが両手を使ってギュウゥゥゥっと力一杯握りこんでいる。
一体どうしたのか、そう問いかけようとするクレスを制するようにユノは口を開いた。
「皆で朝ごはん、だよ?」
ユノは自分の過去を知らないしきっと心情も分かっていない。
しかしそれでも何かしらを感じ取っただろう、強く握られたその掌からは暖かい何かを感じた気がした。
〝皆で朝ごはん〟、確かにあの過去がなければ孤児院に入ることもなかった。
そうなれば皆と遊ぶこともお土産を買ってくることもこうして一緒に手を繋いで歩くことも出来なかった。
脳裏に皆の笑顔が次々に浮かんでくる。
その笑顔がクレスには嬉しかったし、皆がいたからクレスもまた笑うことが出来たのだと思う。
「ユノ・・・・・・・フッ、分かってるよ!」
たとえ悲劇だろうとあの過去があったから今この瞬間がある。
あの孤児院に入ったからこそ皆と出会えた。
ユノのお陰でそのことに改めて気付いた。
決してあの過去を割り切った訳ではない。
ただ今だけは、今この瞬間だけは、この小さな幸せを噛みしめていたい。
「さぁ!さっさと朝飯買って帰ろうぜ!」
「ぼくドーナツが食べた~い」
二人を繋ぐその手は強く、されど優しく、そして太陽のように暖かかった。