千歌に告白することを決めた帰り道、旧友に襲われ、見知らぬ男に助けれた。
事件に巻き込まれた曜が次に見るものとは。
曜は不思議な感覚に戸惑っていた。宙に浮いているような、落ちているような、海面に浮かんでいるような、潜っているような・・・。
妙に浮ついた感覚はどこか心地よく、爽快だ。
次第にその感覚に慣れ、体の力を抜き身を任せる。しかし、いつの間にか浮遊感は消えて、肌にまとわりつくような不快感が曜を襲う。さらに、首にはあの時絞められた息苦しさと意識が堕ちていくあの感覚に似ている。目の前には黒い人のような影。まさに今、曜は目の前の人の形をした何かに首を締めあげられているのだ。
「誰なの!?」
不思議と声は出る。
問いかけても影は答えない。
「こんの・・・!」
苦しいが、体は動く。
曜はお返しと言わんばかりに影の首を締め上げた。
すると、人の形をした影の顔の部分だけ影が取れていく。
「嘘・・・?千歌ちゃ・・・」
「なんで?なんでこんなことするの?」
晴れた影から出てきたのは青ざめ、生気が無くなっていく千歌だった。
「ウアアアアアアアアアアア!!」
叫び声とともに曜は跳ね起きる。
心臓の鼓動は長距離走を終えた後よりも数倍激しく、全身から嫌な汗が滴っている。
曜は額の汗を拭い、辺りを見渡す。そこはいつもの自分の部屋だ。
「はぁ・・・、はぁ・・・、・・・んぐっ、はぁ・・・。・・・夢なの?」
曜は全身汗だくで、その汗は全く止まる気配がない。
「ヤだな・・・。昨日あんなことがあった後だからかな・・・」
額を伝う汗を手で拭い、心を落ち着かせる。
ふと時計を見るとまだ朝早い4時だ。
「・・・そう言えばお風呂入ってなかった」
曜はあのまま眠ってしまっていたため、制服のままだ。
他の事を考える余裕など無かったのだ。
「最悪・・・。制服にシワ付いちゃったよ」
急いで制服を脱ぎ、ハンガーに掛け、下着姿のまま浴室に向かう。
下着を脱ぎ、浴室に入ると、さっ、と汗を流し、体を洗う。
鏡に映る自分を見て、首周りに手形がついているのに気がつく。
曜は手を震えさせながらその痕に触れる。その瞬間、昨日の出来事がフラッシュバックする。
少し見知った知人が狂喜に顔を歪ませ、自分が弱っていく姿を見て歓喜する。
「・・・なんで?あんなのおかしいよ・・・」
曜はその場でヘタリ込み、涙を流す。
固定したシャワーヘッドからは気持ちのいい温水が流れ、曜の肌と涙を優しく叩く。
夢じゃない。あれは現実なんだ、と思考を恐怖が埋め尽くす。
「・・・ぐすっ。ダメだ、渡辺曜。私はそんなキャラじゃないでしょ。そんなの私じゃない」
流れ出した涙をシャワーのお湯と共に流し、気合を入れ直す。
「家出るまでに制服にアイロンかけて、その後は衣装の続きやらないと。うん、くよくよしてられない」
曜は頭の中の恐怖を取り去るように意識を切り替えた。
今日もAqoursの朝練がある曜は善子と2人でバスに乗って学校に向かっている。
「曜、かの約束の地での契約の件、忘れてないわよね?」
「今日?なんのこと?」
「貴女ねぇ!今日の昼休みに屋上で千歌に告白するって決めたじゃないのよ!」
「え?・・・あっ。あぁあああああああ!!」
曜は善子に昨日無理矢理メールを送らされ、告白することになっていたのだが、昨日の事件のせいで頭からすっかり抜け落ちていた。
「まさか、忘れてたの?」
「昨日はそれどころじゃなかったの!どうしよう善子ちゃん!?」
「ヨハネ!私に聞かないでよ!」
「助けて!ヨハネ様~!!」
「こういう時ばっかりヨハネって呼ぶな!」
『車内ではお静かにお願いします』
「はい・・・」
中々集中できず、朝練ではAqoursの3年生、黒澤ダイヤに怒られてばかりだった曜は朝の教室で机に突っ伏していた。
「よ、曜ちゃん?大丈夫?」
心配そうに、曜に声をかけたのは2年生でAqoursのメンバーの桜内梨子。
「あー。梨子ちゃーん。私、どーしよー・・・」
「何かあったの?」
「ん」
曜は昨日、善子が打ったメール文を梨子に見せる。
梨子は曜のこの気持ちを知っているため、特に驚いた様子もない。
「善子ちゃんにやられた・・・」
「なるほど・・・。今の曜ちゃんから察するに、告白の言葉を考えていない、と」
「仰る通りです・・・」
「だから朝練は怒られてばかりだったんだね。曜ちゃんらしいと言うか、なんというか・・・。でも、そんなに難しく考えることはないんじゃない?」
梨子の言葉に曜は顔を上げ、目を丸くする。
「曜ちゃん?」
「難しーよー!!」
だが、曜はまたすぐに机に突っ伏してしまった。
「えぇ・・・」
「でも、頑張ってみる・・・」
「・・・うん!」
曜の孤独な戦いが始まった。
そして、運命の昼休み。
いつもなら曜、千歌、梨子の3人で机を合わせ、弁当を食べるのだが、梨子が気を使い、別の所で食べると言ったのだ。
「なんだか、よーちゃんと2人で食べるなんて久しぶりだね!」
「う、うん!そうだね!」
いつも通りの千歌に対して曜は緊張しっぱなしでどことなくよそよそしい。
授業と授業の間の休み時間でさえ、曜はまともに千歌と会話どころか、目も合わせれていない。
「あ、それでさ。昨日のメールなんだけど」
「う、うん」
「屋上じゃないとダメなの?」
どうやら千歌は曜が告白するとは思ってないようだ。
「うん。だめ。大事なことだから」
「そっか」
真剣な表情で言った曜に対し、千歌は微笑む。
「ありがとう、千歌ちゃん」
その瞬間、曜は持っていた箸を千歌の喉元に突き刺した。
カラン・・・。
「え?」
「よーちゃん?どうしたの?いきなりお箸突き出して、そのまま落として」
確かに今、曜は無意識のうちに、千歌の喉元に箸を突き刺した。しかし、突き刺したはずの箸は床に転がり、千歌は傷一つ無い。寧ろ曜の今の行動を不思議そうに見ている。
(あ、あれ?今の何?)
確かに曜は見た。
千歌を自分の手で殺す瞬間を。
箸が千歌の細い首を貫通し、そこから鮮血が溢れ出すのを。
「よーちゃん?」
「あ・・・。うん!何でもないよ!ごめんごめん!」
曜は慌てて箸を拾う。
「ちょっとぼーっ、としちゃたかも。箸、洗ってくるね」
「うん・・・」
曜は落とした箸を廊下の手洗い場で洗いながら、さっきの光景について考える。
(私は千歌ちゃんを殺した?いや、殺してなんかない。殺そうなんて思ったことなんてないし。実際、千歌ちゃんは普通にしてるんだし。んー・・・。この箸じゃやっぱり弱いよねぇ。もっとこう、大きくて、長くて、鋭くて。あ、教室の椅子1の足を本1本折って、それを千歌ちゃんに突き刺したらとってもいいかも!)
そこで曜はハッ、とする。
今、確かに曜は千歌を殺すことを考えていた。
(待ってよ。なんで私、千歌ちゃんを殺すことを考えてるの?意味わかんないよ!)
必死に否定しようとするが、頭の中で浮かぶのは千歌を殺すイメージばかり。
愛用の包丁で体を部分ごとに切り分け、体1つ1つをピンクッションにしたり、腹を開けて、その中に自分の私物を入れてカバンにしたり、もういっそ急所を一撃で貫いたり。
千歌を殺すことしか考えられない。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!私は千歌ちゃんのことが!」
そこで曜は昨日の昔のクラスメイトを思い出す。
彼は曜を殺そうとした。いつも明るい曜が弱っていくのが最高なのだ、と。
今の曜の思考は彼に似ている。明るくていつも一緒にいて大好きな千歌を私の手で殺したい。
そのことに曜は気づいてしまった。
「もー。よーちゃん、遅いよー」
「ち・・・か・・・・・・ちゃ・・・」
「廊下で何騒いでたの?あまり大きな声でチカの名前呼ばないでよ。恥ずかしいじゃん」
曜は水道の水を流しっぱなしで千歌に向き直る。
「ねえ、千歌ちゃん」
「何?」
「私は千歌ちゃんを」
殺す。
曜はその一言を言おうとした瞬間に理性が言葉を止める。
「違う!違う違う違う違う違う!!私はそんなんじゃない!そんなことなんてあるもんか!!」
脳が、感情が、千歌を殺せと命令する。しかし、曜は必死に抵抗する。頭を抑え、倒れ、もがき、叫びながら必死にその命令を拒否する。
「よ、よーちゃん!大丈夫!?ねぇ、よーちゃん!」
「触るなぁ!!」
「きゃっ!」
暴れる曜を落ち着かせようと、千歌は彼女の肩に触れようとするが、その手を強く弾かれ、その場に倒れる。
「よ、よーちゃん・・・!痛っ・・・」
「うぅっ!!ああっ!!違う!私はァ!」
次第に廊下には生徒が沢山集まり、先生たちも来ていた。
教師が5人がかりで曜を抑え、そのまま曜を保健室まで連れていった。
その場に倒れ、震えたままの千歌は、弾かれた右手を見る。その人差し指は青黒くなり、異常な程に腫れ上がって、中指と薬指は本来曲がるはずのない方向に曲がっていた。
「痛いよ・・・。痛いよぉ・・・。どうして?どうしちゃったの?よーちゃん・・・」
千歌は体をグッ、と丸め、痛みに耐えながら涙を堪え、蹲ることしかできなかった。
当たり前のようにある日常はガラスのように脆く、少しずつヒビを増やしながら崩れていく。
曜に起きた異変。
輝かしい日常は壊れていく。