プロローグ
そのことを知ったのは、半年ほど前。
僕が十二歳になったころだった。
僕には姉がいる。
といっても、僕がもっと小さなころには家からいなくなってしまっていたけれど。
姉がいなくなって。だけど誰も何も教えてくれないままただただ呑気に小学校に通って、家でお稽古を済ませる日を数年続けて。
お父さんに姉の出自についての話を聞かされたのだ。
正直、お父さんが何を言っているのか分からなかった。
だってもうすでにそう言う事がよくない事だっていう事は知っていたし、身内にそんな事をする人がいるなんて正直怖いと思ったから。
だからお父さんがこの家を離れて住ごせと言ってきた時。
この家を離れるのは嫌だったけど僕はそれを受け入れた。
正直な事を言うと、もうそのころにはこの家自体が怖くなっていたのだ。
何か得体のしれないもののように感じられたソレから遠いところへと逃げるように、僕は今友達の家に居候している。
いや、誤解のないように聞いてほしい。
決してお父さんが僕の住むところを用意してくれなかったとかじゃなくて、僕がつい引っ越すことを彼女に漏らしてしまったのが理由なのである。
それを聞いたその友達は、だったら私の家に来なよ。なんて子供らしい浅慮さで僕をあれよあれよという間に家にまで連れ込んだあと、彼女の義父、義母に頼み込んだ。
その二人も特別に人ができていて、僕の事をすぐに受け入れてくれたものだから、あとはなし崩し的にそこに住むようになってしまった。
生活費なんかはどこかから出ているようだけど、いつまでもこの家で過ごすわけにはいかないとも思ってる。
「ねえねえ、翔君?」
「ん?」
彼女の、
「よく飽きもせずにそんな棒をずうっと振り下ろし続けれるよねー」
「まあ、なんというか……癖みたいなもんだからな」
「癖?」
「習慣って言ったほうがいいのかな?うーん、よくわからないけど……」
僕。
まあ、ちゃんと家で剣術を習う機会はもうないかもしれないけど。
「ふぅん。やっぱり変なのー」
ケラケラと面白そうに笑う律ちゃんはごくり、とお盆の上に載ったお茶を飲み込んだ。
なんだか気に入らないというか。なんて言ったらいいんだろうこの気持ち。
「ふぅ……」
息を整えながら、一度休憩をするために縁側にいる律ちゃんの隣に座り込む。
「そういえばお姉ちゃんたち、昨日テレビに出てたみたいだよ?」
「そうなんだ……」
甘い麦茶でのどを潤していると隣に座る律ちゃんからそんな言葉が出てきた。
僕の姉である
どうやら新人にも関わらずすごい人気の様で、ヒットチャートにものっていたらしい。
しかし……なんというか偶然と言うのは怖いものだ。
隣でお菓子の袋を開き始めた律ちゃんをみて改めてそう思う。
まさか知り合いの姉と自分の姉が音楽ユニットを組んでデビューするなんて……。
「そういえば、律ちゃんはお姉さんみたいなアーティストになりたいの?」
「どうしたの急に」
「いや……」
しいて言えば何となくである。
だけど、目の前の彼女が歌を歌ってる姿を簡単に想像できたというのも理由の一つだろう。
「それは私もなりたいよ?将来はお姉ちゃんみたいなアーティストに!……って。お姉ちゃんがデビューした時からずっと思ってるもん。……そういう翔君は?」
「え?」
「ほら、自分のお姉ちゃんがデビューしたから自分もってやつ」
「僕は別に思ってないな。まだ考えることが多すぎて、できる事と言えば竹刀を振るくらいだし」
「そうなんだぁ……。でも大丈夫だよ」
彼女の自信たっぷりの言葉に思わず彼女の顔を見つめる。
「だって私たち明日から中学生だし。できることたくさん増えるもんね!」
「…………」
まあそんな事だろうとは思っていたけれど。
「ありがとう」
そんな言葉を漏らせば彼女は僕の体に引っ付いてきた。
誰が見ているわけでもないのにすごく恥ずかしかったけれど、視界の中で茶色の髪を揺らす律の事を引きはがす気にはならなかった。