フェアリル・ランド   作:バハーム

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よろしくお願いします!


エピソード0 始まり

 

 

 

 東から登った太陽が、森の中を照らしていく。昨日雨が降ったせいか、木や草花の雫がキラキラと輝いて、何とも幻想的である。

 

 そんな森の中を、まるで子供のように風を切って走っていく少女と、腕組をしながら、ため息交じりについていく少女が一人。

 

 ピンクのショートツインテールを風に揺らし、薄紫の柔らかい目つきの少女は、気持ちよさそうにはしばらく走っていたが、やがて後ろを振り返ると両手を使ってもう一人を呼ぶ。

 

「お姉ちゃーん!早く早く―!」

 

 まるで待ちきれないという気持ちを表すかのように、その場でジャンプをしながら、引率者を呼んでいる。

「ちょっと待ちなさいよ、ルー!私が朝に弱いの、知ってるでしょう!」

 

 姉と呼ばれた少女だが、先ほどの少女と外見は全く似ていない。

 こちらは、ブロンドのボブカットに緑色の鋭い目で相手を睨みながら叫び、ようやく追いつくことができた。

 

「もう、ラポお姉ちゃんは固いな~。こんなに良いお天気なんだよ?

 少しでも、体を動かさないと損だよ」

 

 ルーと呼ばれた少女は上半身を曲げながら言った。

 

「私はあんたみたいに、毎日元気ってわけじゃないのよ…」

 

 息を切らして、咳き込みながら姉が言った。

 

「お姉ちゃん、私達が、生きていくために一番必要な事って、何か知ってる?」

 

 無理をさせてしまったと思い、ルーは雑談を始めた。

 

「食事と睡眠…ルー、当たり前の事でしょう?」

 

 早く散歩を終わらせたラポは、冷静に答えた。

 

「甘い!」ルーは目の前に、人差し指を突き立てる。

 

 まるで『ビシッ!』とでも効果音を付けるかのようにして、ドヤ顔を決めながら、高々と言った。

 

「私たちが生きていくために必要な物、それは…冒険心だよ!」

 

 またもや効果音が付きそうな顔で、鼻を鳴らしながら言うルー。

 

「…はあ?」

 

 長い沈黙の後、ラポは小ばかにしたような顔で言った。恐らく、今の自分の顔は、ものすごく間抜けに見えることだろう。

 

 そんな彼女に負けじと、ルーは振り返ってなおも力説した。

 

「だから、冒険心だよ、冒険心!いつもとちょっと違う森の道を取ってみるとか、顔なじみの人に勇気を出して声をかけてみるとか!」

 

「馬鹿ね。そんな事して、危ない目にあったらどうするのよ?」

 

 呆れた顔をして、両手を挙げながら言うラポ。

 

 彼女としては、妹を心配して言っているのだが、「リスクのない冒険など、冒険じゃない!」とキラキラしながら話すルーには、通じなかったようだ。

 

「もう勝手にしなさいよ…」

 

 付き合いきれないとでも言うように、ため息をつくラポ。いつの間にか立場は逆転してラポが先導する形になった。

 

 

     ※※※

 

 

 二人はいつものように森の中を歩いていく。

 

 ルーはすれ違う動物や、道中で見つけた草花や木に挨拶をする。

 

 すると、声をかけられたもの達は、それに答えるかのように、葉が靡いたり鳴き声を上げたりするのだ。

 ラポは足を止めて、森の違和感に気づいた。

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

 ルーは気づかなかったのか、突然止まったラポに対して首をかしげている。

 

「あそこ…」

 

 ラポは森で一番大きな樹であり、守り神でもある杉の木を指さした。何やら黒い物体が見えるのだ。

「あれ、何かしら?…動物?」

「あんな大きな動物、見たことないよ?」

 

「そうよね…。いずれにせよ、私達の守り神の前に堂々と居座るなんて、罰当たりな獣がいたものだわ。捕まえて、ママに料理してもらいましょう」

「ええっ!?危ないよ。襲われたら、どうするの!?」

 

「さっき、リスク云々言っていた奴が、何、言ってんのよ…。自分の発言には、責任を持ちなさいよね…」

 そこはさすが姉と言ったところか、ラポはずんずんと前へ進んでいく。そして、腰に手を当てて仁王立ちで物体の前に立つ。

「そこの貴方、ここで何をしているの?ここは、私たち妖精の守り神がいる神聖な場所よ。今すぐ立ち去れば、命の保証くらいはしてあげる。だから…」

 

 そこまで言ったところで、初めて目を開いたラポ。その目に映ったのは、獣などではなかった。黒のスーツ一式に、水色のネクタイを付けた黒髪の男。髪は短く整えられていて、清潔感が見てわかる。その男が、根の部分に身を預けるように、目を閉じている。

(…私は…知っている。…この『獣』を…。何故?何故こんな奴がこの森に…!)

 

 ラポの顔は引きつっていた。青筋が近くにある池に映っている。

 

「お姉ちゃん?」いつの間にか、ルーが目の前で手を振っており、ラポは小さく悲鳴を上げた。

 

「お姉ちゃん?大丈夫?」

 

「え、えぇ。平気よ。どうしたの?」

 

「何回も声かけたのに、反応がなかったんだもん」

 

 妹はぷぅっと頬を膨らませて、不満を漏らした。

 

「ごめんなさい。この『獣』をどう料理したらいいか、考えていたの」

 

「この獣?」ルーは彼女よりも前に進んで、男を初めて見てみる。

 

「うわぁ!これって『ニンゲン』さんだよね?すごぉーい!

 初めて見たぁ!お姉ちゃん、大手柄だよ!」

 

 ルーはよほど嬉しいのか、ラポの両手を握り、勝手に踊り始めた。だが、彼女にとっては喜べる状況ではなかった。

 

 何故なら、あの忌々しい記憶が呼び起こされることになるのだから…。

 ラポがダンスを途中で止めたため、ルーが転んでしまったが、彼女はそれどころではなかった。

 

「起きなさい…。起きなさい…さっさと起きろって言ってんのよ!」

 

 呼び掛けに応じない青年にラポはしびれを切らし、持っていた四葉のクローバーのステッキで、彼の頭を勢いよく殴った。

「ふぇぇぇ~。お姉ちゃん、乱暴しちゃダメだよ~」ルーがびっくりして、ステッキを取り上げた。

 

 殴られた衝撃からか、青年はゆっくりと目を開けた。それを確認してから、ラポは続けた。

 

「知らないわよ、そんな事。どうして私が、こんな奴に優しくしないといけないの?」

 

 息を切らしながらに話す彼女を尻目に、ルーは青年の頭を撫でる。

 

「お兄さん、大丈夫~?」

 

「あ、あぁ。大丈夫だよ。ありがとう」青年は頭を押さえながら、片手でルーを撫でた。

 

「えへへ~。お兄さんの手、大きいね」

 

「そうかな…」青年はしばらく頭を撫でていたが、やがてそれを止めると二人に対して言った。

 

「ここは…一体どこなのかな?」

「はあ!?」

 

 ルーは小さく首を傾けたのに対し、ラポは鬼の様な形相になり、詰め寄った。

 

「私達の守り神の前で、堂々と昼寝をしておきながら、開口一番がその言葉!?

 よっぽど命知らずなのね!」

 

「お、お姉ちゃん、落ち着いて!」

 

 今にも彼に殴りかかろうとするラポを、ルーが彼女の腰に手を回して掴んでいる。

「守り神…あっ、この木の事か?

 す、すまない!ここに来たばかりで、知らなかったんだ。許してくれないか?」

 青年は慌ててその場をどくと、妹から解放されたラポは、彼がいた場所をいたわる様に、木の幹を撫でた。

 

「ねぇ、あんた、人間なの?」振り返らずにラポは言った。

 

「えっ?…まぁ、そうだね」

 

 青年は不思議に思った。彼女の口ぶりからして、まるで自分たちは人間ではない、というように感じていた。

 

「そう…。なら、お願いがあるんだけど」

 

 木の幹を撫でながら話すラポの口元は笑っていた。

 

 無論、青年には分かるはずもなく、「何かな?」と続けた次の瞬間、彼女は振り返り、青年の喉元にステッキを当てていた。いつの間にか、形が抜刀された日本刀に変わっており、いつでも切り殺せる状態だった。

 

「私たちの前から…消えて?」

 

「っ!?」

 

 青年は血の気が引くのを感じた。刀身がとても冷たく、また彼女の顔も同じように、冷笑を浮かべていた。これは演技などではなく本気で言っていた。

 

「お姉ちゃん!?何やってるの!?

 無暗に魔法を使っちゃ、ダメだってお母さんと約束したでしょ!?」

 

 ルーが厳しい口調で言った。それでもラポは態度を改めることは無く、むしろ挑発するように見下した表情でこう言った。

 

「知らないわ。少なくとも、こいつは『バグ』よ。ここで殺せば、平和になる」

 

(バグ…?)言葉の意味なら、青年でも知っている。しかし、それが今の彼女の状況と、どう関連するのかまでは、分からなかった。

 

「殺されたくなかったら…今すぐここから、出ていきなさい!」

 

 彼女の叫び声が、森中に響き渡り、木々に止まっていた鳥たちは、一斉に羽ばたいてどこかへ行ってしまった。森が騒がしくなり、動物がこちらを見ている。

 

 彼女はハッとした表情を浮かべると、後ずさりをしながら逃げるようにその場を離れた。

 

「お姉ちゃん、待って!」ルーが追いかけようとして、青年に振り返って言った。

 

「お兄さん。良かったら、家に来ない?」

 

「えっ?良いの?」

 

「うん。あの様子だとお姉ちゃん、家に戻ると思うから。私について来て!」

 

 ルーはそう言って宙に浮かび、北に向かって飛び始めた。青年は慌てて後を追った。




今回はここまでです。次回もよろしくお願いします。
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