アンダーソン司祭の墓参りを終えたクレスはそのまま孤児院には帰らず、山の麓を孤児院とは反対方向に歩いていた。
それについて来るのはオーリーとクエンの二人だ。
「・・・・・なぁ、別について来なくてもいいんだぞ?」
黙って後ろをついて来る二人にそう伝えるが歩みを止める気はなさそうだ。
「別にいいじゃんか。どうせあっちに戻ってもハムやらベーコンやらを作らされるだけだろうし」
昨日の作業が余程堪えたようだ。
まぁトレーニングや戦闘訓練でなく、ただ延々と単純作業をさせられたわけだからそう思うのも無理はない。
実際自分だって相当面倒くさいと思っている。
事の発端が自分の爆買いでなかったらとっくに仕事を放棄していただろう。
「ん、オーリーは忍耐力がなさすぎ・・・」
「なんだとぉっ!?」
頭の後ろで手を組んで歩くオーリーの背後からクエンがサラッと毒を吐く。
バカにされたことで怒ったオーリーは振り返ってクエンに詰め寄るが、当のクエンは全くと言っていいほど動じず続ける。
「ん、冒険者にだって単純な作業化した仕事はある。・・・それを今から放棄してるオーリーは冒険者としてやっていけない・・・」
「───なぁっ!!・・・そうなのか!?クレス兄!」
冒険者としての資質を否定されたオーリーは雷に撃たれたかのような大きなショックを受けた。
クレスに憧れ冒険者を志したオーリーは救いを求めるように真偽を確かめるべく質問する。
「ん?・・・あぁ、モンスターを狩るにしろ素材を集めるにしろ、どうしてもパターン化しちまうことはよくあることだな」
ゴブリン退治に罠を仕掛けるのも倒したモンスターから素材を剥ぎ取るのも、数をこなす為には最も効率のいい方法をとるのは普通のことである。
料理に定番のレシピがあるように冒険者業にも定石と呼べる戦術や技法が存在する。
依頼を達成するにはそうした戦術や技法を数十回、または数百回と繰り返すこともある。
そう答えるとオーリーは驚いた様子で地面に四つん這いになってしまった。
「そんな・・・俺はそんなことも分からないで冒険者になるなんて言ってたのか・・・」
「いや、あのな?中にはそういう仕事もあるってだけで全部が全部そうじゃないんだぞ?そもそも依頼の選択権は冒険者側が・・・」
「・・・甘い・・・・・」
「え?」
「鍛え直しだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ガバッと勢いよく立ち上がったかと思えば、叫びというか雄叫びを上げながら孤児院へ向けてもうダッシュしていってしまった。
あの様子だと一ヶ月位は自ら進んで雑用とかやりそうだな。
もしも忍耐力を鍛える方法を教えてくれとか言ってきたらどうしよう・・・。
そんなものこっちが教えて欲しいくらいだ。
忍耐力なんてものがあるなら爆買いなんてしてナタリーに怒られたりはしない。
俺を目標にしてるんだったらそれくらい気付いてもいいだろうに・・・。
溜め息を吐いていると服の裾を引っ張られる。
「ん、何してるのクレス兄、早く行こう・・・」
振り返ればクエンが何事もなかったかのように立っていた。
まるで最初からオーリーなどいなかったかのような落ち着きぶりである。
「クエンはなんでついて来たんだ?」
再び歩き始めて少ししてから尋ねてみた。
オーリーは調理のサボり目的だったがクエンはそんなことするような子ではない筈。
「ん、クレス兄一人だと寂しいと思って・・・」
「お前・・・・・」
クエンはきっとこれから行く場所のことを考えてついて来てくれたのだろう。
いつも一人で行っては沈痛な面持ちで帰ってくる姿を見せてしまっていたという自覚はあったが、それで子供達に気を遣わせてしまっていたとは情けない。
そのままお互い喋ることもなく黙々と歩いていくと、何やら建物のようなものが見えてきた。
近付いてみるとそれは家だった。
窓や壁は所々穴が空いており、天井部分はぽっかり空いて吹き抜けのようになっている。
至るところに見える傷は刃物か何かで切りつけられたかのようだ。
当然ながら人の住んでいる気配はない。
というかこの状態の家屋に人が住めるとは思えない。
傷んだ壁をさすりながら辺りを見渡すと同じような状態の家屋が幾つも存在していた。
中には火が上がったのか黒く焼け焦げてしまっている家屋もある。
痛ましい有り様だがこの状態になってから時間はだいぶ経っているようで、家の中には雑草が生い茂り倒れた柱には苔が生えていた。
「・・・ん、これが・・・・・」
「あぁ、俺の村だ・・・・・」
目を瞑れば否が応にも思い出す。
割れる皿、燃える家屋、木霊する絶叫、逃げ惑う人々、倒れる母、そして高笑いする
あれからもう16年も経つというのにこの記憶だけは決して消えない。
脳にしつこくしつこく刻み込まれている。
今まさに自分が立っているこの場所で母は凶刃に倒れた。
悔しさと怒りから自然と拳に力が入り、次第にフルフルと震えだす。
その時、震える拳を暖かな何かが優しく包み込んだ。
それは少し力を入れれば容易く折れてしまいそうな細い指。
クレスの半分ほどの大きさしかない小さな小さなクエンの手のひらだった。
顔を見れば慈愛に満ちたまなざしをこちらに向け微笑んでいる。
「ん・・・大丈夫・・・・・大丈夫・・・・・」
愚図った赤ん坊をあやすようなクエンの言葉は、ゆっくりとだがクレスの心を落ち着かせていく。
逆立った感情が徐々に静まっていく。
「・・・・・・・・・ん、落ち着いた?」
「・・・ああ、もう大丈夫だ・・・・・ありがとな・・・」
クエンのお陰でさっきまでの負の感情は嘘のように治まっていた。
お陰で今日は笑顔のまま帰れそうだ。
クレスが笑顔になったことに安心したのか満足したのかクエンも嬉しそうに笑っている。
「よし!そんじゃあちゃちゃっと挨拶済まして戻るか!」
元気よくそう言って、二人仲良く手を繋いで村の奥へ進んでいく。
結ばれた大きな手と小さな手、それはかつてこの村でよく見られた、ある母と子の姿によく似ていた。