二年五組の怨霊教室物語   作:ハンドボーラー

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仮想世界にて

 生徒たちが次々と教室を出ていく頃、ロッカーに座る人がいた。

 いや、よく見れば人ではない。黒い大きめの、パーカーの上着に紫のブカッとしたズボン。フードを被った男の髪は白く、鋭い瞳孔を持つ瞳は血のように紅い。尖った耳、尖った歯、尖った手足の爪。そして何より特徴的なものは、黒く長い尾。

 それだけ異質な姿なのに、気づく者は誰もいない。――いや、気配だけならば感じた者がいる。

 

「…………?」

 

 楓だ。辺りを見ても何も見えないが、楓は確かに感じた。

 

「……どうしたの? みんな並んでるよ」

 

 美佳が話しかけると、楓は懸念を振り払うかのように教室を出ていった。

 楓の背後に潜み始めたとも知らずに――。

 

「こんなに面白そうな奴は初めてだ。しばらくくっついてみるか」

 

 悪魔はククッと声を漏らし、教室を抜けた。

 

  ***

 

 現在時刻は午後三時。美佳のアバター《ナミカ》は《ウェスター》に行かなければならない。最後にログアウト場所からの、最寄りの転送ゲートは《ヒューブルファ》なので、ナミカの速さだと二十分はかかるはずだ。

 あの世界に行くための装置《リングギア》を装着し、MFVに行くために電源を入れた。美佳の視界にダイブするまでのカウントが表示される。

 十、九、八。

 ダイブに備えて仰向けになる。

 七、六、五。

 大きく深呼吸をする。

 四、三、二、一。

 目を閉じる。

 ゼロの数字は表示されずに、美佳の意識が仮想世界に吸い込まれるような感覚がきた。と思った刹那――。

 まばたきひとつすればもう、美佳は仮想の地面を踏んでいた。

 周りを見回すと、ナミカが出現したのは前回ログアウトした場所である、フィールドの安全地帯だ。荒野を思わせる大地に、少し離れた場所には火山地帯。辺りを闊歩するモンスターは狂暴になりやすく、炎を吐き出す奴も多いので火傷にも注意だ。ほかにも注意しなければならないのは、砂塵だ。仮想世界とはいえ、砂塵を吸い込めば咳き込んでしまうし、目に入れば痛くなってしまう。

 砂塵は装備などで対処すればよいのだが、確か前回の時に防塵用のゴーグルを壊された。ほかにも対処方法は、アバターの外見やスキルでもあるが、ナミカのアバターはそういう仕様にはなっていない。

 ナミカのアバターは初期メイクなので、システムが決めた顔だ。しかし、課金をすることで顔の見た目を変えることはできる。だが、アバターの性能は変えられない。

 ナミカの外見は、現実世界と同じ色の、同じくらいの長さの髪を下ろしている。それ以外はほぼ現実と同じ顔だ。服は焦げ茶色の布装備に、軽金属のプレート。そして、古びた見た目のネックウォーマーに、革の茶色い穴あきの手袋。背負う二本の剣はずっしりとした重みを伝えてき、モンスターが闊歩する荒野に一人で立っていても、安心感を与えてくれる。

 ナミカは走り出し、モンスターとナミカ以外いない、無人の荒野を駆け抜ける。こういう時、飛ぶ系のスキルがあったらなーと思うが、そういうスキルはスペシャルスキルなので、ナミカは手に入れられない。

 MFVでのスペシャルスキルというのは、大まかに三つに分類されるスキルのうちのひとつだ。

 ひとつ目はノーマルスキル。これは条件さえ満たせば誰でも習得できるものだ。

 ふたつ目はレアスキル。これを習得しているプレイヤーの大半は、この世界に初めてダイブした時から持っている。それを初期スキルと呼ばれ、レアスキルはほぼ全員が持っている。では、どうやって初期スキルではないのに習得するのかというと、高難易度ダンジョンクリアでの報酬で、だ。

 みっつ目はスペシャルスキル。これは初期スキルなければ習得できないスキルだ。スペシャルスキルのほとんどはレアスキルとは比べ物にならないほど便利だったり、強力だったりする。ナミカもスペシャルスキル保持者だが、強力なスキルゆえに犠牲にされたものもある。

 それは、体力と防御力のステータスだ。初期の頃は直撃すれば、HPが満タンでもゼロになることが何度もあった。だからモンスター相手でもなかなかレベルアップせず、ひたすら避ける練習をしたり、剣の練習に時間を費やしたりしたのだ。

 今はステータス振りで、最低限の体力と防御力がある。それでも気休め程度しかないので、たまに自分のスペシャルスキルを恨むことはあるが。

 初期の頃の苦い記憶を思い出していると、突然モンスターがシュワンという音と共に目の前に出てきた。

 ナミカは目と口を覆い、急制動をする。急制動をすることで砂塵が舞うが、目と口を覆っているので、砂塵は入ってこない。モンスターは怒りの声を上げ、炎を吐き出した。ナミカは咄嗟にバックステップして避け、背の鞘から二本の白銀の剣を抜いて両の手にしっかりと持つ。

 ナミカの前にいるのは、竜型モンスター«フレアドラゴン»だ。表示されているレベルは五〇二。対してナミカのレベルは九三九。MFVのシステム的な最高レベルは二〇〇〇だが、今の最高レベルは一〇〇五だ。いつになったらシステム的な最高レベルに到達する人が出るのかな、と思いながら、圧倒的なレベル差のあるモンスターを貫く。

 モンスターは悲鳴を上げて――消滅した。

 モンスターを一度刺すことで、ナミカのスペシャルスキルが発動した。ナミカの剣の切っ先が紅くなったのだ。

 スキル名«ブラッディ・ツーブレード»。このスキルの基となった記憶に、ナミカは心覚えがある。あれを見た時は体が一ミリも動かせず、呼吸をするのが難しかった。何よりも印象に残っているのは血濡れた二本の剣だ。それを皮肉にも、今は自分が使っている。

 二本の剣の切っ先から滴るように紅いエフェクトがこぼれ、ナミカは剣を鞘に納める。

 最寄りの転送ゲートがある《ヒューブルファ》に向かって、ナミカは再び走り出した。

 

 《ヒューブルファ》は荒野フィールドのど真ん中に存在する、荒野の町だ。砂塵は常に舞い、西部劇に出てきそうな建物がある。巡回している警官NPCはカウボーイの帽子を被り、馬に乗ってパッパラパッパラ、時折ドアを蹴り破って動いている。

 NPCが町破壊するのは一体どういうことだろう、といつも思うが、今日はそれを考えるためにきたのではない。

 目的の転送ゲートがある建物に入ると、NPCの警官たちがこの世界の通貨ーー«ゲダ»を賭けてギャンブルをしている。ナミカもこの場所で、ギャンブルにハマりすぎてゲダがピンチになったことがある。その時は確か、高難易度ダンジョンにゲダ稼ぎを一ヶ月間しに行ったが、できればもう、二度目のゲダ稼ぎはしたくない。

 今ナミカがいる建物は、ギャンブルと射的場が一緒に入った建物だ。ギャンブルスペースでNPCやプレイヤーのギャンブラーたちがルーレットを見て、コイコイコイコイ!! と熱中する傍らで、あるものを利用するために集中して拳銃を撃つプレイヤーたちがいる。

 ナミカも拳銃を構え、一〇〇メートル離れた的に銃口を向ける。狙うは当然、的の中心だ。

 ナミカは引き金を引き――

 バンッ!

 と拳銃が火を吹いた。

 ここの拳銃はかなりクセが強く、弾道はよくぶれる。だから一発で中心には当たりにくい。しかし、ナミカは幾度も挑戦していたので、ここの拳銃のクセは理解している。

 ナミカが撃った弾は――的の中心に当たっていた。

 ナミカの視界にクリアのログが流れ、続けて目的の報酬が一度だけ使える、とも流れた。ナミカの目的は転送ゲートだ。というよりも、この射的場を利用しているプレイヤーは全員、この報酬が目的だ。

 不便極まりない転送ゲートだが、この町の転送ゲートが使えれば、とても便利であることには間違いない。

 ナミカは隣の部屋のドアノブに手を掛け、表示された、転送ゲート使用権を使用しますか? にYesと同意する。

 ドアがカチャリと開き、青い転送ゲートが姿を現した。ナミカは転送ゲートに足を踏み入れーー数秒の浮遊感がしたあと、ナミカがいる場所は《ウェスター》の東口だった。

 視界右下隅に表示されている時間を見ると、十五時二十三分になっている。約束の時間は四時なので、あと三十五分はヒマになる。武具屋にでも行こうかな~、と思っていると、不意にうしろから話しかける者がいた。

 

「よっ、ナミカ……」

 

 つい最近MFV内で聴いた声だ。そして、現実世界でも聴いた声。この声は――。

 ナミカは振り向きながら、声をかけてきた人物の名を言う。

 

「……レイト」

 

 レイト――雨宮永人は、MFVでは群青色の髪を持ち、瞳は漆黒だ。それ以外はほぼ現実と変わらず、もし現実の知り合いがこの世界で初めてレイトに会えば、名前を言われずとも判るだろう。

 青い革装備の、冒険者然とした格好に、腰に差した超が付くほどの激レア片手用直剣。そして確か、スペシャルスキルに近い、レアスキルの«フレイムソード»を習得しているはずだ。大会では、三位にあと一歩及ばず、四位になった。

 レイトのスペルはRaitoなので、初対面のプレイヤーにはよくライトと読み間違えられることがある。どうしてこのスペルにしたの? と訊けば、雨宮の雨の英単語がrainだから、そのうちのraiを取って、永人の人をtoにしてRaitoなんだよ、と言われたことがある。

 あの時はまったく思ってなかったが、少しでもその可能性を思い浮かべるべきだったのだ。二年五組になる可能性を。

 二人のあいだに気まずい空気が流れ、お互い口を閉ざし続ける。

 何秒か経つと、レイトが小さな声で言った。

 

「やっぱりお前も見えてたんだな……」

 

 ナミカは嘲笑し、口を開く。

 

「も、ってことは、やっぱりレイトも見えてたんだ。ってことは、あの日のヤツも見えてたってことだよね?」

「……ああ、見えてた。だからこうやって、キャラメイクにも表れてるんだろ?」

 

 レイトも嘲笑し、自分の姿を見せるように両腕を広げる。

 

「で、そういうナミカはスペシャルスキルに表れてる」

 

 ナミカは何も言わず、あの日のことを思い出す。

 群青色の髪、漆黒の瞳。そして血濡れた二本の剣。それを見たのはどこだったか思い出せない。だが、西日が射し込む場所だったのは覚えている。どうやってあの場から逃げ出したのか、それも思い出せない。

 もし今、あの時の怨霊を見てもおそらく、美佳\ナミカは逃げ出してしまうだろう。

 思い出しただけで震えてくる右腕を左手で抑え、早鐘を打ち始めた心臓を、深呼吸をして落ち着かせる。

 

「……で? それがどうしたの?」

 

 震える声を押し出し、レイトに訊く。

 

「いつか俺たちが……あの人を本来いるべき場所に還そうぜ。あの人の眼……どこか寂しそうだった」

 

 ナミカは何も言わず、レイトの眼を見つめる。やがて眼をそらし、くるりと反対を向き、ウェスターポールに向かって歩き始めた。その時にポツリと言葉を残しながら。

 

「…………考えとく」

 

 小さく小さく呟いたが、レイトは聴こえたのだろう。うしろで微笑むような気配がした。

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