閉校祭の悲劇。
ルビィと花丸の死。
悲しみは消えることなく、新学期が始まる。
あれからしばらく時間が経ち、浦の星女学院はダイヤたちの卒業と共に廃校し、在校生は沼津の高校へ編入することになった。
曜たちも例外ではなく、沼津の高校へ3年生として通っている。しかし、その学校にAqoursと善子の姿はなかった。閉校祭の件以降、再び引きこもってしまった。同い年の親友2人が無残に殺されてしまったのだ。無理もない。
「善子ちゃん、今日も来てないんだって」
放課後、狩野川の河川敷を曜と千歌と梨子は歩いており、千歌が呟く。
「うん。善子ちゃんのお母さんも言うにも言えないみたい」
梨子は寂しい顔をする。
「今日も行くの?」
曜が梨子に尋ねる。
「うん。放っておけないから」
「そっか・・・」
最近の梨子は放課後は基本、毎日善子の家に彼女の見舞いに行く。
「じゃあ、また明日ね」
梨子は2人に手を振ると1軒のマンションに入っていった。
「よーちゃん」
曜は不意に名前を呼ばれ、少し驚く。
「どうかした?」
「今日、遊びに行っていい?」
ドクン、と曜の心臓が跳ねる。
「・・・っ・・・!」
口を抑え、荒くなった呼吸を必死に整える。
(・・・まずっ。殺意が・・・)
最近、曜は自分の殺意が出やすくなっていた。
なぜ出やすくなったのか理由は分からないが、本能は千歌を殺せ、と騒ぐ。なんとか殺意を押し殺し、千歌のお願いを断る。
「・・・えっと、ごめん。今日、バイトなんだ」
「えぇー!またぁ?」
「ごめんね!また今度!善子ちゃんもいる時に遊ぼうよ!」
今、千歌を自分の部屋に招き入れると、暴走してしまう、と曜は直感で感じ取っていた。
「そうだね。じゃあ、また明日ね」
「また明日!」
曜は走って自宅まで向かう。
その後ろ姿は怯えて逃げる小さな子供のようだった。
その頃、善子の家であるマンションの一室の前に梨子は来ていた。
「ごめんください」
インターホンをならし、呼びかける。
すると、少しだけ扉が開く。
「こんにちは、よっちゃん」
2人きりの時だけ梨子は善子をそう呼ぶ。
「リリー・・・」
元々細い体の善子。しかし、その体は更にやせ細り、今にも倒れてしまいそうだ。顔色も悪い。
「今日も来たの?」
「うん。よっちゃんが元気にしてるかな?って」
「そう。・・・上がってく?」
細い声で善子は尋ねる。
「うん。お言葉に甘えようかな」
梨子は善子に案内され、部屋に入る。
リビングの机にはラップをしてある皿があり、そこには料理が残ったままだ。
「食べてないの?」
「食欲が湧かないのよ・・・。ルビィと花丸の葬式以来ね」
「そう、だったね・・・」
善子はソファにそっ、と座る。
部屋には沈黙が流れる。
「リリー、知ってる?」
「な、何を?」
静かに話しかけてきた善子。
その姿は何かに追われているのに恐怖を感じているようにも感じた。
「花丸の棺桶はあったけど、ルビィは無かったわよね」
「う、うん」
「ルビィ、全身をぐちゃぐちゃにされたみたいよ」
「え・・・」
「聞いちゃったの。式場に来ていた警察官とダイヤとルビィの両親が話しているのを」
「よっちゃん・・・」
「怖いよ・・・」
善子は自分の体を抱きしめ、震え始める。
「あんなに楽しくて素敵だった場所で大切な友達が殺されて。しかもその犯人はまだ捕まってない。怖いよ・・・」
次第に善子の息遣いも荒くなっていく。
「大丈夫だよ」
梨子はそっ、と善子を抱きしめる。
「私がよっちゃんを守るよ。・・・なんちゃって。私じゃ頼りないよね」
梨子は善子を離しすと、舌を出して、恥ずかしそうに笑う。
「確かに頼りないわね・・・」
「ひどい!?」
「でも」
善子は梨子を反対に抱きしめる。
「嬉しい。ありがと・・・」
「よっちゃん・・・」
善子は抱きしめる力を強める。
「私、リリーのこと好き・・・」
「えっ?」
「私のことを分かってくれる。理解してくれる。あの時、ライラプスと私の出逢いもきっと運命だ、って言ってくれた。それが嬉しくて。今もそう。梨子だけが私を見てくれる。優しい貴女が私は好き」
どう返事をしたらいいのか分からず、戸惑う梨子。自分が善子をどう思っているのか。自分とはまるで反対の性格に憧れたことはあるが、果たしてこの感情が恋なのか。それが梨子には分からなかった。
でも。
「よっちゃん、ありがとう。私も好きだよ」
梨子は善子の気持ちに答えたかった。
(これがきっと恋なんだ)
偽りのない素直な気持ち。
その気持ちにようやく気づいたのだ。
「リリー・・・!」
更に強く梨子を抱きしめる善子。
「苦しいよぉ」
「いいのよ!」
梨子は善子の髪を撫で、目を閉じて静かに決意する。
(私がよっちゃんに恋してるんだ。だから私はよっちゃんを大切にしたい。守りたい)
目を開いた梨子が目にしたものは全身から血を流し、倒れている子。
その体は上半身と下半身でちぎられ、2つに分かれていた。
「え・・・?」
意味が分からない。
なぜ今の今まで抱き合っていた善子がこのように死んでいるのか。そして、梨子自身も血だらけだ。その血は誰の血なのか分からない。梨子は状況を飲み込めず、立ち尽くすだけだ。
「・・・り・・・」
遠くから声がする。
どこからか大切な人の声。
「・・・リー!リリー!」
「わっ」
声がすぐ耳元から聞こえ、少し驚く。
「どうしたの?ぼーっ、としてたわよ?」
「あ、あれ?」
今、梨子の目に映るのは少しやつれてはいるものの、普段と変わらない善子。そして梨子は我に返る。
「よっちゃん!無事!?」
「は?何が?」
「私の気のせいかな・・・」
「よく分からないけど、私はこの通りよ」
善子に怪我や悪そうなところは何もなく、梨子は安堵する。
「ごめんね、変に心配させて」
「いいのよ」
梨子は善子を見つめ、恥ずかしそうに呟く。
「これからよろしくね」
「え、ええ!」
梨子は疲れのせいだ、と結論づけ、善子を優しく見つめるのだった。
月の明かりが照らし、町も人も眠り始める時間に1人の少女の姿があった。少女は黒いキャップに黒いパーカーのフードまで被り、人気の少ない夜道を歩く。
怪しげな格好だが、素顔がなるべく見えないようにしているのだ。
中央公園前に1台のワゴン車が停まっており、少女は車の後部座席に乗り込む。
「コンバンハ、渡辺サン」
「ネイブさん、こんばんは!」
黒いフードを着ていたのは曜。ワゴン車の運転席に座るのは以前、浦の星に来ていたネイブという男性。
「ダイヤちゃんもこんばんは」
「ええ。こんばんは」
同じく後部座席に座っているのはダイヤ。
彼女も曜と同じようにキャップを被っている。
ダイヤなのだが、あの長い黒髪を肩にかからない程度にまで切っている。彼女なりのケジメのようだ。
今は実家の黒澤家と縁を切り、ネイブの組織に加わった。
ルビィと花丸の時のような、そして自分自身の行った過ちを繰り返させない為に。
曜は正式に組織に加わったわけではないが、2人の手助けをバイトと称して協力している。
「では、行きましょうカ」
ネイブは車を走らせ始める。
「ねぇ、果南ちゃんの具合はどう?」
「体の方は順調です。むしろ早すぎるくらいですわ」
果南は現在、小原家直下の病院で療養中だ。
ダイヤはほぼ毎日のように果南の元へ足を運び、看病をしている。少しでも償いができないか、と。
「しかし、精神の方は・・・」
ダイヤは俯く。
「そっか・・・」
果南は基本的にいつものように陽気なのだが、ふとした時。例えば、刃物、暗がりなど、あの時自分を追い込んだモノが目に映ると声を荒らげ、暴れる。時にはダイヤにも怯え、取り憑かれたように謝り続けることもあるらしい。
「暗い話はやめましょう。それよりそろそろ着くのではないのですか?」
「黒澤サンの言う通りデス。今日のターゲットはここにいるようデスヨ」
到着したのは総合文化センター。
沼津では最も大きい公共施設だ。
「なんでここ?」
曜は車から降りながら呟く。
「余程変わった趣味をお持ちのヨウダ」
「やることは変わりません。参りましょう」
曜たちの目的は『ID』を患っている人の保護。
毎日ではないのだが、頻繁に保護へ向かっている。
「・・・いつも思うけど、それ、置いていかない?」
曜はダイヤのジーンズのベルトに下げられた長い得物を見ながら提案する。
「わたくしは曜ちゃんほど強くありませんもの。自己防衛ですわ」
「だからって刀?」
ダイヤのベルトに下げられているのは特性のホルダーで支えられている日本刀。
家を出る時、蔵にあったものをくすねて来たらしい。
「どうもわたくしは刃物の扱いが上手いみたいで。これがわたくしの『ギフト』のようですし、使わない手はありません」
『ギフト』
『ID』に感染し、ある程度進行した者に起きる症状。
『ID』の感染者は好意の度合いで肉体が強靭になるのは共通だが、好意を寄せる相手から褒められた分野が突出して強化されるらしい。
「・・・昔、小学生の頃です。果南さんに包丁の扱いが上手い、と言われましたわ」
「それでなんだね」
「・・・素直に喜んでいいのかどうか・・・。できればこれを抜かないで済むように事を運びたいものです」
ダイヤは建物の中に入っていく。
「ワタシタチも行きましょうカ」
「そうですね」
ネイブの言葉に頷き、曜も建物の中に入っていく。
ホールの椅子の後ろに隠れながら3人はステージにいる2人組を見る。
「あれがターゲット。あの男ですわね」
ダイヤは静かに呟く。
ステージ上の2人は男女で女が椅子に縛られていた。
「なんか話してるけど、聞こえないね」
「ええ・・・。曜ちゃん、お願いできますか?」
「任せて」
曜は頭だけ椅子の影から出し、タイミングを見計らう。
(今だ・・・!)
椅子の影から飛び出した曜。
ステージまでの距離は約10m。
その距離を一瞬で詰めた。
曜は『ギフト』により瞬発力とスピードが強化されている。
その勢いを殺さずに男へ体当たりをする。
ステージの床が割れ、粉煙が舞う。
その煙の中で曜は男に馬乗りになっている。
「何してるのか話してもらうよ!」
男の肩を押さえつけ、曜は問いただす。
「・・・んだお前・・・」
「え?」
「僕の公演の邪魔をするなぁ!」
「うわっ!?」
男は馬乗りになっていた曜を足を使い投げ飛ばす。
「くぅ・・・!ダイヤちゃん!」
腰から床に落ちた曜はダイヤを呼ぶ。
「お任せ下さい!」
既に飛び出していたダイヤは日本刀に鞘をつけたままベルトから下げたホルダーから抜く。
「はぁああああああああ!!」
ダイヤは飛び上がり、日本刀で男の頭を殴る。
「あっ・・・」
男は白目を向き、気を失う。
「ふぅ。今回は呆気なかったですわね」
ダイヤは刀をしまいながら呟く。
「いってて・・・。ダイヤちゃんナイス」
曜は腰を擦りながら起き上がる。
「大丈夫ですか?」
「うん。平気。2人を連れていこう」
「そうですわね」
曜は気絶した男の手足を縛り、抱える。
ダイヤも縛られた女性の縄を外す。
「あ、ありがとう・・・」
「お気になさらず。しかし、話は聞かせてもらいますわ」
「え、ええ・・・」
建物を出て、曜は月を見つめながら呟く。
「千歌ちゃんはどうやって殺せば喜んでくれるかな・・・」
曜の殺意は増していく。
本人の気づかないままに。