梨子の死を目の当たりにした曜と善子。
悲しみを振り払えないまま、季節は過ぎていった。
自分の身の回りに起きる事件により、曜の精神はすり減って行った。
善子は心を閉ざし、小原家の施設で療養中。千歌はショックで学校に来なくなった。
そんな中で平然としている自分がいることに身震いする。事件や『バイト』を通して何度も見てきた人の死に対して冷静にいられる自分に。
これも全て『ID』のせいだ、と曜は勝手に決めつけ、なんとか自分の心を持たせていた。
季節は過ぎ、高校3年生の冬。
慣れてしまった一人きりでの登下校。
沼津では滅多に降らない雪の中を曜は1人で歩いていた。
「・・・雪が降るなんて・・・。これをAqoursのみんなと・・・。千歌ちゃんと見たかったな・・・」
ポツリ、と零れた独り言。
雪の幻想的な光景に曜の心は本人も気づかないうちにその本心をさらけ出したのかもしれない。
「呼んだ?」
正面から懐かしい声がした。
「千歌、ちゃん・・・?」
曜の目の前に立っていたのは千歌だった。
「うん。そうだよ」
「なんで、こんなところに・・・」
「よーちゃんに会いたくなったの」
「私、に・・・?」
「うん!」
太陽みたいな笑顔の千歌。
その姿はスクールアイドルをやっていた頃の曜の大好きな笑顔だった。
「よーちゃんがいつまで経っても来ないからチカの方から来ちゃったのだ!」
「どういうこと・・・?」
千歌は曜の問いかけに答えず、笑顔のまま曜へ歩み寄る。
「こういうこと」
「え?あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
曜の悲鳴。彼女の肩に走る激痛。その激痛の正体は左肩に刃渡り10cmほどのナイフが突き刺さっていたからだ。刃は曜の肩を貫き、刃先が後ろへ飛び出している。
「千歌・・・ちゃ・・・」
千歌からよろけながら離れる。
曜の左腕には血が伝い、足元の雪を赤く染める。顔からも冷や汗が止まらない。
「よーちゃんってばいつまで経ってもチカを殺しに来ないから。待ってたんだよ?ずーっと」
「何を、言って・・・」
突然の激痛で思考がまとまらない。
千歌が何を言っているかも理解できない。
「よーちゃんはチカのことが好きで好きで、だーいすきで殺したいんでしょ?」
「なんで・・・それを・・・」
「それを知った時チカ、嬉しかったんだ。チカも同じだったから。両思いだって!」
「そんな・・・。千歌ちゃんも・・・」
「チカも『ID』だよ」
その事実は曜に深く、鋭く突き刺さった。
守ろうとしていたもの。守りたかったものが今、曜の標的になった。
「でもつまんないよー。せっかく作ってあげたきっかけをみんなよーちゃんが台無しにしちゃうんだもん」
「どういうこと・・・?」
「Aqoursの『ID』の事件、全部チカが仕込んだんだよ!凄いでしょ!」
胸を張って誇らしげに語る千歌。
「なんでそんなことを・・・」
「チカなりのアシストだよ〜。この殺意を乗り越えてこその美しい愛にチカは惹かれたんだ。みんなで学んで実行しようとしてたんだ。そのためのネタも貰ったし」
「誰?」
「ん?」
「誰に貰ったの?」
「えーっと・・・」
千歌は顎に手を当て、考える素振りをする。
「ああ!あの日だ!手を折って沼津に診察に行ったんだけど、その時のお医者さんに貰ったんだ!」
喜びながら話す千歌を曜はただただ無表情無表情に見つめる。
「でも梨子ちゃんにはカンドーしたなー。あれこそ美しい愛だよね!」
「千歌ちゃんはさ・・・」
「ほぇ?」
「千歌ちゃんは何も思わなかったの?みんな居なくなって・・・」
「うん!これも全部よーちゃんのためだから!」
「そっか・・・」
曜は覚悟を決めたように息を吐く。
「私はね、この『ID』になってから前以上に千歌ちゃんを守ろう、って頑張ってた。『ID』になった人を助けようとしてた。それは今も変わらない。だから千歌ちゃんを助けるよ」
「そーなんだ!よーちゃんは偉いね!」
「でも今は違う。千歌ちゃんはもう手遅れ。だから私が殺してあげる」
確かに曜の言う通り、千歌はフェーズが進み、手遅れなのかもしれない。
曜の言葉に千歌はあからさまに表情を変え、不機嫌になる。
「何言ってるの?殺すのはチカだよ。そもそもよーちゃんにチカが殺せるの?」
「殺すよ。例え千歌ちゃんを殺すことになっても千歌ちゃんを守るって決めたから」
曜は刺された肩が動くことを確認しながら千歌に告げる。
(肩は動くけど、死ぬほど痛い・・・。これ抜いたら凄く血が出るんだろうなぁ・・・)
「そっか。分かったよ。じゃあ」
千歌は身を低くし、構える。
「
駆け出した千歌は曜へ飛びかかる。
「よーうちゃ・・・・・・!あ」
飛びかかった千歌は曜に顔を捕まれ、地面に叩きつけられる。
「ふーっ!ふーっ!何1人で盛り上がってるの?千歌ちゃんが私を殺せるわけないよ。・・・だいたい、私に1度も勝ったことないくせに・・・。調子に乗るんじゃない!」
曜は千歌に馬乗りになり、右腕で何度も何度も千歌の顔を殴り付ける。
「私が!私がどれだけ我慢してきたのか分かってるの!?大好きな人を殺さないように!頑張って頑張って頑張って!溢れそうになる殺意を抑えて!Aqoursのみんなも『ID』だって言われて!何回もみんなが死ぬところ見てきて!そしたら千歌ちゃんが私を殺しに来て!みんなお婆ちゃんになるまで仲良しで、ずっと一緒だと思ってたのに!もう訳わかんないよ!」
曜は叫びながら殴るのをやめない。
今まで堪えてきた殺意を全て出し切るかよように。
「一時期は梨子ちゃんにベタベタくっついて!私の気持ちなんか知らないで!」
「このっ・・・!」
千歌も曜を殺すと宣言したからには殺られるだけでは終われない。
腹筋運動の要領で曜へ頭突きをし、仰け反らせる。
「ぅあ・・・!」
「チカだって!」
曜に乗り、拳を握ると曜の頬を殴る。
「ガッ・・・!!」
「抑えるのは大変だったんだよ!もう我慢の限界だったの!だったらよーちゃんを殺すしかないじゃん!・・・よーちゃんを殺してチカも死ぬ、しかないじゃん・・・!」
千歌はそれから1度も殴らず、曜の胸に顔を埋め、涙を流す。
「チカだってみんなをあんな風にさせたくなかった・・・。でもやらないと自分が壊れてしまいそうで・・・。こんなことしてたらよーちゃんが私を殺してくれるんじゃないか、って思ったの。だから狂った人みたいになってみんなをあんな風にした・・・」
「千歌ちゃん・・・」
「だからよーちゃんがチカを殺したい、って言ってくれた時、嬉しかった。ようやく終われると思って。でもそれと同時に怖くなった・・・。自分が死ぬのが・・・。よーちゃんを殺せば楽になれるとも思ったけど、それも怖かった・・・」
ポツリポツリ、と話す千歌。
そんな彼女に曜は優しく告げる。
「そっか・・・。千歌ちゃんも我慢してたんだね。ごめんね・・・」
「よーちゃんのせいじゃないよ・・・。全部チカが悪いの・・・」
「・・・ねぇ、千歌ちゃん」
「・・・何?」
曜は自分の肩に刺さったナイフを掴み、引き抜こうとする。
「うぐっ・・・!!うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「やめて!抜いたら血が・・・!」
「関係、ないよ・・・っ!ぐぅううっ!!」
ナイフを抜き取ると曜の肩からは血が滝のように流れ出す。
「これで・・・、わた、しを・・・、殺してよ・・・」
震える腕で千歌にナイフを見せつける。
「私を殺して。うう、ん・・・。誰でもない、千歌ちゃ、んに殺されたい・・・」
曜は息も途切れ途切れで千歌へ最期の願いを告げる。
「・・・できないよ」
「お願い、千歌ちゃん・・・」
「よ、うちゃん・・・」
千歌はそっ、と曜の持つナイフを両手で手に取る。
「はぁ、はぁ・・・。よーちゃん、よーちゃん!」
覚悟を決めた千歌はナイフを振り上げ、曜の胸を狙う。
(やっと、終わるんだ・・・。この悪夢も・・・。千歌ちゃんに終わらせて貰えるんなら・・・)
目を閉じ、迫り来る死を受け入れる曜。
しかし、それは一行にやって来ない。
「無理だよ・・・。千歌にはできないよ・・・」
そっ、と目を開けた曜が見たのはナイフを地面に落とし、顔を隠しながら泣く千歌だった。
「ごめん・・・。ごめん、よーちゃん・・・」
「そっか・・・。・・・ううん、私の方こそ、ごめん。泣かない、でよ・・・」
曜は泣きじゃくる千歌の頭を撫でる。
「やり、直そ?やって・・・、きたこと、は許される事じゃない、けど・・・。2人で、最初から・・・」
「うん・・・。うん・・・!」
曜は優しく千歌に語りかける。
千歌も曜の言葉に頷く。
「私ね、千歌ちゃ・・・んのこと、大好、きだよ」
しかし、告白への返事はない。
ただ千歌は笑っているだけだ。
「千歌ちゃん?」
曜は体を起こす。
そして、彼女が見たのは無惨にも額をナイフで貫かれ、息絶えている千歌の姿。
頭から溢れる鮮血は曜へ流れ落ちる。
「だ、れが・・・」
視界が歪む。
あまりにも酷い現実に。
そして真実はさらに悲惨だ。
千歌に刺さったナイフを握っているのは紛れもなく曜の。自分自身の右手。
そう、曜が見ていたのはただの幻覚。甘く甘すぎるただの妄想。
他の誰でもない、曜自身が千歌を殺した。
「いや・・・。いや・・・。いやぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
その場から飛び退き、頭を抱え叫ぶ。
「なんで!?なんでぇぇぇぇぇぇぇ!!?なんで千歌ちゃんが!!??」
曜の口から出るのは千歌への懺悔と自分への蔑み。
ただ彼女は叫ぶだけだった。
「・・・いつから・・・。いつから・・・私は・・・、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、曜はピタリと止まる。
彼女が見つめるのは千歌の遺体。それとナイフ。
曜はよろめきながら、ナイフを手に取り、スマホを取り出す。
「・・・もしもし」
『どうかしましたの?』
電話をかけた相手はダイヤだった。
「最期に誰かの・・・。ダイヤちゃんの声が聞きたくなったの」
『はぁ?何を言ってますの?』
「さようなら・・・」
曜は自分の心臓にナイフを突き刺した。
「うぅっ!?ゲホッ・・・!!」
口から血を吐き、曜は倒れる。
『曜ちゃん!?何が起きましたの!?曜ちゃん!?曜ちゃん!!』
落としたスマホから聞こえるダイヤの叫び声。
曜は最期の力を振り絞り、千歌の元へ這いずる。
(待っててね・・・。すぐに私も行くから。千歌ちゃんを1人にさせないよ。・・・善子ちゃんが聞いたら怒るんだろうなぁ・・・。ダイヤちゃんと鞠莉ちゃんも怒るよね・・・)
次第に曜の視界は闇に呑まれていく。
『〜〜〜〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜!!』
(ダイヤちゃん、なんて言ってるか聞こえないよ・・・)
スマホのスピーカーから聞こえるダイヤの声も曜には聞こえなくなっていた。
(あれ・・・。千歌ちゃん、どこ・・・。見えないや・・・)
弱々しく腕を動かし、千歌を探す。
(あ、いた・・・。もう、離さないからね・・・)
千歌の手を握りしめる曜。
(ああ、なんだか眠いや・・・。千歌ちゃん・・・)
真っ白な雪景色の真ん中に咲いた赤い命の花。
その中心で曜は静かに息を引き取った。
やっと・・・1つになれたね・・・。
海の蒼が夏の陽の光で輝くここ、内浦。
その海が見渡せる山に作られた墓地には女性が1人、墓参りをしていた。
「あれから随分、経ちましたね・・・」
女性は目の前の墓石へ話しかける。
「あれから少しは進展がありましたのよ。もっとも、まだまだ目処は立っていませんが・・・。あの時、千歌さんと貴女が繋いでいた手に『ID』のウイルスが入ったカプセルが握られていました。それをなんとか治療に役立てようと鞠莉さんと善子さんが奮闘中ですのよ」
女性は墓石へ水をかける。
「そろそろ行きますわ。また来ますわ、曜ちゃん」
女性が立ち去ろうとした時、彼女を呼び止める声がした。
「ダイヤ」
「・・・果南、さん」
女性、ダイヤを呼び止めたのは果南だった。
「久しぶりだね。ダイヤは元気?」
「・・・ええ。果南さんは?」
「ダイヤのおかげで元気だよ」
果南は笑う。
「元といえば、わたくしのせいです・・・」
「気にしてないよ。ここに来たのはさ、ダイヤに伝えたいことがあるからなんだ」
果南は妙に照れながら言う。
「なんですの?」
「私さ、ダイヤのこと・・・」
今回をもって、この『私の恋には貴女の死をもって』は終わりです。
この作品を読んで下さった方々には不快な思いをさせたと思います。
誠に申し訳ありません。
ですが、この殺意と恋に苦悩し、それでも千歌のために励む曜の姿を最後まで書き抜けてこれてよかったと思っています。
最後になりますが、評価と感想をお願いします。
ここまでお付き合い、ありがとうございました!