理性と衝動が混ざり、倒れた曜。
そして曜に薙ぎ払われ、怪我を負った千歌。
曜の異変は加速していく。
曜が目を覚ますとそこは保健室のベッドの上だった。
「・・・あれ?私・・・」
いつ間に寝ていたのか、どうして保健室にいるのか、全く記憶が無い。
「渡辺さん、起きた?」
「・・・先生」
寝たまま隣を見ると担任の先生が椅子に腰掛け、曜を見ていた。
曜は体を起こし、先生の顔を見る。
「どうして私・・・」
「貴女、暴れてたのよ?」
「え?」
「覚えてないの?いきなり廊下で大声を上げて、高海さんをなぎ倒したのよ」
「千歌ちゃんを・・・?あっ」
曜はその事をハッキリと思い出した。
千歌を殺したいという殺意と共に。
「・・・・・・べ・・・ん!・・・たなべ・・・ん!?渡辺さん!?」
「あ、はい・・・」
曜は先生から名前を呼ばれていたことにようやく気づく。
「本当に大丈夫?貴女、過呼吸気味になっていたのよ」
「え?そうなんですか・・・」
そんな状況になっていたことに曜は自覚がない。
「・・・家の人は呼んでるから、来られたら帰りなさい。先生の方からも病院に行くように言っておくから」
「・・・すみません」
先生は保健室を立ち去る。
1人になった曜は今日のことについて考える。
まず、千歌を見ると殺したくなる。これは変えようがない事実。しかも、この衝動は千歌を前にしなくとも、現在進行形で起きている。まるで、人間の生理的欲求のように。
「こんなんじゃ、人間じゃないよ・・・」
曜は再びベッドに倒れ、腕で目を隠し、静かに涙を流した。
「告白、できなくなっちゃったなぁ・・・」
しばらくして自然と涙は止まる。
今の自分を制御する方法を考えたが、答えは見つからない。
そして、30分ほどで曜の母が迎えに来た。
曜の母は先生たちにお辞儀をし、曜の荷物を持つ。
「立てる?」
「うん。大丈夫」
曜は特に問題なくベッドから降り、立ち上がり、母親について行く。
車に乗り、学校を出ると、家を通り越して沼津の街中に進んでいく。先生からの話でもあった通り、病院に行くみたいだ。
「曜、無理してるんじゃないの?」
「・・・そんなつもりはないけど。体に結構溜まってたかも」
曜は笑いながら嘘をつく。
あの時は欲望と理性の2つが混ざり、爆発して気を失った。しかし、そんな話をしても信じてもらえるはずもない。
「さ、着いたわよ」
病院に着き、車から降りる。
中に人はそれほどおらず、曜の順番はすぐに回ってきた。
曜は名前を呼ばれると、少し面倒に思いながら、診察室に向かう。
結果は異常無し。
体にはどこにも異変な所はなく、至って健康のようだ。医者からも日々のストレスが原因かもしれないと言われた。
曜はその事を母親に告げる。
「だったら良いんだけど。無理だけはしないでね?」
「うん。分かってるよ!」
口ではそう言っているものの、曜の殺意はだんだんと膨らんでいく。こんなのが続くならいっそ、自殺でもしよう、なんて後ろ向きなことを考えるほど、曜の精神は弱っていた。
曜は車が信号で停車し、助手席から外を眺めていると、よく見知った後ろ姿を見かけた。
あれは千歌だ。
(まだ授業中なのにどうしたんだろう・・・)
右手には包帯が巻かれている。
見間違えるはずがない。
証拠に曜の心臓はドクンっ、と跳ね、車を飛び降りてでも殺しに行こう、と欲求が暴走し始める。
(落ち着いて落ち着いて。大丈夫。私は千歌ちゃんを殺す気なんてない。これは気のせい)
千歌から目をそらし、何度も心の中で繰り返し、殺意を押し殺そうとする。
(ダメ、ダメ、ダメだよ。殺したくなんてない。落ち着け。落ち着くんだ私)
冷や汗をかきながら再び千歌の居たところを見る。
そして、曜は信じられない光景を見てしまう。
男が3人、女が2人。
千歌を囲って何か話している。千歌は怯えて、ゆっくり後ずさりをしているが、後ろから男が回り込み、千歌を逃がさない。そして、後ろに回り込んだ男は千歌を締め上げ始める。千歌は糸が切れた操り人形のようにだらん、と力を失くし、意識を失った。
(もう、見てられない・・・!)
「お母さん、ちょっとトイレ行きたい。あそこのコンビニに行くから、車止めて」
「もう、我慢できないの?」
「えへへ・・・。ごめん」
「全く。行ってきなさい」
「ありがと!あ、家も近いから後は自分で帰るよ」
「分かったわ。気をつけて帰るのよ」
「はーい!」
曜は車を見送り、男たちのいた方を見る。
彼らは千歌を抱え、車に乗せ、走っていった。
「この・・・」
曜は無我夢中で走り、車を追いかける。
(逃がさない!逃がすもんか!千歌ちゃんをどこに連れていくつもり!?千歌ちゃんを殺すのは私だけなんだ!)
走りながら曜はこの状況下でも千歌をどう殺そうか?と考える。
(車のタイヤで手足を1つ1つをすり潰すせば、千歌ちゃんの聞いたことのない声が聴けるよねぇ。あ、でも縄で巻き付けて、町中を引きずって千歌ちゃんの血で言葉を書くのもいいかも。うん!そうしよう!まずは千歌ちゃんを狙うやつを殺すところからだね)
やることを決めた曜は前を走る車を再び見据え、走る速度を上げていく。そこで曜はふと立ち止まる。
(あ、あれ?なんで私、車に追いつけるの?)
そうなのだ。曜は明らかに指定速度以上で走る車に走って追いつこうとしていたのだ。
異常な身体能力。
曜はこのことに身震いをした。
(あの時、殺意の出ていた私は無意識に千歌ちゃんをなぎ倒したらしい。じゃあ、千歌ちゃんが包帯を巻いていたのって・・・。私の・・・、せい・・・?)
殺意よりも大事で大切な親友を、片想いの相手をこの手で傷つけた罪悪感が胸を締め付け、その場にへたり込む。
「・・・だめだ、渡辺曜・・・。今は千歌ちゃんを助けないと・・・。助けないと・・・」
曜は足を震えさせながらゆっくり立ち上がる。
千歌を攫った車はまだ目で捕えられている。
(・・・殺意はまだ収まっていない。助けに行っても千歌ちゃんを殺そうとしてしまうかもしれない・・・。けど、今はその殺意を逆手に使うんだ・・・。大丈夫、私ならできる。飛び込みで心を鍛えたんだ。できる。千歌ちゃんの憧れでいられるように私はやってきたんだ。大丈夫、やれる。まだ、間に合う・・・!)
曜は震える足を叩き、気合を入れ、目を閉じ、深く深呼吸をする。
(・・・うん。行ける。飛び込みの前と同じ。私にできないことなんて無い、っていう嘘みたいな自信。それが確かにある。・・・なんで大好きな千歌ちゃんを殺したくなったのかは分からないけど、こんな殺意になんて私は負けない)
ゆっくり目を開き、心が落ち着いて行くのを確かに感じた。
「千歌ちゃんにまとわりつくものを追い払って、千歌ちゃんを守って、そして・・・」
曜は曲がり角を曲がる車を睨みつけ、静かに呟く。
「私が千歌ちゃんを殺すんだ・・・」
千歌を救うために決意を固めた曜。
曜の殺意は止まらない。