翌日、青年は理由わけも分からず、茶色の学生椅子に座らされていた。朝、目が覚めると姉妹二人が否応なしに服を着替えさせて、朝食を急かしたのだ。
理由を聞いても「良いから、早く!」の一点張りで、ラポはイライラしながら、ルーは楽しそうに言うだけだった。
それが終わった途端、この状態になったのである。
そして、さっきまで朝食を食べていたリビングはいつの間にか、学校の教室を思わせるような空間に変わっていた。
「…何で、こんな事に?」
青年は誰もいない部屋で、一人ぽつりとつぶやいた。肝心の二人は、「用意があるから」と部屋を出ていってしまった。一体ここで何を始めようというのか?
やがて懐かしいチャイムが教室に響いたかと思うと、スライド式のドアが開いて、ラポとルーがそれぞれ入ってきた。
「はーい。授業始めるよ~」
ルーがにこやかに言った。青年は驚いて口を閉じられなかった。
なぜなら彼女たちの服装は、いつものオフショルダーシャツにスカートではなかった。
ラポは白のブラウスに上下を黒で統一したスーツ姿、対するルーは、上は白のブラウス、下は、黒のミニスカートに網タイツと黒のハイヒールという具合である。
「…どうしたの?その格好」
「雰囲気よ、雰囲気。今からあんたには、このフェアリル・ランドの歴史を勉強してもらうの。つまり私達は先生、あんたは生徒。理解したかしら?」
「ラポちゃんの説明は分かったけど…。ルーちゃんは、何でそんなセクシーな姿に?」
青年が質問すると、ルーは教卓の上に乗り、ポーズを取りながら言った。
「ん~?この前、男の子の妖精が人間界で流行っている恋愛ゲームのイベントシーンで、こんな服装の人が出て来たんだよね~。
何か、主人公が見た彼女の夢らしいんだけど…。あっ、このポーズもそのシーンから真似てみたんだ。似てる?」
「うん。もはや完璧にコピーしてるけど、現実にはそんな先生はいないからね?」
「そうなの!?」
青年の言葉にルーは声を大きくした。ため息をつきながら、ラポが続ける。
「当たり前でしょうが…。ほら、茶番やってないで、授業始めるわよ?」
「はーい」
ルーは教卓から降りて、肩を落としながら姉の隣に立った。
ラポは咳ばらいをすると、ポケットから眼鏡を取り出して装着した。ルーも彼女の真似をする。
「まずは、フェアリル・ランドの場所を見てもらうわ。ルー、お願い」
「任せて」ルーが指を鳴らすと、彼女の手の上に長い筒状の物が現れた。
彼女はそれを姉と一緒に黒板の上に 貼り付けると、息を合わせて下へ一気に引っ張った。
「じゃじゃーん!これが私たちの国、フェアリル・ランドの地図でーす!」
ルーはハイテンションでその場で飛び跳ねた。
青年の目の前に映ったのは、広大な海の上にぽつんと浮かぶ、小さな島の地図だった。
「…台湾?」青年の口からそんな言葉が漏れた。
「タイワン?何それ?」ルーが聞き返した。
「あぁ…僕の故郷の国から、かなり近い地域にある国なんだ。そことよく似ていてね」
「ふーん。まぁ、いいや。その話は置いといて、説明するからよく聞いてね」
ルーは魔法で指し棒を出すと、淡々と説明を始めた。
「この国には、妖精の他に、獣人や精霊がいるの。私たちの祖先はその昔、天界に住んでいたといわれているの。でも、邪神・サーヴァによって天界は侵略されてしまったの。サーヴァは、バグと呼ばれる魔物を次々と召喚して人々を苦しめ、彼らは神の奴隷になるしか、生きることを許されなかった。
そこで立ち上がったのが、女神イシュー。彼女はバグやサーヴァとの戦いに一人で勝利して、これを封印。人々を解放して新たなる土地、大地を与えてくださった。
人々は心から女神を愛し、信仰するようになった…。ここまでは妖精たちみんなが両親から教えられることだよ」
これがこの国に伝わる伝説であり、女神信仰の始まりというわけだ。
「次に言語だけれど、あんたに私達の言葉が分かるのは、あんたに魔法の素質があるからよ」
ラポはすました顔で、驚くべきことを言った。
「何だって!?」青年が勢い良く立ち上がった。
「当たり前でしょう。そうじゃなきゃ、私達の言葉を理解できるはずないでしょうが」
「ううっ…。それは確かに…」
彼はゆっくりと腰を下ろした。なんと都合がいい世界だろう。しかし謎が解けた気がした。初めて会った妖精に、いきなり言葉が通じるなんて、まずあり得ないだろう。
それができるという事は、何か力を得たのではないかと青年自身も感じていた。
「どんな魔法かは、調べてみないと分からないけどね。ちなみに、私達が話している言葉は、フェアリル語と呼ばれるものよ。覚えておきなさい」
「次に、この国のお仕事の種類について説明するね。一番人気なのは騎士かな」
ルーが黒板に文字を書いた。漢字を崩した独特の文字だった。これがフェアリル語と呼ばれる文字だろう。どうやらこれがこの国の標準語らしい。
「何となく想像はつくけど、やっぱり王様を守ったりするの?」
「そうね。その騎士隊長が、シュタール・インフェルノ…。昨日、私達を捕まえに来た男よ。別名『最優の騎士』。認めたくはないけど、切れ者よ」
『最優の騎士』…どこかのアニメでも、同じ別名のキャラクターを聞いたことがあるが、それとは違い、シュタールという男は、目的を達成するなら、手段を択ばないような男だと青年は感じていた。
「シュタールはね、私と幼馴染みだったんだ…」ルーがぽつりと言った。
「そうだったの?」
青年は驚きの声を上げた。あの強面の男とルーが顔見知りだったとは…。
「うん。小さい頃は、よく一緒に遊んだんだ。私がいじめられていた時も、真っ先に飛んできてくれて、相手と喧嘩していつも勝っちゃうの。
騎士になるのがずっと夢で、それが叶ったときは、すぐに私に報告してきてくれたの。
『女王陛下だけじゃなくてお前も守ってやる』なんてかっこつけてさ…」
ルーは懐かしみながら窓に目をやり、景色を眺めた。
「…あれ?どうしたんだろう?」
「どうしたの?」
青年もつられて目をやると、窓を青や白い点たちが必死にタックルしていた。
「あれが聖霊よ。たまに私達と話すんだけど、…何か様子が変ね」
ラポが窓を開けると、その精霊たちはいっせいに教室の中に入り込んできた。部屋が途端に眩しくなり、青年は思わず目をつぶった。
「うわっ!」
「ちょ、ちょっと、皆落ち着いて!一体どうしたの!?」
ルーが叫ぶと精霊たちは体を上下左右に揺らしてせわしなく動いた。
「落ち着きなさいっ!」
ラポの一喝で、精霊たちの動きはぴたりと止まり、徐々に光も弱くなった。
「もう目を開けても大丈夫よ」
ラポが青年に声をかけ、彼は目を開けた。
「それで?一体何があったのかしら?…代表として、一匹だけ報告しなさい」
ラポが妖精たちに話すと彼らは一列に並び、その中の先頭の精霊が、体を先ほどと同じように揺らした。
「…何ですって?間違いないの?」
「精霊たちは何て言ってるの?」青年は彼女に話しかけた。
「王城のステンドグラスが、何者かによって破壊されたそうよ」
「ステンドグラス?それはこの国にとって大事な物なの?」
「当たり前でしょう!」ラポは振り返り彼に向かって怒鳴った。
「ただのステンドグラスじゃないわ。女神イシューが描かれた、私達の心のよりどころよ。神社の屋根瓦が盗まれたり、お寺から仏像が盗まれたりするのと同じよ!」
「ジンジャ?オテラ?お姉ちゃんの言う事が時々分からなくなるよ。でも、女神様を破壊するなんて、許せない!やった奴は誰なの?」
ルーも会話に参加した。青年には精霊の声が聞こえないのか、少し取り残されたような気がしていた。
「今はまだ分かっていない、と。ありがとう、知らせてくれて」
ラポが礼を言うと、精霊たちは一礼するかのように体を上下に揺らし、窓から飛び出していった。
※※※
「騒がしいったらありゃしないわ…」ラポはため息をつきながら、窓を閉めた。
「ごめんね。お勉強、途中になっちゃたね」
ルーが申し訳なさそうに言った。
「いや、良いよ。何か大変なことがあったみたいだし。そのステンドグラスって、修復は出来ないの?」
青年が尋ねると、ラポは静かに首を横に振った。
「どうして?壊れたのなら、直せばいいだけの話だと思うけど」
青年は首をひねった。自分が住んでいた世界と常識が違うのかと思った。
「ステンドグラスが作られたのは、今から数百年前よ…。もう当時の資料も残ってないから修復は難しいわ。魔法でどうにかなるものじゃないし」
ラポは唇をかみしめた。まるで自分の大事なものが壊されたかのように、窓から空を睨みつけた。
「こうしちゃいられないわ。今すぐ行くわよ」
「行くってどこに?」青年が尋ねると、ラポは鋭い目つきでこう言った。
「王都…フェアリルシティよ」
今回はここまでです。次回もよろしくお願いします。