GOD EATER -the last blood-   作:ポラーシュターン

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炭の記憶 -2-

その通りだった。

 

リヴィは自分が何故ここで寝ていて、

リッカとフランに介抱されていたのか、まったく覚えていなかった。

 

連続していない記憶の糸を手繰ろうとすると、頭の奥にずきりと鋭い痛みが走る。

 

目の前には白い壁しかないはずなのに、

痛みと同時、視界を横切るように走る赤い色が見える。

 

「う、ぐ・・・」

「自分で、無理に思い出そうとしない方が良いよ」

 

労わるようにリッカが言う。

 

隣に座っているフランも、そっとリヴィの手に手を重ねてくれる。

 

そこまで重症なのだろうか、とリヴィは実感が湧かなかったが、

その気遣いには感謝しなければと思う。

 

「ただ・・・思い出さないわけにはいかないと思う。

よければ私が話すよ・・・ひとつずつね」

 

リヴィはリッカの、ともすれば冷たそうにも見える眼差しを見てから、

ゆっくりと頷いた。

 

「・・・頼む」

 

 

リッカとフランが聖域で出迎えたとき、

リヴィは血まみれになってエミールに抱えられていたそうだった。

 

寄り添うエリナが泣きじゃくりながらリヴィの傷口を押さえていて、

リッカに助けを求めたのだという。

 

そこまで聞いて、リヴィはようやく、

ラーヴァナ神融種とガルムたちに包囲されていた戦いのことを思い出した。

 

では、二人とも無事に聖域まで辿り着いたのだ。

そのことにまず、ほっとする。

 

だが同時に、それがどうなったのかも朧げに思い出して、

胸の奥がざわつくような感覚に襲われる。

 

リヴィは脳裏に滲む赤い影が、徐々に形をとるのを感じていた。

 

今しがた見ていた悪夢とそれが重なり、その眼がこちらを見て――――。

 

「リヴィ・・・リヴィ!」

耳元で自分を呼ぶ声に、はっとして、リヴィは現実に引き戻された。

 

 

いつの間にか、隣にはリッカも座っていて、

フランと一緒に、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

ふと視線を下げると、

握り締めていた右手にはリッカの、左手にはフランの手が乗せられている。

 

その温もりが、強張ったリヴィの身体を溶かしたかのように、

手から、ゆっくりと力が抜けていく。

 

「今は、事の顛末だけ思い出して」

リッカが言う。

「エリナとエミールは無事だよ・・・今一番重傷なのは、キミだよ」

 

「・・・ああ、有難う」

その言い方が少しおかしくて、リヴィは微笑むことができた。

 

 

謎の乱入者がマルドゥークを襲ったことで、

リヴィたちは危機を脱し、撤退する機会を得た。

 

・・・しかしその時、

リヴィの様子がおかしくなったかと思うと、

突然駆け出して、聖域とは逆方向へ向かおうとした。

 

エリナとエミールが止める間もなく、

ラーヴァナやガルムに再び遭遇しかねない場所へ走り去ったのだという。

 

慌てて後を追ったエリナとエミールは、

しかし、その途中で手負いのガルムに出くわした。

 

そのガルムは発熱器官を砕かれ、

息も絶え絶えに、リヴィが向かった方角から逃げてきたという風に見えたらしい。

 

正面からぶつかってしまったエリナとエミールは、

非常に攻撃的になっていたガルムとの戦闘を余儀なくされる。

 

そしてそれを退け、二人が辿り着いた時には、

そこには首のないマルドゥークの亡骸が横たわり、

その傍に寄り添うようにして、リヴィが倒れていたそうだった。

 

 

「・・・覚えてないって顔してるね」

「・・・・・・ああ」

 

自分が走り出したという部分から全く記憶がない。

 

そんな単独行動でまた二人を危険に晒してしまったのか、

とリヴィは暗澹たる気持ちになる。

 

だが、先程見た悪夢の中にあった光景のいくつかは、

そのとき見たものなのだろうと察しがついた。

 

マルドゥーク、そして恐らくラーヴァナやガルムの悉くをも難なく屠ったアラガミに、

リヴィは衝動のままに攻撃を仕掛け・・・恐らくは、返り討ちに遭ったのだ。

 

 

「・・・エリナから聞いてるよ。

そのアラガミを見た時のキミは、普通じゃなかったって」

「・・・」

 

リッカは一つ一つ言葉を投げながら、リヴィの様子を見ていた。

 

リヴィ自身、そういうことがあったのだ、と他人事のような視点でなければ、

また今を見失いそうになるような気がして、仔細を思い出そうとはしていなかった。

 

悪い夢から醒めた直後の、ぼんやりとした不安の中で、現実が曖昧になる感覚。

 

リッカもフランも、今のリヴィにはそれが必要だと言ってくれはしたが、

リヴィはそれが逃避であることを意識せざるを得ない。

 

 

・・・現実は、悪夢の方なのだ。

 

 

「赤いハンニバル」

 

ぎくりとしたリヴィの手を、ぎゅっとリッカの手が包む。

 

「・・・間違いないみたいだね」

「・・・ああ」

 

肯定する声は、それだけでかすれていた。

 

フランとリッカは顔を見合わせてから、ゆっくりと頷いていた。

 

 

彼女たちは、そのアラガミの事を知っているらしかった。

 

「・・・教えてくれ、あのアラガミのことを」

リヴィの口をついて出たのは、そんな渇望にも似た願い。

 

しかし、それを聞いた二人は眉をひそめ、複雑な表情をする。

 

「・・・・・・リヴィ、キミはどこまで覚えて・・・」

 

リッカはそう言いかけてから、一度口をつぐんで「いや」と言い直した。

 

「ごめんね、今のキミには、

あまり多くを言えないと思う・・・キミの傷は、キミが思ってるより、深いから」

 

子供扱いされたような気がして、リヴィは思わず反発する。

「こんな傷・・・」

「身体のことではありませんよ」

 

・・・そっと肩に手を乗せて、リヴィと目線を合わせたフランの、優しげな声。

 

「心のことです」

「・・・」

 

 

それは決して子ども扱いではなく、心からの思いやりだった。

 

そして客観的に言って、尤もな見解だった。

 

名前だけで発作の引き金になりかねないのだから、認めざるを得ない。

そのアラガミのことは、リヴィも知っているはずだった。

 

なのに記憶は割れたガラスのように不明瞭で、

思い出そうと欠片に触れれば、鋭利な断面が傷を抉る。

 

リヴィの心が、それを想起することを拒否していた。

 

「でも、あれがまた現れた時に、

キミが同じ状態に陥らないようにしなくちゃいけない」

 

リッカは温かさと冷たさが同居した口調で告げる。

虚空に目を向けながら、彼女はまるで自分にも言い聞かせるかのように、

ゆっくりと言った。

 

「いつかは克服すべきことでもある・・・だから今は、実際的なことだけを話すよ」

「・・・・・・ああ」

苦い思いを飲み込みながら、リヴィは頷いて、リッカが頷き返すのを見ていた。

 

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