漆黒の髪、漆黒の瞳を持つ陰陽師は怪しげに微笑むと、口を開いた。
「今日から君たちは怨霊教室の生徒になったが、大まかな行事の流れは変わらない。だが、一週間に一度、校外学習がある。それは毎週水曜日にあるから、早速明後日に行う。それと、部活は死にたくなければ、行かないこと。放課後は訓練をするからな」
美佳は帰宅部なので、即帰りたい人種だ。学校に残れ、といきなり言われて、内心で、えー! と大絶叫していた。しかし、美佳のような帰宅部・幽霊部員連中よりもさらに怒った人種は――。
「ふざけんじゃねーぞ!! 何が部活禁止だ!!」「今年出る予定の大会はどうするのよ!!」「行かせろ! 部活行かせろ!! まだあの作品できてないんだよ!!」
一応担任である風生に向けて敬語を使わず、口々に怒鳴っているのは部活熱心な生徒だ。特に運動部が多い。こんな状況のなか美佳はのん気にも、過去に学級崩壊ギネス世界記録を出してそうだな~と思っていた。楓は隣でぶつぶつと、バレー……バレー……バレー……バレー……と声を震わせて不気味に呟くものだから、これだけで怨霊も祓えるのでは? ともつい思ってしまう。
美佳のうしろの男子生徒はどこから出てきたのか、丸めた紙を大量に投げていた。確かその生徒は野球部の次期エースともウワサされるような、凄腕のピッチャーだった気がする。投げられる紙の一部は美佳に当たって痛いし、少し飛距離が足りなかった消しゴムも、風生の前にいる美佳にドストライクで頭に命中する。
昔から美佳はゲーム以外運がかなり悪いほうだが、今日は今までの人生で最悪だ。
終いには――
「いだっ!」
シャーペンが大量に入ってそうな布の筆箱が右斜め後方から、美佳の脳天に直撃した。
これにはさすがにブーイングは止み、学級崩壊の嵐はひとまず収まる。楓も呟くのを止め、美佳に大丈夫? と訊いてきた。しかし、美佳の視界は世界が回っている。
一方、風生は涼しい顔で前に立っている。先ほどのブーイングを起こした張本人だというのに生徒が投げていたものを避けるし、投げていたものの二割は美佳に当たったからだ。これには避けるな! と思ったし、生徒に対してはちゃんと狙え! と思った。
美佳は頭をブンブン振ると、視線で先を促す。
「私は死にたくなければ、と言ったのだ。誰も部活禁止だとは言ってないぞ。行かないほうがいい、とは言ったがな。……続けるぞ。体育はこのクラスのみ訓練に変更だ。内容は、陰陽師・エクソシストの訓練。つまり、陰陽道などを習う。人によって何を習うかは変わってくる。それぞれ適性があるからな。陰陽師に適性がある者は陰陽師の、エクソシストの適性がある者はエクソシストの授業を受けるといいだろう。どちらにするかは四月中に決めてくれ」
不満そうな表情を浮かべる生徒は多いが、今度は何もジャマが入らず、風生の話は続く。
「二年生の大目玉、五月に行われる二泊三日の野外活動だが、五組はほかのクラスとは違う場所に行く」
再び教室の空気が学級崩壊の空気になる。あ~あ、これはギネス世界記録だな~と、逃避的思考に耽る。美佳はいつでも机の下に潜り込めるように準備し、楓は今度起これば止められるように心の準備をしていた。
「その場所は陰陽師協会京都本部だ」
まさに学級崩壊寸前の空気になった。内容次第によってはすぐにまた、ブーイングの嵐が巻き起こるだろう。
「一日目は所内見学や京都の観光をする。あと、エクソシスト協会京都本部にも行くぞ。夜は現役の陰陽師やエクソシストの話も聞く。二日目は現役の陰陽師やエクソシストの仕事を見てもらう。怨霊や悪魔を祓っている様子。なぜ、危険な仕事をしているのかを知ってほしい。三日目は祓魔をする寺に行って、実際に君たちに祓い清めてもらう。そして帰りに、どう思ったか聞かせてほしい」
学級崩壊は――起こらなかった。
今自分たちは何をすべきか。今このあいだにも己の命を懸けて戦っている人たちがいる。そんな様々な思いが、それぞれの胸を交錯しているのだろう。簡単に割り切れる話ではないが、少なくとも癇癪を起こすべきではないと、全員思ったのだろう。だから二度目の学級崩壊は起こらなかった。
「君たちの理解に感謝する。……野外活動の話は以上だ。あともうひとつ話がある。土日祝長期間の休みなど、授業がない日は旅行や大会などの予定が入ってない限り、学校にきてくれ。休む場合は前日に私に直接言うか、当日に電話を掛けてくれ。もちろん、病気などで休む場合もな」
言い終わると、教壇の机の上に置いてあった何十冊かの冊子を、見事な手際で手早く配布していく。
「その他詳しいことはこの冊子に書いてあるから、何か解らないことがあればこれを読んでくれ。家に帰ったら必ず親御さんに渡すこと。……では、一時間余ったから、一人ずつ前に立って自己紹介をしてくれ。出席番号一番の人から順にだ。言う内容は、所属している部活、趣味・特技……あとは一年の時のクラスもだ。では、亜波さんから」
――こういう時、一番ってヤだなー。
と思いながら、自然に立ち上がって前に立つ。そして大きく息を吸い――。
「元一年四組の亜波美佳です。部活は特に入っていません。趣味はVRゲームで、《マインドファイト・ヴァーチャル》をしています。一年間よろしくお願いします」
自己紹介が終わった途端、教室中がどよめいた。永人はまた別の驚きだったが、クラスの大半はあの超人気のVRゲームの優勝者が!? といった表情だった。美佳は、しまった、口が滑った……ゲームの名前まで言わなくてよかったのに……と激しい後悔をしている。
「次、雨宮くん」
風生が名前を言い、美佳と入れ替わりに前に立つ永人。
「元一年七組の雨宮永人です。部活は機械工学部、趣味はVRゲームのMFVです。よろしくお願いします」
MFVとは、《マインドファイト・ヴァーチャル》の略称だ。MindFight・Virtualのそれぞれの頭文字を取ってMFVだ。このゲームは発売からわずか十日で、全世界歴代の売れたゲームランキングトップテンで五位に輝いた。一年経った今となっては二位と大きく差を開けて一位に輝いている。
このゲームの売りは、自分の記憶などがアバターの外見やスキルになること。
そのあとも自己紹介は続き、最後の一人になった。
「元一年三組の米倉楓です。部活は女子バレー部に入っています。趣味はMFVです。一年間色々あると思いますが、よろしくお願いします!」
流石に楓の趣味がMFVだったことを予想していなかったのか、生徒たちがどよめいた。
結局、MFVが趣味だと言ったのはクラスの八割だった。楓がお辞儀をして席に着くと、風生は前に立つ。
「今日は困惑しているところもあるだろう。だが、ゆっくりでいいから受け入れてほしい。今日は放課後の訓練はしないが、明日からビシバシいくぞ。明日は陰陽師協会が開発したVRデバイスを一足早く無料配布する」
一足早く、という言葉に美佳は何か引っ掛かった。もしやと思い、脳内メモリーから検索していると、それに該当するものがあった。三ヶ月後に発売されるという、これまでのVR業界の常識を覆す代物だったはずだ。美佳は来月辺りに予約開始されるので、それを予約開始の日に予約しようと思っていた。
開発したのはゲーム会社と民間の協会だと聞いた気がするので、おそらくそれだろう。
もしそれだったらいいなあーなんてことを考えながら、風生の話を聞く。
「今日はゆっくり休んでくれ。では、起立」
全員が立ち上がり、イスを入れる。
「礼」
それぞれの角度でお辞儀する。
「さようなら」
少しバラバラに、さようならと大小様々に全員が口にした。
途端、初日の終わりを告げるチャイムがなる。