千歌に告げてしまった愛の言葉。
2人の友情は崩れ去ろうとしていた。
曜は梨子の観察を続けていた。
あれから数日たったが、梨子に変わった様子は見られない。
それに千歌との関係も悪くなっていくままだった。
時間は放課後。
既に千歌は帰宅し、曜は教室で外を眺めていた。
「曜ちゃん・・・」
曜に話しかけてきたのは梨子だった。
気がつけば教室にいるのは曜と梨子だけだ。
「何?どうかした?」
「曜ちゃん、大丈夫?」
「私?元気だけど」
「千歌ちゃんとのこと」
今、1番触れられたくないことに触され、曜は一瞬だけ、顔を顰める。
「大丈夫だよ」
なんとか取り繕い、曜は誤魔化した。
「大丈夫じゃないよ。怖い顔、してた」
「・・・っ」
「何があったのか聞く気はないけど、辛かったら言ってもいいんだよ?」
その言葉に曜は腹がたった。梨子は本気で曜を気遣ってくれているのは曜自身も分かっている。
だが・・・。
「・・・が分かるの・・・」
小さな声で呟く曜。
その言葉が聞こえなかった梨子は首を傾げる。
今の何でもない、いつもの仕草が曜の神経をさらに逆なでする。
「梨子ちゃんに何が分かるのさ!私のことも!千歌ちゃんのことも!今の梨子ちゃん自身のことも!」
椅子から立ち上がり、ありったけの力で叫ぶ。
しかし、梨子は特に反応を示さず、今の曜を優しく見つめ、声をかける。
「曜ちゃん、屋上行こっか」
梨子の誘いを断る理由も無く、梨子の後ろを着いて行く。
「うーん!風が気持ちいいね。こうしてると浦の星で練習してたのを思い出すなぁ」
屋上に出て、風を受けながら梨子は懐かしそうに言う。
「・・・場所移したの、理由があるんでしょ」
曜は顔を顰め、不機嫌そうに吐き捨てる。
「さっき、曜ちゃんは私が自分のこと分かってない、って言ったよね」
「あれは・・・。忘れて・・・」
「そういう訳にはいかないの。私も自分がよく分からないの」
「え?」
梨子の言葉に曜は呆気に取られる。
「先月から私と善子ちゃん、お付き合いをしてるの」
「そう・・・なんだ・・・。おめでとう」
予想通りの言葉が帰ってきた。
曜は特に驚きもせず、祝の言葉を紡ぐ。
「ありがとう。でもね、おかしいの。最近善子ちゃんを見ていると変な気持ちになる」
「・・・殺したいんでしょ」
梨子は自身の感情を知られていたことに驚く。だが、すぐさま笑顔になる。
「やっぱり曜ちゃん、知ってたんだ」
「善子ちゃんの話を聞いてから調べたから・・・」
「そう。これってなんなの?大好きな人を殺したい。これは当たり前なの?私がおかしいの?」
口調を変えずに梨子は話す。
「愛のために死ねる、なんて言葉は聞いたことあるけど、愛のために殺すなんて。そんなのおかしいよね」
「梨子ちゃんは悪くないよ」
「だったら何が悪いの?」
「・・・言えない」
「・・・そっか」
梨子は屋上の塀に登り、そこに立つ。彼女は飛び降りる気だ。唐突すぎる行動に曜は驚き慌てて駆け寄ろうとする。
「何してるの!?」
「来ないで!」
大きな声で拒絶する梨子。
思わず曜の足は止まってしまう。
「なんとなく分かるんだ。これはどうしようもない。いつか本当に善子ちゃんを自分の手で殺してしまう」
「治るから。治るようになるから!だから馬鹿なことはやめて!」
「治るのっていつ?」
「それは・・・」
今の彼女に気休めを言っても仕方ない、と察した曜は未だに治療の目処が見えていないことを言えなかった。
「分からないんだよね。・・・いつか治るかもしれない。でも、そのいつかが来る前に私は善子ちゃんを殺してしまう」
「そんなこと・・・」
その可能性を否定できない曜は反論できない。同じ『ID』の感染者として痛いほど気持ちが分かるのだから。
「元々覚悟を決めてたの。今日死のうって」
「なんで・・・」
「分からない。でも今日ならって・・・」
「意味分かんないよ・・・!なんでそうなっちゃうの!ルビィちゃんと花丸ちゃんが死んで、果南ちゃんも重体で・・・。そこに梨子ちゃんまで・・・!私はこんなの嫌だよ!」
「曜ちゃん・・・」
泣きながら叫ぶ曜を梨子は悲しんだ目で見つめる。
「何してるの・・・?」
曜の後ろから声がした。
「よっちゃん・・・?」
その声は善子だった。
梨子は善子を目の当たりにして固まる。
彼女に見られるのだけは避けたかったのだろうか。
「何してんのよ、リリー」
「よっちゃんこそ・・・」
「危ないんだから降りてこっちへ来なさい」
「・・・できない」
「リリー!」
善子は声を荒げ、梨子を呼ぶが彼女は聞かない。
「何?私が迷惑かけたから?私がわがままだったから?」
「ううん。違うよ。よっちゃんは悪くないの」
「だったらなんで!!」
「殺したいの」
「え?」
予想していなかった言葉に善子は驚く。
「よっちゃんを殺したいの!気がつけば大好きになってたよっちゃんを殺したいの!殺したくて殺したくてたまらないのに殺したくないの!」
「何を、言ってるの・・・?」
「これ以上は耐えれない!頭が殺意で埋め尽くされておかしくなりそうなの!だから・・・」
梨子はさらに奥へ1歩踏み出す。
「リリー!」
「私が死ぬしかないの」
「そんなことないわよ!」
善子は何度も呼び止めるが、梨子の意思は折れない。
もう何を言っても無駄のようだ。
「ねぇ、曜ちゃん」
「・・・何?」
善子が来てからもう無駄だと悟り、黙っていた曜に梨子は声をかける。
「よっちゃんのこと、お願いします。それと、これが治る日が来ることを祈ってるから」
「・・・うん」
遺言を紡ぐ梨子。
曜はそれを受け入れ、聞くことしかできない。
「何言ってんのよ!馬鹿なことばかり言わないで!曜!アンタも何か言いなさいよ!」
「もう、無理だよ・・・」
「曜!」
善子は曜の胸ぐらを掴む。
だが、曜は気にする様子もなく、遠くを虚ろな瞳で見つめていた。
「よっちゃん」
「何よ!リリーは早く降りなさい!」
「今までありがとう。よっちゃんのこと、大好きだよ」
善子が見たのは優しい微笑み。その頬には一筋の涙の跡ができていた。そして、彼女の姿は消えた。
「リリー・・・?」
ぐしゃり。
肉の潰れる音。
その音を聞いた善子の顔は青ざめいた。
善子はフラフラと歩きながら梨子の姿が消えた場所へ歩いて行くが、数歩進むとその場に座り込んでしまった。
「リリー・・・、リリー・・・」
小さな声で何度も彼女の名前を呼ぶ。
その善子の姿を見つめながら曜はダイヤに電話をかける。
「ダイヤちゃん・・・」
『何かありましたの?』
「梨子ちゃんが死んだ・・・。自殺・・・。」
『そんな・・・!?・・・分かりました。すぐに向かい、遺体を引き取ります。貴女の近くに人は?』
一瞬だけ驚いたダイヤだったが、すぐさま冷静に物事の対処に当たる。
「善子ちゃんがいるよ」
『ならば、善子さんを保護してください。念の為検査を行います』
「・・・うん」
電話を切り、梨子の遺体を確認する。
そこには血の池が広がり、その中心には体のあちこちが潰れ、頭からは何か出ている梨子。
可憐だった彼女の姿はどこにもなく、今あるのはただの血塗れの肉塊だった。
「梨子ちゃん・・・」
曜はその場に項垂れる。
(何で私は・・・。私は梨子ちゃんの言葉を受け入れちゃったの・・・)
溢れてきた感情は悲しみではなく後悔だった。
「バカだ・・・。バカ曜だ・・・。くっ・・・!」
塀に頭を打ち付け、悲しみを払おうとする。
『よっちゃんのこと、お願いします』
最期に残した梨子の言葉。その言葉が曜の脳裏に浮かぶ。
「行こう・・・、善子ちゃん」
曜は善子の元に行き、腕を引いて立たせようとするが、善子は立ち上がらない。
「・・・嫌だ。私も梨子の元に・・・」
「善子ちゃん・・・」
「梨子はああ見えて寂しがり屋なの!私がいてあげないと・・・!」
善子は曜の手を振り払い、梨子の飛び降りた方へ向かう。そんな善子を曜は捕まえ、止める。
「行かせない!私と梨子ちゃんの約束だから!」
「やだ!私も梨子の所に!」
「善子ちゃん!」
「離してぇ!」
「離さない!」
善子が力で曜に勝てるわけもなく、引きずられながら善子は叫ぶ。
「やだっ!やだ!梨子・・・!梨子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ほとんど人のいない夜の校舎に善子の悲痛な叫び声が響くだけだった。
深夜になり、曜たちが通う学校の屋上には本来ならありえないが、人の姿があった。
その人影は笑いながらその場でくるくる回る。
「あっはははは♡楽しくなってきたね。梨子ちゃんにはもうちょっと期待してたけど、あんなものかなー?でも、善子ちゃんのために命を投げ捨てたのは泣けるなぁ・・・。うんうん」
回るのをやめ、真夜中の満月を見上げる。
「今夜は月が綺麗だね・・・。待っててね、よーちゃん♡」
月は不穏な空気を纏い、赤く輝いていた。
梨子の死は曜を縛る。
そして曜を狙う怪しい人影。
次回、最終話。