千歌を救うために車を追う曜。
千歌を見つけた先にあるものとは。
「な・・・、なんですか?」
手を怪我した千歌は沼津の病院で診察を終え、病院から駅までの道を歩いていた。
千歌の手は包帯で巻かれており、人差し指は酷い突き指。中指と薬指は骨折して、全治3ヶ月の怪我だ。
行きは千歌の姉である志満に送ってもらったものの、仕事の急用で先に帰ってしまった。
そして現在、駅までの途中で知らない男女5人に絡まれてしまった。
「まあまあ、怖がらないでよ。君さ、Aqoursの高海千歌ちゃんだよね?」
5人の中でも1番背の高い男が千歌に優しく声をかける。
優しそうなのは声だけで見た目もチャラチャラしていて、言葉には下心が丸見えだ。
「そう・・・ですけど・・・」
千歌は怯え、後退りをしながら答える。
「やっばー!?ホンモノじゃん!俺、ファンなんだよね!」
話しかけてきた男の隣に立っていた緑色に髪を染めた男が、千歌の後ろに回り込み、馴れ馴れしく肩を抱く。
「さ、触らないで・・・!」
千歌は震えながら男の行動を拒否する。しかし、恐怖で体が動かず、手を払い除けることもできない。
「ほらー。千歌ちゃん、怯えてるじゃん。やめなよ」
ケバい化粧をし、長い髪を金髪に染めた女が笑いながら注意をすると、男は千歌から離れた。
「あたしらさ、Aqoursのファンでさー。いちおー、あたしらもここに住んでるわけじゃん?そんで、同じここで頑張ってるAqoursのこと、知りたいわけ」
金髪の女が笑顔を浮かべながら千歌に歩み寄り、その肩を掴む。
「ちょっとうちらと遊ぼっか」
その瞬間、千歌の体は極度の恐怖を感じた。
こらから自分が何をされるのか、どうなるのか。あらゆる可能性が脳裏を巡る。
「やめて!」
千歌は本能で危機を感じ、女の手を払い除ける。
パシッ、と手を払う音。乾いた音がその場の静寂を誘う。
「は?何?」
女の笑顔が一瞬で無くなり、冷たい視線が千歌を貫く。
「あーあ。やっちゃった」
ショートヘアーの茶髪の女がどこか愉快そうに、わざとらしく大きな声を出す。
周りの男3人もニヤニヤと汚い笑みを浮かべ、千歌を見る。
「うちらが優しくしてあげてんのに。何様?」
「えっと・・・。あぅ・・・」
後ずさる千歌。
「もういいや。やって」
女が素っ気なく言うと、今まで一言も話していなかった体格の良い屈強な男が千歌の後ろに回り込む。
「悪いね。ま、アンタの行いを反省しな」
男はそのまま千歌を羽交い締めにし、意識を刈り取る。
「じゃあ、車に乗せて。お楽しみ、始めるわよ」
「うーい」
金髪の女の指示に従う4人。
ワゴン車に千歌を乗せ、走り出す。
車を追いかけ、曜が辿りついたのは沼津港の公園。
既に日は落ち、人の気配は無い。今ここにいるのは曜と千歌、それに千歌を攫った5人だけだろう。
「早く見つけなきゃ・・・」
曜は気配を殺し、5人を探し始める。
公園を歩くこと数分。何やら話し声が聞こえてきた。
「さて、どーする?アンタら犯す?」
「マジで?いい感じ?」
「まあ、ゆーてやることってそのくらいじゃね?」
「そーだよなー」
曜は奥で話す声を聞いて足が止まる。
(犯す・・・?千歌ちゃんを?)
させない、そんなことはさせない、と曜は拳を握る。
近くの木に隠れ、彼らの様子を伺う。
千歌は木に持たれるように眠っており、手を縄で縛られていた。それを5人が囲うように立っている。
「うちらも混ぜなよ?」
「何?お前らレズなん?」
「その気は無かったけどねー。この子見てたら興奮するわ。顔は幼いのに体はこんなにイイしね」
「やっぱレズじゃねーか!」
ゲラゲラと汚い笑い声。その声を聞いて曜の足は竦んでしまう。
(千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん千歌ちゃん)
これから行われてしまう千歌の姿を想像して曜の思考はぐちゃぐちゃになる。
(千歌ちゃん千歌ちゃんチカちゃんチカちゃんチカチャンチカチャンチカチャンチカチャンチカチャンチカチャンチカチャンチカチャン)
その時。
「あぁ!?なんだおめェ!何してんだゴラァ!!」
曜はその声に驚き、ぐちゃぐちゃの思考が吹き飛ぶ。
恐る恐る顔を覗かせる。そして、その光景に思わず口を抑える。
人が死んだ。
いや、殺されていた。
千歌を締め上げ、意識を失わせた体格の良い男が、1番背の高い男の首を掴みあげている。
それだけならいい。
しかし、長身の男の首は屈強な男の手に握り潰されていた。
屈強な男は掴み上げていた男を投げ捨てる。大きな弧を描きながら死体は曜の目の前に落ちる。
曜は体を震えさせながら死体を見る。
「ヒッ!?」
漏れてしまった悲鳴。咄嗟に口を押さえ、声を殺す。
もう1度、怯えながら死体を見た。
体。
何も変わりない。
首。
木の枝の様に細くなり、皮膚から骨がはみ出している。
頭部。
白目を向き、目、口、鼻、耳、全てから血が溢れている。
その血は次第に量を増やし、血の池を作り出していた。
(ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ。・・・・・・・・・・・・千歌、ちゃんは・・・?)
固めた決意が壊れそうな曜はゆっくり木の影から4人の様子を覗く。
「悪いが、高海千歌は俺が好きにする」
「はあ?何言ってんの、あんた」
金髪の女が睨みつけなが、話を続ける。
「今更助けてヒーロー気取り?」
「全くそんなつもりは無い」
「だったら何なんだよ!?お、お前、こ、ここここころ・・・」
緑髪の男は回っていない口で叫ぶ。
「まあ、見てろ。最高なモノを見せてやるから」
屈強な男は不気味に笑う。
その顔を見て曜は昨日のクラスメイトと同じ表情だと気づいた。
(まさか、最高なモノって、千歌ちゃんを・・・)
男はゆっくり千歌に歩み寄り、髪を1房摘み、その匂いを嗅ぐ。
「いい匂いだ・・・。本当に。だけど、何も興奮しない。起きるのは殺意だけ。この高海千歌を殺したくて殺したくてたまらない」
「は、はあ?な、何言ってんの、あんた・・・」
金髪の女も異常さに怯え始めたのか、声が震えている。
「て、てめぇ、いいかげ・・・!?ぎゃぁぁぁぁ!!??!?!?」
緑髪の男が屈強な男に飛びかかろうとした。しかし、一歩も進むことができず、その場で倒れ、足を抑えながら悶える。
「あぁ!!足ィ・・・!足がぁ・・・!」
「いちいちうるさいんだよね、マジで」
悶える緑髪は男を見下ろしているのは茶髪の女。その手には血がついたナイフが握られている。恐らくそれを緑髪の男の足に突き刺したのだろう。
「これさ、アンタにぶっ刺しても良いんだけど。どする?」
茶髪の女はしゃがんで緑髪の男の目の前にナイフをチラつかせる。
その度に緑髪は短い悲鳴を上げ、怯える。
「はぁ。やっと静かになった。でも、これ千歌ちゃんのために使いたいんだよねぇ」
茶髪の女は立ち上がり、手でナイフを遊ばせながら、くるくる回す。
「意味わかんないんだけど・・・。マジでお前らなんなの・・・」
金髪は今にも泣き出しそうな声で2人に話しかける。
「んー。こいつは一目惚れをこじらせすぎた感じ」
「まあ、そうだな」
「んで、アタシなんだけど、これが複雑でねぇ」
茶髪は愉快そうに話を続ける。
「アタシさ、前水泳やってんだけど」
水泳という言葉に曜はピクリ、と反応する。
(この声、どこかで聞いたような・・・)
「水泳と言えば渡辺曜ちゃんじゃん。アタシ、その子とリレーチーム組んでて、毎日頑張ってたんだよ」
曜はその言葉に驚く。
(思い出した・・・。同じスイミングスクールの友達だ・・・)
今、千歌を殺そうとしているのは曜の友達だ。
その現実に驚きを隠せない。
「でもさ、この子が言い出したAqoursで曜ちゃん取られちゃったわけ。この子が憎くて憎くてムカついてさぁ」
「だから殺すって?」
「まあまあ、話は聞きなって。そんで千歌ちゃんのこと色々調べたらさ、もう泣けんの!自分は普通だ。普通星の普通怪獣だって。だからこのスクールアイドルで輝いて曜ちゃんに並ぶんだ!って。それ知ってさ、アタシこの子に惚れちゃったんだわ」
「・・・・・・きも」
金髪は吐き捨てるように言う。
「まあ!そーだよねー!わかるわかる!そしたら最近裏サイトでAqoursメンバー拉致ってなんかやるみたいな書き込みあったからそれに便乗したわけ!そん時にコイツも居てさ!一目で同族って分かったの!あ、それとね千歌ちゃんだけど、それだけじゃないのよ!この子惨めでさー!何やっても中途半端でそれなのに曜ちゃんに並ぶとか言ってさ!笑っちゃうよね!惨めで惨めでアタシが慰めて特別になってあげなきゃって!」
茶髪は半狂乱の状態で叫ぶ。
言っている言葉も滅茶苦茶だ。
「だから、殺しちゃおう。殺してアタシが千歌ちゃんの特別になってあげるんだ」
(特別・・・?)
特別。
その言葉が曜の中にストン、と落ちた。
(何?この感じ。何か足りなかったものが埋まったような・・・)
しかし、今の状況は曜に考る時間を与えてくれない。
状況は進んでいく。悪い方へ。
「殺す?バカか!!俺はその女を犯るんだよ!」
緑髪が倒れたまま叫ぶ。その声を聞いたためか、茶髪は顔を歪める。
「はあ、もうウザ。死んじゃえよ」
茶髪はナイフを掌でクルリ、と回し、逆手に持つ。
そのまま緑髪に近寄り、顔の前でしゃがむ。
「最初から犯ることしか考えてない猿だと思ってたけど、まさか本当にねぇ。アタシ、そういう奴マジ嫌いなんだ」
「あ・・・、あぁ・・・」
「死ねよ」
ナイフが緑髪の頭部を狙って振り下ろされる。
「待って!!」
もう見ていられない。
その感情だけで曜は飛び出す。
ナイフは直前で止められ、緑髪に怪我はない。
迫り来る恐怖で緑髪はそのまま失禁し、意識を手放した。
「んー?」
茶髪は首だけを動かし、曜を見る。
「あっ!曜ちゃんじゃん!久しぶりだね!」
目の前に倒れている緑髪に向けた殺気は嘘のように消え、曜のよく知るいつもの彼女に戻る。
「・・・・・・うよ・・・」
「え?」
「やめようよ、こんなの。間違ってる」
曜は力ない声で呟く。
「んー。やめないよ。こんなに良いこと、止めれるわけないじゃん」
茶髪は調子を帰ることなく、あっさりと言い放った。
「曜ちゃんはそこで見てなよ。きっと最高な気分になるよ」
(このまま見てる・・・。つまり、千歌ちゃんが殺される様を見届けるってこと・・・)
その事実に曜は少しだけ惹かれてしまう。しかし、気持ちはそう単純ではない。
千歌を殺したくない。
千歌を殺したい。
千歌が死ぬその瞬間を見たくない。
千歌が死ぬその瞬間を見たい。
多くの感情が頭の中で混ざり、曜はその場で立ち尽くす。
「ありゃ?黙っちゃった。ま、いっか。それじゃ、始めよっかー」
「ようやくか。あまり待たせないで欲しい。抑えるのだって一苦労なんだ」
茶髪の言葉に男もノリ気になったようだ。
「じゃあ、まずは手から行っとく?」
「任せる。最後さえ俺が混ざれるのならそれでいい」
「はいよー。じゃあ、その包帯巻いてる右手から落としちゃおう」
茶髪は懐から薪を叩き割るような大きな灘を取り出し、千歌の右手を掴む。
「行っくよー」
茶髪が手を振り上げた瞬間、曜は叫んだ。
「触るな!」
その声に茶髪はピタリ、と止まり曜を睨む。
「何?今からが楽しいのに止めちゃって」
「触るなよ。そんな汚い手で千歌ちゃんに触れるな」
曜はゆっくり歩み寄っていく。
「千歌ちゃんは私のだ。お前らなんかに触られてたまるか」
「何言ってんの?あぁ、もう。先に曜ちゃんから殺そう」
茶髪はめんどくさそうに頭をかく。
「いいのか?」
「いいよ。邪魔される方がメンドーだから」
そう言うと茶髪は立ち上がり、曜に近寄る。
男も曜の方へと近づいていく。
「あんたも中々いいな。高海千歌程じゃないが」
「何?口説いてる?」
曜はその言葉にイラつきを隠せず、表情に現れる。だが、男は気にする様子もなく、曜に触れるためにその手を伸ばす。
「まさか。そんなつも」
ドサッ。
男は最後まで言葉を言いきらず、その場に崩れ落ちる。
「何・・・、したの?」
茶髪は理解ができない現状に驚きを隠せない。
「あー。そう使えるんだ。ふーん」
茶髪の目の前に立っているのは曜だけ。その曜も意味深な言葉を言いながら、手をプラプラ遊ばせている。
「おかしい!曜ちゃんにそいつを倒せる力なんてないのに!」
「・・・うん。そうだよね。そう思うよね。でも、私も君と同じなんだ」
「同じ・・・?」
「殺したい。その気持ちだけがどんどん強くなって、気づいたら自分の体はとんでもないくらい強くなってて。君もだよね」
曜はまるで感情がないかのように淡々と語る。
「私はね。そこにいる千歌ちゃんが大好き。だけど、好きっていうだけでもの凄く殺してやりたくなる」
「だったら黙って見てたらいいじゃんか・・・」
「それはできないよ。千歌ちゃんが殺されるのなんて見たくないから」
「・・・意味が分からない」
「分からなくていいよ。私は千歌ちゃんを守って、誰にも触れさせないようにする。そして、最後に私が殺す」
そう言ったと同時に曜は走る。
殺意により身体能力が上がっている曜は茶髪との距離を一瞬で0にし、彼女の鳩尾に拳をねじ込む。
「ゴっ、ファ・・・!!??」
茶髪の口から凄まじい量の血が吐き出される。恐らく肋骨は砕け、肺もその骨により、破れてしまったのだろう。
力なく崩れる茶髪を曜は感情のない目で見下ろし、一言も告げず、曜は千歌に歩み寄る。
「・・・お待たせ、千歌ちゃん」
小さく呟くが、千歌は目を覚まさない。
「大丈夫。殺さない。私が千歌ちゃんを守るから」
曜は千歌の手を拘束する縄を解き、そっ、と抱きしめる。
「この殺意もコントロールして千歌ちゃんを守るから。千歌ちゃんが思ってる、なんでもできるヒーローになるから」
まだ眠っている千歌を離し、曜は立ち上がる。
「何をカッコつけている・・・!」
「え?」
声がした後ろを振り向くと先程倒した男が立ち上がり、曜の肩を掴んでいた。
「・・・ふっ!」
男は曜の顔を躊躇わず、全力で殴り飛ばす。
「アガッ・・・・・・!??」
曜の体は地面から数10cm浮き、5m程吹き飛ばされる。
曜の体を受け止めるものは無く、接地しても更に数m転がる。
「・・・うぅ・・・」
あまりの激痛に曜は起き上がることができない。
その場で蹲り、殴られた右頬を手で抑える。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!)
男はフラフラした足取りで曜へ歩み寄る。
「やってくれたな・・・」
男は曜の細い首を掴み上げる。
「うぐっ・・・」
曜の体はいとも簡単に宙に浮く。
「は、離せ・・・」
体をできるだけばたつかせ、暴れたり、掴み上げている腕を引き剥がそうとするが、ビクともしない。
「高海千歌だけを殺せれば充分だと思ってたが、お前も殺す」
男の曜の首を絞める腕に更に力が加わる。
ミシミシ・・・、と何かが軋む音。その音で曜は焦りを覚える。
(まずっ・・・。いし、きが・・・)
視界が薄れていく。
意識も白く染まっていく。
(あぁ・・・。ダメだ・・・。私、死んじゃうんだ・・・)
今の状況に諦め、抵抗するのを止めた。
「はっ!ははっ!!はははははははははははははははははは!!諦めた!!諦めたのか!!??いい!!いいぞ!!その顔が見たかった!!」
叫び狂う男とは反対に曜は近づいてくる死の感覚を静かに受け入れ始めていた。
(ごめんね、千歌ちゃん・・・)
全てを受け入れ、曜の意識が落ちかけた瞬間。
その刹那に声がした。
「JOY!」
この場にいた誰の声でもない。
その声はたった今、ここに現れた男の声。
(なんだろう・・・)
ドサッ・・・、と曜の体は地面に落ちる。
曜の首元を締め付けていたものは何もなく、荒く咳き込みながら肺に空気を必死に取り込む。
「ゲホッゲホゲホ!!ガホッゴホッ!!」
脳にはまだ酸素が充分に届いていない。
次第に霞んでいく視界。
意識を失う寸前、曜が見たものは。
全身から鮮血を撒き散らしながら立ち尽くしている男の姿。
月光に照らされたそれは、罪のようにおぞましく、宝石のように美しく、曜の心を奪う。
(あぁ・・・、キレ・・・い・・・)
意識を失い、倒れる曜。
男もその場で崩れ落ちる。
血と死の匂いが蔓延する公園。
それは月が赤く、怪しげに輝く静かな夜の出来事。
多くの血が流れ、傷ついた曜。
これは悪夢の始まりに過ぎない。