俺は風鳴翼の弟です   作:チョコ明太子味

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第三話

 この世界には動く災害と呼ばれているものがある。

 ソレは、有史以来から存在しているものであり、人間にとって最大級の天敵だ。

 

 それらは何もない場所から突如現れ、人間のみを襲う災害だ。

 しかしその遭遇率は一生内で東京都民が通り魔事件に遭遇する確率を下回っており、滅多に出会うものではないとされている。

 

 国家によって特異災害認定を受けた正体不明の未知の存在。

 その名は『ノイズ』。

 最悪の『自然災害』とされている。

 

    ●

 

 二曲目のイントロが始まり、ツヴァイウィングの二人が歌い始めるその時。

 体のバランスを崩すほどの大きな振動が会場を襲った。

 

「な、何?キャッ!?」

 

「律!」

 

 後ろにひっくり返りかけた律の手を取り、彼女をかばう。

 彼女の手からサイリウムが落ち、コロコロと地面を転がる。

 

 思わずそれを視線で追ってしまったその時、会場前列で悲鳴がいくつも上がった。

 

「なんだ……?」

 

 周りを見ると誰もがどこかを見て身動きの一つもしない。

 前列の様子を見ようにも、大して身長の高くない僕には下の様子は見ることができない。

 

 そんな中、女性の絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 

 状況が全く飲み込めないままだんだんと伝染するように恐怖は伝播していき、なだれ込むように観客が僕たちのいる客席の近くになだれ込んできた。

 

「危ない!」

 

 とっさに律の体を無理やり抱き寄せ、客席の端にあった手すりに寄り掛かるようにして人でできた雪崩を避ける。

 そしてその時。

 

 今まさに僕の目の前に来た人が頭上から降ってきた何かに体を突き刺され、黒い砂のようなものになってぐしゃぐしゃになった。

 

「見るな!」

 

 律の首をそちらに向けさせないように彼女に鋭い声をかけ、手すりの下をくぐるように違う集団の中に入る。

 後ろ手にさっきまでいたところを見ると、そこには無数の灰が舞っていた。

 

「ノイズだ…………!」

 

「ノイズ…………?ノイズって授業で勉強した?でも先生もそうそう会う物じゃないって言ってたのにッ!」

 

 そんなことはもちろんここにいる誰にも分からないことだ。

 たまたまそのそうそうがこの場に起きただけなのかもしれないし。

だけど考えるよりも先に動かなければこの場所からは生きて帰ることができないと体の奥で何かが叫んでいた。

 

「律!ここから早く逃げるぞ!僕もそこまで体格は大きくないし人と人の 間を縫うように逃げれば…………ッ!」

 

「う、うん!」

 

 律の手を決して離さないように固く握りしめ、人の流れに逆らわないようにしながら人と人のわずかな隙間を通り抜ける。

 時々聞こえてくる悲鳴と言う悲鳴が自分の体を貫くように襲い掛かってきて、無性に耳を押さえたくなった。

 

「逃げる人はこちらを通ってください。こちらはまだノイズが出現してい ません!」

 

 迷彩柄の自衛官の声に救いを求めるように人々が逃げ惑う。

 たまに上空から飛来するノイズが人々を炭に変えていく。

 まるで地獄の様だ。

 

 

「ね、ねえ!」

 

「なに!?」

 

 必死に足を動かしながら律のぜえぜえという息が混じった声に返事をする。

 大丈夫。生き残れる。

 このままなら僕たちは…………。

 

「お姉ちゃんたちは大丈夫なのかな⁉」

 

 その言葉に思わず足を動かす力がわずかに緩んだ。

 

「だってあの会場の真ん中で歌ってたんだよ!?あのままだったら…………」

 

 律と自分の身を守ることで必死になっていたせいでそれに関しては全く考えていなかった。

 ちくしょうなんてことだ。

 うっかりしてたというわけじゃない。ただ考えたくなかったというだけの話だ。

 そしてあそこには僕の姉さんもいる。

 

「ねえ戻らないと…………!」

 

「そこの二人!早くあっちに避難してください!」

 

 律の声と自衛官の声。

 避難しろと言われてもあのドームの二人の事を考えてしまった今、足はうまく動かない。

 だったら。だったら僕が今…………。

 

「邪魔だ!」

 

「きゃあっ!」

 

「り、律!」

 

 急に後ろから現れた大きな男の人に突き飛ばされて、大きく律の体がのけぞる。

 僕の手は彼女の手からいつの間にか離れており、律はアスファルトの地面に体を打ち付けた。

 

「律!大丈夫か?」

 

「うん。でも…………足が」

 

 ズボンをめくり、けがをしたと思しき場所を見るとぼこりと不自然なふくらみができてしまっていた。

 

 折れてはいないかもしれないが、これじゃあ律はもう走れない。

 

(律の事頼んだぞ。律に何かあった時、あいつを守れるのはそばにいるお前だけなんだからな)

 

 ふと奏さんの言葉が頭をよぎった。

 

 そうだ。俺以外がなんとかしてくれるわけじゃない。

 俺がやらなきゃ!

 

 歯を食いしばって、目を思いきりつぶる。拳を握りこんで――――そして僕は律をおぶるようにして周りの流れに従った。

 

「翔君!私をおぶってなんてあなたが逃げ切れないよッ!」

 

「大丈夫」

 

 言い聞かせるように言う。

 

「大丈夫だから。僕が鍛えてるの律ちゃんなら知ってるでしょ?」

 

「それは…………。奏さんも大丈夫。僕の姉さんだってきっと無事だよ。 大丈夫。大丈夫だから。だから目をつぶってちゃんと僕の体に捕まって て。僕が絶対に律ちゃんを守るからッ!」

 

 それは根拠のない無責任な言葉。

 でも、律は何も言わずにぎゅっと僕の背中につかまった。

 

 大丈夫。大丈夫だから。

 奏さんだって大丈夫。僕の姉さんだって大丈夫。

 

 そんなわけがないことを僕は知っている。

 ノイズだらけのあの状況でそんな都合のいいことは怒らないことを僕は知っている。

 だからこそ今背負ってるこの命の事だけを考えろ。

 僕の背中で少し震えているこの命の事だけを考えろ。

 

 だれもかれも救うことができる。そんな力を僕は持っていない。

 だからこそ今僕が守れる命を守るんだ!

 

 ああ、でも。願う事なら。

 神様。もう少し僕に力が欲しかった。

 全世界の人を救う絶対たる力なんか望まない。

 僕の大事な人すべてを確実に守ることができる、皆よりもほんの少しだけ強い力が欲しかった。

 

 なぜ僕は守ろうとすることさえできなかったのだろう。

 戦う力を得ようと努力は惜しまなかったのに。

 この弱さが憎い。

 自分が憎い。

 力が欲しいんだ。

 大切な人すべてを守ることができる力が。

 それを手に入れることができるのならば――――。

 

 

 

    ●

 

 今日も同じニュースばかり。

 どの放送局も同じことを何度も繰り返す。

 何度も何度も何度も何度も。

 そんなこともう嫌になるくらいわかりきっているのに。

 

 ドアの外から心配するような声が聞こえてくる。

 それに気づかないフリをして、荒れた部屋を見渡す。

 馬鹿みたい。あんなにひどいことを言ったのに。

 結局彼は最後の最後まで私に声をかけることをやめなかった。

 

 窓の外から車のエンジンの音がわずかに聞こえた。

 私はその音が聞こえなくなるまで、ずっと何かを隠すように顔を下に向け続けた。

 

 

 ごめんなさい。

 




律が突き飛ばされず、律を自衛官に任せてホールに戻った場合。
IFルート『片翼の奏者』に突入。
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