ラポたちが住んでいるところから、王都と呼ばれる場所へは船で向かうことが出来るそうだ。だが、そう簡単に船を出してくれるところはないという。
理由としては『バグに船は出せない。もし船を出せば、自分も仲間だと思われて商売にならないから』という、とんでもないものだった。
ダウメ一家はそれを防ぐため、大きな買い物がある時は、魔法で自分の姿を変えたりして、しのいでいるらしい。
ラポは魔法で髪色を黒にして、長さを肩まで伸ばし、薄化粧をし、声色まで変えて花瓶の花に耳を当てて電話を始めた。
「もしもし、船頭さん?悪いんやけど、王都までお願いしたいんやけど…」
関西弁に似た方言で、お淑やかに話しているラポ。
そんな彼女を、青年はハラハラしながら見守った。もし、バレてしまったら大変なことになる…と。
一方、ルーはまるで旅行にでも行くかのように、うきうきした気分を抑えきれずにいた。
「ほな、よろしゅう頼みます。…はーい」
ラポは電話を終えると、魔法でフード付きの服を出し「着替えなさい」と言葉をフェアリル語に戻して青年に命令した。
「あっ…はい」静かに言った彼は、すぐにフードをかぶった。
「これで、あんたは周りの連中からは、顔を認識されなくなるわ。少しの間だけ、我慢して」
「心配してくれてありがとう」青年は優しく笑った。
「なっ!?…し、心配なんかしてないわよ!あんた、私より強そううだし!?そりゃ、怪我でもされたら困るけど!」
いきなり顔を赤らめて、ゴニョゴニョ言っている彼女を、青年は不思議そうに眺めた。
「ほ、ほら!早くしなさい!」ラポに急かされ、家を出るとダウメが心配そうに見つめていた。
「…どうしても行くの?」
「うん。…お願い、ママ」
「駄目!…って言っても行くのが、貴女なのよね。私もついていくわ。危なくなったら、助けるから」
「ありがとう、ママ」
「親が子を守るのは当たり前よ」ダウメは静かに笑った。
雲一つない青空だ。木漏れ日がとても美しい。森からしばらく歩くと、目の前に大きな川があり、その傍に船着き場がある。
「おーい、お客はあんたらかい?」船着き場で男が、手を振りながら呼んでいる。あれが船頭だろうか?
がっちりとした体形で黒の半袖トレーナーに眼帯を付けた茶髪の男。髪をオールバックにまとめてカチューシャを付け、藍色のズボンの膝部分には、動物に襲われた時に出来たとされる傷があった。耳がとがっていて、エルフだと分かる。
「船頭さん!そうやで~!」ラポは嬉しそうに走り出した。
「うちら、王都は初めてやから、案内よろしゅう頼むな」と可愛く微笑むラポ。
「お、おう!任せときな!」
ラポの素なのか、それとも演技か分からない笑顔にすっかり魅了された男は、意気揚々と船を動かした。
「なあなあ、船頭さん。王城のステンドグラスが壊されたって話、もう聞いてはる?」
ラポは何か情報を聞き出そうと話を聞いた。
「あぁ。知ってるさ。というか、朝からその話題で王都はごった返しさ。俺たちの女神様を傷つけるとは、罰当たりなやつがいたもんだぜ」
船頭はやれやれと呟いてため息をついた。
「今まででこんなん、無かったやんなぁ」
「当たり前さ。全く、これで客が来なくなったら、商売あがったりだぜ…ったっく」
船頭は舌打ちした。
「ホンマやなぁ」
「お嬢さん方、ここらじゃ見掛けねぇな。乗せてて何だが、今の王都は、観光にはお勧めできねえよ。バグが現れたからな…」
「また、その話かいな…」
ラポは、本当にうんざりした声を出した。
「邪神の使い魔なんざ、この国にはいらねぇよ…」船頭はそれきり何も言わなくなった。
これがこの世界の現実…。青年は唇をかみしめた。
川から北上した船は海へと出て、幅が一気に広くなった。街並みも小さくだが見えている。川沿いに高い建物が見える。旗のようなものもあり、何かの店なのだろうか?
「着きましたぜ、お嬢さん方。ここがフェアリル・ランドの心臓部でさぁ」
青年は顔を上げた。船着き場の入り口に大きな門が見えた。
ラポは礼を言って、金を倍以上渡し、船頭を驚かせた。
「い、良いのか!?こんなに!?」
「楽しませてくれたお礼や。お・れ・い」
ラポがウインクすると、船頭は感激して戻って行った。
「さぁ、行きましょうか」
横一列に門前に立って見上げる四人に、ラポは静かに言うのであった。
※※※
時間は大体午前11時くらいだった。門は常に開いていて、ルーが言ったとおり、様々な種族が行き来していた。市場が両隣にたくさん並んではいるが、客も店主も全員が沈んだ表情をしていて、生気が感じられなかった。
「何というか、皆暗いね」青年はラポに向かって話した。
「皆、ステンドグラスが壊されたことが、ショックなのよ。早まった行動をしないと良いんだけれど。とにかく、少しでも情報を集めるわよ。ステンドグラスが壊された日と、その時誰か怪しい奴がいなかったか、徹底的に聞きこむの。良いわね?」
ラポの号令に他の三人は「了解」と答えた。
三人は少しでも情報がないか、手掛かりを探すため、買い物をしながら聞き込みをして回った。
しかし、有益な情報は出てこなかった。人が集まる酒場で話を聞けば、女に飢えているのであろう客の男たちに、三人が口説かれそうになったり、体目当ての別の男に、ラポがドロップキックをかまして、青年がそれを止めたりと大変だった。
市場で金を渡されて買い物をしていた青年は、情報を聞き出そうとしたが、顔が分からない奴に売る物と話すことは無いと追い返され続けた。
「なかなか上手くいかないね…」
「まだまだこれからよ」ラポは拳を握り締めた。
すると建物の中から叫び声と同時に、男が一人彼らの目の前に飛び出してきた。
「な、何!?どうしたの!?」
ラポが声をかけると、彼は震えて彼女の足にしがみついて、「た、助けてくれ!殺される!」と叫んだ。
「殺される?誰に?」
ラポは男に尋ねた。彼は震える人差し指で、今自分が飛び出してきた玄関を指した。
促されて彼らも見てみると、足を引きずる音がして、ステッキを持った女性が、ニタニタ笑いながら顔を出した。
「あんたね、彼が嫌がってるわよ。何があったか知らないけど、止めなさいよ」
ラポは冷静に言った。しかし、女性は聞く耳を持たず、彼女に向かって突っ込んでくる。
「ラポちゃん!危ないっ!」
青年が叫ぶと同時に、ラポはステッキを引き抜いて、彼女の喉に向けて刃を見せた。
同じように、女性もラポの喉に刃を見せて、威嚇している。まさに相打ちだった。
「貴女…邪魔するつもり?」女性が初めて口を開いた。
「こんな大通りで、そんな物チラつかせちゃダメよ。何があったか、話してみなさい。出来る限り協力するわ」
「…バグが私にお説教?面白いこと言うのね?」
「冗談を言ったつもりは、毛頭無いわ」
二人はどちらも引くことなく、にらみ合いを続けていたが、どこからか笛の音が聞こえると、女性の方が刃をステッキに収め、ため息をついた。
銀色の鎧を付けた男が馬にまたがり、部下を引き連れながらこちらに歩いてきた。
「先程、女性二人が喧嘩をしていると通報があったが、そなた達か?」
馬上からそう聞いた彼に対して、女性は態度をがらりと変えた。
「喧嘩だなんて、とんでもありませんわ。騎士様。私の夫が不貞を働きましたので、咎めていた所、言い争いになってしまって。それをこの方がお止め下さったのです。…お嬢さん。失礼ですが、お名前は?」
ラポは彼女の態度の急変に腹を立て、心の中で舌打ちしながらも、こう答えた。
「…別に。名乗るほどの者じゃないわ。この男の人があまりにも怯えていたから、声をかけただけよ」
「怯えていた?何かあったのか?」
騎士はまだラポにしがみ付いている男に対して聞くと、彼は震えながら言った。
「け、今朝ステンドグラスが壊されたって聞いた途端、『一緒に死んでくれ』って言うから怖くて…」
「何だと?貴様もか?」騎士は不思議そうな顔をした。
「これで8件目だ。全く、何がどうなってる」
「騎士様。ご無礼を承知でお尋ねしますが、8件目とは…?」ラポは騎士に聞いた。
「今朝から、このような通報ばかりなのだ。今度は女か。さっきは一気に六人家族が同じようになったのだ」
騎士はとにかく二人に話が聞きたい、という理由で彼らを連行していく。その途中で、女性が去り際に言った言葉が、ラポの耳に残った。
「お嬢さん、今度街を歩く時は、何か香水をつけることをお勧めいたしますわ」
「はぁ?どうして?」
「貴女の体から、特に感じますの。…血の香りが」
女性は妖しく微笑んで、連れていかれた。
「…私ってそんなに臭う?」
「いいや」
「全然」
「良い匂いよ」
三人は、必死に袖の匂いを嗅ぐラポに苦笑いした。
「そう。まぁ、良いわ。王城に急ぎましょう。もう見えてるけどね」ラポはそう言って、前方を軽く見上げた。
300メートル前方に赤を基調とした西洋式の建物が見えた。大通りをまっすぐ抜けると、城まで一直線に伸びた橋があり、その前に広場がある。
しかし、規制線のようなものが貼られていて、それ以上進む事ができなかった。周りには野次馬がたくさんいて、呆然と立ちすくむ者、指を絡ませて拝む者、泣き崩れる者など様々だった。
「これは…!」青年は思わず言葉を失った。
二階のバルコニーのすぐ真上にある窓、そこに描かれていたであろう女神のステンドグラスが、丁度顔を割るように壊されていた。
「一体、誰がこんなことを…!」
「バグだ!バグやったに違いない!」
「バグを殺せ!」
野次馬が口々に叫ぶ。それがまるで合図になったかのように「殺せ!殺せ!」と合唱する。憎しみや悲しみが混ざり合った声。その大きさに青年は思わず耳をふさいだ。
やがて、民衆の声が聞こえたのか、一人の女性が姿を現した。途端に合唱は無くなり、しんと静まり返る。
「国民の皆さん、どうか落ち着いてください。今、我が国の様々な権威の者を集め、調査をしているところです。もうしばらくお待ちになってください」
優しい声だ。まるで母親が子供に言い聞かせているように聞こえる。金髪のロングヘアが太陽に反射して輝き、そよ風になびいている。青色の目はどこか悲しげだ。
(あれが、女王陛下…なのか?)
不謹慎だが、青年は彼女の美しさに見惚れた。もしかすると、女神と呼ばれるのは、彼女がふさわしいのではないかと思った。
「ふんっ!」ラポは右足で青年の足勢いよく踏んだ。
「いいっ!?」
激痛が足から脳に伝わるが、ここで抑えるわけにもいかず、何とか耐えた。
「私だって同じ髪色でしょうが…!」
「誤解だ…!」
青年とラポは小さい声で言い合った。
やがて野次馬はいなくなり、広場は四人だけとなった。だが、女王と思われる女性はバルコニーから動かず、外を見つめていた。やがて四人に気づいたのか、視線をこちらに向けた。慌てて三人は女性に跪いて頭を下げた。
青年がきょとんとしていると、ラポが小さく言った。
「アンタもやりなさい。それがこの国の、目上の者に対する挨拶よ」
青年は慌てて同じように跪いて頭を下げた。女性は驚きの表情を見せた後、慌てて部屋へと戻って行った。
「まずいわ!怪しまれたかも!」
ラポは逃げ出すように走り、全員が慌てて後を追った。
※※※
「危なかった!怪しまれたかと思ったわ」
女性が去ってからいきなり走り出したラポは大通りで止まり、息を切らした。
「でも、挨拶もしたし、大丈夫だと思うけど…」
「馬鹿。陛下はともかく、その取り巻きは一度疑ったら、止まらないような連中よ。捕まったら何をされるか、分かったもんじゃないわ」
ラポは、ああ、恐ろしいと言いながら、自分の身体を震わせた。その様子がおかしいのか、ルーはくすくすと笑った。
「…何よ?」
「ううん。お姉ちゃんにも、怖いものがあるんだなぁって思って」
「はぁ!?怖いわけないでしょ!余裕よ、余裕!」
「お兄さん、どうだった?女王様、綺麗だったでしょ?」
ルーが青年に急に話を振ったので、彼は一瞬応えるタイミングを外した。
「あぁ、うん。何ていうか、女神ってあの人の事じゃないのかなって思ったよ」
「そうだよねぇ。おまけにとっても優しいんだよ」
「お話したことあるの?」
「まさか!恐れ多くてできないよ!」ルーは慌てて言った。
その時、馬のひづめの音がかすかに聞こえて来た。
一行が慌てて道を開けると、ちょうど馬車は青年の前で止まった。
「女王陛下のおなーり!」
騎士の一人が宣言すると、人々は慌てて跪いた。
先程の女性がピンクのドレスに着替え、ゆっくりと降りてきた。
「そこの貴方…顔を上げなさい」
女性は先ほどと同じように優しい声を青年にかけた。それだけでも周りからどよめきがある。
「はっ…」
青年がゆっくりと顔を上げると、「女王陛下の御前であるぞ!顔を良く見せろ!」と部下が怒鳴った。
しかし彼女は「良いのです」と言って、フードを取ろうとする彼の手を、白絹の手袋越しに止めた。何かを察してくれたのか黙って首を横に振った。
女性はクスリと笑って「ログが言ったとおり、優しい声をしていますのね」と言った。
「め、滅相もございません」
綺麗な女性からそんな事を言われて、照れない男はいないだろう。事実、周りの男たちから、嫉妬の声や舌打ちが聞こえる。
「ログから『面白い男がいる』と報告があり、一度お会いしてみたかったのです。…私の知らないところで、ずいぶんとご苦労もされたようですね」
「…いいえ」
「昨日起こったことについても、ログから報告を受けています。この度は誠に申し訳ありませんでした。そして、国の宝である大事な民を守ってくださり、女王として心よりお礼申し上げます」
彼女は両手でスカートを少しだけ広げて頭を下げた。
「い、いえ!滅相もございません。どうか頭をお上げください!」
青年が慌ててそう言うと、周りからヤジが飛ぶ。
「貴様、恐れ多くも女王陛下に頭を下げさせるとは。何者だ!」と騎士からヤジが飛べば、「俺だってお褒めの言葉をもらったことがないのにお前は一体誰だ!」と民衆からも声がする。
「顔を出せ!」
「顔を見せろ!」
口々に飛ぶ声に女性が一喝する。
「お黙りなさい!後日改めて、お城に招待したいと思っています。ぜひ、お越しくださいね。ダウメ、あなた方もともに来るように。…宜しいですね?」
「はっ…。かしこまりました」
跪いていたダウメは頷いて言った。
女性はダウメに対して、待っていますよ、と声をかけると馬車に乗り込んだ。
「お立ーちー!」騎士が声を上げると、馬車は方向転換して、城へと戻って行った。
「こいつ…一体何者だ…?」
「まさか初対面の者にもお声を掛けられるなんて…。慈悲深いお方だ」
人々はそんなことを言い合っていた。
「…今日は聞き込みは無理ね…。帰りましょうか」
ラポの一言に一行は頷いて、そのまま自宅へと帰宅した。