二年五組の怨霊教室物語   作:ハンドボーラー

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四月七日・初日2

 イスがあちこちに倒れ、机の列は歪みに歪んでいた。

 なかには腰が抜けて立つことができない者、あまりの恐怖に気絶している者、さらには殺されかけた者もいるが、死者は出なかった。

 その殺されかけた当人が美佳だが、死にかけたにも関わらず、不思議と思考は冷静だった。

 教室はいつの間にか明るくなっていて、隣の六組からはざわめきが聞こえてくる。六組の担任は意識を失うこともなく、何ごともなかったかのように五組の教室を出ていく。

 クラスメイトの大半は失神しているか呆然としているかだが、六組の担任が出ていった十数秒後に、美佳の隣の気丈な女子生徒が奇妙な格好をした者――陰陽師に質問した。

 

「今のは、なん、ですか…………?」

 

 声は震えており、言葉も途切れ途切れだった。陰陽師はひとつ頷くと、教壇の前に立って答えた。

 

「――怨霊さ。君たちならば、一度は見たことがあるはずだ」

 

 教室中の空気が凍りつく。おそらく全員思い出したのだろう。美佳も思い出さずにはいられなかった。

 記憶にある限り、初めて見たのは確か、二歳の時だ。美佳の母は、二歳の美佳を抱いて怨霊から逃げていた。

 ただただ恐ろしかった。

 当時の美佳は泣きじゃくり、怨霊は襲いかかった。美佳の母は、祓いの呪文を唱えながら逃げていた。あの時の光景・音は今でも忘れられない。

 思わず呼吸が浅くなり、慌てて心を落ち着ける。美佳は立ち上がり、自分の机を支えにして陰陽師に質問した。

 

「なら、さっきの能面の怨霊は?」

「江戸時代からの怨霊だ。資料によれば、あの怨霊の生前は女性で、能楽を伝える家の娘らしい。だが、能は男性の世界。子方として舞台に上がれても、能楽師として舞台には上がれない。とても悲しんだ娘はここで……」

 

 続く言葉はなかったが、予想することはできる。死んだのだ。

 

「怨霊としての脅威は、この教室にいる怨霊のなかではさほどでもないが、日本全国にいる怨霊のなかでは中の上あたりだ。先ほどのは、年月が経つにつれ増大していく悲しみが、さらに脅威の存在となった奴だ」

 

 ここで陰陽師は深いため息をつき、机を戻すように促す。気絶している者は、起こしても起きなければ寝かせろとも指示した。

 

「私の名前は月賀風生《つきがふうせい》。この街の陰陽師だ。このクラスの生徒を選んだのも私だ。これから一年間、君たちはこの教室にいる限り、いつ死ぬのか判らない状況に置かれる。そんな君たちを手助けするため、生き残る術を教えるためにこのクラスの担任になった。担当科目はないが、このクラスの授業はすべて私がする。生き残るため、全力でやるべきことをやれ」

 

 ――と、不意に怒りの声を上げる者がいた。美佳はそちらを見ると、よく見知った顔があった。

 

「ふざけるな! あんたがこのメンツを選んだ!? じゃあ何で俺たちを選ぶんだ! あんたたち陰陽師がここの怨霊を祓ってしまえばいいじゃないか! それか、こんなとこ封印すればいいだろ! どうして、どうして俺たち三十人を選んだんだ!!」

 

 美佳の幼なじみの雨宮永人《あまみやえいと》だ。普段は激しく怒ることもなく、むしろ内気な奴だ。ここまで怒るのは相当珍しい。

 

「……その気持ちは理解できる。しかし、ここの怨霊たちを祓うのは国と学校の悲願なのだ。……それに、今のほうが死者が少ない。百年前、この制度ができる前は一年で百人以上の死者を出した上、怨霊を一回も祓えなかった」

「だからって……!」

「この制度に不服を感じるのなら、君たちが殺されないように強くなればいいだろう? それで本年度は死者ゼロ人だ」

 

 永人はシニカルな笑みを頬に浮かべ、言葉を発する。

 

「馬鹿げてる……!」

「だろう? でも一番いい方法だ。誰も死なないからな」

 

 永人は黙り、風生は言葉を続ける。

 

「雨宮くんのように不満を持つ者は多いだろう。しかし、君たちが強くなれば死者は出ないし、今足を止めても君たちが死ぬだけだ。よって、全員目が覚めたらすぐに二年五組の年間の説明を始める。それまでは周りの者と親睦を深めるといい。怨霊を祓う時も連携は必要になるからな」

 

 一年前だったら――と美佳は思う。おそらく周りの人に話しかけただろう。しかし、今は口を動かすことはおろか、体も動かすことができない。それは、周りの人も同じだ。

 気まずい空気が教室中に流れ、一分が経過した時――美佳の隣の気丈な女子生徒が話しかけてきた。

 

「私の名前は米倉楓《よねくらかえで》。あなたの名前は?」

 

 その生徒は黒い髪をひとつにくくり、身長は少し高めだった。なんとなく美佳は見覚えがある気がするので、記憶を探ってみると、該当する人物が浮かんだ。元一年三組の副委員長だ。

 うわあー、恐れ多いなあ……と思いながら、美佳は名前を言う。

 

「……亜波美佳」

 

 必要最低限の簡潔な答えだったが、楓は目を丸くした。

 

「亜波!? 亜波ってあの……!?」

「……私って有名なの?」

「何言ってるの!? あなた全国レベルで一部の人に有名じゃない!!」

「へ、へえー……」

 

 目をそらし、何かそんなことしたっけ? と思いながら再び記憶領域にアクセスするが、今度は答えが出なかった。視線で先を促し、楓は口を開く。

 

「超有名なVRゲームの世界大会で優勝したでしょ? それ、私もやっているし、朝のニュースでも報道されてたよ」

「あれか……。あんなの偶然、まぐれ」

「でも、優勝候補のプレイヤーを次々とタイムアップになる一分前に倒すなんて、そうそうできることではないよ!」

「……よく知ってるね」

 

 美佳は苦笑いし、あんなの偶然じゃないかあ……と思い直す。

 

「中継をやってた日はちょうど期末テストが終わったあとの休日だったから。それに、テスト期間中ずっと楽しみで、そのテスト結果は全体的に点数が落ちてしまったの。でも、その落とした点数分、とてもわくわくする中継だったよ!」

 

 不意にある考えが浮かび、まさかとは思いながら楓に質問する。

 

「米倉さんって、実はかなりのゲーマーだったりする?」

「楓でいいよ。……実はそうなんだよねー。でも、周りに集まってくる友だちはゲームとかあまりしない人ばかりだから、学校でゲームの話をするのは初めてなんだ」

 

 やはり、と思いながら、楓の意外な一面に美佳は少し驚く。一年三組の副委員長はかなり頭がいい、という風の噂は美佳も何度か聞いたことがあるので、こんな一面を持っているとは思わなかった。

 こんな状況なのに美佳は笑えた。周りの生徒もだ。美佳と楓の会話に触発されたように、普通のクラスと何ら変わりのない、和やかな空気がいつの間にかでき上がっていた。永人も何人かの男子生徒とゲームの話題で話し合っている。

 

「じゃあ……向こうで会う?」

 

 美佳が自ら誰かを誘うのは珍しい。楓は目を輝かせ、こくこくと頷く。

 

「いいね! その時に何かクエストしようよ」

「賛成。私は今日からのクエストしようかなと思っているんだけど、それを一緒にしない?」

「私もしようと思ってた! じゃあ、それで決定ね。待ち合わせ場所はどうする? 私は今、«ウェスター»にいるんだけど」

「……«フリーダムシティー»にいるから少し遠いなあ。でも、クエスト発生地点は«ウェスター»だから、私がそっちに行ったほうがいいね。待ち合わせ場所は«ウェスター»の«ウェスターポール»で、時間は四時でいい?」

 

 少し考えるようすを見せてから、やがて小さく頷くと楓は口を開く。

 

「六時半までなら。……私のアバターネームはカエデ。向こうで赤と黒の服を着た人がいたら多分私だよ」

 

 美佳はこくりと頷いた。――と、気絶していた最後のひとりの男子生徒が目を覚ます。

 

「さて、全員目を覚ましたな。では年間の予定を説明するぞ」

 

 白い狩り衣を着た陰陽師風生は妖しげに微笑み、その顔に美佳は狐を連想した。

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