恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
「…顕現せよ」
深く集中し、ゆっくりと唱える。
だが、いつまで経っても何も起こらず、俺は上げていた両手を下げて溜め息を吐いた。
あの混沌とした宴から一週間。俺がランクアップを果たしてからもう一月以上が経つ。
だというのに、俺は新しく発現した魔法とスキルを操れずにいた。そう、【顕現】と【魔力操作】だ。実はランクアップを果たした日から、何かと自分なりにこの魔法とスキルを検証してきた。…いや、検証しようとした、といったほうが正しいか。なんてったって、未だに発動すらできていないのだから。
何度やっても同じ結果が返って来るだけ。どれだけ練習しても全く進歩がない事実に気力を奪われ、その場で大の字で倒れ込む。オラリオの街を囲む城壁の上で雲一つない青空を見上げる。ここからはオラリオの街を一望でき、逆の方にはオラリオの外の世界が広がっている。そんなバベルに次いでオラリオの中で二番目に場所で俺はぽつりと呟く
「あの時はできたのになぁ」
思い出すのはあの《シルバーバック》の強化種との戦闘。あの時は全部、魔法とスキルの効果も使い方も勝手に浮かんできた。知らないはずなのに、まるで体と心がそれを
ずっとあの時の感覚を呼び起こそうとしてきたが、全く効果なし。ステイタスの方は順調に伸びているというのにこっちが全く伸びる兆しが見えないから喜ぼうにも喜べない。冒険者になって初めてぶち当たった壁を乗り越える方法は、今のところさっぱり思い付かない。
「何ができたの?」
「うぉっ!?」
再び溜め息が出る…直前に、突然にゅっと視界の外から出てきた誰かの顔。風に揺れる金色の髪先が俺の頬をくすぐる。
急に現れた金─────アイズは、大声を出した俺に驚いたのか、目を丸くして体を震わせる。いや、驚いたのは俺の方だし。…もしかして、さっきの見られてたか?
「いつからいたんだよ」
「さっき。今日はここで昼寝しようと思ったらアルトがいて…、何をしようとしてたの?」
「…やっぱ見てたのか」
上体を起こし、隣で膝を地面に着けて座るアイズに視線を向けて問いかける。やはりアイズはさっきのを見ていたようで、今度はアイズから俺に問いかけてきた。
俺がスキルと魔法を発現した事はこいつも、ファミリア全員が知っている。だが、俺が未だにそのスキルと魔法を操れていないという事は主神のロキとファミリア重鎮であるフィン達三人しか知らない。
さて、どうするか。別に言ったっていいのだが、発言したスキルと魔法を使えないから特訓してましたと馬鹿正直に言うのも何だか恥ずかしいというか何というか。
「…」
「…はぁ。魔法とスキルの練習してたんだよ」
何て言って誤魔化そうかと考えるが、じぃ~っと俺の目を見つめるアイズにこりゃダメだと諦める。正直に今、何をしていたか話す事にする。
「魔法とスキル…?」
「あぁ。恥ずかしい話、まだ魔法もスキルも発動方法が解らなくてな」
「?詠唱式を唱えたら魔法は使えるよ?」
「残念ながら、俺の魔法はそれだけじゃダメらしくてな…」
アイズの言う通り、普通ならば魔法はステイタスに書かれた詠唱式を唱えるだけで発動するのだ。勿論、発動分の魔力というのも必要ではあるが。だが、俺の魔法はかなり特殊で、通常魔法が発現すればそれに伴い魔力が上がるのだが、俺の場合はその例と異なり魔力は未だこれっぽっちも上がっていない。だがそれでも、俺はあの《シルバーバック》との戦闘で間違いなく魔法を使っている。
つまり、信じられない事だが、俺の魔法は俺の魔力を必要とせずに発動できるはずなのだ。だからこそ、俺の魔法は何か特別な発動条件があるのかもしれないと睨んでいる。
その条件とやらが何なのかがさっぱりだから困っているのだが。
「…?」
「ごほん。ともかく、俺は魔法が発動できないから練習してんの。悪いけど昼寝するなら他の所にしてくれ」
話してる内に考え込んでいく俺を見て首を傾げるアイズ。その仕草で我に返り、しっしと手を払う動作で言外にどっか行けとアイズに伝える。
「…」
「…アイズ、何で体育座りするんだ?」
ここから離れてほしいのだが、何故かアイズはその場で膝を抱え、体育座りへと体勢を変える。
「見せて」
「は?」
「アルトの魔法、見せて」
「いや、魔法を使えないからここで練習してるんだけど…」
再び見つめ合い。今度も俺が先に折れる。
「解ったよ。でも、笑ったりするなよ」
アイズはそんな事しないと解っていても、釘を押さずにはいられなかった。アイズが頷いたのを見て、俺は一度深呼吸をしてから両手を上げる。
思い浮かべるのはあの時の光景。あの強化種を相手にした時、俺は何を感じていたか、どんな景色を見ていたか。霧に覆われたあの場所で、俺は──────
「…っ、顕現せよ」
思い出しきれないままあの時と同じように、詠唱式を唱える。
俺の全身を風を撫でた。
何も、起こらない。あの時と違ってこの眼に映る景色も変わらない。変わらず、見慣れた外の景色が広がるだけ。
…いや、待て。俺は何を思ってあの時と違うと感じた?俺はあの時、何を見た…?
「…ごめん」
「…あ?」
アイズが小声で呟いた。
詠唱しても何も起こらないのはもう俺にとってはいつもの事で、気付けば両手を下ろしていた。アイズはそんな俺を見て、落ち込んでいると勘違いしてしまったのだろう。いや、ちょっぴり落ち込んではいるけど。
「謝るなよ。別にお前のせいって訳じゃねぇのに」
「でも…」
俯くアイズを見て、ガシガシと頭を掻く。本当に全く気にしないでいい事まで気にするこいつは、優しいというか純粋というか、馬鹿というか…。それもアイズの美点とは思うのだが、過ぎるというのも考えものだ。
「あのな、失敗したのは俺のせいであって、お前が見てたから失敗した訳じゃない。なのに何でそこまでお前が気にするんだよ」
もしアイズが、自分が見てたせいで俺の魔法が失敗したとか思っているんだとしたらそれはただの勘違いだ。俺の魔法は俺の物で、それが発動しないのは絶対に俺が悪いんだから。それをアイズが自分が悪いと思い込むのは筋違いだし、俺にとっても正直気に入らない。
「…アルトは何でここで練習してるの?」
「は?」
不意にアイズが顔を上げてこちらを見ると、そう問いかけてきた。
「いや、何でって…」
「他の人に練習を見られたくないから…。だからホームの広場でじゃなく、ここで練習してる」
「…」
アイズの言葉の通りだ。発現している魔法とスキルをいつまでも使えない、そんな醜態を誰かに見られたくなかった。だから俺は人目の付くホームの広場や、ファミリアの誰かに見つかる恐れがある館の裏ではなく城壁の上を選んで練習してきた。結局、アイズに見つかってしまったが。
「アルトがしてほしくない事を、私はしちゃったから…」
「…お前」
アイズが謝った理由はとんでもなく単純な事だった。魔法の練習を俺は見られたくなかったのに自分は見てしまったから。俺が嫌だと思った事を自分はしてしまったから、アイズは謝ったのだ。
まるで世界の終わりが来たような、そんな表情のアイズを見て、思う。
本当にこいつは…、あれだ。
思わずため息を吐きそうになる。
「アイズ」
「…ん?」
「お前、馬鹿だろ」
「…え」
アイズの口がぽかんと半開きになる。それもそうだろう。俺ももし同じ事をされたら同じ反応をする。
「お前さ、ずっとそういう風に細かい事気にしてきた訳?それさ、気が滅入りそうならねぇ?」
「あ、アルト?」
「馬鹿だろお前、ほんっっっっとうに馬鹿だろ。そりゃ人が嫌がる事したら謝るのは礼儀だけどさ…、何でそんな重そうに謝罪すんだよ…」
勘違いしてたのはアイズではなく俺だった。だが何だってそんな事に真剣になってんだよこいつ。ごめーんちょ、て軽く謝るだけで終わるだろそのくらいなら。…いや、さすがに軽すぎるか?自分で考えておいてあれだが、もしその謝り方をされたら頭に来るかもな。
「許すよそのくらい。だからそんな世界の終わりみたいな顔すんな」
不安そうに見上げるアイズの頭に掌を載せてぐりぐりと撫でる。アイズが両手で俺の手首を掴むが、それも抵抗の格好となるだけで本気で俺の手をどけようとはしていない。
「アルト、ご…「これ以上謝ったら前言撤回するぞ」…」
再び謝ろうとしたアイズに容赦なく言葉を突きつけて黙らせる。だって放っておいたらひたすら無限ループしそうだし。
「…はぁ。帰るか、アイズ。途中でジャガ丸くんでも奢ってくれ」
「っ…、うんっ」
それでも未だに表情が晴れないアイズに、ジャガ丸くんをたかるとその表情は一気に晴れる。…他人にたかられて喜ぶアイズが心配だよ。帰ったらリヴェリアに教えとこ。
「…?」
リヴェリアへの報告事項を決めたその時、ふと何かを感じた。背筋にこう、冷たい感覚というのだろうか、形容しがたい不快な感覚。
振り返る、が、何もない。見上げれば青空、見下ろせばオラリオの街並み。特段おかしな所は何もない。
「アルト?どうしたの?」
「…いや、何も」
先を歩くアイズが振り返る。俺の様子を気に掛けるアイズの言葉に返事を返してから、俺はもう一度何かを感じた虚空を睨みつける。何もないはずなのにどうしてか、そこに誰かがいるような気がしてならなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…気付いてくれた。私に、気付いてくれた…!」
開いた唇から出た言葉と共に漏れる艶めかしい吐息。美しく白い掌は同じく汚れ一つない白く、どこか紅潮した頬に添えられる。
今、彼の瞳が私を捉えている。私の視線に、彼が気付き、私は彼に見られている…!
「あぁ…!あなたはやっぱり…、そうなのね…?」
私から視線を切り、帰るために歩き出した彼の背中を見て、確信する。
「オッタル…、あなたも嬉しいでしょう?まさか彼の息子が、オラリオへ来るなんて…」
「…まだ、若い。奴の足元にも及ばない。そして、奴の領域に辿り着くかも解らない」
背後の少し離れた所に立つ
「いいえ。彼は必ず強くなるわ」
その言葉は確信に満ちていた。そうじゃなくなるはずがない、何の穢れもなく、女神はそう言い切った。
「でも…、今は少し、手助けが必要かもしれないわね」
未だに女神の目は少年の姿を捉えたまま──────