GOD EATER -the last blood-   作:ポラーシュターン

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傷ついた仔猫の眼

マグナガウェインから逃れたあとも、多くのアラガミに追撃された。

それもほとんどが感応種か神融種、接触禁忌種に類する強力なアラガミばかりだ。

 

極東支部が壊滅し、居住区やその付近の保護域を防衛できなくなった今、

極東のアラガミは今まで抑制されていた活動を大きく広げ、

今や全域でその個体数を増やし続けている。

 

そもそもが多種多様、

且つ活発的な個体ばかりが発生していた極東から秩序が失われれば、

必然として・・・そこは地獄と呼ぶに相応しい、混沌の地と成り果てていた。

 

 

今、この極東地域に安全な場所はたった一つしかない。

 

 

「ようお前ら、おかえり・・・戻ったな」

 

屹立する白亜の樹々の中を進み、そこに辿り着いた三人を迎えたのは、真壁ハルオミ。

 

彼は樹幹に寄りかかりながら、いつものように飄々とした笑みを浮かべていた。

しかしそこには、這う這うの体で帰り着いた三人の様子を憂うような色も滲んでいる。

 

「どうだった、外の様子は・・・・聞くまでもないか」

ハルオミが肩をすくめて苦笑してみせたが、対して三人の反応は薄い。

 

エミールだけはいつもの無駄に余裕げな顔をしていたが、

かといって、大仰に語りだすこともない。

最初に口を開いたのはエリナだった。

 

「・・・神融種ばかりです・・・・・・極東支部の周りは、特に」

目を伏せてそう呟くエリナ。

 

その事実は、関連した一つの現実を否応なしに連想させ、突きつけてくる。

 

神融種は神機がそこになければ生まれない。

極東支部に保管されていた神機も、今はアラガミの手足でしかない。

 

ハルオミは一度口を閉じてから、「・・・悪かった」とだけ言った。

 

エリナは俯いたままハルオミとすれ違い、足早にその場を去っていく。

 

そしてエミールも「やれやれ」という顔でそのあとに続く。

 

 

持ち帰った資源を、待ち望む人たちのところへ供給しに向かったのだ。

 

ハルオミが肩をすくめてそれを見送っていた。

 

 

・・・別に、仲が悪いというわけではない。

 

ただ、極東の末路を改めて目の当たりにしてきた今、

楽しく談笑する気になどなれないのだ。

 

 

エリナたちの後に続こうとしたリヴィに、ハルオミが声をかけてきた。

 

「・・・・・・嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

「・・・何がでしょうか」

というリヴィの平坦な問い返しに、ハルオミは心外そうな顔をする。

 

「おいおい、いまさら丁寧語はよせって。

今や四・・・・・・いや、四十まではまだいってないか。

まあお前らに比べれば俺も年食っちゃいるが、そんだけだろ?」

途中で言葉に詰まった時、何を言いかけたのかリヴィには分かった。

 

 

・・・今や、()()()()()()()ゴッドイーターの仲間だろう。

 

ハルオミはそう言いそうになったのだ。

 

極東支部は壊滅した。

生き残った僅かな住民、職員、

そしてリヴィたち四人のゴッドイーターは犠牲を払いながら『聖域』に逃げ延びた。

 

その地にアラガミは侵入できず、

幸いにも、そこではすぐに命を落とすようなことはなかった。

 

しかし、圧倒的に資源が不足していた。

 

そのため、リヴィたちは時折聖域の外へ足を運び、

最低限生活を補えるだけの資源を回収している。

 

資源というのは主に、極東支部があった場所にある食糧や、機材といった品だ。

 

それ故に、それらを回収するリヴィたちはそのたびに、

崩壊した極東支部の光景を目に焼き付けることになる。

 

 

「・・・何が大丈夫なら良い?」

 

リヴィは心の内に暗いものが滲むのを自覚しながら、

ハルオミの望み通りの形にした言葉を放つ。

 

ハルオミは本当に心配そうな目をして、

「・・・・・・死んだような顔してるぜ、嬢ちゃん」

と言った。

 

「・・・」

 

「せっかくの美人が台無しだ」

 

この人は誰に対してもそうなのか、と今更な感想を抱く。

相変わらずこの人は、どこまで真面目なのか分からない。

 

「・・・死神だからな」

軽口には軽口を投げ返すだけで十分だろう、と気が抜けたリヴィは適当に応じる。

 

ところが、返ってきたハルオミの言葉は少し予想外のものだった。

 

「ああ、そうだったらしいな・・・。

だが、それじゃ死神ってより、()に体の()機使いだ」

 

「・・・」

胸の奥がざわついて、リヴィは苛立った。

 

見透かされたような感覚が不快だったのだ。

 

「・・・何が言いたい」

少し棘のある言い方になる。

 

すると、ハルオミは口元を笑みの形にしたまま、

眼差しだけを硬質なものへと変えて言い放った。

 

「嬢ちゃんがそんなだと困る奴がいる、って言ってるのさ」

 

それは、真摯に受け止めるべき忠告の言葉だったのだろう。

 

しかしその時リヴィは思わず、はっ、と嗤ってしまっていた。

 

急に馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 

「困る・・・?」

口元が歪む。

 

言われずとも、もう年長者だからなどという遠慮は消え失せていた。

 

「困るのは誰だ、あなたか?自分の仕事が増えるから?」

口をついて出た、自分で思いつく限りの嫌味。

 

しかしハルオミは、一切それに動じることなく答えた。

「俺も、エリナも、エミールも、聖域にいる全員も、だ」

 

淡々とした、否定しようのない答えに、リヴィは口をつぐむ。

 

「・・・」

「嬢ちゃんも分かってるだろ?」

 

分かっていた。

 

彼は当たり前のことを、当たり前に口にしただけだ。

 

馬鹿馬鹿しいのは、そんなことを言われる自分の方だ。

 

今の自分はおかしい。

 

本当に心配してくれている同僚を疎ましく思うほどに、今の自分は荒れている。

 

理由は明白だ。

 

いつもそんな言葉をかけてくれていた仲間は皆、既にもう、ここにはいないのだ。

 

普段の飄々とした調子を投げ捨てて、

ハルオミはただ、リヴィを案じる言葉だけを告げた。

 

「まだ嬢ちゃんを必要としている人はいるんだ。

・・・無理をする必要はないさ。だがその人たちのためにも、できる事があるだろ」

 

その言葉に、顔がどうしようもなく歪む。

 

・・・きっと、彼らだって同じことを言うだろう。

 

しかし、間違っているのは自分だと分かっていても、割り切れない感情がある。

 

どうすればいいのかは、分かる。どうしたいのか、自分でも分からない。

 

リヴィは足元が揺れているように感じて、

その錯覚が起きる自分がどれだけ不安定な状態にいるか、

それでようやく自覚していた。

 

「・・・・・・やっぱり嬢ちゃんは、優しいな」

「・・・何?」

突然の言葉に、リヴィは怪訝な顔をする。

 

ハルオミの表情は読み取れない。

一瞬、いつもの常套句かと邪推したが、そうではないとハルオミは首を振ってみせる。

 

「今の嬢ちゃんが、

他人のことを少しでも考えられるってことが・・・嬢ちゃんの優しいところさ」

 

リヴィは、それにどんな反応を返していいのか全く分からなかった。

 

迷い、惑い、ただ立ち止まっていただけのリヴィに、

優しいなどという言葉は適切とは思えなかった。

 

当惑しているリヴィを、ハルオミが目を細めて見つめている。

 

かと思うと、ハルオミは急にへらっとした笑みを取り戻し、肩をすくめてみせた。

 

「さて、エリナたちを追いかけるか・・・

あっちに行けば、ちょっとは気も晴れるだろ」

 

気持ちを無理やり切り替えるように。

 

あるいは、切り替えさせるように、彼は話を打ち切った。

 

唐突な転換にリヴィはついていけず、ぽかりと思考に空白が生まれる。

 

ハルオミは両手を頭の後ろで組んで、

今の会話などなかったかのように、すでに歩き去ろうとしている。

 

気が付くと、リヴィはついそれに誘われるように、

その背中を追いかけてしまっていた。

 

 

本当はどうしたいのか分からないまま、

目の前の糸を手繰るようにあてもなく、ふらふらと。

 

・・・その姿は、まるで迷子の仔猫のようだった。

 

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