GOD EATER -the last blood-   作:ポラーシュターン

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2.炭の記憶
炭の記憶 -1-


 

かつて自分は、他人の神機に適合する素質を持っていた。

 

他人の神機は嫌いだった。

 

扱い辛いのは勿論理由の一つだったが、その神機を手にするのは、

その元の持ち主めがけて振り下ろすのが目的だったからだ。

 

そして、理由はもう一つ。

 

神機を通じて、リヴィは時折、その持ち主の記憶を垣間見る。

 

 

 

朱い。

 

 

赤い。

 

 

紅い。

 

 

その朱は、夕日が映した空の色か。

その赤は、かつて自分もその眼で見た雲の色か。

その紅は、雨の色か、それとも、血の色か。

 

目の前でロミオが倒れている。

赤い雨が降っている。

 

 

・・・ああ、これは。

いつか見た、ジュリウスの記憶か。

 

 

リヴィは久しく目にしていなかったその光景に、

努めて何の感情も抱くまいと、目を細め、平静を保っていた。

 

これは過去だ。

 

今ロミオに駆け寄ったところで何かが変わるはずもない。

これからロミオはジュリウスの腕の中で息絶え、

そして奇跡の中で再び命を得て、自分とも再会する。

 

そういう未来が確定している。

・・・しかし、奇妙な違和感がリヴィの心に爪を立てる。

 

横たわるロミオを見ているならば、これはジュリウスの記憶の筈だ。

・・・なら、その隣に倒れているのは、誰だ?

 

リヴィは気配を感じて振り向き、ぞっとした。

 

マルドゥークが横たわっている。

 

力なく開かれた口からはオラクルの黒い粒子が薄く立ち上り、

その個体が既に絶命していることを示す。

ロミオの仇であったマルドゥークはこの時、その血の力を受けて、撤退したはずだ。

 

ざわ、と胸騒ぎがする。

 

この時、ロミオが犠牲になったことで、

マルドゥークは退き、ジュリウスは生き延びた。

 

なのに今ここには、彼らは誰もが地に伏せ、赤い雨に濡れている。

 

 

そして、リヴィは気づいた。

 

その場には、まだ動くものがいた。

 

ぼやけていた影が形を得るように、

マルドゥークの亡骸の傍に、もう一体のアラガミが現れる。

 

その首を掴み、亡骸を食んでいるのは・・・全身を深紅に染めたハンニバル。

 

 

・・・これは、自分の記憶だ。

 

 

リヴィは混乱する頭の中で、それだけは確信を得る。

 

だが、そのものではない。

自分の記憶の中にも齟齬がある。

 

何故なら自分はロミオの姿もジュリウスの姿も見ていないし、

あの時とマルドゥークがいた時は、別の時間だ。

 

だからこれは、いくつもの情景が綯い交ぜになった光景。

 

そうだ。あの場には倒れたロミオなんていなかった。

 

 

あの時、自分が見たのは、いくつもの血溜まりと

 

 

こちらを振り向いた奴の眼と

 

 

その口元に引っかかっていた

 

 

 

同じ赤色に染まったニット帽―――――

 

 

 

 

「ああああっ!!?」

 

 

叫び声を上げたリヴィは、はじめ、自分がどこにいるのか分からなかった。

 

 

前に踏み出そうとした足が虚空を蹴る。

 

宙に浮き、倒れそうになったと感じて、足掻く。

咄嗟に伸ばした手が、ぶつかった何かを強く掴む。

 

「リヴィ、落ち着いて! 大丈夫だから・・・リヴィ! 

―――――フランさん、水をお願い!」

 

そして、すぐ傍で誰かがそう叫んでいるのが、ようやく耳に届き、はっとする。

 

リヴィは自分が立っていないことに気づいた。

 

倒れそうになったのではなく、自分は元から、横に寝かされていたのだ。

赤一色だった視界が、じわりと滲むように白みがかり、色を取り戻していく。

 

跳ね起きたリヴィは、今の今まで我を忘れ、暴れていたらしい。

 

そしてリヴィは自分が、誰かに抱き止められていたことに気がついた。

 

「・・・・・・目が覚めた?」

未だにはっきりとしない頭を空転させたまま、耳元で囁いた声の主を見やる。

 

こちらを見返す大きな瞳に、自分の顔が映っている。

瞬きをして、焦点を引く。

 

・・・そこにいたのは、楠リッカだった。

 

「・・・あ」

そこでやっと、リヴィは自分が夢を見ていたことに思い当たった。

 

その眼に正気の光が戻るのを見たのか、目の前で、リッカが薄く微笑む。

 

「うなされていたね・・・もう平気?」

「あ・・・ぁ」

声がうまく出ない。

まるで力の限り声を出した後のように、喉の上の方がひりひりと渇いて、痛い。

・・・それとも、実際に自分は、叫び続けていたのだろうか。

 

それでも頷こうとしたリヴィの意志を汲んだのか、リッカが頷き返す。

 

「それじゃ・・・あ、ごめん、やっぱりちょっと、力を緩めてもらえるかな・・・」

 

なんのことか、とリヴィは下を向いて、愕然とした。

 

自分の右手が、彼女の腕を思いきり強く掴み続けていたのだ。

 

狂乱状態だった間に無我夢中でそうしたに違いなかったが、

今の今まで全く自覚していなかった。

 

リヴィは慌てて手を離したが、

彼女の細腕には、くっきりと赤く痕が残ってしまっていた。

 

「すっ・・・す、すまない!」

「ああいや、いいよ・・・でもよかった、これならだいぶ回復したみたいだね」

 

咽せながら謝るリヴィに、ひらひらと手を振ってリッカが言う。

 

その言葉に首を傾げかけた時、

ずきり、と鈍い痛みを脇腹に感じて、リヴィは顔をしかめた。

 

見ると、そこは包帯でぐるぐる巻きにされ、その表面が僅かに赤く滲んでいる。

 

「・・・これは?」

「あ、それはフランさんがやってくれたんだ。あとで・・・」

「礼には及びませんよ」

 

そこへ、フランが戻ってきた。

袖口が僅かにほつれてはいるものの、

相も変わらずフェンリルの制服を着ているフランがそこに立っていると、

まるで、まだそこが極東支部の受付であるかのような空気を感じてしまう。

 

彼女は両手に持つコップに水を入れてきてくれたらしく、

それをリヴィとリッカに手渡してくれる。

 

「あ、私の分も?ありがとう」

「礼には及びませんよ」

 

全く同じトーンで繰り返してから、フランは僅かに微笑んでみせた。

 

うまく喋れないほど喉が渇いていたリヴィは、

受け取り際に笑みで感謝を示してから、その水を口に含む。

 

「・・・」

 

一瞬、動きを止め・・・つい、コップの中を覗いてしまう。

 

金属製のコップに口につけた時、僅かに混じった鉄分の味。

 

リヴィはそこから、血を連想してしまったのだ。

・・・当然、中身の液体は、無色透明。

しかし視界にまた赤色がちらついたような気がして、リヴィは慌てて首を振った。

 

「どうしました?」

「い、いや・・・なんでもない、ありがとう」

 

フランに礼を言ってからコップを置こうとして、また脇腹が痛む。

 

「ごめんね、さっき起こしたとき、傷が開いちゃったかな」

「ああ、いや・・・」

 

リッカがリヴィの顔色を窺うように首を傾げて言う。

 

「治りが遅いと思うけど、我慢してね。ここは聖域だから」

「ああ・・・」

 

リヴィはそれを聞いて、辺りを見回す。

 

そこは、樹のような、石のような質感を持つ、白亜の大地。

 

聖域を囲む山脈と同じものが一面を覆う、洞穴のような場所だった。

 

「・・・萌芽の神域?」

「の、裏側だよ」

 

リッカがそう付け加えた。

 

そこは聖域の内と外を分かつ、白い山脈の中だそうだった。

 

リヴィたちがその境を行き来するときに通る道と似ていたが、

こうもトンネルのようにくり抜かれた空間があるとは知らなかった。

 

「山脈のつくりにムラがあってね、こういう隙間があるんだ。

ここはぎりぎり聖域の中だよ」

 

にっこり笑ってリッカが言い、天井を指差す。

 

治りが遅いというのはそういうことだ。

 

聖域の中では、体内のオラクルが活動を休止している。

そのため今のリヴィはゴッドイーターではなく、ただの人間に近い。

リヴィはここにいると、なんとなく身体が重く、僅かに眠気のようなものを感じる。

 

「しかし・・・ゴッドイーターとしての体質を抜きにしても、

私などよりよほど健康的ですね、リヴィさんは」

 

フランが言うので、リヴィはつい自分の身体を見回してしまう。

 

「・・・あ、すみません、包帯を巻く際にそう思ってしまったので、つい」

「ああいや、まったく構わない・・・」

その辺りの観念に乏しいリヴィはそう言いながら、違うことを考えていた。

 

その脇腹を見てリヴィが疑問に思ったのは、

包帯のことでも、治癒力のことでもないのだ。

 

「・・・覚えてないんだね」

「え・・・」

 

リヴィが顔を上げると、眼を細めてこちらを見るリッカと視線が合った。

 

コップで口元を隠しながら、リッカは言った。

 

 

「・・・その傷が、いつできたか」

 


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