「風鳴翔です。研修の身ですが、よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げると、拍手の音が聞こえてきた。
弦十郎おじさんが許可を出してもらってから数日後。
大量にあった書類の記入をやっとのことで終わらせて俺は二課本部で職員の人たちと顔合わせをしていた。
といってもそんな堅苦しいものではなく簡単なあいさつを交わすようなものだ。
「どうだ、なじめそうか?」
「あ、叔父さん。あれ、そちらの方は?」
「ああ。じかに会いたいとうるさくてな」
「はーい新入りさん。私の名前は櫻井了子。ここの施設で奏者のメディカルチェックだとかシンフォギアのメンテナンスとか…………まあ早い話が技術研究者ね」
「なるほど。つまりは偉い人って認識でいいんですね」
「ええ。そして、君の上司よ」
「うむ。了子君も人手が足りないと呟いていたからちょうどいいと思ってな」
「異端技術に関するスペシャリストなんて怪しい存在を二課の中に入れるわけにもいかないし、肉体労働のバイトなんか募集できるわけもないもの。それは仕方ないと割り切ってはいたけど」
「ということは、俺の仕事は書類の整理とかってことですか?」
「まあ勿論それもやってもらうけど、簡単な機器の操作は覚えてもらうつもりよ。ま、とりあえず君の最初の仕事はこの後に私のところにメディカルチェックを受けに来ることね」
「え?俺悪いところでもあるんですか」
「ちがうちがう。メディカルチェックも私の仕事の内だって言ったでしょ?君は奏者じゃないけど、職員用のメディカルチェックシステムは今メンテナンス中らしいのよね」
「じゃあ別に今でなくても…………」
「職員の健康診断は義務だもの。あきらめなさい」
「は、はい」
「ということだ。翔はこの後、了子君のところで健康診断を受けてくるように」
「むしろ最新技術での健康診断だから、ラッキーだったと思いなさい」
「分かりました。――――あの、ところで姉さんは?」
部屋の中にいる人。
そしてもうすでにこの部屋から出て仕事に戻っていった人。
その中に俺の姉である風鳴翼の姿はなかった。
「翼は…………その、なんだ」
「俺と顔を合わせにくいんでしょうね。大丈夫です分かってたことですよ」
「翔。――――お前に頼みたいことがある。二課司令の風鳴弦十郎ではなく、俺個人としての頼み事だ」
「弦十郎おじさんからの頼み事ですか?」
叔父さんからの頼み事。
今まで彼から何か頼みごとをされた記憶はない。
だったら。それはとても大事なことなのだと否応にも気づかされた。
「翼は奏君を亡くして相当な無理をしている。もしかしたらそのせいで君にきつく当たることだってあるかもしれない。しかしどうか翼の事を嫌いにならないでくれ」
「――――わかりました」
「うむ」
叔父さんと頷き会い、互いに見つめあう。
ちょうどその時横合いからパン、パンと手をたたく音が俺たちの間に飛び込んできた。
「はいはい。男しか分からない付き合いはそこまでにしましょ?弦十郎君も今日一日ここにいるわけにはいかないでしょ」
「う、うむ。まったく…………了子君にはかなわないな。では翔、了子君のいう事を聞くようにな」
困ったように顔を掻きながらそう言った叔父さんは部屋から出て行った。
おそらく、二課司令としての仕事をしに仕事場に戻ったのだろう。
「さて。私たちも自分たちの仕事場に戻りましょうか。ついでに行き方も覚えておきなさい」
「はい。えっと…………よろしくお願いします」
●
シンフォギアとは。
正式名称FG式回天特機装束。
対ノイズ用のプロテクター。
音楽のバリアを体にまとう事によって、ノイズがもつ炭素転換の能力を無効化し、そしてノイズが持つもう一つの能力である位相差障壁。
ノイズに対する物理的なダメージを減衰させるソレを、ノイズ自体を調律することにより通常の物理法則にノイズを引きずり出して、物理ダメージを減衰させることなく伝えることができる能力を持つ。
そのシンフォギアには聖遺物が使われており、シンフォギアを纏う人。つまり少女の歌によって起動する。
そしてその奏者に選ばれていた人物こそが天羽奏と風鳴翼の二人であり、先のライブ会場でも奏者の二人は死力を尽くして戦ったが、奏者のうちの一人天羽奏は尊い死を迎える。
ライブ自体はネフシュタンの鎧を起動させるための実験だったが、ネフシュタンの鎧は起動に成功したが、ノイズによる襲撃の後行方不明に。
ネフシュタンの鎧が起動したこととノイズが現れたことに直接の関係性はないことは櫻井了子によって否定されている――――。
●
「へえ、よく知ってるわね」
「二課の資料は読み込みましたから。――――でも国民に内緒でこの規模の事をやってたってのもすごいですね。いや、こんな事言えるはずもないですけど」
で、だ。
いや。確かに僕に医学的知識はないし、健康診断と言えば学校で受けるようなものばかりだったからあまり強くは言えないのだが。
脳波(たぶん)をとるのも健康診断の内に入るのだろうか。
「あの。この機械って健康診断に関係あるんですか?」
「ん?ぜーんぜん関係ないわよ?健康診断は数十分前にやった体重測定で全部終了。今やってるのは…………まあ機械の試運転ってとこよ」
「一応聞いておきますけど悪影響とかはないんですか?すごく光ってますけど」
「大丈夫大丈夫。……………………たぶん」
「いまものすごく不穏な言葉が言葉尻からッ!?」
「まあまあ冗談はここまでにしておきましょうか」
手をひらひらとさせながら飄々とのたまる目の前の了子女史に、先に言い出したのは貴方の方だという言葉を飲み込む。
なるほど。この人との接し方は大体わかった。
この人あれだな。まともに相手していたらペースを完全に握られるような人だ。
こういう人の事を世間一般では自由人だと言う。
「で、話は変わるけど。翔君は人に感受性が豊かだって言われたりすることはある?」
「ん?あーっと。つまりは話によく感動したりとか?」
「そうそう」
「いやぁ、あまり感動するような本とか映画は見ないっていうか。そもそも悲しいとか苦しいとかって人に見せるようなものじゃないと思いますし」
まあでも忠犬ハチ公の話を悲しいと思うし、感動できるものは感動できると思うから感受性は豊かなのか?
「それがこの装置となにか関係があるんですか?」
「んー。当たらずとも遠からずっていうか…………関係はあるけど関係はないというか」
「なんだか煮え切らない答えですね」
「まあ脳波に異常があるとかじゃないわよ。単に猫に好かれやすいとか犬に好かれやすいとか。そういった部類の話だから」
つまりはそれほど意味のない結果が出たという事だろうか。
だったら特に何もなかったの一言でいいと思うのだが。
それともこういうのが天才の感性というものなのだろうか。
「とりあえず今日はこのあたりで帰りなさい?家の人にも迷惑がかかるでしょうし」
「あ、はい。お疲れさまでした…………えっと」
「どうしたの?まだ何か分からない事でもある?」
「――――いや、この装置の外し方が分からないんで取ってもらえませんか?」
●
「あ…………」
思わず手に持った荷物を取り落としそうになった。
分かってたことだったけれど。
ここで働くのならばいつか顔は会わせることができるはずだと思っていたはずの事だったけれど。
自分とよく似た色の髪がわずかに揺れる。
俺が彼女に気づいたのと同時に彼女も俺に気づいたらしく、歩んでいた足を止めた。
「姉さん…………」
俺の目の前に。
あんなに会いたくて止まなかった自分の姉。
風鳴翼がそこにいる。
お な か い た く な っ て き た 。