曜が患った病、『ID』
それは恋心が殺意に変換される病。
仲間の優しさに触れ、乗り越えていくことを決意した。
朝、曜が学校に到着すると千歌の姿が見えた。
その千歌は梨子と楽しそうに話していた。
「おはヨーソロー!」
いつものように挨拶をし、2人の元に行く曜。
「あ、おはよう」
「よーちゃん、おはよー!」
2人も曜に挨拶を返す。
「ごめんね、千歌ちゃん・・・」
曜は包帯で巻かれた千歌の手を見て謝罪する。
「ほぇ?何のこと?」
首を傾げ、千歌は間の抜けた声を出す。
「何って・・・。その手・・・」
「ああ。これね」
千歌は手を見て笑う。
「よーちゃんのせいじゃないよ。チカがドン臭かっただけだよ」
「千歌ちゃん・・・」
「はいっ。そこまで。辛気臭い空気はやめよ?」
梨子が手を叩き、その空気を止めさせる。
「とにかく、千歌ちゃんは激しく動き回ったらダメだからね」
「うん!分かったよ!」
朝礼の予鈴がなり、教室にいる曜たち生徒は皆、自分の席へ戻っていく。
(あ、危なかった・・・。また殺意が・・・)
席に着いた曜は胸を抑え、荒く息をする。
「よーちゃん」
「ひっ!」
隣の席の千歌に声をかけられ、体がピクっ、と跳ねる。
「そんなに驚かなくても・・・。まだ体調戻ってないんじゃ」
「だ、大丈夫!ちょっと最近夜ふかししすぎてて・・・」
なんとか取り繕い、誤魔化す。
「衣装?あまり無理しちゃダメだよ?」
「うん。ありがとう」
そう言って千歌は前を向いた。
(大丈夫。大丈夫。コントロールできる)
曜は気持ちを落ち着かせ、千歌への殺意を鎮めていく。
(ふぅ・・・。この調子で1日乗り切るんだ)
静かに意志を固めるのだった。
なんとか殺意を抑え、放課後の練習時間となった。
今日は沼津の借りたスタジオに向かい、そこで練習するのだが、3年生の3人がバス停に来ない。
「果南ちゃんたち、遅いねー」
千歌はバス停のベンチに腰掛け、足を遊ばせている。
「確かに遅いわね。何をやっているのかしら」
善子も腕を頭の後ろで組んで、呆れたように呟く。
「あ、ダイヤさんなら生徒会室にいたのをみたずら」
1年生の花丸が思い出したように言う。
「多分、生徒会のお仕事が終わってないのかも。ダイヤさん真面目だから」
「だとしたら連絡くらいすると思うけど?」
「確かにそうずらね」
善子の言ったことに納得する花丸。
確かにダイヤなら遅れること、参加できないことを連絡するはずだ。
「うーん。私、見てくるよ」
不思議に思った曜は様子を見に行くことにした。
「あ、ルビィも行こうか?」
「ううん。1人で大丈夫だよ。行ってくるね!」
ルビィの申し出を断り、走って生徒会室に向かう。
その頃、生徒会室。
そこにはAqoursの3年生、ダイヤ、果南、鞠莉の3人がいた。
この3人が揃うと雑談が止まることはないのだが、やけに静かだ。
「ふふっ・・・。いいですわ、鞠莉さん、果南さん」
暗がりの中、不気味に微笑むダイヤ。
彼女が見つめる先には縄で腕を縛り上げられ、立たされている果南と鞠莉。そして、2人とも眠っている。
「2人とも美しい・・・。わたくしの大切な親友たち。そして愛している方たち♡」
ダイヤは鞠莉と果南の頬をゆっくり撫でる。
「ん・・・。あれ・・・?私・・・」
果南が目を覚ます。
「あら?もう起きましたの?量が少なかったのでしょうか」
「ダイヤ・・・?って、何これ!?」
縛り上げられた自分の腕に気づき、声を上げる果南。
「お気になさらず。すぐに済みますので♡」
「まさか、さっき出したお茶に薬を?・・・どういうつもり?鞠莉にまでこんなことして」
果南はキッ、とダイヤを睨む。
「いいですわ、その表情♡1度その鋭い視線で見つめられたかったのです♡」
顔を紅潮させ、喜ぶダイヤ。
その表情はいつもの凛としたものはなく、ただ己の欲に忠実な獣そのものだ。
「早くこれ、外して!」
「嫌ですわ」
「こんの・・・!いくらダイヤだからって。私だって怒る時は怒るんだよ!」
体を暴れさせ、縄を外そうとする果南。
ダイヤは以前、表情を変えずに果南を見つめる。
「うふふ・・・♡本当に美しい・・・。わたくしだけのものにしたい・・・♡」
ダイヤは果南の体を撫でる。
ダイヤの手は果南の太腿から、腰、胸と登っていく。
「ちょっ!?何すんの!殴るよ!」
「お好きに?」
「・・・ダイヤが私に勝てると思ってるの?」
「試しますか?♡」
ダイヤの挑発に乗る果南。
ダイヤは果南の縄を外し、解放する。
果南は手首を動かし、違和感がないことを確かめる。
「・・・あとから泣いたって知らないからね」
右手で拳を作り、勢いよく殴り掛かる果南。
その拳は一直線にダイヤの頬へ向かっていく。しかし、その拳はダイヤの頬には届かない。
ダイヤは難なく果南の拳を素手で受け止め、掴む。
「あら?こんなものですの?」
「な・・・。この・・・!」
再び果南を煽るダイヤ。
完全に頭に血が登った果南は掴まれた手を引き抜こうとする。
「え・・・。なんで!?」
いくら引いてもダイヤから手は抜き取れない。
「果南さんも大したことありませんのね」
ダイヤは微笑みながら優しい声で言う。
「ダイヤ・・・」
ダイヤは手に力を入れ、果南の拳を握る。
「いっ・・・!?痛い!痛い!?止めて!!」
いきなりの激痛に叫ぶ果南。
相変わらず微笑むダイヤ。しかし、その目だけは無機質で果南の叫ぶ表情を見逃さないようにじっ、と見つめる。
「嘘だよ!こんなの嘘だ!!ダイヤにこんな力なんてあるはずない!」
「そんなに慌てて可愛いですわね。こんな果南さん見るの初めてですわ♡」
力を抜かずに空いている手でダイヤは果南の頬を撫でる。
「では、始めましょうか♡」
「止めて!!離してよ!!」
バキッ、という何かが折れる音。
その音と共に果南は声にならない悲鳴をあげ、崩れる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」
果南の右手はひしゃげ、ありえない形に変形した。
ダイヤは手を離し、法悦とした顔で果南を見下ろす。
「痛い・・・。痛いよぉ・・・。なんで?なんでこんなことするの・・・?ねぇ、ダイヤ・・・」
涙を流し、潰された手を押さえながら蹲る果南。
しかしそれはダイヤの感情を高めるだけだった。
「痛いのはほんの少しだけ。今に楽になりますわ♡」
ダイヤはしゃがみ、果南と目線を合わせる。ダイヤと目が合った果南は短い悲鳴と共に後ずさる。
「鞠莉さんは起きていませんが、始めましょうか♡」
ダイヤは果南を肩を掴み、天使のような微笑みを浮かべる。
「ひっ・・・!さ、触らないで!!」
「果南さん、
誰かの叫び声がした。
苦痛に悶え、許しを乞う叫びが。
「うるっさい・・・」
鞠莉は睡眠を邪魔された苛立ちを覚えながら目を覚ます。
「立ったまま寝るなんて、私も器用ね・・・。誰の声・・・?」
動かない頭を必死に働かせ、暗く、見通しの悪い生徒会室を見渡すが、人は見えない。
「やめて!止めて!!やめてぇええええ!!謝るから!私が何かしたなら謝るから!!許して!!」
「何が起きてるの?・・・あれ?」
動き出そうとしたが、体が動かない。
「腕が縛られてる!?」
ようやく自分の異常に気づき、縄を外そうと暴れるが、外せそうにない。
「果南!ダイヤ!いるの!?助けて!」
一緒に生徒会室にいた2人の名前を呼ぶ。
「鞠莉?鞠莉!!助けて!!ダイヤが!!」
果南の叫び声に鞠莉は焦る。
「果南!ダイヤがどうしたの!?ねぇ!!」
「嫌っ!!止めて!!アァアアアアアアアアア!!痛い!!痛い!!」
先程の叫び声。これは果南のものだと鞠莉は悟る。
「ダイヤ!?ダイヤ!返事をして!ダイヤ!!」
すると机の後ろからダイヤがすっ、と立ち上がる。
「ダイヤ!いたのね!果南は?果南は無事!?」
「鞠莉さん・・・」
ダイヤは小さな声で鞠莉の名前を呼ぶと、ゆっくり彼女に歩み寄る。
「ダイヤ?」
「もう少しお待ちになって?次は鞠莉さんですので♡」
「は?ていうか、顔!その頬の血はどうしたの!?」
ダイヤの頬に伝う鮮血。
ダイヤは頬に軽く触れ、その血を指ですくう。
「あら。気づきませんでした。お気遣いありがとうございます♡」
お礼を言うとダイヤは血の付いた指をペロッ、と舐める。
「だ、ダイヤ・・・?おかしいわよ?」
彼女の異常さに鞠莉は気づく。
自然と声も体も震える。
「わたくしは何もおかしくありませんわ。ああ、そうです!鞠莉さんにもお見せしましょう♡」
ダイヤは子供のような笑顔を浮かべ、机の裏から何かを引きずっている。
「では、再開しましょう♡」
「かな、ん・・・?」
ダイヤが引きずってきたのはボロボロの果南。
左腕は曲がらぬ方向に曲げられ、右足はぐちゃぐちゃになっている。
右腕は的確に急所、動脈を躱してカッター、ハサミ、ペンが剣山のように何本も突き刺してある。
彼女はもはや虫の息だ。
「ダイヤ!!何をしてるか分かってるの!!??」
激怒する鞠莉。
果南の心配やグロテスクな姿への嫌悪感よりも友人の行い、非人道的な行為への怒りが真っ先に溢れ出したのだ。
「勿論です♡美しいではありませんか?」
当然のように言い捨てるダイヤ。
「狂ってるわ・・・」
「ええ。愛故に」
「こんなの、ダイヤじゃない・・・」
「これも黒澤ダイヤですわ♡」
ダイヤは全身から溢れる果南の血液を指でゆっくりすくう。
「朝起きたら思いましたの。貴女方をわたくしが愛してあげたい。愛して愛して愛してそして殺してあげたい、と」
「嘘よ・・・。ダイヤが『ID』だなんて・・・」
「『ID』?そんなもの存じませんが、わたくしは貴女方を愛したいのです。そして、この学校の生徒皆を。・・・このように♡」
ダイヤが取り出したのはカッターナイフ。
それの刃をゆっくり伸ばしていく。
「まさか・・・。止めなさい!ダイヤ!」
ニタリ、と不気味な笑みを浮かべる。
「ダイヤ!!」
その瞬間、果南の叫び声が響く。
ダイヤは躊躇いもなく、果南の脇にカッターナイフを突き刺したのだ。
「聞きましたか!鞠莉さん!!堪りませんわぁ・・・♡」
絶頂したような快感を感じるダイヤ。
そこには凛々しく、強く振る舞う彼女の面影はもうない。
「痛い・・・。ごめんなさい・・。私が何かしたんだよね・・・?ダイヤがこんなことするはずないもん・・・。謝るから・・・。許してよ・・・」
息も絶え絶えに果南は許しを乞う。
「あの果南さんが!こんなに情けなく!泣いて喚いて!許しを乞う!これを独り占めするなんて勿体無いと思いませんか!?」
狂った笑い声を散らし、ダイヤは立ち上がる。
「果南さん、見ていて下さいね♡」
ダイヤが声をかけるも、果南は意識を失っていた。
「嫌っ!!来るな!!」
不気味な笑みを浮かべたままダイヤは鞠莉へ歩み寄る。
「安心してください、鞠莉さん♡すぐに済ませますわ」
「触るな!!」
ダイヤは鞠莉の頬に触れる。
「鞠莉さん、貴女も
ダイヤの腕が、鞠莉の肩に触れた。
「触らないで!!助けて!!」
鞠莉の叫びも聞く様子もなく、ダイヤは力を強めていく。
「嫌っ!!嫌ぁっ!!助けて!!助けてぇええええええええええ!!」
その瞬間、生徒会室の扉は砕けた。
「はぁ?」
ダイヤは異質な音に顔を歪ませ、扉の方へ振り向く。
入口は壊された扉の木粉が舞い、暗さも相まって見えにくい。
「誰かいます、のっ!?」
扉の方へ声をかけたダイヤ。その体は吹き飛び、壁に強く打ち付けられ、倒れる。
「何してるの・・・」
そして今、ダイヤが立っていたところには曜が俯いて立っていた。
「何してるのって聞いてるんだよ!ダイヤちゃん!!」
「曜・・・。どうして・・・?」
涙を流しながら、曜を見つめる鞠莉。
その曜の表情は鞠莉が1度も見たことのない、激しい怒りで塗りつぶされていた。
「何をしてくれますの・・・?せっかく鞠莉さんを愛そうとしていたのに・・・」
ゆっくり起き上がるダイヤ。
頭からは血を流し、ふらついている。
「何が愛そうとしていた、だ。鞠莉ちゃんは泣いてるんだよ。何があったのかは分からないけど、鞠莉ちゃんを見たら間違っているって言うのだけは分かったよ」
曜は両手を握りながら、苦しそうに告げる。
「曜!ダイヤが!!ダイヤが『ID』に・・・」
縛られている鞠莉を見て安心させるように曜は笑う。
「うん。だから、何とかしてみるよ」
「曜・・・」
再びダイヤを見据え、戦闘体勢に入る曜。
「邪魔をするな・・・。わたくしの邪魔を・・・。するな!!」
ダイヤはポケットからキャップの付いていないペンを信じられない速度で数本投げつける。
曜はそれをしゃがんで躱し、距離を一瞬で詰める。
「ダイヤちゃん・・・。ごめん・・・」
グッ、と拳を握り、ダイヤの腹部へボディブローを叩き込む。
しかし、ダイヤはそれを両腕を盾にし、受け止める。
「止めた!?」
受け止められると思っていなかった曜。
「わたくしを、見くびりすぎですわ!!」
ダイヤは受け止めた曜の腕をすぐさま掴み、そのまま背負投げをする。
「ぐっ!?」
背中を強く打ち付けられるだけでなく、床には軽くヒビが入る。
床に倒れる曜にダイヤは馬乗りになり、見下ろす。
「曜ちゃん・・・。順番は変わってしまいましたが、貴女も・・・」
「殺すの?」
「ええ」
「・・・Aqoursのみんなも?」
「勿論」
「それって、千歌ちゃんも?」
「そうなりますわね」
「そっか・・・」
曜は静かに息を吐き、ダイヤを睨む。
「だったら、ダイヤちゃんは許せない・・・!」
曜は腹筋の要領で勢いよくダイヤへ頭突きをする。
「ぁっ・・・!!」
ダイヤは額を押さえ、大きく仰け反る。
「千歌ちゃんには触れさせない。殺させない。例え、ダイヤちゃんでも千歌ちゃんを殺すって言うなら」
ダイヤを蹴り飛ばし、立ち上がる曜。
ゆっくり歩み寄り、倒れた彼女の胸ぐらを掴み上げ、体を無理矢理起こさせる。
「私はダイヤちゃんを殺す」
曜はダイヤの頭を鷲掴みにし、そのまま床へ叩きつける。
何度も、何度も。
苦痛の声も次第に弱くなり、抵抗する力がなくなって行くのが分かる。
それでも曜はやめない。
千歌に降りかかる危険があるのなら、それを徹底的に潰す。
それが今の曜なのだから。
「曜!止めて!ダイヤが死んじゃう!!」
鞠莉の言葉が届き、曜はピタリ、と止まる。
ダイヤの意識は既になく、頭からは夥しい量の血が流れている。
「あ・・・」
「もう止めましょう・・・。こんなの・・・。嫌よ・・・」
鞠莉は涙を流し、嗚咽混じりに言葉をこぼす。
「・・・ごめん、鞠莉ちゃん。今、解くよ」
曜はダイヤをゆっくり寝せ、鞠莉の縄を解く。
「ありがとう・・・。果南・・・」
「果南ちゃん?」
曜は床を見渡す。
「果南・・・、ちゃん・・・?」
曜が見つけた果南は酷い有様で、思わずその姿に絶句してしまう。
「急いで!分かったわね!?」
曜が言葉を失っている後ろで鞠莉は電話をしていた。
「すぐに病院に連れていくから。家の関係者が多いから外に漏れることはないわ」
「そう・・・、なんだ・・・」
拳を握りしめ、俯く曜。
「なんで・・・?」
「曜?」
「なんで?私たちはただ人を好きになっただけじゃん・・・。どうしてこんなことになるの・・・?」
曜の大きな瞳からは涙が流れる。
鞠莉はそんな彼女を優しく抱きしめる。
「堪えましょう・・・。いつか、解決できる日が来るまで・・・」
ダイヤの狂気を止めた曜。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。