恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:もう何も辛くない
アルトリウス・レイン
Lv.2
力:D512→D531
耐久:E478→E494
器用:B712→B736
敏捷:C687→B700
魔力:I0→I0
耐異常:I
《魔法》
【顕現】
・詠唱式は『顕現せよ』
・外の魔力を実体化させる
《スキル》
【魔力操作】
・外の魔力を意のままに操る事が出来る
・外の魔力を使う事により、魔法を使用できる
ベッドに寝転がりながら羊皮紙に書かれた俺のステイタスを眺める。相変わらず基本アビリティの方は順調に伸びている。一応、それだけを見ればランクアップをする基準値には達しているらしい。まだ、偉業の達成という絶対条件をクリアしていないため、ランクアップできないのは言うまでもないのだが。
羊皮紙をくしゃくしゃに丸め、机の傍らで立つゴミ箱目掛けて放る。放物線を描き、羊皮紙は見事狙い通りにゴミ箱の中へ入っていった。軽く拳を握り、うつ伏せから仰向けへと体勢を変える。
本当に、基本アビリティだけは順調に伸びている。基本アビリティだけは…。
リヴェリアに、焦ったってどうにもならないぞと言われている。それは解っているのだが、どうしても気持ちが逸ってしまう。
早くこの力の使い方を思い出さなければ、何かが手遅れになるような、そんな焦燥が─────
「…」
首を傾け、窓を見上げる。見えるのは暗闇の染まった空に浮かぶ月。上体を起こしてもう一度窓に視線を向ければ、オラリオの夜景が見渡せる。その景色の一点のみをじっと見つめる。
「…誰だ」
呟きながら窓を開け、外へと飛び出す。館の外に投げ出された体の体勢を調節しながら、地面に両足、右手の三本で着地。そのまま駆け出し、ホームの塀を飛び越えて敷地の外へ出る。
視線が感じた方へと駆けていく。あの視線は、そう。魔法の練習に区切りをつけてアイズと一緒に帰路に着こうとしたあの時に感じた、それと同じものだった。背筋を奔った悪寒、これ以上見られたくないという不快感。それは今でも感じる。というよりは、視線を感じる元が、俺から逃げているというのだろうか。俺の目の前に何かがいる筈なのに、目に映らない。目には映らない何かを追いかけ、俺は周りが見えなくなっていた。
「っ…、すみませ…」
建物の影から現れた人影を避け切る事が出来ず、その人の肩とぶつかってしまった。足を止め、振り返ってぶつかった事を謝罪しようとした瞬間、硬直する。
俺を見るその瞳に吸い込まれそうだった。この感覚は、アイズと目を合わせた時の感覚に似ていた。だが、その時よりも圧倒的に強い感覚。美しく弧を描く桃色の唇はぷっくりと膨らみ、風に靡く銀髪は街灯に照らされ輝いている。胸元を大きく開けたドレスは男達の視線を釘付けにするだろう。一瞬、意識を奪われかけた。
「…あんた、何者だ」
「…」
しかし、こんな美しい何者かを目に前にして、最初に抱いたのは警戒心だった。確かに美しい。今まで見てきた全てのもので、一番と言っても過言じゃない。それでも──────
「俺を見てたのはあんただよな。覗き見とか、趣味が悪いと思わないか?」
「…ふふっ。やっぱり、私に気付いていたのね」
あの視線の正体が今目の前にいるこいつだと即座に直感した。そして、その直感は当たったようだ。特に誤魔化そうともせず、俺の問い質しにあっさりと肯定で答える何か。
「…もう一度聞く。あんた、何者だ」
「あら。もう、私の正体に薄々気付いているのではなくて?」
「…」
やはり、そうか。俺の中にある疑いが簡単に見破られた。こんな読心術染みた事が出来るのは一気に限られる。
「…神」
「正解よ。ついでに、私の名前も答えてくれると嬉しいわ」
「悪いけど、顔と名前が一致する神はロキしかいないんでね」
「あら、残念。…少し嫉妬しちゃう」
右手を頬に当て、首を傾げる女神。女神から向けられる視線は、どうにも尋常じゃない。
「私はフレイヤ。以後、この名前を覚えてもらえると嬉しいわ。…アルトリウス・レイン。シリウス・キルヴェストルの息子」
「っ…」
俺の名前を言い当てられた時点では特に驚きもしなかった。だが、女神フレイヤの口から出てきたもう一つの名前、そして息子という単語に目を瞠る。
「解るわ。だってあなたの魂は彼の魂の色にそっくりだもの…」
「…言ってる意味が解らねぇ。大体、女神フレイヤ様が俺に何の用だ」
「様だなんて、そんな他人行儀に呼ばないで。呼び捨てにしてもいいのよ?」
美人にそんな風に誘われるのは随分魅力的だ。普通の男なら、ほいほいとこの誘いに乗ってついていくのだろう。だが、どうしても危険を報せる心の警鐘が鳴り止まない。こいつには絶対についていってはならないと、心が叫ぶ。
「…」
それに、こいつの目的は何なんだ。さっきから下らない事ばかり言って、俺をここに誘導した本当の理由を話そうとしない。何故爺ちゃんの名前を知っているのかも解らない。話したくないのか…いや、そんな様子は見られない。
多分、こいつが言っている事は全て事実なんだ。俺と話すのが嬉しくて、楽しくて──────
背筋に今までにない強烈な寒気が奔る。
「そんなに怖い顔しないで?私はただ、あなたの手助けをしたいだけなの」
「手助け、だと?」
フレイヤがそう口にした途端、空気が震える。解らない。ここに来てから、この女神と会ってから解らない事だらけだ。こいつに見られているだけで寒気がする。こいつの声を聞くだけで強烈な忌避感を覚える。
今すぐここから逃げるべきだと、全身が叫んでいる。
「…っ!?」
背後から気配がしたのは直後だった。両腰の鞘から双剣を抜き、同時に振り返る。
そこに立っていたのは、2Mを超えようかという体格の大男だった。身の丈に迫る大剣を片手で軽々と担ぎ、こちらを見下ろしている。
体格、風貌、そして身を刺すような威圧感。
そいつを一目見ただけで、俺はこの男が誰なのかを悟った。
「全てあなたに任せるわ。…けど、殺しちゃ駄目よ?」
「…承知」
会った事もない。顔も見た事ない。だが、名前と二つ名だけは知っていた。フレイヤファミリア所属、世界に二人だけの、そしてオラリオ唯一のLv.7。
「【
その名は、【
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ぼふっ、と顔が何かにぶつかる。鼻先を抑えながら見上げると、自分を見下ろす髭を生やした男の顔。
「どうしたアイズ、ぼうっとしよって」
「ガレス…。リヴェリアとフィンも」
廊下を歩くアイズとぶつかったガレス。その横にはリヴェリアとフィンも立ち止まってアイズを見ていた。
アイズは一歩下がってからガレスを見上げる。直後、三人の中でアイズから見て右端に立っていたリヴェリアが声を掛けてきた。
「…ロキの所に行ってたのか?」
「…うん」
「そうか…」
この短い会話の中で、リヴェリア達はアイズが何を考え込んでいたのか察したらしい。
リヴェリアの問いに答えると俯いてしまったアイズの頭にガレスが大きい掌を置き、ぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「…ガレス?」
「そう深刻に考え込むな。何度も言うが、自分を大切にできない奴は強くなりはせん」
「…うん?」
頭に手を乗せたまま言うガレスに、アイズはちょこんと首を傾げる。その頭からは疑問符が浮かんでいた。
ここでガレス達は気付く。自分達が思っている事と、今実際にアイズが悩んでいる事はずれいてるのではないか。
「アイズ。君は何を考えていたんだい?さっきの様子を見てると、悩んでるように見えたけど」
フィンが三人の中で一歩前に出て、アイズに問いかけた。ガレスを見上げる視線をフィンへと移すアイズ。アイズは白いワンピースの裾を両手で握りながら、フィンに言った。
「フィンは…。皆は、知ってるの?アルトが魔法を使えない理由」
「…アイズ。君、知ってたのか…」
「アルト、悩んでた。発現したスキルも魔法も、何で使えないのか…。私達が見てない所で、ずっと練習してた」
アイズが悩んでいたのは自分の事ではなく、他人の事。アイズの頭に浮かぶのは、魔法の行使に失敗した直後の、アルトの考え込んだ表情。
あの顔は、自分と似ていた。ランクアップの直前、熟練度の成長限界に訪れた時の自分と。種族としての限界に、自分の弱さと真正面から向き合う事しかできないあの時の自分と、重なって見えた。
「…ごめん。ロキも解らないって言ってたから、フィン達もきっと知らないよね…」
俯きながら小さな声で言うアイズ。そういえばと、夕方にアイズがアルトと一緒に帰って来ていたのを思い出すフィン達。館を出る時は別々だったはずだが、外に出ている際に二人の間に何かあったのだろうか。俯いたままのアイズを見つめていたフィン達は互いに顔を見合わせる。それから何も言わぬままただ黙って頷くと、リヴェリアがアイズに歩み寄って口を開いた。
「アイズ。私達はその事についてアルトと話そうと思ってたんだ」
「…話す?」
「あぁ。…アイズも来るか?」
リヴェリアがそう問いかけると、アイズは何の迷いもなくこくりと頷いた。
フィン達に加わって、アイズと四人で廊下を歩く途中、ふとリヴェリアが再び口を開いた。
「アルトの魔法は少々特殊でな。私達としても、どう対処すればいいのか決め兼ねてる」
「特殊…?」
「あぁ。アルトの魔法は…、まあ、普通なら魔法というものは魔力を使って行使するのだが、アルトの場合はその魔力を必要とせず行使できるはずなんだ」
「魔力を…必要としない…」
「リヴェリア」
「いいだろう、フィン。遅かれ早かれ、いずれは皆が知らなければならない事だ」
リヴェリアの口から出たアルトリウスの魔法の異常性にアイズは静かに驚きを示す。
フィンはあまりアルトリウスの魔法について口外したくなかったようで、あっさりとアイズに話してしまったリヴェリアを横目で睨む。それでもリヴェリアの言葉に一理あると判断したのか、一つ溜め息を吐いてからはそれ以上、何も言う事はなかった。
「それとアイズ。これは私の勘だがな…。恐らくロキは、アルトの魔法について何か知っている」
「え…?でも、ロキは知らないって…」
「私達にもロキはそう言っていた。だが…、どうも私達に何かを隠している」
アイズの頭の中で、ひらひらと片手を振りながら言ったロキの言葉が再生される。
『アルトの魔法については何も解らんのや。でもリヴェリア達が調べてくれてるし、すぐに解ると思うで』
その後すぐ、いつものようにセクハラに及ぼうとするロキを沈めて部屋を出たアイズには、全く違和感など感じなかった。
「ロキが…、嘘をついてるの?」
「…」
「ロキについては僕達が何とかするよ。それよりまず、アルトの悩みを解消してあげなきゃね」
アイズの問いに、リヴェリアもガレスも答えられずにいる中、フィンが返事を返した。
その返事は、アイズの問いかけの答えになっていないと気付きながら、それでもそう言葉を返す事しかできなかった。
「…」
そして、それにアイズもまた気付き、歩きながら表情を曇らせる。
「大丈夫じゃ、アイズ。もしその秘密が今すぐにでもアルトに危険が及ぶものだったとしたら、ロキも躊躇わず儂達に話していた筈じゃ。そうしなかったという事は、緊急に対策が必要、というものではないんじゃろう」
アイズの様子を見て、アイズの顔を覗きながら言ったのはガレスだ。顔を上げ、ガレスの浮かべる笑みを目にしたアイズの表情が僅かながらに晴れる。
「…さて。我らの姫君を悩ませる王子様を呼ぶとしますか」
気取った言い方をするフィンと、アイズ達の前には一つの扉。アルトの部屋の前に着いたのだ。アイズ達よりも一歩前に立つフィンが軽く拳を握って扉をノックする。
「アルト、大所帯で悪いけど入っていいかい?少し話したい事があるんだ」
ノックしてからフィンが部屋の中にいるアルトに聞こえるよう、ややボリュームを上げて言う。少しの間、アルトの返事を待つ。だが、いつまで経っても部屋の中からあるとの声も、それどころか音すら聞こえてこない。
「…ガレス」
「あぁ。…気配がせん」
「…鍵はかかってる、か。仕方ない、後でロキには僕が説明する。ぶち破れ」
ドアノブを回して引いてみるが、扉はびくともしない。フィンの表情が険しいものへと一変し、一歩その場から引いてからガレスに指示を出す。フィンに代わってガレスが前に出ると、丸めた肩を力強く扉へぶつける。
衝撃音と共に開いた扉、露わになった部屋へとフィン達が一斉になだれ込む。部屋の中を見回すが、アルトリウスの姿は見えない。
「窓が、開いてる」
それに最初に気付いたのはアイズだった。アイズの視線を追いかけると、開きっぱなしの窓がフィン達の目に入る。
「アルトはここから誰かに攫われたのか…」
「いや、そうとも限らない。むしろ…、アルトが自分から出て行ったんじゃないかな」
「だが、正門からでなく、それも窓から出るなんて…」
「…嫌な予感がするな。リヴェリアはロキにこの事を報せてくれ。アイズ、ガレス。僕達はアルトを探しに行くよ」
アイズ達を見回しながら指示を出すフィンに、アイズ達は頷いて応える。リヴェリアは壊れた扉から部屋を去り、フィン達は一人ずつ窓から外へと飛び降りる。
「僕は門番にもしアルトが戻ってきたら捕まえとくように言いに行く。アイズとガレスは…」
「あぁ。手分けして探す」
「…よし。じゃあ行ってくれ」
アイズとガレスが塀を飛び越えて街の中へと駆け出していく。その背中を見送ってから、フィンもまた己がすべき事をするため走り出す。
「無事でいてくれよ、アルト」
全力で駆けながら、自分に言い聞かせるように呟く。
内心で渦巻く不安を抑えながら。
──────あぁ、親指が疼いて仕方ない。
フレイヤ様、行動開始