ストライクウィッチーズ 一匹の狼   作:長靴伯爵

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だいぶ間が開いてしまいましたが、投稿です




第八十一話

 

 

 神崎の今朝の目覚めは、基地の起床ラッパだった。

 昨日は、ネウロイに対する緊急出撃も共生派の襲撃に対する防衛もなく、随分と久しぶりにゆっくりと睡眠を取ることができた。

 昨夜は沈黙していたラジオをコツンと叩き、寝巻きから制服に袖を通す。テーブルの上に置かれた書類と弾丸と薬莢に埋まった弾帯を腰に巻き、中身が半分減った煙草の箱を懐に収めて、食堂に向かう。

 朝食の調理する音が聞こえる食堂に入るとすでに何人かがテーブルに着き、思い思いの時間を過ごしていた。新聞を開くバルクホルンを横目に、炊事係から紅茶を受け取り自分の指定席に座る。

 紅茶を片手にテーブルに置かれた新聞を開いていると、すぐ傍でイスを引き摺る音が聞こえた。

 

「ヨォ、大尉。今日は随分優雅だナ」

 

「そんな日もある。どうした?」

 

 隣に座ったエイラに目を向けると、何が面白いのかニヤニヤとした笑いを浮かべていた。どうせ碌でもないことだろうと紅茶に口をつけていると、エイラは楽しそうに口を開いた。

 

「今日は新入りがくるらしいゾ。しかもブリタニアからだってヨ」

 

「・・・そうか」

 

 一瞬、神崎の紅茶を飲む手が止まるがエイラはそれに気付かなかった。テーブルに置いた紅茶の水面に写る神崎の目に滲み出ていた暗さにも・・・。

 

「・・・また面倒事か」

 

「ん?大尉、何か言ったカ?」

 

「いや、何も。それよりも・・・」

 

 首を傾げるエイラに首を振り、手に持っていた新聞を畳む。食堂にも続々と残りの魔女(ウィッチ)達が集まりだし、騒がしくなってきた。厨房のから漏れる音から察するに、料理の配膳も近そうだ。

 

「まずは朝食だな」

 

 少しでも美味しいと思える料理が出てくることを祈って。

 

 

 

 

 

 度重なる司令部への陳情のお陰か、業務改善で厚生費の予算を増やしたお陰か、はたまた今日のブリタニアの炊事兵達の機嫌が良かったからか。当初に比べれば随分とマシになった朝食を終えて、一同はブリーフィングルームに介していた。

 エーリカやルッキーニはこの短い待機の間にも船を漕いで、特にエーリカはバルクホルンに怒鳴られていたが、神崎は後ろに配置された自分の席でエイラと雑談に興じていた。

 しかしその喧騒も、ブリーフィングルームの扉が開きミーナが姿を見せるとピタリと止んで眠りこけているルッキーニ以外全員が直立不動の姿勢を取るあたり軍隊である。

 

「休んでください」

 

 ミーナの一言で全員が席に着き、思い思いの格好でミーナに意識を向ける。神崎も背筋を伸ばして座りミーナに傾注していた。

 

「今日は新たに配属された魔女(ウィッチ)の紹介を行います」

 

 どうぞというミーナの言葉により、1人の魔女(ウィッチ)がブリーフィングルームに入ってきた。ブリタニア空軍が採用しているブレザーを着用し、長い金色の髪を後ろでお下げにした気の弱そうな少女。

 彼女は頼りない足取りで正面までくると、不安げな表情ながらもしっかりと挨拶をしてみせた。

 

「ブリタニア王国空軍からきました。リネット・ビショップ軍曹です。よ、よろしくお願いします」

 

「ビショップ軍曹は暫くは訓練に専念することになります。皆さんのサポートをよろしくお願いしますね」

 

 神崎は何の気なしにリネットの様子を眺めていたが、一瞬だけ彼女と視線が交わった。リネットの瞳は揺らぎ、すぐに逸らされたが神崎はある程度事情を察することが出来た。

 

(父親から聞いたのか。どうにも、航空魔女(ウィッチ)に向いている性格とは思えないが・・・)

 

それでは、というミーナの一言でブリーフィングは終了した。集まった皆は新入りに夢中にらしく、数名を除いてそちらの方に向かって行った。彼女達が交流を深める様子を尻目に、神崎は静かに席を立ってブリーフィングルームを後にして神崎の事務室である談話室に向かう。流石にあんな姦しい空間に居るのはいたたまれない。

 

「神崎大尉」

 

「・・・なんでしょうか」

 

 ブリーフィングルームから出た直後、ミーナが神崎を引き止めた。ミーナは固い表情のまま神崎を見て、口を開く。

 

「ビショップ軍曹の訓練は出撃の合間で分担して行います」

 

「そうですか」

 

「もしかしたら、あなたにも教官を頼むかもしれません」

 

「・・・必要以上の接触は禁止するのでは?」

 

「訓練は必要です。ですが・・・」

 

「・・・もちろん。必要以上なことはしません」

 

「分かっているなら問題ありません」

 

 ミーナに敬礼を残し、再び神崎は談話室へと足を向けた。面倒事の気配に、その足も重くなっていたのだが。

 

 

 

 

 

 ブリーフィングルームで初めてあの人を見た時、私は思わず目を逸らしてしまった。

 第501統合戦闘航空団に配属されることになった、私、リネット・ビショップは皆に自己紹介するだけでも卒倒するほど緊張していた。目の前にいるのは、世界に名だたるエース達だ。自分など足元にも及ばない・・・。

 そんな時に目が合ったのが、この部隊で唯一の魔法使い(ウィザード)である扶桑皇国海軍大尉、神崎玄太郎だった。彼についてはお父さんから話を聞いていた。

 

『いいか。もしも本当にどうしようもない状況に陥ってしまったなら、魔法使い(ウィザード)の神崎大尉を頼りなさい。だが・・・それ以外なら、彼には気をつけなさい』

 

 そう言ったお父さんは本当に私を心配していた。まるで、私が死んでしまうような・・・。

 なぜお父さんがそこまで心配していたのか。それは、神崎大尉と目が合って少し分かったような気がした。

 彼の目から感じたのは、井戸のような暗さ。それがどんな感情なのかは分からなかった。けれど、怖いと感じたのは間違いじゃなかったと思う。

 

 

 

 自己紹介をした後には色んな人から質問を受けたり、その後はシャーリーさんとルッキーニさんから基地を案内され、坂本少佐から今後の訓練のスケジュールを説明された。あまり美味しくない夕食の後は解散となり、翌日に備えて早めに休むようにと自室に戻された。

 でも・・・。

 

「眠れない・・・」

 

 寝なれないベッドに枕。見慣れない天井。何が起こるか分からない明日からの訓練。

 緊張で眠れないわけが無い。

 ベッドから抜け出し、部屋の窓に近寄る。窓から見える景色は、真っ黒な海と真っ黒な森。月明かりがない分、目を凝らさなければ区別がつかないほどだ。

 少しは気が紛れるかと思ったが、紛れるどころか陰鬱となるだけだった。溜息を吐き、大人しくベッドに戻ろうと窓から視線を外す。

 

 一瞬、紅い光が瞬いたような気がした。

 

 見間違いかと思い再び窓の外を見るが、先程と変わらず暗闇に閉ざされた風景。理由の分からない不安を胸に抱えつつ、私はベッドに潜り込み瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から訓練は始まった。

 教官となるのは扶桑皇国海軍の坂本少佐。彼女も魔女(ウィッチ)の生ける伝説の中の1人である。そんな人から指導を受けることが出来るのはきっと幸福なことなのだろう。けれど、それが楽かどうかは全くの別問題だ。

 

「走れ!走れ!!|新人のお前に必要なのは体力だ!」

 

「はい!」

 

 坂本少佐の叱咤激励に背中を押されるように、私は滑走路を走る。こんなに走らされるのは訓練生の時以来・・・いや、訓練生の時よりも走っているかもしれない。

 坂本少佐は所謂熱血指導、スパルタ教官だった。

 マラソンに始まり、各種筋力トレーニング、射撃訓練へと続いた。その日はそれで終わり。

 ストライカーユニットに触れることもなかった。

 

「今日はお前の基礎能力が知りたかったからな。明日はストライカーユニットを使った訓練だ。早めに休めよ」

 

「はい!あ、ありがとうございました・・・!」

 

 滑走路の脇での会話が終わり、さわやかな笑顔を浮かべて去っていく坂本少佐に、私は疲労困憊ながらもなんとか返事とお礼を口にする。

すでに茜色に染まってる空を疲労で動けないまま見上げていると、どこかからか聞き慣れないエンジン音が聞こえてきた。開け放たれた大きな格納庫の扉から出てくるのは、綺麗な銀髪の黒猫の夜間航空魔女(ナイトウィッチ)。人の身の丈にもなるフリーガーハマーを携えた彼女は、チラリと(リーネ)の方を一瞥するとそのまま離陸してしまった。

 

「お~い!新入り!夕食だぞ~!」

 

「だぞ~!!」

 

 自分を呼ぶ声に振り返れば、イェーガー大尉とルッキーニ少尉がこちらに手を振っていた。

 

「は、はい!」

 

 慌てて返事をして2人のところへ駆け寄る。この日はこのまま夕食を食べた後、巨大で荘厳な浴場で汗を流して1日を終えた。

 2日目はストライカーユニットを用いた訓練。

主兵装であるボーイズMk.I対装甲ライフルを装備しての基本的な飛行から編隊飛行、戦闘で使われる技法を坂本少佐が見る中で実施していった。時折、坂本少佐から指導を受けながら、指示された通りに飛行している時、それは鳴り響いた。

 基地の塔に設置された音響装置から空を割るようになるサイレン。

 坂本少佐の空気が一変した。

 

「観測班!ネウロイの位置は!」

 

 すぐさま臨戦態勢に切り替えてネウロイの位置を確認する坂本少佐の横で、私はライフルを抱えて呆然とするだけ。まさか訓練中にネウロイの襲撃があるとは思わなかった。

 

「よし、リーネ。お前は基地に戻れ。私は戦闘の指揮を取らなければならない」

 

「わ、わかりました・・・」

 

「坂本少佐!こちらを!」

 

 坂本少佐が指示を出し終えるのを見計らったように、クロステルマン中尉が実弾が装填された機関銃を持って近寄ってきた。なぜか私に厳しい視線を向けていたが・・・。

 

「すまんな、ペリーヌ。そのまま私の僚機に付け」

 

「分かりました、少佐!」

 

 嬉しそうに僚機の位置に着いたペリーヌを伴い、坂本は速度を上げて上昇していった。2人の後に、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、シャーリー中尉、ルッキーニ少尉が続いていく。完全にこちらを気にかけない者もいれば、ヒラヒラとこちらに手を振る者もいた。

 半ば呆然として出撃を見送っていた私のインカムに聞き慣れない男性の声で通信が入ってきた。

 

『ビショップ軍曹。降りてこい』

 

「は、はい!」

 

  慌てて滑走路へのアプローチに入り、そのまま誘導員に従い格納庫に入ると坂本少佐と同じ制服を着た男性が私を待っていた。神崎大尉である。自己紹介の時にブリーフィングルームで見た以外は会話も無かった。

 ストライカーユニットをユニットケージに戻し、装備も収納してユニットから降りていると神崎大尉が近づいてきた。

 

「ディートリンデ中佐からお前に実戦がどのような物か教えるように言われている。着いてこい」

 

「はい」

 

 神崎大尉は私の返事を聞くとすぐに背中を向けて歩き始めたので、言われた通りに後に着いていった。思えば、こういう風に男性の上官と関わったことはほとんどない。むしろ軍人になる前も男性と関わることは家族以外ほとんど無かった。前を歩く神崎大尉の背中に少し不安を覚えつつ歩いていくと、ある部屋の前で止まった。

 

「管制室だ。ここで、戦闘の無線を聞いてもらう」

 

 静かにな、と神崎大尉は告げてゆっくりと管制室の扉を開けた。中では沢山の兵士達が世話しなく機材を動かし、またヘッドホンとマイクで会話していた。数名がこちらの入室に気付いて敬礼していたが、大尉が手を振って止めさせていた。 

 

「こっちだ」

 

 大尉の声で中の光景に圧倒されていた私は再起動して、慌てて大尉が呼ぶ方向に足を向けた。そこでは大尉は1人の兵士に話しかけ、1つの通信機のヘッドホンを受け取っていたところだった。

 

「これを着けろ」

 

 大尉に言われるままに差し出されたヘッドホンを耳に着ける。すると僅かな雑音の後に緊迫した会話が流れてきた。

 

『目標を確認した!報告通りの大型だな・・・!』

 

『いや・・・小型も複数体いる!』

 

『各機、攻撃開始!小型を露払いしつつ、大型に攻撃を加えるんだ!』

 

『イッチ番乗り~!』

 

『ヘヘッ!お先!少佐!』

 

『おい!リベリアン!!』

 

 交わされる会話と響き渡る戦闘音。

ノイズ越しに聞こえる銃声、爆発音、ビームによる空気の燃焼音、切り裂くようなネウロイの悲鳴。

初めて聞く戦場の音に、私の体は無意識の内に細かく震えていた。

 

「坂本達にバルクホルン大尉とハルトマン中尉のツートップ。余程のことが無い限り負けることは無いだろう」

 

横に立つ大尉が言うように戦闘の様相は順調にこちら側の優位に立っていった。護衛である小型ネウロイを殲滅し、大型を包囲して着実にダメージを与えている。

やがて無線からより大きな爆発音が聞こえたかと思うと、めっきりと静かになってしまった。

 

『ネウロイ撃破。皆、無事だな?』

 

『流石ですわ!坂本少佐!』

 

『シャーリー、お腹空いた~』

 

『そうだな~。帰ったら夕食だな~』

 

 戦闘時の張り詰めた様子とは打って変わり、どことなく緩んだ雰囲気での会話に、聞いていた私の震えも徐々に治まってきた。

 

「このぐらいでいいだろう。帰るぞ」

 

 耳に掛けていたヘッドホンを大尉に取られ、促されるままに管制室から退出した。歩く廊下の窓からは夕日が入ってきていた。体感的にはあっという間だったが、結構な時間を管制室で過ごしていたようだった。

 

「・・・戦闘の雰囲気ぐらいは分かったか?」

 

「えっと・・・少しだけ・・・」

 

 顔の半分だけをこちらに向けて話しかけてくる大尉に、私は少しだけ戸惑いながらも返事をする。しかし、大尉は足を止めてじっとこちらを見続けていた。私はどうすればよいか分からず、同じように足を止めることしかできなかった。

 

「あ、あの・・・」

 

「・・・ネウロイと戦って、生き残る。それだけを考えろ。くよくよ考えるのはまだ当分先でいい」

 

 そう言う大尉の目は伽藍のような無機質さに満ちていた。私はただ頷くことしかできず、大尉も何事も無かったように前を向いた。

 

「今日の訓練は終了。以降は待機し、坂本少佐が帰還し次第、次の指示を仰げ」

 

「りょ、了解!」

 

 大尉は私の返事を聞くと短く解散と告げてズンズンと先に進んでいってしまった。私もどうしようもなく自分の部屋へ向かった。

 





楽しんでくれたら幸いです

もうそろそろサトゥルヌス祭かぁ・・・
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