娘に攻略されそうです。   作:鬼灯@東方愛!

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ろぉく

 高校生にもなれば、親を他人に見せるのが恥ずかしいという子が多いと聞いたことがある。

 

「ぜったい来てね」

 

 どうやら、うちの娘はそれに当てはまらないらしい。

 

「うん、行くよ」

 

 親としては、それが嬉しくないわけもなく。

 私は、『授業参観のお知らせ』と銘打たれた紙を胸に抱いて、笑った。

 

 

「……でも、みんなの前で、変なこと言わないでね」

「変なことなんて言ったことないよ」

「……」

 

 

 

 

 参観日に行くときは、服装にも気を使う。

 周りの保護者と比べると、やはり若輩だからか、視線も気になるし、私のせいで氷雨ちゃんが馬鹿にされるかもしれないと思うと、気が抜けない。

 それでも、必ず行くようにしている。

 だって、氷雨ちゃんはいつも『ぜったい来てね』と言うのだ。

 だったら、ぜったい行ってあげなければならない。

 私はあの子の、『お母さん』なのだから。

 

 

 

 

 校門を潜り、廊下を進んで、目的の教室を目指す。

 同じように廊下を歩む保護者の方々の背中を追っているうち、緊張感と期待感が増していく。

 1時間目から6時間目まで、本日行われるすべての授業を見学することが可能なので、どうしようかギリギリまで悩んだが、身支度を完璧に整えるためにも、3時間目の授業から見学することにした。

 1時間目の英語と、2時間目の数学も、とても気になったのだけど。

 今から見学する3時間目と4時間目は芸術で、音楽か美術の選択授業になっており、氷雨ちゃんは陽南(ひな)ちゃんと一緒に美術を選択したらしいので、美術室を目指しているというわけだ。

 前を歩いていた保護者の方が教室の中へ消えていくのを見て、足を止める。

 喉がゴクリと鳴った。

 ひとつ深呼吸を行ってから――……教室へと、足を踏み入れる。

 

「母さん!」

 

 直後、衝撃。

 

「うひゃあっ!?」

 

 体に馴染んだ温度と、嗅ぎ慣れた香り。

 顔を上げれば、氷雨ちゃんの綺麗な顔が鼻のぶつかりそうな位置にあった。

 

「氷雨ちゃんッ!」

 

 怒ろうと思った。

 

「遅かったね。……来てくれないかと思った」

 

 だけど、氷雨ちゃんが、静かな声でそんなことを言うので。

 

「……そんなわけ、ないでしょ」

「うん」

 

 手を伸ばして頭を撫でてあげると、へにゃりと笑う。

 ずるいなあ、と思いつつ、私も笑った。

 

「おーい、お二人さん」

 

 呼びかけに、反射的に顔を向けると。

 

「TPO、わきまえようぜ?」

 

 陽南ちゃんが、そう言って口端を釣り上げていた。

 

「……~~ッ!」

 

 急いで氷雨ちゃんを引き剥がし、距離を取る。

 次の瞬間、痛いほど向けられている周囲からの視線に気が付いて、眩暈を覚えた。

 

 ――……氷雨ちゃんの、ばかっ!

 

 どうすればよいかわからず、勢いで何事かを口に出そうとした時――……。

 

「お待たせしましたぁ、授業をはじめますよー」

 

 間延びした声とともに教室へやってきた美術教師が、救いの女神に見えた。

 

 

 

 

「今日はぁ、せっかくなので! 特別授業にしたいと思いますっ」

 

 美術教師――花霞(はながすみ)先生は、ニコニコ笑いながらそう言った。

 画用紙の束を手に、言葉を続ける。

 

「親御さんと、似顔絵を描きあいっこしましょう!」

 

 ……小学校ですか?

 

「花ちゃんせんせー」

 

 一人の男子が手を上げる。

 

「なにかなぁ、霧山くん」

「うち、親来てないんだけど」

「……先生を描けばいいよぉー」

 

 …………アットホームな、いい授業だと、思おう。

 

「うえー、かーちゃん描くの?」

「光栄に思いな、クソガキ」

 

 陽南ちゃんのうちは、相変わらず仲がいい。

 陽南ちゃんのお母さん――浅河(あさか)さんと目が合うと、ウインクが飛んできた。

 陽南ちゃんのお家は商店街にある定食屋さんで、浅河さんには、まさに『肝っ玉母さん』といった貫禄がある。

 軽く頭を下げて返していると、隣から視線を感じた。

 

「……氷雨ちゃん?」

「自信がない」

「なんの?」

 

 氷雨ちゃんは、眉を下げて、言った。

 

「母さんの愛らしさを、描き切る自信が」

 

 鼻の頭にデコピンをお見舞いしてやった。

 

 

 

 

「うわあっ、氷雨ちゃんのお母様の絵、とっても可愛いですねぇ!」

 

 両手をあわせて、花霞先生が声をあげた。

 周りの視線が集中して、顔が熱くなる。

 

「ありがとう、ございます……」

「色使いとか、こんなの中々出せないですよぉ。普段から描いてらっしゃるんですかぁ?」

「ええと……」

 

 返答に困っていると、陽南ちゃんが代わりに答えた。

 

「本業だよ。氷雨ちゃんのおかーさん、絵本作家なの」

 

 周囲からの関心が高まるのがわかって、背筋が震えた。

 

「へえ! なにを描かれていらっしゃるのかしらぁ?」

「ポケットオオカミさんシリーズ、知らない?」

「ああ! あのフクロオオカミの親子の話? 姪っ子が大好きなのぉ。すごーいっ!」

 

 花霞先生は目を丸くした後、弾んだ声でそう言いながら笑った。

 他にも、読んでくださっているご家庭が複数あったようで、周囲から感歎の声が上がる。

 嬉しいけど、喜べなくて、赤くなっているであろう顔を画用紙で隠すしかなかった。

 

 

 

 

 ちなみに、氷雨ちゃんはそんな会話が交わされている間も真剣な表情で私の顔を描き続けていたので、「見えないよ」と注意された。

 のちに完成品を見せてもらったが、相変わらず写真のように正確な絵だった。

 

「正確に描かないとね。母さんが完璧なんだから、失敗作になる」

 

 真顔でそんなことを言われて、どう返せばいいのか。

 

「……ばか」

 

 喉から絞り出したのは、結局、いつも通りの台詞だった。

 

 

 

 

 浅河さんと陽南ちゃんは、お互いをわざと不細工に描いて遊んでいた。

 本当に、仲の良い親子だ。

 

 

 

 

 お昼休憩。

 満足して帰宅される保護者と、午後の授業も引き続き見学される保護者がいるが、後者の場合、昼食をとりに外へ行かれるか、食堂で生徒に混ざって済まされる方が大半のようだった。

 

「……」

 

 お弁当を持参してきたのは、どうやら私だけらしい。

 後悔が押し寄せてきて、食欲が減退した。

 

「早く、食べよ」

 

 そんな私の様子など気にも留めず、氷雨ちゃんは、楽しそうに笑いながらそう言った。

 溜息を吐きながら、大きな包みを取り出す。

 ――……一緒に食べようと、重箱に詰めてきたのだ。

 

「わあっ」

 

 重箱の蓋を開けた氷雨ちゃんが、嬉しそうに声をあげた。

 

「……」

 

 製作中は、テンションが上がっていたのだ。

 重箱の中身は――とても、ファンシーにデコレートされた、キャラ弁である。

 ちょうど先程の時間に話題に上った私の代表作『ポケットオオカミさん』をイメージして飾りたてたそれは、なんというか――……小学生の遠足のお弁当、といった様相を呈していた。

 周りの生徒達が、遠巻きにそれを眺めて「可愛い」と言いながら笑っている。

 ――……恥ずかしい。

 だけど、氷雨ちゃんはそんなこと、気にしない。

 

「いただきます」

 

 両手をあわせてそう言うと、オオカミさんの耳を形作っていた鮭の切り身を口に放り込み、表情を蕩けさせた。

 

「うん、美味しい」

 

 ――……それだけで。

 やっぱり、作ってよかった、なんて思ってしまう私は、単純な人間だろうか。

 

 

 

 

 昼休みも半ばを過ぎた頃。

 

「ここの食堂のおばちゃん達は、やるね」

 

 爪楊枝をくわえた浅河さんは、そう言いながら教室に入ってきた。

 

「でも、あのタレはどうやって作ってるかわかったよ。多分、みりんを」

 

 その後ろで、味の分析をしている陽南ちゃんを見て、うん、やっぱり仲の良い親子だなあと感心したのだった。

 

 

 

 

 5時間目は、体育だ。

 生徒達が更衣室で着替えている間、保護者も参加しても良いことになっている為、私や浅河さんを含めた参加希望者達も空き教室で持参した運動着へと着替えを済ませた。

 この日の為に、おニューのジャージも用意したが、準備は万全とは言い難い。

 日頃から在宅仕事の為運動不足なのもあるし――……もともと、私は運動神経が良いとは言えないからだ。

 ただ、参加者は意外なほどに多かった。

 おそらく、体育の指導担当が、担任の先生だからだろう。

 

「本日は、お忙しい中お越し頂き、誠にありがとうございます」

 

 担任の先生――薙雲(なぐも)先生は、女性であるにも関わらず、雄々しい雰囲気から、武士を連想してしまうような人物だ。

 彼女は、底で赤く燃えたぎっているのがわかる力強い眼差しで、言い放った。

 

「本日は、絶好のドッジボール日和だと、思いませんか!」

 

 周囲が呆気にとられているのにもまったく頓着せずに、よく通る声で言葉を連ねる。

 

「ボールと共に、熱い気持ちをぶつけあいましょう!」

 

 ……プレイボール! なんて、ね。

 

 

 

 

「……きゃあっ!」

 

 迫りくるボールに、悲鳴をあげて目を瞑る。

 それでは意味がないことはわかっているのだが、体が動かないのだ。

 

 ――バシィンッ!

 

 大きな音。

 痛みはない。

 

「母さんに当たったら、どうする気だ!」

 

 ボールを受け止めた氷雨ちゃんが、大きな声で怒鳴った。

 

 ――……いや、氷雨ちゃん。これ、そういうスポーツだよ?

 

 結局、その後。

 氷雨ちゃんは怒涛の活躍を見せて。

 最終的に、なぜか浅河さんとの一騎打ちになり。

 時間切れで、1(浅河さん)対2(氷雨ちゃん+ずっと氷雨ちゃんの陰に隠れていた私)で、私達の勝利に終わった。

 

 

 

 

 疲れ果ててしまって、結局、6時間目の古文は見学せずに帰宅したのだった。

 

 

 

 

「……氷雨ちゃんの学校は、面白いね」

「じゃあ、今度の参観日も、ぜったい来てね」

「…………うん」




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