恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
1
世界にただ一つのダンジョンが存在し、多くの冒険者と多くの神々が集まる街。この世界の誰に聞いても正しい答えが返ってくるだろう。
富、栄誉、力。この街に来た誰もがそれらを望むだろう。だが、この少年はそんなものを望んではいなかった。富も、栄誉も、力もいらない。そう思っていた。ただ、生きていたい。自分を命を賭して守ってくれた人達に報いるためにも、生き続けたい。それだけが望みだった。
「おいっ、見つけたぞ!こっちだ!」
「っ…!」
走る少年の目の前に一人の男が姿を現した。男は少年の姿を目に捉えると、首を回し、振り返って大きく声を出して仲間を呼ぶ。すぐさま少年は足を止め、今来た道を引き返す。
「へっ、逃がしゃしねぇよ!」
だが、振り返った少年の目の前にはこちらに駆けて向かってくる男の仲間の姿。
再び振り返るが、すでに仲間を呼んでいた男もこちらに迫ってくる。
右も左も高い建物で塞がれている。逃れるとしたら、男が立つ前か後ろのみ。
「ったくよぉ…。手間取らせやがって」
「さっさとてめぇが持ってるモン渡してくれりゃあなぁ…。痛い目見ずに済んだのによッ!」
「ぐぅっ!?」
少年を囲む二人の男の内、一人が少年に歩み寄ると、拳を握って腹部に突き出す。
細い体で受けた衝撃に目を見開き、大きく開いた口からうめき声を漏らしながら少年は蹲る。
それでも、両手で抱える二本の剣は…、形見は離さない。すぐに開いたままの口を閉じ、こちらを見下ろす男達を見上げる。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていた男達は、少年の視線を受けてその笑みを引っ込める。
「…ンだよ、その目は」
「あのよぉ、そんな業物、お前が持ってるだけ無駄なんだよ。俺達みてぇな、強ぇ冒険者様に相応しいんだよ。だからよぉ…」
先程少年を殴った男が、今度は足を後方へと振り上げる。
「さっさと渡せってんだよォ!」
「っ…ぁ!」
男の拳が突き刺さった場所と同じ場所に、今度は男の爪先が突き刺さる。
先程よりも強い痛み。口から零れる呻き声と共に吐き出される血液が、地面を濡らす。
「痛ぇだろ?けどよ、これでも手加減してやってんだぜ?俺も人を、それもてめぇみてぇなガキを殺すのは気が引けるからな」
嘲笑を含んだ声が咽る少年に降りかかる。
「ほら、いつまでも抱えてねぇで、こっちに寄こせ」
すると、男がしゃがみ込み、こちらの目を除きながら掌を差し出してくる。少年は顔を上げ、差し出された掌を見る。
ゆっくりと、二本の剣を持ち上げる。男達はようやくこちらに渡す気になったかと、笑みを浮かべる。そんな男達の顔を見上げながら、少年は鞘から刃を抜いた。
「いっ…がぁぁ!?」
「なっ…!?こ、このガキ!?」
差し出した掌を斬られた男はすぐに少年から距離をとる。斬られた箇所を抑えながら、ギラギラとした目で少年を睨む。後方に立っていた男も、いつの間にかここへ来ていた仲間の男と一緒に、剣を抜いた少年から距離をとっていた。
「て…めぇ…!」
「だ…が…。おまえら…な…ん…」
上手く声が出せない。立ち上がろうとしても力が入らない。剣を振るったのが最後の力だったとでもいうのか。ふざけるな。まだ終わってない。これは大切なものだ。唯一、家族と呼べた人から受け継いだ形見だ。このままじゃ、奪われる。
自分の手から、何もかもが零れ落ちてしまう。
「殺す!よくも…、よくも!!」
「お、おい…。さすがにそれは…」
男達の話し声が聞こえる。殺す…、そうか、殺されるのか、ここで。
嫌だ、嫌だ。まだ生きたい。まだ戦える。こんな所で死んだら、彼らが命を賭けた事が無駄になる。
嫌だ。
生きたい。
力が、
欲しい。
「何をしてるの?」
今まで何も望まなかった、現状に満足し続けた少年が初めて何かを望んだその瞬間、涼やかな少女の声が耳朶を打った。
直後、まるで糸が切れた人形のように少年の体から力が抜ける。視界が黒に染まる。
意識が遠ざかっていった。
メインストリートの喧騒の中、その声を聞いたのは偶然だった。多くの人達の往来である事を忘れ、立ち止まる。
「んぁ?どないしたん?あれ!?急に走り出してホンマにどないしたんや!?ちょっ、」
背後からの呼び止める声には応えず、少女は路地裏へと飛び込んでいく。声が聞こえてた方へと入り組んだ道を駆ける。何回か道を曲がっていく内に、耳に届く誰かの話し声がはっきりと聞き取れる。
「殺す!よくも…、よくも!!」
建物の影から飛び出た少女が見たのは、三人の男達が一人の蹲る少年を囲んでいるという光景だった。その光景は明らかに、穏やかなものではないと、今来たばかりの少女にも察せた。
「何をしてるの?」
弾かれたように少年を見下ろしていた男達が顔を上げる。
「ゲェッ、
少女の顔を見た男達は例に漏れず目を瞠り、握った拳を解き、目の前にいる年端もいかない少女に恐れを見せた。
「な、何でこんな所に剣姫が…」
「声が聞こえたから。それで、その子に何をしてるの?」
狼狽える男達に問い続ける少女。とはいえ、彼らが少年に何をしていたかなど、想像するに難くないのだが。
「ちっ…。もういい、行くぞ」
「あ、あぁ…」
男達の中の一人が狼狽から立ち直ると、苛立ちながらもその場から立ち去っていく。その男に続いて、他の二人の男達も男に続いて立ち去っていく。少女は男達の姿が見えなくなってから、先程から声を発さない、倒れた少年に駆け寄る。
少年の口元に耳を近づけ、呼吸がある事を確認する。そっと少年を仰向けにして、外傷がない事を確認する。だが、少年の口元から一筋の血が流れており、見れば足元にも血が散っている。これでは、外に目立った傷がなくても中はどうなっているか解らない。
「アイズた~ん、やっと追いついたわぁ~。いきなり走り出して、神は下界じゃ体力ないんやで?」
「ん。ごめん、ロキ」
少年の容態を見ていると、先程までメインストリートを一緒に歩いていた人物…というよりは、神物がようやく少女に追いついてきた。
あの男達との会話から解る通り、この少女は冒険者である。今隣にいる女性の神、ロキのファミリアに所属しており、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの名前は、オラリオのみならず世界中に知れ渡っている。
「んで、その子は誰や?知り合いか?」
「ううん。さっき、冒険者に襲われてたのを助けたとこ。ロキ、黄昏の館まで運ぶから手伝って」
「…まあ、しゃーないか」
神と冒険者達で組むファミリアにはそれぞれホームがあり、ロキ・ファミリアのホームの名が、アイズが口にした黄昏の館である。基本、ホームにはファミリアのメンバー以外の者は入れないのが通例なのだが…、怪我人を捨て置くなどできるはずもない。
少年を運ぶ前に、少年の物と思われる二本の剣を回収するアイズ。その二本の内一本は鞘から抜かれていた。冒険者達に抵抗するため、少年が戦おうとしたのだろうか。そんな事を考えながら剣を鞘へと収めるアイズの目に、こちらをじっと見つめるロキの顔が映る。
いや、見ているのはアイズではなく、アイズが持っている剣だ。
「どうかした、ロキ?」
「ん、あぁいや、何でもないで。それよりもほら、さっさととこの子、運ぼか」
一体どうしたのだろうか。ともかく、今はこの少年を運ぶ事が先決だ。アイズとロキが、それぞれの肩に少年の腕を回して体を支える。
「うっわ、なんやこの子、かっるいなぁ~。ちゃんとご飯食べとるんかな?」
「ロキ、しっかり肩持って」
「はいはい。てか、思ったんやけど、アイズたんが背負ってけばええやんか」
「…」
全く、思いつかなかった。無性に恥ずかしい。
立ち止まり、黙り込むアイズ。黙ったまま、少年の腕を首に回し、自身よりも大きい体を、だが明らかに軽い体を背負って歩き出した。
「…まだ、しにたく…ない」
「…」
ふと、歩き出したアイズの耳元で、少年が呟いた。アイズの目の前で、少年の両拳がぐっ、と握られる。
「大丈夫」
「あれ、アイズたん!?また走るん!?お、置いてかんといてぇぇぇぇぇ!!」
ロキの叫びのドップラー効果を耳にしながら、アイズは黄昏の館へと急ぐ。
少年が館へ運び込まれ、空いている部屋のベッドに寝かされるまで、握られた拳は力の入ったままだった。
「はぁ~…、もう、しゃあないなぁ、アイズたんは」
どんどん先へ走っていくアイズの背中を眺めながらロキは苦笑を浮かべながら呟いた。
だが、アイズの背が見えなくなったと同時、浮かべていた苦笑を収め、細い目を開く。
(あの剣…、確かあの爺が持っとったモンや。何であの坊主が…)
口元に手を当て考え込むロキ。しばらくの間そうして立っていたが不意に動き出し、頭を掻く。
「まっ、ここで考え込んでてもしゃーないか。あの坊主が起きてから聞けばええ話や」
当初、単なる親切心で少年を拾ったロキであったが、もしかしたら思わぬ拾いものをしたのかもしれない。
主人公の名前が全く出てこねぇ!原作キャラの名前は出てきてんのに、主人公の名前はどこやねん!
てことで、主人公のお名前は次回にお預けという事で。