「こちらです」
「どうも」
先導してくれたここの人に頭を下げて案内された部屋の中に入る。
その中は机といす。あとはビデオ機器なんかが置いてあり、職員の人たちが休憩所として使っているところなのだろう。
しかし職員が休憩している姿は見られず、そこには一人の男が座っていた。
「叔父さん」
「来てくれたか、翔」
「叔父さんから呼び出しを受けるなんて珍しいですからね。で、話って何なんですか?」
自分の叔父、風鳴弦十郎さんはお父さんの弟で、国家直属の組織である特異災害対策機動二課に勤めている。
そんな叔父さんだから、なにか神妙な話の一つでも始まるのだろうと思っていたけれど、おじさんの表情は柔らかいままだった。
「いやなに。たまには顔を突き合わせて話の一つでもしておこうと思ってなあ。手紙でばかりのやり取りは味気ないだろう?――――で、最近の調子はどうだ?」
「上々ですよ。もうあと一年で僕も高校生ですから。しっかりしていかないと」
「…………そうか。そういえば翔と暮らしているという女の子とはどうだ。仲良くやっているか?」
「律ちゃんとはものすごく仲がいいですよ。昨日は少し色々言われましたけどね……」
「そうか、いや。やはり姉妹は似通う物なのかもな……」
「ああ。ツヴァイウィングの二人ですね。確かにあの二人は取材でも仲良さそうですしね」
「ああ。で、ここからが本題なんだが…………ああ、いや身構えなくてもいい。世間話には変わらないからな」
そう言ってごそごそと服のポケットを探ると、叔父さんは二つのチケットを差し出してきた。
そのチケットにはどこか見覚えがある。
というよりも、つい最近見たものだ。
「これ、ツヴァイウィングのライブのチケットですよね?もうチケットも出回り切って相場も高いのにいいんですか?」
「いや、あるツテからただで手に入れることができたはいいが、その日は仕事と重なってしまってなあ。もしかしていらなかったか?」
「いえとても嬉しいです。律ちゃんも取ろうとはしてくれてたみたいなんですけど、抽選から落ちてすごく悔しがってたんで」
そんな彼女に、泣いて八つ当たりされたのは記憶に新しい。
少し前に言われた言葉を返すようでなんだけど、もうすぐ高校生なんだから彼女には分別を覚えてほしいものだ。
「そうか。ならよかった。――――ちゃんと自分の目で翼を見てくるといい。あいつはお前が思ってる以上に楽しくやっているぞ」
その言葉には、だからお前が後ろめたく思う事なんてないんだぞ。と言うような意味が混じっているような気がした。
もしかしたら叔父さんはこれを言いたかったから僕を呼び出したのかもしれない。
チケットを譲ったのだって、仕事が忙しいという理由ではなく、僕に最初から渡すつもりだったのではないだろうか。
それを叔父さんに確認してみようとも思ったけど、なんだかこういうのを本人に言うのはいけない事のような気がして、僕はただ叔父さんの言葉にうなずいた。
●
「すごい人だねー!」
「うん。チケットが売り切れてたのは知ってたけど、改めてドームを隙間なく埋める人を見るとな……」
そしてその一人一人がこの後のライブを楽しみにしていると思うとなおさらだ。
改めて、ツヴァイウィングの人気が分かる。
「楽しみだね、律ちゃん」
「うん。フフっ」
「なにかおかしいか?」
ら
「ううん。そうじゃなくてね?翔君がこういうのを楽しみにしてるのは珍しいから」
「そうか?最近はそんなこともないと思うけどなぁ」
最近は自分の好きな事なんかが分かってきたような気がする。
自分がやるべきことは分からないけれど、僕だってちゃんと前に進んでいるんだ。
そういえば、昨日奏さんと会った時もそんな事を思ったような気がする。
「あっ!始まるみたいだよ!」
わずかにステージの照明が落ちる。
ライブ会場の上は吹き抜けになっているためにそこまで暗くはならないけれど、観客の期待をあおるには十分だったようだ。
周囲のざわめきは消え、その一人一人の視線がライブ会場へとむけられる。
隣にいる律ちゃんも二色のサイリウムを両手に持って、期待がこもった目をライブ会場へと向けている。
●
「え!?なんだ、チケット取れなかったのか?」
「はい。残念ながら。だから当日はテレビの生中継で我慢しようって話になってたんですけれど……」
「そうか…………。いや、旦那に無理を言うのもなんだが…………。まあ、そっちの方は意外と何とかなると思うから楽しみに待ってろ」
「ん?はい」
奏さんが呟いた言葉はよくわからなかったが、その言葉にうなずいておく。
彼女がやることなら、まあとんでもないことになるわけでもなし。
せっかくだから彼女の言う通りライブの日を楽しみに待つことにしよう。
「で、だ。今日は律について聞きに来たわけじゃないんだ」
「え?」
「もちろん、翼についてならお前に教えてやるが…………」
そう言うと彼女は何かを迷うように視線をさまよわせたが、数秒も立たずに決心したように僕の目を真っすぐ見た。
貫くような真っすぐさに、僕のほうがおもわず視線をそむけそうになってしまったぐらいだ。
「今度のライブが終わったら律に会おうと思う」
「え、急にどうしたんですか?」
三か月前には妹に会うのを迷ってた人の急な決断に驚く。
そんな僕の反応に頬を掻きながら言い訳をするように彼女は口を開いた。
「いや、特に理由なんてもんはないが…………。お前からいろんな話を聞いてるうちに、な。一度は切り捨てようと思った関係だから虫のいい話と言われればその通りだが……」
「いいことだと思いますよ。少なくとも僕の目には奏さんに会いたいと思ってるように見えてましたし」
しかし、そうなったら晴れてしまいの仲直りという事になるのか?いや、それは気が急ぎすぎか。一度律ちゃんと奏さんが合わない事には始まらないだろうし…………。
「いやに機嫌がいいな」
「え?そう見えますか?」
よわった。顔には出してないつもりだったが、思いっきり出ていたらしい。
「じゃあ、今度のライブ頑張ってください!僕応援してますから!」
「おう。――――あーっと、翔」
「はい?」
浮かべていた笑みを消し、打って変わって真剣な表情に変える。
「律の事頼んだぞ。律に何かあった時、あいつを守れるのはそばにいるお前だけなんだから な」
「?はい。任せてください。律ちゃんは僕が守りますから!」
●
歓声が鳴り響く。
ツヴァイウィング最初の曲は大成功で、会場の熱気は最高潮に達した。
隣では律ちゃんが目をキラキラさせて、ペンライトを振っている。
周りの人も同じだ。
この会場では誰もが同じ思いを抱いている。
こんな時間が続けばいい。
僕もそう思っているうちの一人だった。
犬や猫には動物的な第六感があると言われていますが、あれって実際は紫外線を感じているらしいですね。