泣き虫小僧はミカンがお好き   作:なちょす

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ふたりミカン

 

───大丈夫。涼介なら出来るよ。

 

 

薄暗い部屋で目を覚ます。時刻は朝の5時。秋も深まった最近の朝は、何かと冷える日が多くなってきた。どうしてか頬が湿っている感覚を確かめようと手を当てると、どうやら俺は泣いていたらしい。昨日曜姉ちゃんが家に来た時に散々泣いた筈なのに、まだ泣き足りないようだ。

励ましてくれた曜姉ちゃんは俺の布団で今も夢の中だが⋯。

 

「むにゃ⋯。」

「⋯似た者同士だよなぁ。」

 

どんな夢を見てるか分からないが、涎を垂らしながら幸せそうな顔で熟睡している。今の彼女を見てると、昨日のお姉さんっぷりが嘘だったんじゃないかとすら思えてくるよ。

 

「クラッカー⋯。」

「ううん⋯。」

「乾パン⋯サツマイモ⋯。」

「うぅっ⋯パサパサ⋯口が⋯⋯。」

 

因みに寝てる彼女に嫌いな食べ物を耳打ちするとすぐ夢に出るのだと、昔果南ねぇに聞いたことがある。そして散々楽しませてもらった後は必ずハッピーにしてあげる事が大切だ、とも教わった。即ち、嫌いな食べ物の逆を耳打ちすればいいんだ。

 

「⋯⋯ハンバーグ。」

「ふへっ♡」

 

反応の早さよ。

昨日泣いてるところをかなり見られたから、俺も何かからかう為のネタが欲しいと思っていたところ。って事で1枚パシャリ、携帯でその緩い寝顔を頂くとしよう。

この人のお陰で、最後の1歩を踏み出そうと思えた。この人のお陰で、自分がそのままで居ていいんだと認めて貰えた気がした。

だから⋯。

 

「ありがと、曜姉ちゃん。」

「むにゃ⋯。」

「因みにもし起きてるんなら早めに布団から出て貰えると有難いな⋯。今日自分が寝る場所に女の子の匂いがつくと、俺は変に緊張して寝られなくなるよ。」

「⋯⋯お、おはよう///」

「おはよ。」

 

どこから起きてたのかは分からないけど、少なくとも俺が女の子独特の甘い香りで寝られなくなるってことは分かってくれたらしい。赤くなってそっぽを向くぐらいなら途中で普通に起きてくれれば良かったのに⋯。

 

昔とは全然違う彼女だったが、別段嫌だとか、絡みにくいというのは無かった。むしろ昔よりフレンドリーというか夢中になると周りが見えなくなってると言うか⋯勿論良い意味で、だ。

 

「顔洗ってくるから、二度寝以外でゆっくりしててよ。」

「ん⋯分かった⋯Zzz⋯。」

「いや、ちょっ⋯まぁいっか。」

 

階段を降りると、台所からはリズミカルに音を刻む包丁の音と、味噌汁のいい香りが漂ってきた。5時を少し過ぎたばかりだというのに、今日の母さんは準備が早い。何か用事あるとか言ってたっけ?

 

⋯駄目だ、思い出せない。

 

顔を洗って部屋へ戻ろうとした時、そろそろ朝ご飯だから曜姉ちゃんを起こしてきて、と伝言も預かった。ちゃんと起きていればありがたいけど。

 

「曜姉ちゃん、そろそろご飯だって。」

「うん!今行くよー!」

「あり?普通に起きてる。」

「あはは!1回起きたらそう何回も寝れないよ。私も顔洗って行くから、先行ってて〜。」

 

背中をグイグイ押され、部屋から追い出されてしまった。⋯俺の部屋なんだけどなぁ。

下に降りてきた曜姉ちゃんは泊まる気満々だったのか、昨日とは違う私服に着替えて台所へとやって来た。

 

そう言えば、この3人で朝食を食べるのも久しぶりかもしれない。昔は、曜姉ちゃんも家が沼津だったから事ある毎に遊びに来てたりもしたっけ。

 

「ん?どうかした?」

 

懐かしい思い出がフラッシュバックする。こうして見ると、この人はなんら変わってなんかいない。あの時のままの、曜姉ちゃんだ。

 

「⋯いや、何も。」

 

見た目は変わっても中身までは変わらない。何だか、この人や昂太さんが言ってた事⋯分かる気がする。

朝食を済ませ、片付けを手伝うと言っていた曜姉ちゃんを何とか2階に上がらせた。めっちゃ抵抗されたのが意外だったけど、今日ばかりは許して欲しい。

だって母さんの目が笑ってなかったもの。

『お前だけ残れ』って言ってたもの。

 

「⋯何の用?」

 

食器を拭きながら、そう尋ねる。

 

「アンタ、千歌ちゃんと上手くいってないんでしょ。」

「えっ、あ、いや、ん??ん???誰から聞いた!?」

「さぁ?まぁアンタの事だから泣き虫治そうと必死こいて空回りした挙句、自暴自棄になった上で曜ちゃんに世話なったとかそんな所でしょ?」

「物分り良すぎんだろ!!何で隣に居ましたってぐらい知ってんだよ!?」

「あっははは!!そんなこったろうと思ったよ♪」

 

誰だ?曜姉ちゃん??いやいや、あの人がウチのオカンと話してる所は見てないし⋯千歌ねぇ、は、無いよな⋯。まぁなんにせよ、だ。

 

「それで?何か話があったんじゃないの?」

「まぁ⋯ね。アンタ、自分の事が好きかい?」

 

手の止まる俺を他所に、いつもと何一つ変わらない母さんがそう口にする。

 

「⋯分からない。昨日までは、嫌いだったよ。」

「泣き虫だから?」

「それもあるし、大事な所でビシッと決められないとことか⋯決めた事守れない所とか。」

「⋯ちょっとだけ、昔話しようか。アンタのその泣き癖は、誰かさん譲りなんだよ。私が惚れた男にね♪」

「それって⋯。」

 

父さん、だ。

でもそんな筈⋯だって父さんは、俺が泥だらけになって帰ってきたり遅くまで遊んだ時も母さん以上に怒ってたし⋯。

 

「そいつは⋯何かあったらすぐ泣くし、ビビリだし、部屋の隅でいじけるし、女子からの押しに弱いし出張やら旅やらであちこちフラフラするし⋯あ、何かイライラしてきた。」

「返しに困る愚痴は止めてくれよ⋯。」

「ふふっ⋯でも、誰よりも優しかった。私が辛い時も、イラついてる時も、失敗した時も⋯笑って隣に居てくれた。悔しいぐらい、アンタはそいつに良く似てるよ。だから涼介⋯アンタは、アンタのままで良い。ありのままの自分から目を背けちゃ駄目。」

「何だよ、いきなり。」

「⋯私達の一人息子、だからね。」

 

優しい声。

いつもは豪快で勝気な母さんなのに、久々に見たその顔が気恥ずかしくなり、目を背けてしまった。

 

「⋯そうですか。」

「変わろうと思ってもアンタは無理だよ。あの男の血を引いてるんじゃ、この先一生そのままだね♪」

「息子の決意を何だと思ってるのさ。」

「それは親が決めることじゃないからね。それに⋯アンタ知らないかもしれないけど、父さんアンタの事叱った後ウザイぐらい私に、『どうしよう!泣かせたかな!?嫌われたかな!?これが嫌になって不良になったらどうしよう!?』っつって泣いてんだからね?」

「⋯⋯ありえねー⋯。」

 

知りたくなかった親父の秘密を知った、高校1年の今日この頃。

 

「まぁでも、私の血も引いてんだから自身持ちな!今死ぬ程悩んで目一杯全力でやれば、もう二度と大切な人を泣かせたりしないから。」

「母さん⋯。」

「出来なきゃシメる。」

「母さん。」

 

話は済んだ、とでも言うように、母さんは手で向こうへ行けという合図を出してくる。久しぶりに出張から帰ってきて、またこの町で暮らすというのに⋯何故か、その後ろ姿は遠くなってしまうのではないかと思ってしまった。

 

階段を上り、すっかり待たせてしまった曜姉ちゃんの様子を見るべく部屋の扉を開ける。

彼女は、布団に座ったままにこやかに笑っていた。

 

「話は終わった?」

「うん。終わったよ。」

「そっか⋯⋯まだ、怖い?」

 

昨日俺が逸らしてしまった群青の瞳が、同じように見つめてきた。彼女から踏み入るのではなく、きっと俺が素直に言えるように⋯そんな彼女が作ってくれた静かな時間だけが、部屋の中を埋め尽くしていた。

 

「⋯⋯いつだって怖いよ。俺にとってあの人は、憧れだから。」

 

そんな彼女に、これから会いに行く。自分の言葉でちゃんと伝える。怖くないわけが無い。

けど───。

 

「じゃあそんな涼介君に、少し緊張が和らぐ事を教えようかな!」

 

自分の部屋にでもいるかのように大きく伸びをした後、部屋の窓を開けた曜姉ちゃんがこちらを振り向く。

 

「千歌ちゃん、もう君と善子ちゃんの事勘違いして無いよ。」

「え⋯な、何で⋯。」

「善子ちゃんが全部千歌ちゃんに説明してくれたんだ。君の事好きだった事も、振られた事も、その後千歌ちゃんの事褒めちぎってた事も。だから、千歌ちゃんの早とちりって事に纏まったんだよ。」

「アイツ⋯⋯。」

「でもそこからが大変で⋯涼介君に酷いこと言っちゃった〜ってわんわん泣いちゃうし落ち込むしミカンは食べなくなるし⋯。練習どころじゃないからって言って、今千歌ちゃんを休ませてるんだ。」

 

泣いてた⋯?千歌ねぇが、俺の為に⋯。

なのに俺は、昨日までずっと彼女の為に涙を流せなかったのか??

 

俺は⋯。

 

「そっ、か⋯。俺、言えるかな⋯ちゃんと、自分の言葉で⋯もし変な事言ってまた傷つけたりしたら⋯!」

「大丈夫。」

「でも曜姉ちゃん⋯!」

「しっかりしろ涼介っ!!」

 

ぶっちゃけトークの時と同じように、曜姉ちゃんは両手で俺の頬に手を当ててきた。

 

涼介。

 

この人に、初めてそう呼ばれた。

 

「自分を信じてあげて。千歌ちゃんを信じてあげて。今千歌ちゃんの隣に居られるのは、私でも果南ちゃんでもAqoursの皆でも無い。君なの!」

「で、でも⋯。」

「君の感じてる怖さを、私は理解してあげられない⋯。けど、『でも』とか『もし』とか『たら』とか『れば』とか!どうなるか分からない未来を怖がって、手の届く筈の明日を手放しちゃダメなんだよ!!」

 

 

何で⋯手が震えてるのさ。

 

何で⋯曜姉ちゃんが泣いてるのさ。

 

 

「私、悔しいんだよ⋯千歌ちゃんが悩んでるのに何も出来ない⋯君が苦しんでるのに力になれない⋯皆の誤解を解いてくれた善子ちゃんの涙も、止められない⋯!」

「曜姉ちゃん⋯。」

「ごめん⋯ごめんね、涼介⋯。」

 

頬にあった手は、俺の胸元へと力無く落ちていく。

この人は、ずっと悩んでいたんだ。自分じゃ皆の力になれないと、1人でずっとずっと考えて⋯。

なんだ。

 

やっぱり変わってなんかいないじゃないか。

 

優しくて、泣き虫で、1人で抱え込んで⋯曜姉ちゃんは、あの時のままの曜姉ちゃんだ。俺に出来る事は───。

 

「⋯俺は、救われたよ。曜姉ちゃんに色んな事を教えて貰った。千歌の為に泣く事が出来なかった強がりの俺に前を向かせてくれた。⋯顔、あげて?」

「うぅぅぅぅううううっ!!涼介ぇええっ⋯!!」

「えぇ⋯思った以上にボロボロじゃんか⋯。」

 

何だろう⋯少なくとも話題のアイドルとして知人以外に見せてはいけない顔をしているな⋯やべぇ、笑いそう。

 

「ぷっ。」

「何だよぉ⋯。」

「あっははは!無理!もう無理!!曜姉ちゃんボロッボロ!!」

「うるさいぃ〜っ!!ウダウダ言わずに早く千歌ちゃんの所に走っていけーーーっ!!」

 

高飛び込み記録保持者兼水泳部エース兼スクールアイドルの無慈悲な蹴りが俺の尻を襲う!!これはヤバイ⋯!声に出せない位の威力⋯!きっとこれを『御褒美です!』っていう人も中には居るんだろうけど、生憎俺にそっちの趣味は無い。

両手で頬を思いっきり叩き、俺は目の前で泣いてくれたもう一人の姉に対して笑いかけた。

 

「曜姉ちゃん⋯⋯行ってきます!!」

「グスっ⋯行ってらっしゃい、涼介!」

 

お互い右手を指先まで伸ばし、額へ。いつからこうしたかは忘れてしまったけれど、これは涙もろかった2人の約束。どちらかが泣いて、どちらかが泣き止んで⋯そうして前を向いて頑張ろうって思えたら言葉にするんだ。

 

魔法の言葉を。

 

『ヨーソローッ!!』

 

 

 

走る。ひたすら走る。行かなくてはならない場所へ。待っている人が居てくれる場所へ。

沼津から内浦まではそこそこ距離があるし、バスに乗っても時間はかかってしまう。それでも、俺は走るんだ。走らなくちゃいけないんだ。

 

迷うな。

迷うなっ。

迷うなっ!

 

海沿いの道。見慣れた小さな田舎町の光景。それらは全て俺の後ろへと流れ過ぎて行く。あの人と過ごしてきた全ての場所、時間⋯それら全ては過去なんだ。思い出なんだ。捨てようとは考えちゃいない。けど、それは俺が立ち止まる理由にはならない。曜姉ちゃんが言っていた『手の届く筈の明日』⋯俺はそれを掴みたい。千歌と⋯また2人で色んな事をして、色んな物を見て⋯一緒に過ごしたい。

 

「あれ?久しぶり、涼介君。」

 

千歌ねぇの家までもう少しという所で、梨子さんと出会った。この人も、俺の携帯に連絡をくれていた1人である。千歌から色々話は聞いていたし、直接的に話をした事とかはあまり無いけど⋯一瞬驚いていたから、待ち伏せってことは無いのかもしれない。

ただ⋯怖い。

 

「どうしたの?」

「あの⋯。」

「ひょっとして、千歌ちゃんに会いに来たのかな。」

「えっと⋯そう、です。」

「ふーん⋯いまさら?」

「っ⋯。」

 

梨子さんの言葉に、俺は何も言えなかった。それが図星以外の何でもないからだ。人と連絡を取らず、1人で抱え込んで、ようやく踏み出した間に⋯千歌は、どれだけ悲しんでいたんだろう。どれだけ一人で泣いていたんだろう。隣に住んでいる梨子さんが、それを分からないはずが無いんだ。だからこそ、きっと怒ってるだろう⋯今更何をしに来たんだと。

 

「ずっと連絡もくれないで、皆に心配かけて、千歌ちゃんとも向き合わなかったキミが⋯どうして今になって?」

「⋯向き合いたかったんです。逃げないでちゃんと言葉を交わして⋯あの人の気持ちを聞きたかった」

「どれだけ千歌ちゃんが泣いていたか分かる?涼介君が家を出てから、毎晩毎晩啜り泣く声が聞こえてたんだよ。ひょっとしたら、もう涼介君の事だって受け入れてくれないかもしれない。」

「それでも、俺は諦めたくありません。泣かせておいて⋯自分勝手な事ばっか言ってるのは分かってます⋯けど!俺、諦めたくないんです!例え許して貰えなくてもいい!恋人でいられないと言われてもいい!!ただもう一度⋯⋯会いたい、んですっ。」

 

目尻に温かいものが貯まる。

エゴの塊。

自己中心的な考え。

大丈夫と言ってくれた曜姉ちゃんを疑うわけじゃない。けど梨子さんが言ってる事もきっと正しいんだと思う。逃げ出して、傷つけて、今になってゴメンだなんて都合が良すぎるのも分かってるつもりだ⋯けど、このまま終わりたくなんかない。終わる気なんてサラサラ無い!!

 

「俺はまだ何にも伝えてない⋯あの人がどうしたいかも聞いていない。だから⋯その⋯なんて言ったらいいか分からないですけど⋯俺っ───。」

 

言葉を続ける前に、梨子さんが人差し指を俺の口に当てがった。その顔に、怒りは無い⋯彼女はただ微笑んでいた。

 

「ごめんなさい、ちょっとだけからかっちゃった♪」

「⋯へ?」

「涼介君が変わってたらどうしようかなって思ってたけど⋯心配いらなかったみたい。良くも悪くも真っ直ぐな眼⋯千歌ちゃんや曜ちゃんが夢中になるのも分かるな。

「あの⋯すみません、最後の方がよく聞こえなかったんですが⋯。 」

「何でもなーいよ♪」

「いてっ。」

 

当てられた人差し指は、そのままオデコにデコピンを放った。千歌ねぇからは都会美人で恥ずかしがり屋で、結構怒りっぽいって聞いてたけど⋯あんまりそんな感じはしないかも、なんて言ったら⋯千歌ねぇに怒られるかな?

 

「ねぇ涼介君。」

「はい。」

「千歌ちゃん、練習休みっぱなしだから⋯『そろそろ来ないと、ライブに間に合わないよ』って伝えておいてね♪」

「それは⋯。」

「連れてきて、くれるんだよね?」

 

あぁ⋯そっか。

曜姉ちゃんも、梨子さんも⋯信じて、くれてんだ⋯。最初から俺のやる事なんて決まってた⋯やらなきゃいけない事があったのに、なんで気づけなかったんだろうな。

 

笑おう。

 

笑って、ちゃんと言おう。

 

 

「勿論ですっ!!」

「ふふっ、じゃあ後は宜しくね?ばいばい♪」

 

 

手を振り歩き出す梨子さんの背中を見送り、俺はまた前を向く。もう迷わない───だから⋯⋯。

 

「待ってて、千歌。」

 

 

 

 

あれからどれだけの日々が流れたんだろう。

どれだけ泣いてしまったんだろう。

どれだけ叫んでも、彼は戻ってこなかった。

どれだけ名前を呼んでも、名前を呼び返してはくれなかった。あの笑顔を見る事は無くなった。

 

彼はもう⋯ここには居ない。

 

どうして⋯どうしてあんな事言ってしまったんだろうって何度も後悔した。呼び方を変えようって言ったのは他でもない、私自身なのに。

私の早とちりで全部おかしくなっちゃったんだ⋯。

 

 

───分かっ、た⋯ごめん⋯ごめんね⋯千歌ねぇっ⋯!

 

 

⋯苦しそう、だった。絞り出したみたいに。出したくないものを無理矢理出した様に。出させたのは⋯私だ。

あの声を思い出す度に涙が流れる。胸が苦しい。自分自身が首を絞めてるみたいに息がしづらいんだ。

 

枕元に並んだ2つのテディベア。青色と橙色のクマ。仲良く手を繋いだ2匹が羨ましいってすら思えてくる。彼がくれたプレゼント⋯付き合う前、彼がどんな気持ちでこれを渡してくれたのか、今なら分かる。いつだって怖がりのままで、すぐに泣いちゃう彼がくれたんだもん。多分、本当に怖くて、緊張して、それでも勇気を出してくれたんだよ。

だから余計に辛いんだ⋯それを見る度に思い出しちゃうから⋯⋯。私はそれを全部⋯否定しちゃったんだ。

 

きっと⋯もう⋯⋯。

 

「⋯やだ⋯⋯やだ、よ⋯。」

 

元に戻る事は───無い。

 

 

「⋯会いたいよ⋯⋯りょーくんっ⋯。」

 

 

もう二度と叶う事の無い願いは静かに部屋の中で木霊し、消えていく。部屋の中で座り込んで、ただテディベアを抱き締めることしか出来なかった。

それだけだと⋯思ってた。

 

 

「⋯うん。ごめんね、千歌。」

 

 

だから今だって本当は分かってないんだ。

誰かが私を後ろから抱き締めてくれたこと───曜ちゃん、梨子ちゃん、果南ちゃん⋯きっとAqoursの誰かだろうって思うのに、涙が止まらなくて。

だって⋯ずっと一緒に居たんだもん。息を切らして物凄く疲れてる筈なのに、懐かしいその声が私の中の苦しさを全部どこかへ連れていってくれる。あの頃よりガッチリした身体に包まれて、その温かさに全部を預けたくなる。

 

奇跡とか、偶然とか、そんなのはどうでも良かった。

 

彼はそこに居る。

 

会いたかった人はここに居る。

 

それだけで、涙が止まることは無かった。

 

 

 

 

温かい⋯ずっと、ずっとこうしていたい。

部屋の前で、彼女の言葉を聞いた。

扉を開けたら、本当の彼女が居た。

自分が彼女にあんな事を言わせてしまった事。ここまで苦しめてしまった事。それが無かった事になるだなんて思わないし、思いたくもない。けど───何でだろうな。

 

気付いたら、俺は彼女を抱き締めていた。

腕の中でただ泣き続ける彼女に、言葉をかけるでもなく、ずっと。

 

「千歌⋯ごめん。あんな事言って、連絡もしないで勝手に居なくなって⋯今更戻ってきて、本当にごめんね。」

「りょう⋯く⋯。」

「俺、やっぱり駄目な奴だった。1人で抱え込んだって分かるわけなかったのに、勝手に強がって、出来るって思って、きっと千歌の前から居なくなることが、最善なんだって決めつけて⋯それでこんなになるまで俺は、千歌の事を苦しめて⋯どうしようもない馬鹿野郎だ。」

「違⋯わたし、が⋯聞かなかったから⋯。」

「前にも言ったでしょ?我慢も、耐える必要も無い。千歌が1人で抱えこむ必要なんてどこにも無いんだよ⋯。もっとワガママ言ってもいいし、ハッキリ俺に文句の2つや3つ言ってくれたっていいんだ。」

 

泣きじゃくる彼女は、全てをまた自分のせいにしようとしている。自分の罪として背負い込もうとしている。けど、それは違う⋯この人が悪いだなんて思うものか。違う。絶対に違う。

 

「俺は変わりたかった。泣き虫な性格も、ウジウジした弱い部分も無くして強くなりたかった。千歌の隣を歩きたかったから⋯。俺にとって千歌は、いつだって太陽みたいにキラキラしてて、強くて、憧れだった。その隣を歩きたかったんだよ。でも⋯変われなかった。ただ千歌を悲しませるだけ悲しませて、何一つ変わることなんて出来やしなかったんだ。」

「りょー、くん⋯。」

「もっと沢山言いたい事がある。もっと沢山行きたい場所もある。けど俺は、いつだって怖がりで、泣き虫で⋯ろくに言いたい事なんて言えなかった⋯。」

「そんな事───!」

「だからっ!!」

 

腕の中で、彼女の小さな身体がピクッと動いた。言葉を吐き出す度に目尻に涙が溜まっていくのを感じる。

あの日、俺達の歯車は動きを止めてしまった。何よりも大切だった2人の呼び名は元の関係に戻り、俺達も恋人と言うことは無くなってしまったんだ。

 

なら、もう1度伝えるだけだ。何度でも。どれだけカッコ悪くても。

それが⋯ずっと変わる事の無い俺の気持ちだから。

 

「今、言いたいんだ。ちゃんと言葉にして、俺は千歌に伝えたい⋯!」

「⋯⋯⋯うん。」

 

腕の中でこちらを向いた彼女の顔は、薄暗い部屋の中でも分かるほど目元が涙で真っ赤になっていた。その辛そうな顔がどこか痛々しくて、そんな風にしてしまったのは自分なのだという罪悪感で胸が締め付けられる。

 

「っ⋯俺、こんなんだし、馬鹿だし、弱虫だし、泣き虫だし⋯今だってこんなボロボロになってしか伝えられないけれど⋯けど俺は、まだ諦めたくない!千歌の隣で一緒に笑って、一緒に泣いて、たまに喧嘩して⋯そうやってこれから先を過ごしていきたい。2人で色んな景色を見ていきたい。幸せだって言って過ごせる明日を掴みたい⋯!」

 

 

───誰かとそうして過ごしたら、なりたい自分に変われるんじゃないかな?

 

───変わることで自分の中の大切な物を無くさないで。

 

───アンタは、アンタのままで良い。ありのままの自分から目を背けちゃ駄目。

 

 

そうだ⋯俺は俺だ。どれだけ取り繕っても、そう簡単に変わることなんて出来ない泣き虫小僧のままだ。

それならそれでいい。

変わるって言うのは、きっと自分を否定することじゃないんだ。

 

あの時の言葉を。

あの時の気持ちを。

俺は肯定したい。

 

 

「千歌⋯俺⋯⋯俺、は⋯。」

 

 

なぁ⋯いつかの俺。

 

 

『ち、ちかねぇ!!』

『なーに?りょーちゃん。』

『あのね⋯僕⋯僕───!』

 

 

あの日の続き⋯⋯掴んでみせるよ。

 

 

「⋯⋯僕は、貴方の事が大好きです。これから先、同じ道を⋯同じ明日を、隣で一緒に過ごして下さい。」

 

 

いつかの告白とは違う、涙でまみれたかっこ悪い告白。それでも、それで良かった。だって⋯これが、自分なんだから。

 

「ぅ⋯ぁっ⋯⋯りょー、くん⋯。」

「うん。」

「りょーくん⋯りょーくんっ⋯⋯!」

「うん⋯僕はここだよ、千歌。」

 

涙を流す彼女の頬に片手を添える。自分の手なのに、それを大切そうに両手で包み込んでくれる彼女が愛おしかった。熱を帯びた頬を伝う冷たい涙。その曖昧な温度が、心地良い。

 

気付いたら、彼女のそばに寄っていた。

ちょっぴり千歌は驚いた顔をしていたけれど、すぐに照れながらも目を閉じてくれた。それは、彼女からの精一杯の返事⋯言葉は要らない。お互い、何を思っているのかは伝わっているんだから。

1度優しく抱きしめた後、彼女の唇へとそっと口付けを交わした。

 

「⋯ありがとう、千歌。」

「ぁぅ⋯あ、あの⋯りょー、くん⋯///」

「ん?どうしたの??」

「あの⋯えっと、その⋯///」

 

何だか様子がおかしい。確かに初めてキスした時と状況は違うし、久しぶりっていうのもあるけど⋯。

 

「⋯ごめん///」

「?何の事───」

 

開いた口は、再び千歌に塞がれてしまった。それは良い⋯彼女からしてくれるとは思ってなかったし、嬉しさの方が大きかったから。

ただ一つ違ったのは、それが普通のキスじゃなかった事だ。

 

「んっ⋯んむ⋯。」

「ちょ、千、歌⋯!?んっ⋯!」

 

ぎゅっと抱き締められ身動きが取れず、開いた口の中に何かが入ってきた。熱を帯び、小さくても恥ずかしながら必死で動くそれは、彼女からの気持ちだったのかもしれない。

 

 

『⋯⋯⋯する?お、大人の⋯キス⋯///』

 

 

⋯そう言えば、そういう事言ってたっけなぁ。

そうじゃないっ!!嬉しいけどそうじゃないっ!!ヤバイ、頭が真っ白になる⋯!

 

「ぷはっ⋯はぁっ⋯はぁっ⋯⋯千歌⋯?」

「はーっ⋯はーっ⋯ご、ごめんね⋯⋯何、か⋯んっ⋯⋯身体、変、なの⋯。」

「えっ、あ、ちょ。」

「なんかね⋯頭、ふわふわして⋯身体がポカポカするんだぁ⋯ね、りょーくん。もっかいしよ??♡」

 

ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

何だこの超弩級メチャカワ生物は。そりゃ刺激的だったよ?なんかもう⋯俺の理性さんももれなくMIRAI TICKET片手に内浦の海へLanding actionしてしまいそうだよ?

けど忘れないで頂きたい。この人は一つ年上の女性で、姉のように慕っていた彼女ですよ。それなのにこの破壊力、誰だって壊れますよえぇ。

 

つまり───。

 

「ふぁ⋯♡」

 

俺が押し倒したとしても、これは不可抗力と言うことで⋯丸く収めてください。

 

「なるべく⋯頑張ります⋯。」

「何で敬語なの⋯?ていうか、顔真っ赤だよ♡」

「勘弁して下さいっ⋯!!」

 

心臓の鼓動が速度を増していく。多分、手も震えてる。何でこの人は結構余裕なんだろう⋯くっ、何か悔しい⋯!

 

⋯⋯⋯ん??

 

「⋯ねぇ、千歌もしかして⋯⋯。」

「んっ⋯///」

「耳熱い⋯余裕、無いでしょ。」

「だって⋯恥ずかし、くて⋯⋯///」

「⋯そっかぁ⋯じゃあ、同じだね。耳柔らか⋯。」

「ふっ、ぅぁ⋯な、何で⋯耳ばっかり⋯!///」

 

彼女の耳をふにふにと弄り、たまに優しく撫でる。その度に彼女の身体はピクリと震える。

狡いと言われるだろうか。後で怒られるだろうか。それならそれでどうにかしよう。お願いしてきたのはこの人の方だし⋯。

 

「言っておくけど⋯もう、簡単には止められないからね。」

「その⋯お手柔らかに⋯⋯お願いします///」

 

至近距離でこの人の声を聞くと、頭がどうにかなりそうだった。久しぶりに聞いた声。久しぶりに感じた体温。俺の手と、俺の服をキュッと握る小さな手。顔を徐々に近づけ、額をくっつける。後数ミリで唇が当たる距離まで近づき───

 

 

「⋯⋯なん、で⋯?///」

 

 

動きを止めた。

 

「⋯こうしてたら千歌がしてくれるかなって。」

「⋯さっきしたもん。」

「じゃあ⋯やめる?」

「うぅ〜⋯なんかりょーくん変だよ⋯///」

「男子高校生の純情を甘く見ないでよ?」

「あはは、何それ⋯。じ、じゃあ⋯んっ。」

 

優しい感触が唇に触れた。

 

「ありがと、千歌♪」

「うぅ⋯うぅ〜〜〜〜⋯⋯!!///」

 

あぁ⋯ダメだ。この人の一挙手一投足、言動の全てが俺を狂わせていく。この人が愛おしい。何で俺は離れてしまったんだろう⋯俺はこの人が好きだ。大好きなんだ。

 

もう離れるもんか。

2度と⋯離すもんか。

 

「りょーくん⋯?どうしたの??」

「⋯⋯千歌。大好きだよ。」

「へ?あ、あの⋯なんか目が⋯⋯///」

「覚悟してて。もう⋯逃がさないから。」

 

千歌へとキスをする。普段より長いキス⋯彼女が息継ぎをしたのを確認してから、そのまま上唇と下唇を交互に甘噛みしていく。

左手でずっと耳を触っていたから、彼女の身体は徐々にその反応を顕にしてきた。きっともう少しだと思う。後は彼女が受け入れてくれるのを待つだけ⋯。キスをしながら2~3回彼女の唇を舌でノックする。反応が無ければ甘噛みをしてノック。これの繰り返しだった。

キスなんて千歌と以外した事ない。だからこれが正しいのかどうかなんて分からない⋯でも、だからこそ千歌が受け入れてくれるまで何もしないんだ。

 

君は───勝手だって怒るかな?そんな事無いって否定してくれるかな?でも、これが俺なりのケジメ⋯ちゃんと決めた事だから。

 

「ぷはっ⋯はぁっ⋯はぁっ⋯⋯!///んぁっ⋯ぅ⋯♡」

 

息継ぎの度に出る嬌声。

 

これは麻薬だ。

 

1度知ってしまえばきっとダメになる。頭の中が真っ白になって、他の事は考えられなくなる。だから本当は止めないといけない。どこかで区切りをつけないといけない筈なのに⋯。

必死に俺へしがみつく君の身体が。

抵抗しようとしている君の唇が。

このまま続いてしまえばいいと思ってしまう俺の心が。

 

理性を片っ端から殺していくんだ。

 

でも⋯いつだって俺にトドメを刺すのは君なんだよね。俺の好意も、あの日のすれ違った心も、今でさえも⋯多分俺が君に敵う日は来ないんだと思う。だってそうでしょ?

 

「⋯ね、がい⋯⋯。」

「どうしたの?」

「お願い⋯いっぱい、キスして⋯涼介(・・)⋯///」

「っ⋯!」

 

そんな顔で、こんなタイミングで、そういう事を言ってしまうんだから。

 

「なるべく⋯優しくはするよ。」

 

一度離した唇をもう一度交わすと、彼女の口がほんの少しだけ開いた。さっきまで俺の口の中で必死に動いていた舌がちょっぴり頭を出したのを感じる。それだけで、胸の中はいっぱいいっぱいだった。

本当に⋯幸せ者だなぁ。

 

自分の唇越しに彼女の舌を甘噛みし、徐々に引っ張り出す。彼女も分かってくれたのか、最後はすんなり自分の方から来てくれた。静かな部屋の中で聞こえるのは彼女の甘い声と舌が絡まる音。何だか悪い事をしているみたいで背徳感を感じるけど、それが余計に今の状態に拍車をかける悪循環。

 

それでも止められなかった。

止めさせてはくれなかった。

 

舌を絡ませ、上顎を撫で、歯列をなぞる。熱を帯びてきた彼女の体温が伝わってくる。彼女が出す声に、きっと俺と同じようにいっぱいいっぱいなんだと思わされる。身体が強ばり、俺の手や服を握る力は強くなっていた。

もうどれだけこうしていたか分からない。止まっていた時間。溝。傷。それらを埋めるように、2人でひたすら求めあった。キスだけだったかもしれない。それでも、俺達にとっては何よりも大切な時間だった。

 

暫くして、俺からか、千歌からかは分からないが、お互いの唇は離れた。涙目で目をつぶり、時々震える彼女を見て折角帰ってきた俺の理性が再び旅行に行きそうになるのをぐっと堪える。これ以上は本当に不味いもの。

正直俺も恥ずかしさで一杯なんだもの⋯!

 

「えと⋯ごめん⋯やり過ぎた。」

「はぁーっ⋯!はぁーっ⋯!んっ⋯いい、よ⋯?///だって、りょーくんだもん⋯えへ♡」

「っ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

何だよこれ⋯何でこんな一線越えましたみたいな感じになってんだよ⋯⋯。本当に俺がここまでしちゃったの?見間違えとかじゃなくて??⋯止めよ。現実逃避してもしょうがない⋯。

 

「起きれる?」

「ごめ⋯ん⋯⋯腰、抜けちゃって⋯///」

「そ、そっか!じゃあ手を貸す───千歌、梨子さんからメッセージ来てるよ?」

「ほぇ?」

 

動けない彼女の代わりに携帯を取り、申し訳ないと思いつつも内容を一緒に確認する事に。えーっとなになに⋯?

 

 

─カーテンぐらい閉めなさい(怒)

 

 

『⋯⋯⋯⋯。』

 

なるほどなるほど。つまり何処からかは分からないけど梨子さんにはさっきまでの光景を見られていたということだね。OK把握。

 

ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜⋯⋯⋯⋯。

 

 

『あああああああああああああっ!!!!』

 

 

2人で部屋の中を転げ回ったのは言うまでもないよな⋯。

 

 

 

 

「心配をおかけしました⋯。」

「大丈夫よ。多分こうなると思ってたし♪」

「まぁお前ら似たもの同士だしな。」

「どういう事?」

「馬鹿ってことだよ♪」

 

美渡ねぇが俺と千歌の頭をワシャワシャしてくる。似たもの同士と言うかバカ同士って最早悪口の域では無いだろうか。いや⋯何にも言えないけどさ⋯。

 

「それじゃあ⋯そろそろ帰りますね。」

「本当に行っちゃうの?まだここに居ても良いのよ?」

「ありがとう、志満ねぇ。でも⋯母さんも帰ってきたし、ちゃんと帰る家があるならそっちの方がいいと思うんだ。ずっと一緒に暮らせなかったしね⋯。」

「りょーくん⋯。」

「そんな顔しないでよ千歌。住む場所は変わるけど、もう昨日までとは違う⋯千歌の為ならいつだって飛んでくるよ。だから⋯また会おう♪」

「⋯うん。」

 

最愛の人に取り敢えずのさよならを告げて、美渡ねぇが家まで送ってくれる事になった。車の中で『どんな手品を使った?』だの『昼間何してた?』だのやたらとからかわれたが、それも懐かしい感じがした。そうして家の前に着き、車を降りる。

 

それなのに、何故か美渡ねぇは帰ろうとしない。それどころかニヤニヤしながらずっとこっちを見てるんだ。俺が何したってんだよクソぅ⋯!

 

「はぁ⋯いいや。取り敢えず家に⋯⋯家に⋯入れない。」

 

⋯⋯そう、鍵が空いてなかった。

 

「は?え、ちょっ、えっ??何なのこれ。息子イジメ?鍵は───無い。何で!?」

 

いつも出掛ける時に鍵を隠していた場所からは鍵が無くなっていた。当然そうなると空き巣か何かを疑うだろう。普通だったらね。でもさ⋯扉の下に『涼介へ。』なんて書かれた封筒が置いてある段階で、嫌な予感しかしないんだ。震える手でその封筒を掴み、内容を1字1句しっかりと目に焼き付ける。

 

以下、内容はこうだ。

 

 

─涼介へ。─

 

アンタがこれを見てるって事は、上手くいったんだろうね。つか、上手くいかなったらアンタの泊まるとこ無かったよ?

 

あっはっは!!

 

だって母さんもう海外戻ったし?仕事ある中帰ってきただけだし?そういう事だから、また向こうで父さんとよろしくする事にするよ。

 

アンタも志満ちゃんとこの旅館でちゃ〜んと世話になるんだよ?千歌ちゃんと仲良くしなね。じゃなきゃシメる。

 

あ、それから⋯ウチの鍵、美渡ちゃんに渡しておいたから!後で美渡ちゃんから受け取って、千歌ちゃんと遊ぶ時にでも使いな。じゃあまた来年ぐらいにね♡

 

─愛しの母より♡─

 

 

「ふっ⋯⋯ふふっ⋯ふふははははははははははっ!!」

 

つまりだ⋯あの母親は息子の帰りを待たずして息子に何も言わず1人で帰ってしまったのだ。家の鍵を車に乗りながらニヤニヤしている人に渡して、だ。

もうさ⋯叫ぶしかないじゃないか。

 

 

「ふっっっざけんなぁあああああああああっ!!!!」

 

ザケンナー⋯

ケンナー⋯

ナー⋯

 

この町の夕暮れに、男子高校生の悲痛な叫びと馬鹿笑いした女性の声が響き渡った。

 

 

 

 

「おかえり美渡ね⋯ぇ⋯?」

「えっと⋯た、ただいま⋯⋯千歌。」

「りょーくん?な、何で⋯?」

「カッコつけて申し訳ありませんでした。滝沢 涼介⋯今日から再びお世話になります⋯。」

「嘘⋯ホントに⋯⋯??」

 

最っ高に恥ずかしかった。穴があったら入った上に2度と出てこられないようマントルぐらいまで埋めて欲しいぐらいだ。でも⋯⋯。

 

「よ⋯よかったぁ〜⋯!!」

 

泣きながら千歌がそう言ってくれる。

またこの人と一緒に過ごしていける。

それだけで、俺はこれから先何でも出来るような気がしたんだ。勿論1人じゃない⋯今度は、一緒に。

 

2人で手を取り合ってちゃんと前を向いて、ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、泣き虫小僧。」

「何さ美渡ねぇ⋯。」

「そんな嫌そうな顔すんなって!ほれ、鍵。」

「んっ⋯ありがと。」

「にしても、お前の所の母さん面白いな!やっぱ敵わないわ♪じゃっ!」

「りょーくん、どうしたの?」

「俺の家の鍵を貰ったんだけど⋯何だこの封筒?」

 

 

─愛しの息子へ─

 

追記⋯家で●●●するのは良いけど、ちゃんとゴムはしろよ?♡

 

 

「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!」

「うわっ!?びっくりした⋯りょーくん、ゴムって何?」

「輪ゴム!輪ゴムだよ!?あっははははは!!」

「ふ〜ん?まぁいっか!遊びに行こうっ、りょーくん!♡」

 

 

年上彼女に手を引かれ、今日も飛び出していく。ご丁寧に黒丸で塗り潰された言葉の意味をこの人が知る日は来るのか⋯それまで耐えられるのか。

 

頑張れよ、俺。




皆さん、こんにチカ。
そしてお久しぶりでございます。なちょすです。

消えたと思いました?逃走したと思いました?生きてましたよぉっ!!ふははははははっ!!
はい、と言うことで如何でしたでしょうか。R-15だから許される筈。過激な話が見たい人はコメントで教えて下さいませ。

取り敢えずお仕事ハッスルしてたら投稿がかなり遅れてしまったこと、大変申し訳ありませんでした⋯。これからはこの作品含めてもう少し投稿ペースをあげようと頑張る所存でございます。なおこの作品も最終回ではありませんので、バカップルを愛してくださる皆様、これから先もごゆるりとお楽しみ下さい。

P.S.最後に告知をば。現在Pixiv内で小説を投稿中でございます。R-18G作品、『Good Bad Days』と言う一応中途半端なマフィアパロ作品となっておりますが、Aqoursの皆がどこかしら壊れてます。歪んでます。いっぱい人を殺めます。ちょっぴり可哀想な事にもなります。μ'sも出ます。千歌推しの人は特に要注意でお願いしますね⋯あ、読むのならですよ(←重要)!

では、長々と失礼致しました⋯またお会いしましょう。
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