「ん?」
もうすぐ中学三年生になろうかという頃。
律ちゃんの家に帰ろうとしたところで、家の近くに人が立っているのが見えて思わず足を止めた。
その人は家の中からは見えないように電柱の傍に立っていて、どこか落ち着かない様子で服の裾を掴んでいる。
「あの…………そこで何をしてるんですか?」
「うおっ!?」
何か考え事もしていたのだろうか。
僕の問いかけるような声にとても大きな反応を見せながら、その女の人はこっちに体を向けた。
「ここは僕と友達の家なんで、あなたの家ではないと思うんですけど」
「うん?あんたここに住んでるのか?」
「はい。さっきも言いましたけど、友達と一緒に」
「そうか、じゃあ――――」
そう言うと、目の前の女の人はがしりと僕の腕をつかんだ…………。
って、えっと。ちょっと待ってほしいんだけど――――。
「少しだけあたしに付き合ってもらうぞ?」
「疑問形で話しかけるなら、せめて拒否権を――――!」
この日。僕は初めて誘拐と言うものを経験することになったのである。
●
「悪いな付き合わせて。ほらよ」
そう言って彼女が差し出してきたのは缶ジュースだった。オレンジ味。
「どうも」
彼女から缶ジュースを受け取ってその口を開ける。
こうしてあったのは初めてだけれど、テレビを通してなら何度も見た顔だ。
「どうしてこんなところにツヴァイウィングの奏さんがいるのか―――― なんてことは聞きません。律ちゃんの事を見に来たんでしょ?」
「そっか。一緒に住んでんだもんな。バレてるか」
「あんなところで何をしてたんですか?妹なんだったら普通に合えば…………」
そこまで言って口をつぐむ。そういえば自分も姉とは気軽に会えないのだった。
その決心がついていないのだった。
「そう上手くは行かないんだ。なんせあたしはあいつを置いて、あいつの目の前から消えたんだからな」
僕の言葉が途中で消えた意味に気づかずに、奏さんはそう言った。
おいていったとはどういう事なんだろうか。その先は…………僕なんかが聞いていいことなんだろうか。
「だからあいつに会うのは…………情けないことだがあたしにはできなかった。どうしても足が止まっちまってな。だからお前に妹の事を聞こうと思ったんだが――――教えてくれるか?」
「いいですよ。でも教える代わりに奏さんにも教えてほしいことがあるんです」
「教えてほしいこと?」
彼女がわずかに警戒心を抱いたのを感じ取る。
でもこのくらいの下心は目をつぶってほしい。
思いもしなかった姉の事を知ることができるチャンスなのだから。
「僕の名前は風鳴翔って言うんです」
「風鳴?それって翼や弦十郎のダンナと同じ…………」
「はい。僕はあなたとボーカルユニットを組んでる風鳴翼の弟です」
「――――そうなのか。いや、そう言われれば似てるな確かに」
「本当ですか!?」
「あ、ああ。見た目もそうだが。真面目そうなところも」
そうか、似てるんだ。
思わず笑顔がこぼれる。
「姉とはちゃんと会ったことがないんです。いつの間にかいなくなってたから…………。だから僕が律ちゃんの事を教える代わりに、あなたに姉の事を教えてほしいんです!」
「――――」
「ダメですか?」
黙り込む彼女に思わず下を向きそうになる。
「いや、いいぜ。その提案に乗ってやる」
「っ!本当ですか⁉」
「だが。ここで話してることは誰にもいうなよ。もちろん私の妹にもだ」
「わかりました」
「よし、交渉成立だ」
そう言って差し出された手を取る。
この時から、目の前の彼女との秘密のやり取りが始まったんだ。
●
「~♪」
「ん?珍しいね。翔君が機嫌よさそうに鼻歌を歌うなんて。何かいいことでもあったの?」
「まあちょっとね」
あの後、律ちゃんの普段の事を教える代わりに僕の姉についていろんなことを聞いた。
性格とか。癖とか。
あとは妹に手を出さないようにと何度も言われたけれど、それに関してはよくわからなかった。
僕が律ちゃんに乱暴をすることなんてたぶんないと思うんだけど。
「そういえば、翔君って中学校で何してるの?」
「え、いきなり何言うんだよ?」
「だって、翔君が外で遊んでるところ見たことないんだもん。友達いるのかなって思って」
「いるじゃん。律ちゃんが」
「それ以外だって」
「…………いないけど」
「えっと、中学に通い始めてもう二年経つんだよ?それでいないの?」
「うるさいな、放っておけって」
そう。恥ずかしいことでもないが、中学三年生になった僕だが友達はいない。話し相手なんかはいるけど、趣味を話し合うような仲の人はいない。
「趣味の一つでも持てばいいのに…………。私と高校では分かれるんだから学校での友達はいなくなるんだよ?」
「分かってるよ。趣味…………趣味か。考えてみる」
そんなこと考えたこともなかった。
時間のある時は竹刀を振ってるか瞑想してたから…………。
そういえば、中学でも休み時間に瞑想をしてる人はいなかったな。もしかしたら僕って変わり者なのではないだろうか!?
いや、大丈夫だ。昼休みに一人で寝ていた隣の席の後藤君のような例もいるのだ。
変わり者ではないはずだ。たぶん。
●
「とは言ったものの。趣味なんか簡単に見つかるもんじゃあないよなぁ……」
独り言をつぶやきながら。学校の近くにある本屋に立ち寄る。
うーん。ガーデニングはパスだな。というか居候の身云々の前に、律ちゃんの家には彼女の義父が作った立派な盆栽がたくさん並んでる。
あの見事な見栄えを壊すような真似はしたくない。
だったら何があるだろう。
アニメや漫画は趣味にするのはどこか違う気がするし……。
ああ!車とかはどうだろうか。ドライブとかを趣味にする大人も…………って、僕はまだ十四歳だった。もうすぐ十五だけど。
でも車ってかっこいいのが多いからこういうのが好きな子もいるかもしれない。
というか多分いる。
うん。この路線で行くのはいいかもしれない!僕自身もこういうのが好きなのかもしれないし…………となると、この辺りから好きな奴を見積もって、と。
おお。バイクとかもあるのか。なるほどなるほど。
奏さんとの絡みと、主人公の趣味の話。
全く免疫のない状態で、格好いいものに出会ったら暴走しちゃうよねって話でもありました。
次回、話がまた少し進みます。